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無限の夜  作者: Garden
7/8

6、復讐

復讐―――私は、本当にソレを望んでいるんのだろうか?


 それから、5年の間。

 毎日、私は自分を苛め続けた。


 毎晩、己の身体に魔力を溜める。


 ドロドロと濃密な蜜は、決して甘いモノではない。

 それは内から私を溶かす、硫酸のよう。


 気づけば私は成長し、お金の使い方も覚えた。

 なぁに、大した事ではない。

 生きる理由が出来たのだ。大事なものだって手放す。


 そしてようやく見つけたこの好機。

 私の5年は無駄にはしない。


 もう一度、自分の世界を取り返すんだ。

 貴女は私が必ず……殺す。




 そうする事で、自分の罪は消えるはずも無いことを気づかないままに―――。



 /復讐


 


 「私の身体には、何千万Vという電流が蓄えられている───」


 と、女は言った。


 ―――あり得ない。

 そう、あり得ないのだ。

 そんな事をすれば自壊する。

 内側から焼き焦げて行くのは常だ。


 一体、どんな思念、妄念、怨念、が彼女を突き動かしたのだろう?

 そんなもの想像できるわけがない。

 だがその想いはきっと凄まじいに違いない。


 でなければ、こんな事は不可能だ。


 そういった意味で彼女は一つの神秘であり奇跡だ。

 一個の魔術。それが宝花院麗の正体。




 「ふふふ。なにをそんなに驚いていて?(わたくし)はこの時を待ちわびたのです!呆けているのではつまらないでしょう?」


 そ言って。パチンと指を鳴らす。


 「私の電撃(うらみ)とくとご覧あそばせ!」


 すると、彼女の身体から電流が放出される。

 それは一直線に私目掛けて飛んできた。


 「―――ッチ」


 私は背中の翼で宙に逃げる。

 しかし宝花院麗は攻撃の手を休めない。


 一撃。二撃。三撃。


 私は舞う様にして、その攻撃をかわす。

 詠唱は間に合わない。此方が魔術を組み立てる間に、相手は好機といわんばかりに畳み掛けてくるだろう。

 私の詠唱スピードは“神速”と言われるソレだ。最速の詠唱と言ってもいい。

 だが彼女は既に一個の魔術。それは不可能とされた“無音”と言っていいだろう。


 だから今の私はひたすらに彼女の隙を探る程度しか出来ない。

 私が疲労するが先か、相手の燃料切れ、もしくは一瞬の油断が先か。

 もはや勝負は泥沼の持久戦だ。


 “雷鳴の暴れ車”―――成る程。車とは良い例えだ。

 車は一個の完成された、固体。

 彼女もまた一個の完成された魔術。

 燃料切れまで走り続けられると言う意味ではどちらもイコールと言うわけだ。


 だが圧倒的にまで違うのはその燃料の差である。

 彼女が幼少より燃料を蓄え続けたと言うならば、電池切れを待つなんて事は愚行もいいところである。


 「ええい。小賢しいっ!」


 そしてもう一つ。決定的とも言える差。

 それは精密さだ。

 人は機械ではない。故に感情もあれば、ミスもある。

 車は構成上の欠陥が無い限り、誤作動は起こしづらい。

 しかし、ひとに限りそんなことはあり得ないのだ。


 人が失敗するのは世の常。


 よく魔術行使を機械工程に例える者がいる。

 それは失敗すれば、己の自壊に繋がる為。

 そのための戒めなのだ。


 しかし宝花院麗は違う。 

 彼女は魔術行使ではなく、それ以前の過程で自壊する。

 否、もとより彼女は自壊しているのかもしれない。

 そんな少女に魔術行使の戒めなんて誰が教えるだろう?

 そうだ、彼女の自己戦い(たたかい)は始まる前に既に終わっているのだから。


 加え、今の彼女を突き動かしているのは憎しみだ。

 何故、恨まれているのかは身に覚えが在りすぎて分からない。

 しかしそんなモノ―――


 「ふん。激情している人間ほど御し易いものはない」


 のだ。

 人とは愚かだ。感情というものに左右される。

 そんなモノ切り離してしまった方が楽なのに―――いや、しかし、さっき頭が熱くなったのはどうしてだったか?


