いつから聖女様は優しくお淑やかだと錯覚していた
読んでいただきありがとうございます。
「僕は学校でクラスの皆に嫌われ、虐められています」
とある街の古びた教会。その一室で、一人の青年が思い苦しむ声でそう言った。この場には青年しかおらず、外に声が漏れないよう防音設備もシッカリとしている。
「なるほどねぇ。クソみてぇな連中がまだこの街で生き残ってんのか。あれだな? さながら、生きた化石だよ。博物館かってーの」と、部屋に一箇所だけある壁に設けられた穴から声がする。
その言葉選びは聖女と呼ぶには些か問題点が多いように思えたが、青年にはもはや縋る場所がここしかなかった。クラスの誰かに嫌がる事をした覚えもない。どちらかと言えば、皆に合わせて来たはずだ。嫌な顔もせずに、従順にただひたすらに。
それでも虐めはおさまることがなかった。この事は親にも言えず、先生にも当然、いじめの過激化が怖くて言えるはずがない。
ここに来たのだって、解決出来ると思って来た訳じゃない。ただこの苦しく辛い気持ちが少しでも軽くなるなら、と。
「えっと、レサンだっけか?」
「あ、はい」
「面白かったろ?」
何が面白かったのか全くわからない。と言うか、壁の向こうに座っているであろう聖女は、何か面白い事を言ったのだろうか。
「えっと」
言葉に詰まっていると
「生きた化石っておもしれーだろ?」
「えっと……」
ここは嘘をつくべきだろう。話を聞いてもらってもいるし。
「はい、面白かったです」
「なら笑えよ」
「え?」
「面白かったんだろ? なら、笑えよ」
笑えるはずもない、全く面白くなかったんだから。でも笑わないと空気を悪くしてしまう。きっと聖女は自分の事を憂いて、和ませる為に慣れもしない冗談を言ったんだから。
レサンは静かに息を吸い込むと、無理やり口角を上げて「ははははは」と、笑う。
「ばーか」
それは想像の斜め上を行く反応だった。神の使いである聖女が事もあろうか、暴言をはいたのだ。
「ばかって、なんで」
返答に困るレサンに対して聖女は言う
「そんなんだから虐められんだよ、馬鹿」
また馬鹿と言った。
「僕の何が分かるんですか!!」
「は? んなもんは、なにも分からねえよ。ここに来て数分でお前の事が全部分かると思ってんのか? 超能力者じゃねぇんだぞ」
淡々と紡がれる言葉にレサンは、不満をぶちまける。
「それでも、神様に仕えてる聖女様なんですか!? 僕だって虐められたくて虐められてらる訳じゃないんですよ!?」
「神様って。神は浜辺で休暇中だっつーの。だから、今の私は神に仕えてねえの。言わばボランティアってやつだ。感謝しろよガキ」、
「ガキって」
「お前は、深く考えすぎなんだよ。ガキはガキらしくしてろ、ガキ。今だって私が言った言葉に対し、無理矢理に合わせただろ?」
それは、聖女がそうしろって言ったからで。そうしなかったら怒られたり、あるいは傷つけるかもしれないし。自分なりに考え、レサンは一番安牌な行動に出ただけ。
「人に合わせんな。嫌なものは嫌と言える人間になれ。相手の事だけを考えて行動すんのは、優しさなんかじゃねぇんだよ。いいか? レサン」
「はい」
「まずは己を愛して大切にしろ。さっき、私に言ったよな? 「僕の何が分かるのって」その通りだよ。本当の自分を分かるのは、自分だけなんだ」
「そのせいで虐められるかもしれないですよ」
膝の上で作った拳をギュッと強め、今にも流れそうな涙をグッと堪える。
「馬鹿か。私が言ってんのは、自分を大切にしろって話だ。自分を大切にしている事に対してとやかく誰かが言う権利は無い。それでも、虐めて来るやつがいるならな?報復には報復なんだよ。ぶちのめせ」
「ぶちっ!?」
これまた聖女ならぬ文言に十二歳のレサンは言葉につまる。けどなんだろうか、彼女の話を聞いていると自然と勇気ついてくる──気がしていた。
「ああ。鼻っ柱をおってやれ」
「そんな事したら皆からボコボコにされますよ」
レサンの至極真っ当な返答に、聖女はため息混じりに答える。
「わかってねぇなあ。そんなん当たり前だろ?だから、一人に絞るんだよ。どんなに殴られようが蹴られようが、たった一人。そいつに狙いを定めてひたすらに殴るんだよ」
この人は本当に聖女なのだろうか。
「聖女様が暴力推薦だなんて、聞いたことないですよ」
