第2話 氷霧の女王「フロステリア」溶かされる
ラーヴァとの濃密なひとときを終えたアルドは、足取り軽く山を下りた。
しかし、彼の変態的な情熱は冷めるどころか、さらに燃え上がっていた。
「よーし、次はどんなドラゴンを愛でられるかな……フフフ。いや、ヒャハハハ!」
笑い方が完全にアウトだが、本人は気にしていない。
むしろ、この変態的テンションが彼のエネルギー源なのだ。
向かう先は、「霧深き湖」。
そこには、冷気を操る美しい氷のドラゴンがいるという噂を聞きつけたのだ。
湖にたどり着くと、昼間だというのにあたり一面が薄暗い霧に包まれている。
しかも、ひんやりどころか、肌を突き刺すような冷気が漂っていた。
「ほほう、これは期待できそうだな。氷属性はクール系美人が定番だし……よし!」
そんなわけで、全身をブルブルさせつつ、湖の中心に向かう。
すると、突然水面が波打ち、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
その姿はまさに氷の芸術品だった。
透き通るような蒼白の鱗は、まるでダイヤモンドダストが降り積もったようにきらめき、
流れるような優雅な肢体と、鋭くも整った顔立ちは気高く、見る者を圧倒する。
「……人間よ、何用だ」
その声は、冷たい風のように鋭く、けれど妙に耳に心地よい。
氷のドラゴンは、じっとアルドを見下ろしていた。
「おお……これはこれは、氷霧の女王『フロステリア』殿!」
「……名を知っているとは、礼儀正しい人間だな」
フロステリアは興味なさそうに瞳を細めた。
だが、その目に宿る警戒心を見逃すアルドではない。
むしろ、そこに燃えたぎる征服欲を刺激された。
「礼儀だけじゃないぞ。おれは、お前を愛するためにここに来たんだ!」
「……愛?」
その瞬間、周囲の霧がさらに濃くなる。
冷気がキリキリと肌を裂くような痛みを伴い、地面も凍りつきはじめる。
「人間風情が、何を寝言を……」
「寝言じゃないさ。真剣だ!」
アルドはその場で上着を脱ぎ捨てた。
上半身は既に氷点下の空気で鳥肌だらけだが、そんなことは気にしない。
むしろ誇らしげに胸板を突き出し、親指で自分を指差す。
「おれの心は、どんな氷よりも熱い!
その冷たい鱗を、おれのこの手で溶かしてみせる!」
キリッと決めたその顔は、なぜか爽やかである。
いや、爽やかなのだが、言ってることは完全に変態だ。
「……ふん、愚か者だな。私の氷に触れれば、肉体は粉々に砕け散る。
そんなこともわからぬか?」
「それでもいい!お前のためなら、凍え死んでも悔いはない!」
「……ば、ばか……」
フロステリアの声が震えた。
まさかここまで狂気じみた、いや、情熱的な男が現れるとは思っていなかったのだろう。
その瞳がわずかに潤む。いや、結露かもしれない。だが、感情は確実に揺れていた。
「……では、試すがいい」
フロステリアがそっと顔を寄せる。
氷の吐息が、アルドの頬を撫で、髪を白く染める。
だが、アルドはそのまま手を伸ばし、彼女の頬──氷の鱗に、そっと触れた。
「……んっ」
フロステリアの身体がビクンと震える。
ひやりとした感触のはずだが、その鱗はほんのわずかに熱を持っている。
「おお、意外とあったかい……」
「そ、それは……!わ、私の意思とは無関係だ!」
バサリ、と大きな翼を広げて慌てるフロステリア。
でも、もう遅い。アルドの手は彼女の首筋から、背中へ、翼へと滑らかに動いていく。
オイルではなく、氷の鱗に効果抜群の特殊なジェルを塗りながら。
「ここが気持ちいいか?それとも、ここか?」
「ひゃ……ま、まて……そこは……っ!」
氷の女王とは思えぬ艶やかな声が漏れ、彼女の身体が徐々に熱を帯びていく。
そして──
しばらく後。
フロステリアは、湖畔にくずおれていた。
その瞳はとろんととろけ、頬にはうっすらと紅潮が……いや、氷のせいかもしれないが。
「ま、また来い……必ず、だ」
「もちろんだとも!おれは一途だからな!」
「一途……か……」
何かを考え込むように、フロステリアは遠い目をする。
その表情は、ほんの少し、寂しさが和らいでいるようだった。
「さて、次はどこに行こうかな……ふふふ、どんなドラゴンが待ってるんだろうな!」
アルドは爽やかに笑いながら、次なるターゲットを求めて歩き出す。
その背中に、ドラゴンたちのための愛と変態精神が燃え盛っているのであった。