 バリリリリ!!!!!!!!!!


 と稲妻が私を貫く。


 「―――グゥッ!」


 貫いた箇所は脇腹。

 致命傷ではない。無いにしろ、それは深手だ。

 身体が電気のせいで痺れる。

 四肢が自由に動かない。

 これでは着地が―――


 ドン!と地面に思いっ切り身体を打ちつけられる。


 ―――何てことだ。

 全くもって、皮肉なものだと自嘲する。

 感情を切り離せ、と悪態をついたのは何処のどいつだったか?


 「うがぁあぁぁぁあ――あぁ」


 くそ、血が止まらない。

 こんな傷。普段(・・)ならばとっくに止まっているはずなのにっ。


 「いぐッ…がっ……ぁぁぁあぁ」


 痛い。痛い。痛い。


 骨が何本か折れたようだ。

 そりゃ、あの高さから落ちたのだ。


 「うううぅ。治癒が遅い…あのガキめ……」


 私は表情を歪ませる。

 しかし、死ぬほどの怪我ではない。

 気休めにしかならない程度だが、治癒能力も多少は働いているようだ。

 だが、それ以上に


 「はははははっ。お気の毒に“血濡れの聖女”さん。噂ほどでは無いんですわね」


 動けない。というこの状況が不味すぎる。

 宝花院麗はバリバリ、と電流を発する。


 「さぁあ、終わりですわ。ええ、(わたくし)(せかい)を返していただきます」


 彼女の言わんとしている事は分からないが。

 この先に待つのは死だという事は十分すぎるくらいに理解できた。


 「死になさい……“血濡れの聖女(マリア)”!!」


 バリバリバリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!


 電流が発射される。

 ―――否、解き放つ瞬間にその眩い電流は消えた。


 「な、ん、で、?」


 その言葉は宝花院麗のものだ。


 「なんで―――?」


 彼女は涙を流す。


 「なんで―――本気で闘ってくださらないの?」


 そんな事を言った。

 正直、腹が立つ。

 私は全力では無かった。

 ああ、その通りだ。あのガキが私に寄越した戒めのせいで全力は出せない。

 しかし本気だった。私は確かにオマエを殺そうとした。

 腹が立つ…ああ、腹が立つ。

 なんで、こんな事で涙を流す?

 恨みを晴らせる、絶好の好機。

 本気でなかったにしろ、それは喜ぶべきことで決して悲しい事ではない筈だ。

 私なら絶対に好機は逃さない。

 宝花院麗は無防備に泣いている。

 ああ、逃さない―――


 ―――だから私その無防備な、その頭蓋を粉々にくだく事にする。


 私は宝花院麗の頭を掴む。

 彼女は呆気にとられた表情で、涙を流しながら私を見る。

 後は直接魔力を通すだけで、綺麗な爆発林檎の完成だ。


 ゾク。


 背筋が震える。

 新たな死を生み出せると歓喜する。


 ゾク―――ゾクゾクゾク


 「ひゃあああああああああ、はははははははははははっ!!」


 歓喜、歓喜、歓喜、歓喜。

 私の脳を支配するのは甘美な液体。

 脳がとろけてしまう様な、魅惑の味。


 「はぁはぁ、はぁ、イってしまいそう!」


 頭は真っ白で何も考えられない。

 目に映るのは何が起きているか理解しきれていない、阿呆な(ツラ)

 興奮する私は実にはしたないが、それでも辞められない殺人。

 誰かに魔術師を狩るのはこの街の為といった。

 しかし、そんなモノウソで。都合のいい言い訳にしか過ぎない。

 この身は既に殺人(かいらく)なしには生きられない。


 「死んでしまえ」


 私の目には宝花院麗しか見えていない。

 ―――それが私の油断だった。


 「――――――!?」


 だから背後に潜む人物に気づくことが出来なかった。

 私は振り返る。

 そこに居るのは黒いタキシードで身を包んだ、男。

 宝花院麗の従者。

 ソイツは、魔術によって炎に包まれた拳を振り上げる。


 「あ、死んだ」


 最後に出てきた私の一言は実に間抜けだった。




 ◇

 



 それは―――現実かどうか疑いたくなる光景だった。


 電撃を放つ少女。

 それを背中に生えた翼で華麗によける少女。


 夢でも見ているのだろうか―――?