「んじゃなにか? 私が聖女じゃねえっていいてぇのか?」
「別にそんな事はないんですけど、聖女様と言ったらもっと穏やかで平和主義ってイメージが強くて」
「おい、うるせーよ!!」
「はははははっ」
「私はな、綺麗事を言ったり、上辺の羅列を並べる奴らが嫌いなんだよ。何が、貴方の行いはしっかりと神が見ていますだよ。見てるからなんだ? バカか」
神を信仰する第一人者がそれを言うか。と、内心思わずにはいられないが、聖女である彼女には妙な説得力があった。と、同時に、何で彼女がこの道を選んだのか。気になるのはひつぜんだった。
「ちゃんと笑えんじゃねぇかよ。さっきも言ったろ? 虐めはクソだ。そして、虐めてるやつの顔色を伺って自分を押し殺してるやつはお人好しの馬鹿者だ」
聖女は続けて言った。
「確かに、自分の考えで動いても虐めの解決にならないかもしれない。だが、確実にそこにはちゃんとお前が存在している。自分の行動に自信が持てれば、後悔がない。逃げたっていい。引きこもったって。殴りかかったって構わない。学校の事も親の事も考えるな。神が許さずとも私が許す」
聖女の言葉は暴力的でありながらも優しさがあるように感じた。同時に、不思議と励まされるような。上辺だけじゃなくて、本当に親身になってくれてるような。
だからこそ──
「僕は逃げずに学校に行くよ」
逃げずに立ち向かい、自分で自分の居場所を作る。彼等がルールではなく、自分がルールなんだ。
「そうか。分かった。頑張れよ」
「はい!!」
次の日──
レサンは普段よりは目覚めのいい朝を迎え、学校に向かった。
古びた門を潜り、上履きに履き替え階段を登り、ガヤつくクラスの中へと身を投じる。と、同時に突き刺さる冷たい視線と、耳を掠める嘲笑。レサンは、口の端を噛み締めながら、聖女の言っていた言葉を思い出し、席に座る。
すると、後頭部に伝わる強い衝撃。躓いた素振りをしながら、一人の男がレサンに対して体を強くぶつけていた。直後、言葉に出さずも「なんか文句あんのか?」と、視線や態度で訴えてくる。
いつもの事だ。そして、いつも笑いながらぎゃくに相手の事を心配した、空っぽな言葉を発していた。事が大きくならない為に。
だけどそれじゃあ駄目なんだ。レサンは、不安と恐れが入り乱れ早まる心音を深呼吸で宥め、口を開く。
「……れよ」
「は?なんて?」
レサンを睨みつけ、顔を近づける男の目をしっかり見て大きく息を吸い込む。
「謝れっていってんだよ」
「お前、誰に口を聞いてんだ?」
「名前なんかしらねぇ。ぶつかったんならちゃんと謝れよ!」
悪意が宿った視線が幾つも突き刺さる。今までにない程に。陰口だって悪口だって、至る所から聞こえてくる。
それでもなんだろうか、この心地良さは。自分で選んだが故の事なのだろうか。今は奴らの敵意に対して、恐怖を微塵と感じることがない。
「お前がそこに居る事自体な?気が付かなかったんだわ。空気かよ、お前。つーか、空気の癖に俺に謝れだ? お前がぎゃくに謝れよ、いつもみたいに。なあ?皆」
「そうだよ、お前がわるいだろーが」
「はははは! ほら、早く謝んなよー」
賛同に気を良くしたであろう男はほくそ笑む。勝ち誇った様子を浮かべる男の胸ぐらを掴もうとした刹那──
「よーしガキども、席に着け」
その声は聞いた事のあるものだった。そしてそれは、必然的に胸ぐらを掴むより先に、視線を向けさせるに事足りる出来事だった。
「聖女様……?」
教卓の前に立つのは、白と黒を基調とした聖服を着るした女性だった。レサンが想像していた聖女とは掛け離れてる姿であり、しかし、昨日の言動からは腑に落ちる姿だ。
金のメッシュが入った白髪に眼帯。教典ではなく、竹刀。何とも奇抜で力強い佇まいなのだろうか。
「ちょっちょっと、シエル様。勝手に入られては」
後を追うように、焦った様子で担任が入ってきたが聖女・シエルは見向きもせずに、生徒達を見渡しているようだ。
「勝手って、昨日伝えたじゃねえかよ。何言ってんだ?」
「それはそうですけど、打ち合わせなどがありますし」
「打ち合わせなんか必要ないんだよ。大人のテメェが逃げてどうすんだ? ガキ以下かテメェは」
語気を強めたシエルに担任はグゥの音も出ない様子だった。
「じゃあ始めるか」
「何を始めるんですか? 聖女様っ!!」
