エルイシア皇女殿下目線
エルイシア皇女とアンドリュー・ディア・シャルディエン辺境伯の犬猿の仲のエピソードを紹介します。
まずはエルイシア目線。
私と彼の関係は私史上最悪な犬猿の仲だ。
それは十年前のまだ帝国の皇族貴族が入学する帝国立ロワイヤル・リス学院の幼稚舎時代にさかのぼる。
当時彼は一学年上のクラスで私が入学した時には顔を知る程度の仲だった。
しかし更に一年後たまたま彼の妹と私の妹が同学年で入学した事もあり、たまに遭遇してはあちらが会釈する程度の関係になった。
その関係が破壊され、今日の険悪な関係へとなる根源とはある事件によるものでした。
「ぎゃ~~~~~!」
幼稚舎の教室に天井を突き抜けるほどの奇声が放たれていた。
「バ~チッ!!」
教室の中に響く破裂音!
「皇女殿下!
なんて事されているのですか!!
早くお離れになって!」
教師達が目にしていた光景は、私が泣き喚き足をバタバタさせている妹の同級生に馬乗り姿で跨いで、頬を平手打ちしていたまさにその現場だ。
馬乗りされているのは辺境伯の妹マリー・ルイーズ、そして馬乗りになっているのは私エルイシア。
早々に数名の教師達に手足を拘束され、マリー・ルイーズは保健室へ。
私は校長室に呼ばれて隔離された後、お母様付きの侍従長ランディルフ男爵に迎えられ王宮へ強制退去となってしまった。
さて何故こんな顛末になったといえば。
その日妹ルナがお気に入りの女官から見事なお手製刺繍の施された一組のリボンを贈られた。
そのリボンを左右に三つ編みされた長い髪に結んで登校していた。
可愛らしいルナにとても似合った花柄や草模様に蝶の刺繍でリボンは濃い薔薇色の上質のシルクで出来た綺麗な品だった。
とっても刺繍が気に入っていたようで、嬉しそうに幼稚舎に出かけた日だったのを今でも覚えている。
ルナは私と違い大人しく、人見知りで引っ込みじあんな子供でした。
だから幼稚舎でも特に仲のいい友達がいるとは言えなかった。
勿論皇女を標的にする愚かな貴族の子女はいなかったが、あまり楽しい学院生活を送っているとはいいずらかった事もあって、心配な私は事或る毎に妹の教室に行っては話相手になっていた。
あの日もそんな日だった。
「でねぇルナ!
この前に剣の訓練を習いに行くのを止めに来たレティシア女官長の通る廊下にね。
胡桃の殻を沢山撒いてね。逃げてやったのよ。
だって女官長ったら皇女殿下に剣術など必要ありませんって。
お説教に来るっていうんですもの。
私の一番のお気に入りの剣術のお稽古を禁止しようとしたんだよ!
もう絶対無理なんだから」
私の饒舌ぶりに圧倒されて、ルナは目を丸くしたかと思うとクスクス笑い始めた。
こういうの嬉しい学校ではあまり笑わないし、この上品な笑い方がルナにあっていてすごく好き。
皆がいなかったら抱きついてキスしたいくらい。
「もうエルイシアねえ様にはお手あげね。」
またクスクス笑う。
「うふっ」
二人でなにげない日常の会話をしていた時に私の斜め後ろに薄黒い影が現れた。
私は本能的に敵意を感じその方向へ顔を向ける。
この少女こそ現辺境伯の妹マリールイーズ・ディア・シャルディエン伯爵令嬢。
背は私ほど高くなく、まだ子供だったのでプックリとした体つき。
黒いギョロリとこちらを睨んでいる細い目がいかにも未来の我儘令嬢といった印象。
私に言われちゃ終わりよね。
腰に両手を当ててルナを睨んでいる。
おい!恐れ多くも皇女殿下を睨むってあんた何様?
親にチクるわよ!!
「!
ルナ皇女殿下。
恐れ多くも皇女殿下ともあろう方が流行デザインの装身品を身に纏うなど軽率ではありませんか?」
「はア???」
私の目尻が上がり、思わず叫ばずにはいれなかったがあえて口にはしなかっあ。
あんたいくつ?
あんた何様?
皇女が流行を追うなんて軽率?
そんな台詞親が言っているとしか思えないでしょう。
ルナは顔色が見る見るうちに青白くなり、視線を下に向けてスカートの裾を手でぎゅっと握りしめている。
困った時のルナの癖で今にも泣きそうだ。
そう彼女は侍女に貰ったわけで何もこのデザインがいいと要求したわけでもなく。
買ったわけでもない。
このリボンをくれた侍女は身分こそ高貴な家柄だったが、先代の領地運営がうまくいかず財産を食い潰し娘まで王宮へと出仕しなくてはいけないほどの経済状態になってしまった。
性格の優しくルナもとても慕っている。
侍女もルナが喜んでくれると思って作ってくれた。
心のこもった贈物だ。
それを流行を追って軽率?