 「何をいまさら……」


 そうだ覚悟したはずだ。

 あの扉を開けて、この街に出た時に決めたはずだ。

 なのに何をいまさら躊躇する?

 これは現実で事実。

 あぁ、確かに信じたくない。

 だがこれは俺が選んだ現実だ。


 目を閉じるな、現実を見ろ。

 耳をふさぐな、今を聞け。


 今の俺に出来ることは、全力で否定しないことだ。



 バリリリリリリリ!

 と言う音がする。


 今まで余裕で攻撃を避けていた少女は電撃を受け―――地面に叩きつけられた。


 ―――血液が凍る


 「マリア……?」


 マリアは動かない。

 それはまるで翼を奪われた天使―――否、悪魔のように。


 「死んだのか……」


 呟く。

 凍った血液は、未だ体を廻ってくれない。

 実に情けない。

 こんな事で身体の不自由が奪われるなんて。

 一体俺は何の為に此処に居るのか?

 女の子一人救えやしなかった。


 「―――!?」


 その時少女の身体がピクリと動く。

 生きている。まだ生きている。


 「だから……どうしたって言うんだ?」


 もう一人の少女が彼女に歩み寄る。

 ―――眩い光を全身に走らせながら。


 俺には何も出来ない。

 この身体は彼女らのように特別製ではない。

 血を流せば死ぬし、魔術なんてものも使えない。

 そう―――彼女たちが異質すぎるのだ。

 何を思い上がっていたのか?

 俺は一体、何しに来た?

 

 「俺はこうやって、隅でガクガク震えているだけじゃないか…!」

 

 頭にきた。

 彼女らの異質さにではない、自分の正常さにだ。

 こんな光景をみたら正常ならば足が竦む。

 俺はこんなにも人間らしかった。


 「俺はこうやってマリアを見殺しにすることしか……」


 できない、のだと。

 唇を噛む。

 

 動け、動け、動け!!


 身体は一向に命令を拒絶する。

 いや違う。命を守ろうとする命令に上書きされてしまうのだ。


 結局のところ、それは自己防衛だ。

 この機能が壊れている人間なんて壊れている。

 だが、それは、つまり、―――


 「これは自分の問題だろ!自身の思考なら、抗えないはずは無いんだ!!」


 ただ、怖いっていう弱さに過ぎない。

 

 そうこう思考しているうちに、少女は彼女を殺すべく手を彼女にむける。

 それは死刑宣告。

 紛れも無い死刑執行の寸前だ。


 身体は動かない。

 いや、今から行っても間に合わない。

 それに何が出来るんだ?俺に一体?


 彼女の盾になる。

 そうだ―――そんな簡単な事じゃないか。




 ―――瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。



 俺は一目散に走る。

 間に合わない、いや、間に合わせる。

 

 次の瞬間―――眩しい光が辺りを包んで……その光は止んだ。


 少女は泣き出す。

 彼女は何事かと、呆気に取られる……しかし、ニヤリと笑うと、少女の頭を掴んだ。


 形勢逆転。

 何があったか知らないが、これでマリアはあの少女には殺されない。


 それでも、俺は走るのを止めない。

 そうだ、俺の敵は少女の方ではない―――方ではなく、さっきから後ろでコソコソとしている黒服の男なのだから。  


 黒服はマリアを背後から襲うつもりだ。

 何の冗談か、手は炎に包まれている。

 ―――きっと、アツイんだろうなアレ。

 

 「いや、アツイで済めば儲けもんか」


 黒服はその腕を振り上げる―――マリアは完全に虚を突かれ避けることも叶わない。

 そしてマリアを殺そうと―――マリアは目を見開いて、“あ、死んだ”なんてほざきやがる。


 「ふ、ざ、けるなぁぁぁぁぁあ!!」


 俺は吼えた。

 そしてマリアと黒服の間に割ってはいる。


 その拳を振り下ろした―――。


 「うおおぉぉぉぉぉぉぉお」


 俺も右手の拳で対抗する。

 そして、その拳はぶつかり合う。


 こっちは素手。

 むこうは…素手ではあるが、炎がその拳を凶器たらしめている。


 結果は見る価値すらない。

 こっちはアツイ炎で焼かれ……。


 「え?」


 焼かれ―――る筈だった。

 