さっきとは嘘のような雰囲気で、一人の女性が声を軽やかに問うとシエルはニンマリとした表情を浮かべる。
「それはなぁ」
持っていた竹刀で教卓を強く叩きつけ、教室内にはバチンと言う激しい音が響き渡る。
「公開処刑だよ」
公開処刑。これまた聖女らしからぬ発言だ。
「公開処刑?」
「何をしらばっくれちゃってんの? バカなのかお前ら。私は隣に立つこの役たたずから、昨日聞いてんだよ。だから、お前達にゃ神の慈悲をやる」
神は休暇中の筈じゃ。
シエルは続けて口を開く。
「お前らが、一人に対し寄って集って虐めてんのはしってる。そうなんだろ? 先生さんよ」
「は、はい。自分も何回か見ています」
「つー事でだ、主犯格をお前らの口から教えろ。誰だ?」
当然名乗り出る訳もなく、嫌な空気のまま静まり返る事数分。シエルは歩き始めると、目の前で座る男の机を強く叩いた。
肩をすくませ、顔を伏せる生徒を睨み付けて言う。
「お前が虐めの主犯格か?」
「ち、違います」
「じゃあだれだ?」
「…………」
「じゃあ、お前か?」
「違いますわ」
数人繰り返し、だけれど皆が主犯格を守るかのように名乗り出る事はなかった。
「それがお前達の選択なら私は文句を言わねぇ。だが、責任は持てよ」
竹刀を教卓に置くと、シエルは言う。
「今からお前達全員に死ぬ程痛い事をする。なあに、心配するな。私は神に仕えてる。回復魔法もお手の物さ」
すると、シエルを中心に魔法陣が魔力により描かれ、聖服は不規則に揺れ始める。その姿を見て、担任が止めに入ろうとするが一切聞く耳をもたない。
慌てふためく担任の姿を見て、徐々に影響され始める生徒達。
「じょ冗談ですよね、聖女様」
「私はつまらない冗談は嫌いでね。今から使う魔法はレイと言ってね、光の魔法だ。貫かれた箇所は肉が焼けら血は流れすげぇ痛ェんだよなあ」
一層、慌てる生徒にシエルは言う。
「教室から出たら主犯格と見なし、殺す」
「殺すって、聖女様がそんな!」
「何を言ってんだ? 言ったろ、神からの赦しは得てる。つまりは、神の意向であり、神のなすことは是だよ」
シエルがカウントダウンを始め、六秒に差し掛かった頃──
「っあ」
一本の光が手のひらから放たれ、後ろの黒板を貫き、壁を数十センチ抉った。ボロボロと壁の破片が音を鳴らし床に落ちる。
「いやあ、間違えた間違えた」
一人の女子生徒が「もう嫌だ! 私は無関係。あいつが全て悪いのよ!!」と、泣き叫びながら窓際の席に座る男子生徒を指さすと、釣られた生徒はあれよあれよと、皆が一人を指差した。
「お前らの結束は所詮そんなもんだよ。てーか、お前は確か村長の」
「ええそうですよ。俺は村長の息子・アルク=テイルです。それで、聖女様は俺に何か用事でもあるんですか?」
そう。このクラスでアルクは一番力を持っていた。だから先生すら、自分の生活を守る為に見て見ぬふりをしていたのだ。他の生徒だってそうなのだろう。
「あ?」
悪びれた様子も一切見せないアルク。彼は分かっているのだ。シエルもまた、我が身可愛さに頭を垂れるものだと。
「怖いなあ、そんなに睨み付けて」
「お前がクラスを牛耳って、一人を虐めてたのか?」
「だとしたら、なんです?貴女には関係のない事ですよね?」
「質問に質問で答えるな。はいかイエスで答えろ。お前が、あのガキをイジメろと指示を出してたのか?」
大人の威圧感は凄まじく、あのアルクの表情が引き攣る程だった。他の生徒は難を逃れたと、安堵の色を浮かべるが、レサンからしたら彼等にだって同情の余地はない。
我が身可愛さに見せていた歪な協調性に嫌悪を覚える中、シエルが昨日言っていた言葉を思い返す。彼女の発言は乱暴でありながら、それでも真を射ていたのかもしれない。
「……俺はやっていない。やってたのは、コイツだ」と、往生際悪く一人の男子生徒を指さす。
「なあ、みんな!? コイツだよな!?」
脅しにも聞こえるアルクの激に、皆が顔を伏せる。
「おい、聞こえてんだろ?!」
ああ、気持ち悪い。結局こいつらは、自分に害がないと分かればなんでもいいのだ。誰が迫害されようが、誰が苦しめられようが。自分の為なら簡単に切り捨てる。
「これがこのクラスの総意だ。お前はもう必要ないんだよ」と、淡々にシエルは口にするとアルクの胸ぐらを掴み、窓から体を乗り出させる。
