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10.姿の見えぬ監視の目

「──それじゃあ、行きましょうか!」


 明るく笑う、ふくよかな赤い王様。でっぷりとした体躯に丸い顔をした彼は、片手に魔法使いが使うような杖を持って、にこにこと、それはそれは嬉しそうに大きく一歩街を踏み出る。まるでこれからの冒険が楽しみだと言うように、鼻歌さえうたいそうな彼はどこまでも吹っ切れている様子だった。先の事件のことなど、もう気にしてすらないようだ。


「なんでおまえが仕切るのよ」


 不満タラタラと言いたげに、ハクアは言った。高瀬の腕の中に抱えられ、ふんぞり返るように腕を組む彼女に、高瀬は「あはは〜」なんて笑っている。


 あの、小さくも大きく、大きくも小さな事件の後、高瀬たちは倒れた築地を近場にあった医療施設へと運び込み、彼の治療を医者に任せてその場を後にした。そうして、泊まっていた宿のおかみに丁寧に挨拶してから、街を出る。

 おかみからは大層残念がられたが、事情が事情だ。致し方ないので許して欲しいと、高瀬は最後に貰ったおにぎりを食べながら目線をあげる。


 因みにだが、高瀬をあの場に急がせたのは嫌な予感を感じたおかみだったようだ。「冒険者様! 賢神様をお守りください……!」と必死に頼み込んだ彼女に、高瀬はつい、突き動かされたと言う。彼女はそれ程までに必死だった。ハクアを……ハクアというひとりの少女を守るために、必死だったのだ……。


「いやぁ、あのおかみさん、良い人だったなぁ〜」


 思い出し、思わず口元を緩ませながら、高瀬は笑う。去り際貰ったおにぎり、そしてデザートにとクッキーまで手渡されルンルン気分な彼に、ハクアは横柄な態度で告げた。


「フン。まあ、寝坊助なヒサシをハクアの元に急がせたことについては花丸をやっても良いくらいなのね。褒めてやらんこともないのよ」


「ゴハンも美味しかったし~」


「……ヒサシは本当に食が好きなのね」


 何故そこまで、と問われて、高瀬は思考を回して考える。


 食が好き。それはなぜか。


 考えて考えて、そして、「今まで牛乳とパンで生活してたから……」と彼は一言。続けるように、「あとは」と、過去を懐かしむように上を向く。


「ばあちゃんが、食べさせてくれたはじめてのご飯……それが、今でも忘れられないくらい美味かったんだよなぁ……」


 のんびりと、告げる高瀬。

 そんな高瀬に思うところがあったのだろう。白柄木が穏やかに空を見上げる高瀬を見ながら、訊ねた。


「……そういえば、高瀬さんのご両親は?」


「ん? んー……四年前に亡くなったって聞いたかな。まあ、聞きかじっただけで詳しいことはわかんないんだけど……」


 ぴたりと、白柄木の足が止まる。ハクアも高瀬の腕の中、動きを止めてじっと彼を見つめていた。

 そんなふたりに気付かぬ高瀬は、ぼんやりと空を見上げている。


「親の記憶は、正直いい思い出ってのはないんだ。ただ覚えてるのは、あの人たちが俺に向けた背中だけ。──ばあちゃんは、置いてかれた俺を引き取って、あったかい飯を作ってくれたんだ。すんごい質素な、すんごい美味しいご飯を。……でも、そんなばあちゃんも、俺を引き取って二年後に亡くなって……」


「……高瀬さん」


「え? あ、悪い! こんな暗くなるような話……」


 顔を下げ、慌てて謝る高瀬に、ゆるりと白柄木は首を横に振った。悲しげな顔をした彼は、労るように高瀬を見ると、言う。


「高瀬さんのおばあ様は、とても良い方だったんですね」


「え、えっと……うん……」


 照れくさそうに顔を歪め、高瀬は笑った。そして、「そういえばふたりの親は?」と話題を振る。。

 白柄木が「僕の親はパティシエです」とにこりと笑った。パティシエ……、と高瀬とハクアが心の中で呟く。


「香ばしい焼き菓子の匂いに包まれながら、僕は育ちました。お陰でスイーツ系は苦手で……あ、でもなんでかパフェは好きなんですよね。あの冷たいアイスクリームが堪らなく美味しくて……!」


