人外の魔物たちは『最も恐ろしいのは人間』オチになるホラー映画を作りたい
時刻は日没過ぎ。とある会議室のような一室に、四人の実力派魔物が集結した。
まずは吸血鬼のドラフ。金髪で黒いコートを着た紳士であり、口には牙が生えている。
「メンバーが揃ったので、我々魔物で作るホラー映画の内容を決める会議を始めます」
赤い顔と長い鼻と髭を持ち、山伏姿の天狗の長之助が笑う。
「ふふふ、楽しみじゃのう」
全身が紫色の皮膚で覆われ、鋭い角を生やし、恐ろしい形相の悪魔デビロス。
「この映画が上手くいけば、俺たち魔物と人間たちの融和がさらに進むってわけだ」
狐の九太。彼の尻尾は九本あり、いわゆる“九尾の狐”である。
「絶対成功させないとね!」
いずれも恐ろしい魔力・妖力を誇る魔物であるが、人間界を支配するなどといった野心は持ち合わせてはいない。
むしろ人間との対話や融和を進めたいと思っており、積極的にそういった活動を行っている。
今回のホラー映画製作もその一環である。
そして、会議室には魔物四人とは別に一人の女性がいた。
ドラフが紹介をする。
「さて今回は、人間の脚本家である嵐山照子先生にお越し頂きました」
「初めまして、皆さん」
嵐山照子は長い黒髪、グレーのスーツとスカートを身にまとった女性で、紹介された通り脚本家である。
数々の人気ドラマの脚本を手掛け、特に婚活に熱を上げる女性を主役にした『海老で鯛を釣る』は社会現象を起こし、ドラマ内に出てくる主人公の台詞「女の価値はいかに鯛みたいな男を釣れるかで決まるの!」は流行語大賞にまでなった。
彼女が会議に参加することに、ドラフ以外の三人も異存はなかった。特にデビロスは――
「俺、『海老で鯛を釣る』見てたよ。本当に面白かったぜ」
「ありがとうございます。悪魔の方にまで楽しんでもらえて自信がつきました」
照子はにっこりと微笑んで頭を下げた。デビロスははにかむ。
ドラフが進行を続ける。
「話をおさらいしますが、我々魔物は人間との融和を目指し、今回ホラー映画を作ることになりました。決めたテーマは『最も恐ろしいのは人間』オチになること。魔物が作る映画で、そのまま魔物が恐ろしいってストーリーじゃ芸がありませんからね」
ドラフが他の三人を見回す。
「そこで私を含め、魔物四人には宿題を出しました。それは『最も恐ろしいのは人間』オチになる映画のアイディアを考えてくること。これからそれぞれ発表し、それを嵐山先生にも聞いてもらって、映画の方向性を決めたいと思います」
アイディアを発表し合うわけだが、全員一番手は嫌なようで、お互いに様子をうかがい合っている。
「じゃあ、私からやりましょう」
仕方ないので司会のドラフがそのまま一番手をやることになった。
「私が考えたのは吸血鬼ホラーです。人間の生き血を吸う恐ろしい吸血鬼が、次々に犠牲者を生んでいきます」
「なかなかいい出だしじゃのう」と長之助。
「しかし、人間も黙ってはいません。そこで吸血鬼の弱点であるニンニクの遺伝子組み換えを行います。こうして生まれたニューガーリックは恐ろしいほどの臭いを放ち、吸血鬼を退治してしまうのです」
ドラフが話をまとめる。
「つまり、吸血鬼を倒すためなら遺伝子組み換えぐらい平気で行う人間は恐ろしい…というオチになるわけですね」
「悪くねえな!」デビロスが笑う。
「うん、面白そう!」九太もしきりにうなずく。
ドラフの案はなかなかの好感触であった。
続いて名乗りを上げたのは天狗の長之助。
「ワシのアイディアは、一人の人間の女性と天狗が出会うところから始まる」
「お、ラブストーリーっぽいね」九太が口を挟む。
「うむ、その通り。最初二人は映画を見たり、レストランに行ったり、健全な交際を続ける。しかしじゃ、やがて女性は天狗の身体能力に目をつける」
「雲行きが怪しくなってきましたね」とドラフ。
「そうなんじゃ。実は人間の女性はスポーツインストラクターでのう。天狗を人間ということにして陸上界やあらゆるスポーツ競技を総ナメにしてようと考えたんじゃ。天狗の力で名声を得ようということじゃな。いやはや、人間とは恐ろしい…というオチになるわけじゃ」
皆がおお……と感嘆の声を上げる。
「いいじゃない。僕、こういう話好きかも」
九太が尻尾を振る。
「愛がいつしか打算になってしまうというのが悲しく、恐ろしいですね」
ドラフも感想を述べる。
長之助も鼻を高くして「そうじゃろう」と得意げだ。
「次は俺だな!」
三番手としてデビロスがプレゼンを始める。
「俺は悪魔が出るホラー映画を考えてみたぜ! ある人間の男が悪魔を呼び出して、契約を結んじまうんだ! 生きてる間は願いを叶えてもらう代わりに、死後は魂を渡すってな!」