「ちょ、ちょっと聖女様? 冗談ですよね!?」
焦りを浮かべ、声を震わせるアルクにシエルは笑みを浮かべ言った。
「だから、さっきも言ったろ? 私はつまらない冗談は嫌いなんだよ。まあ、安心しろ。ここは三階だし、下は芝が生い茂ってる。骨の二、三本折れたとしても死にはしねぇよ」
体の半分以上が外に出て、いよいよ落ちる一歩手前。それでも、今までレサンを一緒に虐めていたもの達は止めに入ることはない。それどころか、小声で「あいつが悪い」だとかブツブツと口にしていた。
「ごめんなさいごめんなさい! 俺が指示しました。あいつ、何してもヘラヘ──」
「謝って済むなら神様は必要ねぇんだよ。しかも、理由なんか聞いてねぇし。てめぇは落ちて詫びろ」
レサンはアルクが半べそをかくすがたを初めて見た。実に痛快で気持ちがいい。このまま落ちて、学校を休めば少しは居心地も良くなるかもしれない。
これを機に、皆が話をかけてくれて友達が沢山出来るかもしれない。
──ふざけるな。
「シエルさん!!」
レサンは立ち上がると、シエルの元に向かい腕を掴んだ。
「何だ? ガキ」
「彼を戻してください」
「あ?」
シエルが肘を伸ばすと、アルクは上擦った声を情けなくあげる。
「ヒィッ!!」
「コイツはお前を虐めてた主犯格なんだぞ?」
「分かってます。分かった上で言っているんです」
レサンはシエルの目を真剣に見つめる。確かにアルクが痛い目を見た方が、気持ち的にはスッキリすると思う。でも、力に身を任せて相手の事を押し潰したら、それは虐めた奴らと同じ土俵でしかない。
シエルの優しさに甘えて、ざまあみろと高みの見物をしてればここに居る連中となんら変わりだってしない。人の意見に流され、仕方がないと無理やり納得して満足してると錯覚させる。
それじゃ今までと何も変わらない。だからこそ、レサンはシエルに言う。
「シエルさん、後は僕が話しますから」
「どうでもいいが、私は聖女だ。名前呼びは良いとして、せめて【様】はつけろ?」
「ちょ落ちる! 落ちます! 助けて!」
「神様は浜辺で休暇中なんでしょ? なら今は様を付けなくてもいいんじゃないですか?」
レサンの言葉にシエルは口の端で笑う。
「中々言うじゃねえか。感謝しろよ? 村長のガキ」
軽々とアルクを元に戻すと、バツの悪い様子を浮かべながらレサンを睨みつける。
「なんだよ」
「僕は君が嫌いだ」
「…………」
「君がした事を許すつもりもないし、仲良くするつもりもない」
「じゃあなんで助けたんだよ。このままにしとけば、俺は入院してたかもしれないんだぞ」
「別に君の為じゃない。僕と、そしてシエルさんの為」
レサンは決めていた。彼らのせいで人生を左右されるなんてつまらない。自分が生きるにあたって、このクラスに居る生徒達がどれだけ影響があるのだろうか。
答えは微々たるものだろう。これから先、長い人生を彼等の気分一つで苦しんでいる事自体が時間の無駄で、心の浪費だ。
「君も君達も、僕にこれから先関わらないでくれ。仲良くする必要も話しかける必要もない。ただ……」
レサンは教卓の前に行くと、竹刀を手に掴み堂々という。
「また僕に嫌な事をした時は、武力を持ってぶっ飛ばす」
事が収まり、過剰に分泌されたアドレナリンが過ぎた後の冷静さは、自分のした行動に恥じらいを覚えさせる。が、不思議と後悔はなく、後に残った気持ちは清々しいものだった。
「やればできるじゃねぇか」
「ありがとうございます」
シエルはレサンの人生に於いて、恩人であり師匠。いつか彼女みたいに、人の心を動かせるようになりたい。
口に出さずも、レサンは尊敬と憧れの念を強く抱いていた。
「え? シエルさんは?」と、驚いた様子をレサンが浮かべたのは、あくる日の朝だった。
親から貰った茶菓子をお礼に持っていこうとした所、昨日の晩にこの街を出たと知らされた。
シエルが何故出ていったのか。神父曰く、最初から昨日で異動が決まっていたらしい。けれど真実は分からないままだ。村長の息子におこなった事が原因なのかもしれない。
罪悪感が残る中で、教会を見てレサンはボソッと独り言をもらす。
「待っててください。絶対に追いつきます」
最後までありがとうございました。読んで下さった皆様に感謝です!
連載作品・無力の男~にて、レサンとシエルの参加が決まりました。ぱちぱちー笑