 「熱くない」


 そう、熱くない。

 俺に伝わってきたものは、拳をぶつけ合った時の衝撃だけだ。


 「し、か、い……?」


 マリアは未だ呆けている。

 何が起きたか飲み込めていないらしい。


 しかし、それ以上に自分がこの結果を理解できずにいる。

 それは拳を合わせている黒服とて同じだろう。


 なにせ相手は只のガキなのだから……。


 「熱く…無いのか?」


 終始、無感情だった男は初めてその表情を歪ませる。


 「……チィ」


 黒服の男は一度舌打ちをすると、身体をコマのように回転させ――――――俺の脇腹を蹴りあげた。


 「グゥ―――!!」


 ミシミシと骨が唸る。

 身体は宙に浮かび、そのまま俺の身体は吹っ飛んだ。

 ぐるりと空と地面が反転する。

 そして俺は、近くの塀に突っ込んだ。


 「がぁっ!!!」


 身体が痛い。

 頭からは血が流れている。

 視界がアカイ。

 どうしようもなく、俺は普通すぎた。

 

 「士快――――――!?」


 マリアは宝花院麗の頭を放して、未だ痺れの取れない身体で必死に俺へと駆け寄る。


 「士快!!ちょっと待ってよ、何だって君は――――――!?」


 口調が戻る。

 どうやら、俺の好きな方のマリアに戻ったらしい。

 ――――――だが、今はそう喜んではいられない。


 「マリア―――後ろ!!!」


 そうだ、ここでの油断は命取りだ。

 背後には炎を拳で纏った、黒服の男が――――――。


 「死ね」


 拳を振り上げ襲ってきた。

 

 「マリア!!」


 二度目の不意打ち。

 マリアは対処するすべもなく、そのまま――――――


 「うっ」


 身体にもろに攻撃を受けた。

 そのまま俺と同じようにして身体は吹っ飛び、近くの塀へと叩きつけられる。

 その威力は先の比ではない。

 マリアの叩きつけられた塀は粉々だ。


 「ぐぅっ!」


 マリアは悲痛の声を漏らす。

 どうやらまだ生きているらしい。

 だが、状況は絶望的だ。


 俺は勿論、マリアもアレでは動けない。

 なら、待っているのは死だけだ。


 「お嬢様、ご無事ですか?」


 黒服は宝花院麗の手を取る。


 「ええ、大丈夫。油断しただけですわ」


 宝花院麗はその手に引かれながら立ち上がる。

 

 「――――――にしても、本当にペテンですわ。さすがは議会すらも悩ませただけの事はあります。……しかしオカシイですね。この程度で議会が頭を悩ませるほど、議会は落ちぶれた…という訳ではないでしょう」

 「しかし目の前の女は間違い無く“血濡れの聖女(マリア)”です、お嬢様」


 宝花院麗の疑問に黒服が答える。

 一体、何のことかは飲み込めない。


 「まぁ、いいですわ。正直、期待外れでしたが、どうやら手を抜いているという訳では無さそうですわね……というか、もしそうでしたら許しませんわ!」


 彼女は拳をワナワナと震わせる。


 「さて」


 と、此方を振り返る。

 その目は鋭い。


 「トドメ、と行きますか」


 と、背筋が凍りつくような事を口にした。


 身体は動かない。

 いや、意識があるのが不思議なくらいだ。

 ドロドロと思考は混濁しつつあるのに、意識だけは綺麗にはっきりしている。


 バリバリバリバリ


 宝花院麗は身体から電流を放出させる。


 「お父様、お母様。ご覧になっていますか?(わたくし)はこんなに立派になりました。今、この瞬間、貴方方の無念を其方に還します」


 目を瞑って、呟く。

 透き通るようなその言葉は、その実、実に呪いじみている。

 