「魂を代償とした契約、すでに恐ろしいですね」とドラフ。
「この男はとんだ悪人でな。悪魔の力で好き放題する。大金を出したり、美女と結婚したり、なんなら人を殺したり、物を盗んだり……」
このままいけば男は死後、苦しむことになるわけだが――
「死ぬ時になって、悪魔は約束通り魂を持っていこうとする。だけど、魂があまりもドス黒く濁ってて、とても持っていけない。悪魔は退散し、人間は恐ろしい……ってオチになるんだ」
「意外性があってええのう! 素晴らしいホラーじゃ!」
褒められて、デビロスは頭をかいて嬉しそうに笑う。
トリを飾るのは九太。尻尾を振りつつ説明を始める。
「僕の考えてきたストーリーはね、まず狐の大軍が人間たちを襲うんだ。噛みついたり、尻尾で顔をひっぱたいたり……」
「狐によるパニックホラーってわけか!」デビロスが合いの手を入れる。
「人間たちはどうにか狐を撃退するんだけど、なぜ狐が人間を襲ったのかというと、人間の環境破壊で住む場所がなくなってたから……ってオチになるんだ」
「いいじゃねえか!」
「社会派なところもあって、質のいいホラーじゃのう」
九太のアイディアも皆から絶賛され、嬉しそうに九つの尾を振る。
四人の案が出揃い、ドラフは照子に話を振る。
「どれも甲乙つけがたいですね。いかがですか? 嵐山先生」
照子はぼそりとつぶやく。
「ぬるいわ」
「……え?」
意外な反応に、魔物たちは狼狽する。
「はっきり言わせてもらうわね。あなたたちのアイディアはどれもぬるいのよ!」
「どういうことでしょう?」
「例えばあなたの案、吸血鬼退治のためにニンニクを遺伝子組み換え……ってこんなのギャグじゃないの! どうせだったら血液の中にウイルスを仕込むぐらいしなさいよ!」
「ウイルス……!?」
「吸血鬼は人の血を吸う。それを倒すなら吸血鬼が好みそうな人間の血中に、吸血鬼を倒せる人造ウイルスを仕込めばいいというわけね。まあ、ウイルスを仕込まれた人間も当然まもなく死ぬことになる。それなのに予防注射か何かと偽って注入しちゃうの」
「い、いくらなんでも非人道的すぎませんか?」
「いいえ、人間ならそれぐらいやるわ! “多少の犠牲はやむを得ない”ってね」
ドラフは恐縮してしまう。
「それと長之助さん。天狗の身体能力に目をつけるというストーリーはいいけど、スポーツ競技に参加させるなんてのは平和的すぎるわ。どうせなら兵器に利用するぐらいしないと!」
「兵器じゃと……!?」
「そうよ。天狗は解剖され、その飛行に長けた身体構造を研究して高性能の戦闘機やミサイルが開発されてしまうの。どこの国も天狗を求めるようになり、争奪戦が始まり、ついには第三次大戦に……」
「お、恐ろしいことじゃ……」
「せっかくホラーをやるんだから、これぐらいハッタリはきかせないとね」
照子はデビロスに目を向ける。
「あとデビロスさん。人と悪魔の契約ってのはいいけど、悪い人間が悪い願いを叶え続けるってのは捻りがないわね」
「な、なるほど……」
「例えば他人を洗脳して忠実な手下にして、代わりに悪魔と契約させてしまうの。そうすれば自分は一切危険を冒さずに、悪魔の力を使うことができる。本当に悪い奴ならこれぐらいのことはするわ」
「外道すぎる……」デビロスはドン引きしてしまう。
「九太さん。狐が人を襲うパニックホラーというのは面白いかもしれない。だけど攻撃方法がちょっとぬるいわね。せっかく狐を出すんだから、エキノコックス要素も取り入れたいわ。そうすれば狐とエキノコックスで、二度美味しいホラー映画になるはず」
「ひええ……」照子の案に九太の尻尾が縮こまる。
照子が拳で机を叩く。
「いい? 皆さん! あなたたちのアイディアは全体的にぬるすぎるのよ! せっかく世にも珍しい魔物が作るホラーなんだからもっと怖い映画にしないと! 死を! 恐怖を! 絶望を! ――観る人に叩き込むのよ!」
その眼はギラギラと輝いていた。
「もちろん今言った私の案だって全然大したことない。全力で意見をぶつけ合えば、もっといい案が出てくるはず!」
照子の脚本家魂に火がついてしまった。
「さあ、燃えてきたわ! 五人でアイディアを練り直すわよ! 今夜は徹夜になるわよぉ! みんな、覚悟しておきなさい!」
「は、はい……!」
返事をしつつ、四人の魔物たちは同じことを思った。
やはり、最も恐ろしいのは人間だと――
おわり
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