どうしてくれるの私の可愛い妹なのに!!
元々細い私の理性の糸がプチッとはじけ飛んだ。
そのまま本能に従って気が付いた時にはそのいけすかない妹の同級生に馬乗りになり平手ビンタをくらわしていた。
次に気が付いた時には大勢の教師と妹のクラスの教室は他の子供の鳴き声と、例の生意気女の甲高い泣き声がどす黒い渦になって教室に充満していた。
あ~~~やっちゃった!
でも悔いはない。
だって私の可愛い妹のためだもの。
絶対に! 許さない。
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ランディルフ男爵によって王宮に戻された私は一旦自室で自粛するようお母様からのお達しがあり、不貞腐れた様にベットの上で大の字に寝そべった。
どうにでもなれ!!
って感じ。
あぁ~~お母様のお説教長くなるよね。
お説教だけではすまないかな~~。
まあいいや!
そんな事を考えながら時折、私付きの侍女が様子を見にやってきてはおやつを差し入れたり、軽い軽食や本を差し入れてくれる。
もう夜なのにお母様はくる様子もない。
私の部屋はとっても静か……。
なんでだろう?
丁度ウトウトとし始めた時だった。
急に寝ていたベットの端に大きな重力がかかり、重みを感じ目が冴えた。
ぼんやりする瞳が段々映像を映し出し始めた。
「お父様?」
政務で忙しく、夜も寝室に入るのは深夜だと聞いていたから意外な訪問だった。
目を丸くして見ている私に、優しく微笑むお父様の顔は本当にルナに似ていると思う。
いや正確にはルナが似ているのだが。
お父様は乱れた私の髪が気になるのか手で撫でたかと思うと化粧台のブラシを手にとり、す~と私の髪を梳かし始めた。
お父様は今日の私の顛末を聞いているはずなのに無言で、でもその手つきは優しくて全てを包み込んでくれる。
語る事なかれ汝の全ては我知るや。
エルディア大陸の神話で読んだ一説を思い出した。
お父様の髪を梳く動きが急に止まった。
私が背を向けていたのにクルリとお父様の前に顔を向けたから。
お父様は首を少し横に倒して不思議そうに私を見ている。
私は両手を広げてお父様の大きな胸に飛び込んだ。
温かい胸板の厚い私達を愛情で包み込んできた抱きつくと、その愛情が私の中へと流れ込んでいく。
私は愛されている。
そう実感出来て安心する。
ぎゅっとお父様を強く抱きしめるとお父様も抱きしめてくれる。
お父様は後ろから包み込む様に私を抱きしめる。
「エルイシア。
君は良い子。
私の宝物。
いつも愛しているよ。
今日は一緒に寝よう」
お父様の言葉で全てが救われるように思う。
いやお父様には言わなくてもわかってくれる。
だから何も言わず抱きしめてくれているの。
お父様は皇帝陛下なのだ。
公式な場所ではあくまで皇帝陛下と皇女殿下。
でも私達を愛情深く育ててくれた大好きお父様。
全てが許される気持ちになって、すぐに睡魔が襲ってくる。
お父様はにっこり笑って額にキスしてくれた。
「お休み。
私の可愛い。愛しい娘」
その言葉が呪文の様に私は意識を手放した。
久しぶりにぐっすりと眠った夜が明け、翌日目を覚ますともうお父様はいなかった。
枕元には手紙が置いていた。
エルイシアへ
今日から二人は三日間幼稚舎をお休みだ。
そのかわり三日間次のスケジュールを予定しました。
今日は家族全員で庭園でランチと昼下がりをゆっくり過ごしましょう。
明日はルナと一緒に遊んで過ごしなさい。
明後日はお母様とルナと一緒にお買い物だ。
愛する娘へ 父より
翌日久しぶりに朝食を家族で食べた。
ルナは私に駆け寄るとぎゅっと抱きしめて、耳元で悲しそうな震える声で勇気を出していった。
「ごめんね。エルイシア」
私は首を振ってルナを抱きしめた。
だってルナは悪くない。
手紙の通り三日間お父様の言う通りに過ごした。
幼稚舎の事件には触れず、家族で楽しく季節の花が咲く庭園でのランチは美味しかった。
その後の花冠作りやお父様とお母様の楽器の演奏に私とルナの歌、芝生の上に皆でゴロリと寝転んだ。
美味しいアファルキア茶とお菓子を食べた。
ルナや他の兄妹と楽しい会話と食事は本当に楽しかった。
家族の久しぶりの語らいは素晴らしい一日だった。
その翌日はルナと一緒にお人形遊びやボール投げ、ポニーに乗馬。
そしてちゃんとあの日の事件をルナから謝罪があり、あの日の話をした。
どうしてリボンが原因であの子があんな言動をしたのか?