「……スイーツ苦手なのにその体系なもがっ」


「い、家がケーキ屋だとケーキ嫌いになるっていうのと似たような感じなのかな!? 俺の友達にも確かいたなぁ! 親父が寿司職人で毎日寿司を食わされたせいか寿司嫌いになった友達!!」


 やー、懐かしい!、と叫ぶ高瀬に、ハクアが「おまえに友達なんていたの?」と鋭い一言を落とし込む。高瀬は思わずカラカラ笑った。この反応を見るに、恐らく現時点での友達はいないようだ。落胆するように肩を提げている。


「都会に出てからみんな距離あいてさー……連絡もとってないんだよな、今。一応連絡先は残ってるけど、別段用もないし……って感じで……」


「まあ、人間のチンケなコミュニティーってそんな感じよね」


「チンケなコミュニティー……」


 はは、とから笑いを零す高瀬。確かにまあそうなんだけど……、と思い悩む彼に、ハクアはにんまりと笑う。


「ま! ヒサシにはハクアがいるから、そのお友達とも呼べない輩のことは忘れてしかるべきなのね」


「ハクアさん俺の友達になってくれんの?」


「それは無理なのよ」


「あでばっ」


 そっこうで否定されて若干傷つく高瀬。そんな高瀬に、ハクアは言う。


「ハクアと高瀬は相棒(パートナー)なのよ。そこらのお友達ごっこと一緒にしないでほしいのね」


「ハクアさん……!」


 感動よろしく震える高瀬。ハクアはそんな彼に得意げに笑うと、「あのぅ~、僕の立ち位置は……」と片手をあげる白柄木に目を向ける。そして、冷たく一言。


「おまえはただの同業者なのよ」


「同業者……! それはつまり、こんな僕でも高瀬さんたちと肩を並べていいってことですね!?」


「……キミほんとどんな扱い受けてきたの……?」


 思わず憐れむ高瀬であるが、白柄木の喜びようを見てしまえば特になにかを言うのもはばかられてしまというもの。

 白柄木は本当に、高瀬たちと共にあれることが嬉しいようだ。心の底からの笑みを浮かべ、その周囲にキラキラとしたエフェクトを散らせている。ハクアが凄まじく馬鹿を見るような目を向けているのには、どうやら気づいていないようだ。哀れなり……。


(まあ、彼がうれしいなら……良い、のかな……?)


 思考し、ハクアを抱え直した高瀬。彼は腕の中の彼女を見やると、「そういえば、ハクアさんは?」と訊ねた。訊ねられたハクアは「は?」とめんどくさそうに彼を見ている。


「や、ハクアさんのご両親。どんな人なのかなって。あ、賢神っていうくらいだから自然から産まれましたみたいなファンタジック設定あったりする? もしかして」


「……別に、普通なのね」


「普通」


 繰り返す高瀬。ハクアは彼から目を逸らしながら言った。「普通の両親だった」、と。


「優しいか優しくないかはさておき、普通、本当に普通だったのよ。今はどうしてるか知らないけど、きっとどこかで野垂れ死んでるんじゃないのかしら?」


「へー、神様も死ぬんだ。大変だなぁ」


「……そうね」


 どこか物悲しく頷く。そんなハクアに気づかず、高瀬は言った。「みんな色々あるんだなぁ」、と。

 白柄木が「まあそうですよね」、と。困ったように笑っている。


「ハクアさんはともかく、鉄平くんのご両親にはいつか会いたいな。美味しいスイーツ食べてみたいや」


「あ、いいですね! 僕もおふたりに親の作ったスイーツ食べて欲しいです! 結構巷では有名なので、味は確かかと!」


「お! いいねぇ!」


 笑い合い、語り合う。

 そんな彼は、彼らはまだ知らない。

 その会話を、行動を、見ていたモノがいることを──……。

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