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ミーコとローグ、ニアンに会う


「まるで僕が売った冒険小説の主人公みたいじゃないか、ローグ」


 森の奥から中年の人のよさそうな笑みを浮かべた黒猫の獣人が現れた。真っ黒な髪の毛と浅黒い肌、そして黒い猫の耳と尻尾がついている青年だった。ローグほどではないが背中には大きな荷物を持っている。

 彼が姿を現すとミーコが「ニアン」と言うと、「やあ、ミーコお嬢様」と被っていた帽子を取った。


「良かったですね。ローグと無事に会えて。もうプロポーズは済みま……」

「ちょっと、この話しは彼の前ではしないで!」


 すぐさま、ニアンの口をふさいでミーコは忠告する。プロポーズの言葉は聞こえず、ローグは首をかしげるだけだった。

 ミーコに口を塞がれても、ニコニコと笑うニアンは「苦しいから、やめてください」と言ってミーコを引きはがした。そしてローグと向き合った。


「イリスを助けたいんですか? ローグ」

「うん、助けたい」

「やめといた方がいいと思いますよ。大きなお世話だと思いますし」

「なんだと!」

「そもそもローグは【運命の番】どころか獣人について何にも知らないでしょう」


 ニアンの言葉にローグはムウっと口を曲げて何にも言えなかった。

 やれやれとばかりにニアンは腰を下ろしてカバンからクッキー缶を出して開けた。香ばしいクッキーの香りにローグは顔がほころび、ミーコは尻尾を揺らす。


「まあ、クッキーを食べながら獣人の事と【運命の番】についてお話ししましょう。もちろん代金はいりませんよ」


 すぐさま二人は座って、クッキーをもらった。


「さて、先に獣人の事をお話ししましょう」

「動物と人間のハーフって感じだろ? でもミーコやニアンみたいな人間の顔をして頭に耳と腰に尻尾がついている奴と、ネロウのように猫が二足歩行している奴もいるよな」

「人間と動物のハーフってわけじゃないです。まあ、見た目がそうですが……。獣人がどうしているのか、神話レベルの話しになるので詳しくは言いません」


 ニアンは「野生の動物が持っているような本能を獣人は少なから持っている話しをします」と説明を始めた。


「野生動物が持っている本能を【野生の本能】と言います。これは動物の姿に近ければ近いほど野生の本能が強いと言えます。僕やミーコ様は人間に近い見た目なので、そこまで強くはありませんが、それでも抗う事が出来ない本能があります」


ローグは「……俺はニアンもミーコも耳と尻尾が付いているけど普通の人間と同じ行動をしていると思うけど……」と言うと、ニアンは「嬉しいですね」と悲しそうに微笑み、話し出す。


「ですが、獣人同士には明確な上下関係があります。弱肉強食みたいなもので、自分より強い者がいると足がすくんだりするんです。竜が現れた時なんかは特にそうです。弱い子供や女性は竜の気配が分かると動けなくなります。人間も怖くなって動けなくなることもありますが、獣人は特にそうです。これはどうしようもない本能の一つですね」

「ふうん。でも獣人でも竜に立ち向かう奴もいるだろ」

「はい。彼らは野生の本能が強い者達ですね。特にネロウ様がそうです」


 ネロウの名を聞いてローグはムッと気に入らない顔になった。それに気が付いたがニアンは気にしないで話し出す。


「彼らは野生の本能が強く力も強いです。ゆえに気難しいですし、何と言いますか……、そのワイルド? な性格をしています」

「自分勝手な性格だろ」

「まあ、自分の本能に忠実なんですよ」


 ニアンのフォローの言葉にローグは「それが自分勝手だって事!」と憤る。

 これについてはミーコもローグと同じ意見だ。野生の本能が強い獣人達は気分屋で自分勝手で、人間に近い獣人は困っているのだ。しかも野生の本能が強い者はほとんど王族なのだ。


「さて【運命の番】についてお話ししましょう。と言っても、僕は野生の本能がほぼ無いに等しいのでよく分からない感覚ですけど……」

「ただの一目惚れを仰々しく言っているだけだろ」

「人間にはそう思うのも仕方が無いのですが、野生の本能が強い者が引き寄せられる臭いがあります。それは一人一人違い、メロメロにしてしまうのです。そして自分にはこの人しかいないと考えてしまうようになります」

「麻薬みたいなものだな」


 ニアンは「恋は麻薬のようなものですよ」と軽く言い、ローグは呆れた表情になった。ミーコもニアンのセリフは気障っぽいなと思った。


「そのため【運命の番】から引き離すと獣人は廃人になってしまうのです」

「と言うか、よくそんな奴を王様にしているよな」

「先ほども言いましたが、獣人の上下関係がそうさせています。本能的にこの人は強い、従わないといけないと思うのです。だから猫の国の王族は、みんな野生の本能が強い者ばかりなんです」


