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01.はじまりのプロローグ

 知らぬは仏という言葉があるように、知らぬ存ぜぬならばどれほど良かったことだろうと、そんなことを思ってしまう。それほどまでに、この現実は彼に戸惑いを与えさせた。


 目の前でニヒルに笑う女。

 その腕に、捕らえられるようにつかまっている小さな少女。


 じたばたともがき、苦しげに眉を寄せるその少女を前、彼はギリリと奥歯を噛む。


 こんな、こんなことになるのなら、いっそ。いっそ彼女の存在を知らなければよかったのに……!


「おやおや、もう終わりかえ?」


 女は言った。酷く大きな態度で。

 黒に赤の混じる扇子を優雅に揺らす女に、彼は低く腰を構える。


 どの道、この『ゲーム』からは逃げられない。だとしたら、やることは、やれることはひとつだけ。


「『オープン』」


 パカリとなにかが開く音と共に、手元に四角い穴が空く。そしてそこから伸びてきた剣の柄を強く掴むと、彼はそのまま、勢いよくソレを引き抜いた。


「やる気か?」


 女が笑う。彼はその笑みに答えを返すことなく、強く、地を蹴り走り出した──。




 ◇◇◇




 チピチピと鳥のさえずりが聞こえる、まだ朝早い時間帯。変な夢を見た、と目覚めた男は、ボサボサな頭をそのままに、サイドチェストに置かれた黒縁のメガネを手に取ると、そっとそれを目元にかけて嘆息。ボリボリと頭をかきながら荒れたベッドを抜け出した。


 茹だるような暑さの夏だった。

 立地のおかげか比較的涼しいアパートの一室の中、壊れかけの扇風機ひとつで夏を乗切るつもりの男の名は高瀬ヒサシといった。

 彼はごく普通のアルバイトで、今は飲食店の手伝いをして生活費を賄っている。ちなみに免許としては自動車免許を獲得済みだ。まあ、都会暮らしのため車に乗る機会はあまりないのだが……。


 先日三年間付き合っていた彼女から貯金を持ち逃げされたこと以外は、まあ平々凡々、普通の日常を送っている高瀬。そんな彼の唯一の楽しみは食事だった。

 最近見たフードアニメの料理を一度でいいから食べてみたいものだと、彼はノロノロ足を動かす。


「さぁーて、朝ごはん朝ごはんっと」


 裸足のままフローリングの床を歩き、冷蔵庫を開いて牛乳を取りだしそれを飲む。きちんとグラスに移したそれを手にぼんやりと眠気まなこで机を見れば、なぜかそこに存在するのは小さな小包。高さ凡そ20cmほどのそれは、どう見ても初見な小包だ。


 別に先日なにかを注文したわけでもないのに、突然ポンと置かれていたその小包に、高瀬は思わず目を瞬き口の端から牛乳を垂らす。

 茶色いガムテープでグルグル巻きにされたそれは、雑な包装と言っても過言ではないくらいには適当な包まれ方をしているが、さて、中には何が入っているのやら……。


「……なにこれ爆弾? いやてか、こんなの受け取ったっけ? はっ! もしや季節外れのクリスマスプレゼント!?」


 なんてふざけた事を抜かして、なわけないかと後ろ頭をかく。

 兎にも角にも、この小包に覚えがないので開けるのもはばかられるがさてどうしよう。


 高瀬は悩ましげに腕を組みあわせてから、机の傍へ。胡座をかくように座り込むと、そっと小包に手を伸ばし、宛名を確認、落胆する。


「高瀬ヒサシ様」


 宛名は間違いなく自分だった。


「ええ……どこぞの誰ぞがこんな俺にプレゼンツを? 先日彼女に逃げられたから労られてる? ……いやまあ、何言っててもしゃあない……開けるか」


 ここでモダモダしていても現状は変わらない。となればやることはひとつだけ。

 高瀬は腹を括ると勢いよく小包の包装を剥ぎ取りにかかった。ガムテープだらけのそれは悪戦苦闘した末にようやっとその中身を見せてくれることとなる。


 茶色いしわくちゃの小包から姿を現したのは、真四角の黒い箱と赤い小さなケース、そして一通の手紙だった。どちらも滑らかな光沢があり高級そうな匂いを醸し出している箱とケースは置いておいて、高瀬はまず手紙を手に取りそれの封をサッと開ける。

 赤い蝋のされた真っ白な封筒から出てきた手紙には、以下のような事が記されていた。


『高瀬ヒサシ様

 この度はベクターンオリジナスへの初回限定新規ユーザー、第六十八号に選ばれましたこと、お喜び申し上げます。


 この度の抽選結果を受け、我々オリジナス社から高瀬様へ、ベクターンオリジナス専用VRゲームキューと専用イヤホンを提供させていただきます。


 ゲームキューとイヤホンにつきましては返品交換には対応致しかねますのでご了承をお願いいたします。


 この出会いに多々なる幸福があらんことを。


 どうぞ心ゆくまで、当社のゲームをお楽しみいただけますと幸いです』


 短い内容の手紙だった。しかも内容は別に抽選にかけてもない謎のゲームのユーザーに選ばれたとかそういうの。

 VRという名だけあり、バーチャルな感じのリアリティーな世界なのかなとひとり思考しフッと笑う。兎にも角にも、こんなイタズラ紛いのプレゼントは、さっさと処分してしまうに越したことはない。


「……まあでも、ちょっと見るくらいは許されるか……」


 言って、高瀬は鼻歌混じりに赤い、小さなケースを手に取った。それをパカリと開けてみれば、赤色を基調とした、所々に黒が目立つイヤホンが入っているのが確認できる。


 至って普通の無線イヤホン。

 しかもちょっと高価そう。


 高瀬はイヤホンを上下左右、事細かに確認。何も変なところがないことを認めてから、そっと耳に装着し、次に手紙に書いてあったゲームキューらしき黒い箱へと目を向ける。


 シンプルなデザインの箱だった。

 黒塗りのそれは真四角で、頂点にカメラのようなレンズが装着されている以外は特に目立って変なところはない。

 どう動かすのだろうかと箱を持ち上げ、暫く観察してレンズに触れてみる。すると、カチッという音と共にレンズが箱の中に埋まっていった。慌ててソレを床の上へと置けば、同じくして眩い光が部屋の中を包み込む。


「うっ!?」


 高瀬は咄嗟に目元を腕で覆い隠した。

 そうして眩い光が終息するのを待つこと数十秒。ゆっくりと消える明かりに恐る恐る目元を解放した彼は、そこに広がる光景にあんぐりと口を開けた。


 見るだけでもだだっ広い世界の中、広大な海と緑の陸地が見て取れる。上空には大きなドラゴンらしきものが咆哮を上げながら飛んでおり、高瀬は思わず引きつった笑みを零して言った。


「コレは……ゆめ?」


 頭上に浮かぶ『ベクターンオリジナス-はじまりの章-』の文字を見て沈黙。彼はゆっくりと、大きく足を踏み出した。

とあるコンテストに応募した作品です。

やり場に困ったのでこちらに投げておきます。

誤字脱字あるかと思います。申し訳ない。

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