 「天に還りなさい、化け物。そなたの罪はあの世ですら、癒える事は無い」


 バリバリバリバリ―――一層電流は激しさを増す。

 マリアはと言うと、意識はあるようだが俺と同じく身体が動かないらしい。

 懸命に身体を動かそうとしてはいるものの、事実それは不可能に思えた。


 そうしている間にも、電流は激しさを増していき―――


 「ここに管理者権限を発する―――直ちに戦闘やめ、総員この場から退きなさい」


 と、いう声が聞こえた。

 

 その言葉は、この場の時間を止めた。

 激しく盛っていた電流も今は彼女の身体からは発せられてはいない。

 マリアも身体を動かそうとするのを止めている。

 俺もその声のほうに目をやっていた。


 ―――声の主は、一人の少女だった。


 凛とした顔立ち。

 髪は後ろで二つに結んである。

 目は実に気の強そうな眼差しをしている。


 そして目を疑いたくなるのは着ているものが、ウチの学校の制服という点だ。


 「さぁ、呆けていないで。私は退けと言ったのよ?そんな若い内から“死にたい”なんて事、無いわよね?」


 少女は仁王立ちで話す。

 実に偉そうな態度をとる。


 「いいえ。管理者に歯向かえば、議会にも命を狙われる事があるって聞きますし、ここは管理者様の言葉に従います……行くわよ、聖斗」

 「はい」


 悔しそうにそう言って、宝花院麗はマリアを一瞥すると、


 「今日はどうかしていました。何故、この様に脆弱になってしまったかは知りませんが、次からは非情に徹します。次会う時が、貴方の最期です。どうか他の魔術師なんぞに後れをとらぬように」


 感情の無い言葉を口にすると、二人は月夜の闇へと姿を消した。

 次は殺す、と言いようのない恐怖を残して。


 


/




 「助……かったのか?」


 正直、生きた心地はしなかった。

 生死を分けたのは、一瞬だ。

 もし、ここに介入者がいなければ、俺もマリアも生きてはいなかったろう。

 つまりそれは、目の前の少女におかげだった。


 「はー、随分と派手にやってくれちゃって、まぁ」


 少女はこれ見よがしにため息をついてみせる。

 腕を組みながらマリアの方に歩み寄っていく。


 「うそっ、まさか……だって」


 マリアの顔を覗き込むと少女は驚く。

 そして何やら、顎に手をあてて考え込む。


 「あ、そうだ。そっちの人は大丈夫ー?」


 と、なんか凄くついでな感じで此方の安否を気遣う。


 「あ、ああ、なんとか……」

 「そう、貴方、一般人ね」


 マリアの傍を離れて、此方にやってくる少女。

 少なくとも、敵ってことはないようだ。


 「ああ、少なくとも翼で空飛んだり、電流を自在に操る、なんて事は出来そうにない」

 「ふふん。そう、それは良かった」


 少女は笑顔だ。その―――笑顔、なんだが目が笑っていない。

 少女は此方に手を伸ばす。


 「起きれるかしら?」


 ああ、と返事をして少女の手を掴む。

 気のせいなのか、少女の手にはやたらと力が入っている。

 掴まれている方の手が痛い。


 「あのさー、あなた一般人よね?」


 と、同じ質問を投げかけられる。

 なんか、嫌な予感がする。


 「ああ……たぶん」


 ビキ


 あ…なんかキレた。


 「なんで、なんだって、魔術師でも無い人間がここにいるのよ!?暗示は?私がこの街に掛けた暗示はどうしたのよ!!アンタねぇ、ふざけんじゃないわよ!何日、いいえ何週間かかったと思ってんのよ、ばかーーー!」


 がおー、と吠える。

 なんというか、八つ当たりではないだろうか?