 ローグは納得できない顔で「なんだよ、それ」と言い、ニアンは「そういう悲しい習性なんです、獣人は」と答えた。


「ことわざにもあるでしょう。【人間は理性で戦い、獣人は本能で戦う】と。我々獣人は自分の中にあるくせに、どうする事も出来ない本能に身を任せて生きているんです」


 ニアンの言葉にミーコも共感する。

 野生の本能が強いネロウに「婚約破棄だ」と言われてしまえば、嫌でも自分の中の本能が認めてしまうのだ。


 ミーコは子爵で身分は低いが、高位貴族も借金だらけなのに対し、ミーコの家は貿易などを行っていて裕福であったのでネロウの婚約者に選ばれたのだ。

 初めはネロウが恐ろしかったが、竜に襲われたところを助けてもらったのをきっかけに惹かれるようになった。何よりミーコの本能が惹かれているのだ。


 だけどイリスが【運命の番】となってしまったがために、自分は婚約破棄されてしまい、了承してしまったのだ。本当は嫌だって言いたかった。でも自分の中の本能がそれを押さえてしまう。そうして聞き分けの良い言葉を言ってしまったのだ。


 私だって結婚したかった。「婚約破棄なんて嫌だ」って言いたかった。だけど自分の中の本能が素直に認めてしまったんだ。

 だからあいつに、ネロウにちょっとでも嫌な思いをしてもらおうと思ってローグに結婚しようと持ちかけたのだ。ローグはイリスの元婚約者な上に、ネロウと対面しても立ち向かう度胸もあった。

 それに多分ローグと私が婚約したら、ネロウもイリスもいい思いはしないだろう。

 ……でもそんなちっぽけな自分のプライドのために、ローグに結婚しようと持ちかけるなんて。

 なんか最低だな、私って。


 ミーコがそんな思いを抱いていると、ニアンはローグに【運命の番】の説明を続けていた。


「とはいえ【運命の番】だと言われても、人間にとってはよく分からないもの。イリス様も戸惑っているでしょうね」

「そう! それだよ! あいつが勝手に【運命の番】って言って、イリスは理解できないだろう!」

「……【運命の番】は人間も対象になりますが、当の人間には分からないですからね」

「ところでニアン。【運命の番】について分かったけど、他の猫の獣人達はイリスの事をどう思っているの?」


 ニアンは痛いところを突いたとばかりに耳を伏せて残念そうな顔になった。


「【運命の番】と言うのも獣人にとってあまりよく思っていません。【運命の番】にばっかり気にして他の事をしない王がいたり、王族以上にわがままで国を傾かせたりする番がいた歴史もあって、歓迎されていないんですよ。しかもイリス様は普通の人間。獣人のしきたりとかも分からないですからね」


 ローグは「やっぱりそうなんだ」と呟いた。

 ネロウが「イリスは【運命の番】だ」と宣言した時、住人はあっけにとられた。普通の人間も番にする事はあると知っていたけど、住人たちは戸惑っている状況だ。今のところ、イリスは大人しくネロウの傍にいるけど、「人間のしきたりを持ち出されたら最悪だ」と住人たちは不安になっている。

 ニアンは説明を終えて「イリス様を助けに行くんですか?」とローグに尋ねた。


「すでにネフェリムの民もイリス様の父上である伯爵様も了承済みです。何より、イリス様自身が【運命の番】になるとおっしゃっていましたよ。それに彼女は聡明な方って僕は知っていますし、今後の活躍によっては獣人も認めるかもしれませんよ」

「そう言わないといけない状況だっただろ! そもそも無理やり連れてきて【認める】なんて、上から目線で言うな!」

「確かにそうですが……」


 ローグは真剣な顔で「イリスと別れた時、何も話せなかった」と言った。


「本当は嫌だったのかもしれない。【運命の番】になる事もネフェリムの民になる事も。自分の気持ちを押し殺して生きるなんて辛いだろう」

「……私が売った冒険小説のセリフですね」

「うるさい!」

「小説をバイブルにしてくれるのは嬉しいんですけど、現実は違いますからね。あなたが小説の影響を受けたせいで、ネフェリムの長の前で冒険小説が売れなくなってしまったのですから」


 ため息交じりでニアンはそう言い、ローグは「親父の頭が古すぎるんだ」と憤る。


「それから僕もイリス様を助けに行くためにネロウと戦うのは反対です」

「なんでだよ!」

「僕と同じ冒険小説が好きな人間が一人失ってしまうから」


 少し茶化したようにニアンは「来月、新刊が出ますよ」と言うとローグは「本当に!」と嬉しそうに言った。


「来月の新刊を読んで感想を言い合えないなんて悲しすぎます。どうか考えを改めてください。ネロウ様と戦えば、あなただって無事では済まされませんよ」




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