私がどうしてあんな暴挙に出たのか。ちゃんと話した。
私が勝手にしたことだし。
ルナには何の咎もないから。
再び私達は抱き合って姉妹の絆を再確認した。
素敵な一日だった。
そして最後の一日のお買い物の時だった。
あの事件からお母様と会うのは初めて。
お説教かなと思ったら、お母様はいつものように冷静でいつも通り接してくれる。
お買い物は昼下がり城下の閑静な住宅街の一角へ、質素な馬車で向かった。
いわゆるお忍びスタイルだった。
プラタナスの並木道を両側には白石の石造りの建物が並ぶ、ベランダには季節の花々が飾られている。
久しぶりの城外ですごく嬉しい。
ルナと興奮しながら街並みを眺めていた。
しばらくして馬車が止まり、石造りの建物の前に止まった。
そこは看板が立てかけていたオーダーメイドのブティックの様だった。
「ラ・ディア・フローリア」
年齢を問わず皇室貴族御用達のオーダードレス専門店だ。
ドレスの他に装身具や雑貨も販売している。
全て手作りでオーナーは貧困層に仕事を依頼して奉仕活動に厚い人物だと以前お母様が言っていたのを思い出した。
「さあ。今日は今着ているドレスに合う。装身具を選びましょうね。」
馬車から降りた後、お母様がそう言って扉の前で二人の店員が扉を開く。
三人揃ってその店内に入った。
ブティックの内装は白と淡いプラチナゴールドで統一された豪華だけれど落ち着きのある上品な店。
店員もシックな装いで、上流階級を接客し御用達なのは一目でわかる。
数体の人形にいろんなドレスが飾られていてとても美しい。
キャビネットには手袋、リボン、扇子、帽子やハンカチ、バックなども飾っている。
華やかなな雰囲気に瞳がキラキラする。
五歳児でも女子は女子なの。
店の奥に人影を感じるとお母様がその人物に近づいた。
「マリアアルディア。
久方ぶりですね」
母が一人の恰幅のよい五十代の貴婦人に話しかけた。
「皇后陛下にはご機嫌麗しくお目にかかれて光栄で
ございます。
両皇女殿下もご機嫌麗しく存じます」
「あなたもおかわりないようで安心しました」
「陛下。
この度は私の孫娘が皇女殿下にご無礼を働いた事
お詫び申し上げます。
今後ないように伯爵夫妻に厳しくいい聞かせ、孫
の教育係、侍女、乳母のうちけしからぬ無作法者
は解雇いたしました。
これよりは両皇女殿下の良き臣下となりますよ
う。再教育する所存でございます」
深々と貫禄のある貴婦人の礼は事の顛末が伯爵令嬢にあると、この婦人もお母様も認識しているのだと私は知った。
どうりでお母様は私に何も言わない訳だ。
お母様はまさに女神ディアの慈悲深い微笑みを見せ威厳に満ちた姿で言った。
「子供は大人の鏡ですから。
エルイシアにもこらえしょうがない所があったの
は事実です。
まずは子供達に解決させましょう」
「ありがたいお言葉でございます。
さぁマリー・ルイーズ。
出ていらっしゃい」
貴婦人の後ろのスカートに隠れていたマリー・ルイーズが小さくなって出てきた。
顔は真っ青で目は泣き腫らしたのか真っ赤だった。
「さぁ。両皇女殿下に謝罪を」
マリー・ルイーズはカタカタ震えながらもスカートの裾を少し抓んで頭を下げた。
「ごめんなさい」
私は少し気が晴れた気がし、お母様の顔を見るとあなたもと言っているように感じた。
同じようにスカートの裾を抓んで言った。
「私もやりすぎたわ。
ごめんなさい」
その後でルナが言う。
「もういいの。大丈夫よ」
この後貴婦人が謝罪だと言って私とルナにお帽子を贈ってくださった。
装身具を贈られるはずが、オーナーの営業トークで私達の新しい普段着のドレスを作ってくれるというお母様。
嬉しい。
色やデザインの好みを伝え採寸して黄昏時に馬車で王宮に帰る道でお母様がお話してくれた。
私が王宮に戻って事の顛末の報告を受けた後、帰宅したルナに話しを聞いた。
あのリボンはどうやら伯爵令嬢の侍女とルナの侍女が姉妹で一緒に作ったのだそう。
同じ物が二つになるのは当たり前だったの。
それを知らない伯爵令嬢は自分だけの特注品だと皆に見せびらかした後に、ルナが身につけていたのであの言動になったそうだ。
お母様が彼女の祖母に伝令を送り、今日のセッテングになり、円満解決を試みたのだそうです。
終わりよければ全てよし。
ただ一人を除いては。
次回はアンドリュー目線でこの事件とアンドリューのエルイシア皇女への敵意がどう生まれたのかという目線で展開します。