 /




 「ごめん。その…取り乱した。でも、アンタが悪いんだから!」


 赤面しながら、少女―――流神水菜は謝罪する。

 しかし、それでも、なんかエラソーな態度は変わらない。


 俺はというと、そんな流神に治療して貰っている。

 魔術ってのは便利なもので、どうやら治療にも使えるらしい。

 まぁ、なんか体中に落書きみたいなものを施されてしまってはいるが。


 「文句言わない!これが一番手っ取り早いんだから」


 といいながら、手に持った油性マジックで俺の上半身に何やら見たことも無い文字を書いていく。

 勿論、上着は脱いでいる。

 だから、なんというか、気恥ずかしくもある。

 

 「これでよし、あんた少し息止めていて」

 「ああ、それはいいが、ほんとにマリアの奴は大丈夫なのか?」


 そうだ、身体に負ったダメージならマリアの方が上だ。

 なのに、こいつときたら


 「はぁ、さっきも言ったでしょ?あの子はそんなやわじゃないって。そもそも彼女には自然治癒が備わってるんだから、死なない限り、放っといても治るわよ」


 と、ため息交じりで話す。

 確かにそうは言うが、マリアは一向に目を閉じたままピクリとも動かない。

 それは、まるで人形のようにで……なんというか、目を奪われる。


 「はい、お終い」

 「え、終わったのか?」

 「ええ、どう?だいぶ楽になったはずよ」


 立ち上がって、身体の調子を確認する。


 「凄い、ちゃんと動く」


 身体はしっかりと自分の言う事を聞くようになってくれていた。

 本当に魔術ってやつは常識を逸脱している。


 「ねぇ、それより……」


 と、なんだか怖い顔で此方を睨む、流神。

 

 「あんたの右手……一体、なんなのソレ?」

 「―――え?」


 と、なんかよく分からない事を聞いてきた。



 ◇



 意識の海を泳ぐ。

 黒く深い海。まるでそこは果ての無い深海のよう。

 

 月の光さえ届くことの無い、そこはまるで私のココロを写しているかのようで気持ちが悪い。


 意識の海を泳ぐ。

 身体は重く、浮上することは無い。

 それは泳ぐと言うよりは、溺れていると言うほうが正しい。

 醜く私は手で水を掻く。


 意識の海を泳ぐ。

 果ての無いはずの深海で、確かに私は果てを見た。



 ―――それは、ある(ひと)の顔だ。

 それは私の脳には無い筈の記憶。

 私がこの世に出でて、初めて目にした原初の記憶。

 

 そんな記憶を持っている筈は無い。

 否―――覚えているはずも無い。

 幸せそうに笑う、女。

 最期の時に、一切の歪みの無い、明るい笑顔。

 それは死に行く者が、見せるモノではない。

 私の知っている死とは、もっと、こう、醜悪で醜いもののはずだ。


 しかしこの女は違う。

 何がそんなに、幸福だったのか?

 女の生涯は決して幸せとは呼べない。

 そう、それはどちらかと言えば、不幸に満ちたモノだった筈だ。


 それでもこの女は束の間の幸福を手に入れた。

 それはとても他愛の無いモノ。

 結婚し、家庭を持った。ただそれだけの幸福だ。

 こんなもの幸福と呼べる内には入らない。


 結婚し、家庭を持って、子供を授かった。

 だがそれだけだ、女の人生はそれだけだった。

 一瞬の幸福の為に生き、そして死んだ。

 笑顔で死んだのだ。

 私はそれが酷く恐ろしい。


 人は死ぬ寸前に笑えるものなのか―――?


 そんな事は不可能だ。

 人は死に恐怖する生き物だ。


 だから、きっとそれは、その女の強さ―――だったのだろう


 

 “ありがとう。私はあなたに会えて……凄く幸せよ”



 女の最期は決して不幸では無かった。

 それでも私は女の強さに涙した。


 


 /



 暗い海から浮上する。

 

 「ん、んんん……」


 目に入る光。

 そこは夜の暗い街。

 それでも眩しいと思ったのは、さっきまで居た深海がこの場所以上の闇であったことがうかがえる。


 「―――マリア!良かった無事だった」


 男の声がする。

 それは最近知り合った、少年の声だ。

 私は霞む視界で必死に彼にピントを合わせる。


 「だから言ってるでしょ?無事だって」


 女の声。

 それは、私が溺れる前に聞いた声だ。

 

 次第に意識が覚醒していく。

 そうか―――私は……。


 ―――負けたんだ。



 浮上した先に待つのもまた暗いモノだった。

拝読ありがとうございます。

相変わらずの展開に悩む、gadennです。


こんな文章ですがお付き合いくだされば光栄ですw

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