ミーコ、運命の番が原因で婚約破棄された少年に会う
物語の舞台は切り立った山々のふもとには常緑樹の深い森と穏やかな丘が広がっていた。
切り立った山には竜が、常緑樹の森には猫の獣人が、そして丘には古き巨人の子孫と言われているネフェリムの民が住んでいた。
山々から吹き付ける風が冷たくなり、空を飛ぶ竜が冬眠を始める冬の初めの頃だった。
猫の獣人の王、ネロウがネフェリムの民の女性 イリアを【運命の番】であると主張して攫うという事件が起こった。
獣人の中で野生の本能が強い者は生涯、一人の異性を愛そうとする【運命の番】と言うものがある。その異性と出会った瞬間、恋に落ち、離れただけで胸が痛くなってしまう。そうして寝込み、食欲もなくなって、うつ状態になり最悪亡くなってしまう事さえある。
そして【運命の番】は人間も対象になる。
猫の獣人の王であるネロウも野生の本能が強いとネフェリムの民ですら知っている。だからもしかしたらネフェリムの民の女性の誰かが【運命の番】に選ばれてしまうんじゃないか……と心配していた矢先の事だった。
悪いことに【運命の番】として選んだイリアはネフェリムの民 ローグの婚約者だった。
ローグはネフェリムの民を納める長の次男であり、少年でありながら竜を一人で倒せる実力者であった。そしてネフェリムの民の中で一番の頑固者だった。
当然、ローグは激怒して宣戦布告し、ネロウはそれを受けて立った。
「おい! 泥棒猫! イリスを返せ!」
「イリスは俺の番だ! 絶対に返すか!」
血で血を洗う戦いが始まろうとする、そのよそでネフェリムの長や年長者と猫の獣人の家臣や相談役、イリアは冷静に話し合った。
その結果、猫の獣人の国は、かなり高い賠償金をネフェリムの民に支払って、イリアはネロウの【運命の番】として受け入れることが決定した。
めでたし、めでたし……、になるわけがなかった。
***
常緑樹の森の茂みに猫の獣人が隠れていた。緩いウェーブがかかった明るい茶髪とクリっとした猫の獣人の特徴である黄色の瞳、そして優雅に揺れる尻尾を持った少女は、丘にいるネフェリムの民の少年をじっと見ていた。
その少年は真っ黒い髪と瞳を持ち、旗を掲げるポールと大きな荷物を背負ってまっすぐに森、いや猫の獣人の国の方角を見ていた。
「ローグ兄ちゃん、どこに行くの?」
少女がじっと見ていた少年 ローグの小さな弟が彼に話しかけていた。ローグは気まずそうに「……森の中」と答えた。
「もうすぐ夕方だよ。夕飯食べないの?」
「森の中でキャンプをするんだよ」
「なんで?」
不思議そうに聞くローグの弟に、ローグは困った顔になるが「なんでも!」と言って弟を背にして森の中に向かって行った。
「ねえ! ちゃんと帰ってくるよね!」
弟の言葉に「帰るよ!」と振り返らず手を振ってローグは答えた。
遠くでネフェリムの民が飼っているヤギたちの鳴き声が聞こえてきた。
森の中に入ったローグを猫の獣人の少女は追う。彼女自身は音を立てずに気を付けて歩いて行った。
今は五月、ようやく温かい日差しで草も元気よく育ち、常緑樹も日の光に浴びて葉がキラキラと輝いていた。だが森の中へ突き進むとドンドンと暗くなっていった。
しばらく歩いているとローグは立ち止まって「あのさ」と話し出した。
「いい加減に出てくれないかな。俺を尾行しているのは分かっているから」
ローグは真っすぐに獣人の少女が隠れている木を見ていた。指摘された少女はどうしようと困ったが、結局平然を装った顔でローグの前に出てきた。
「フン、よく分かったわね。ネフェリムの民!」
「分かるよ。全然気配消していなかったんだから」
強気に言った少女の言葉は冷静なローグに返された。そして「と言うか、君は誰?」と質問されたので少女は優雅に答えた。
「私の名前はミーコ。猫の国の子爵家 ジャンフォレストの者よ」
「俺はローグ」
「知っているわ、我が国王に宣戦布告した男ですもの。猫の国じゃ有名人よ」
ミーコは厭味ったらしく笑い、ローグは無表情のまま「それで何しに来たの?」と尋ねた。
「イリス様がネロウの元に嫁ぎましたが、今ローグ様はもう婚約者を見つけましたか?」
嫌そうな顔でローグは「いない」と答えた。その返答にミーコは「なら、好都合」と微笑む。
「だったら、私と……」
「それに、婚約者なんて必要ない」
さらっとローグはそういい、再び森を突き進む。自分の話しをかぶせた上に無視されたミーコは一瞬、呆然としていたがすぐにローグを追いかけ話しかけた。
「ちょっと、必要ないってどういう事なんです?」
「俺はこれから死をも覚悟した戦いに行く!」
強い意志を持ったローグの言葉にミーコは驚き、「え? 戦い?」と戸惑う。すぐさま「誰と戦うんですか?」と聞くと「お前の所の王だ!」とローグは答えた。
「何が【運命の番】だ! ただの一目惚れを運命と大げさに言いやがって! 頭ン中、お花畑だろう!」
「……」
「そのネロウの花畑の頭を叩き潰して、今度こそイリスを取り戻す!」
そういってローグは森の中へ突き進んだ。
その後姿を呆然と見るミーコはポツリと呟いた。
「なんで私が婚約者になる男は、みんなこうなんでしょう……」