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無限の夜  作者: Garden
6/8

5、“雷鳴の暴れ車”

夢、願、愛……もう、そんなモノは信じない。

 身体は電池

 心は動力



 雷鳴と共に走る私は

 暴れ車



 一度走れば

 止めるのは至難


 電池切れは無く

 動力は錆付かない


 ただ走り続ける事を

 存在意義とする




 世の汚れも悪意も

 走ることで

 清め忘却する


 綺麗であろうと走る

 汚れを知らぬ暴走車




 我は電気を喰らい(まわ)回転動力(モーター)なり―――




 /“雷鳴の暴れ車(らいてい)


 「ようやく―――」


 金髪の少女は笑う。

 電気を放出しながら、少女はマリアを憎悪混じりのめで睨む。

 少女は白いワンピースに身を包んでいる。

 身につけているものはどれも高級感漂っており、俺なんかじゃきっと逆立ちしたって買えそうもない。

 身の丈は170弱くらいと女性にしては少し長身で、大人な雰囲気をだしてはいるが俺より年齢は一つ上か同じくらいだろう。

 すらっとした華奢な体つきをしていて、黙っていればどこぞの病弱なお嬢様みたいだ―――まぁ、あくまで黙っていればの話だが……。


 「ふふっ、待ち侘びました……えぇ、それはもう待ち詫び、恋い焦がれましたとも」


 少女はフフと笑う。

 それは少し猟奇的なモノを感じさせ、背筋が震える。


 「ありがと。私ったら女にももてるなんて、罪ね」


 マリアは感情の籠もらない声で言う。

 それはまるで人間ではない、駆逐される動物にでも話し掛けるように無機質な乾いた言葉。

 ―――今の黒い少女は昨日まで一緒に過ごしていた少女ではなく、出会ったときの冷たい悪魔そのものであった。


 白と黒。

 全くの対照的な二人は互いに静かに睨み合う。

 しかしその眼光は静かでありながら、確かに激しい殺意の籠もったものだ。


 「(わたくし)の名前は宝花院麗。“雷鳴の暴れ車”と言う異名があります……御存じ無くて」


 マリアは首を横に振る。


 「うぐぅぅぅ……。まぁいいですわ、えぇ、別に(わたくし)の異名なんて、どうでもよいこと。些末ごとですわね」


 もの凄く悔しそうにする、“雷鳴の暴れ車”さんコト宝花院麗。


 「……では?宝花院に聞き覚えは?」


 ギロリとさっきとは比べものにならない、鋭い眼でマリアを睨む。

 だというのにマリアは怯む事無く、涼しい顔でいる。そしてさらりと───


 「さぁ、しらない」


 と答えた。




 ───瞬間、空気が変わる。




 宝花院麗の放つ殺気は今まで以上に凄かった。

 ───殺す。差し違えても殺す。何にが何でも、どうやっても、どうしたって、どうやったって、絶対にコロス!!!

 そんな気概が空気を通って、伝わってくる。


 彼女の体の周りをバリバリと稲妻が走る。


 「そうですか……?では、語ることはありません。───速やかに黒焦げになりなさい」


 ぱちんっ

 と指を鳴らす。

 それを合図に稲妻が俺とマリアを襲う。



 バジジジッ!ゴォン!



 「おわっ」


 俺は間一髪で避ける。


 「服が焦げた……」


 予想どおり脅しでも何でもない、正真正銘の稲妻。


 「つまりマリアと同じ魔術師って奴か……」


 予想どおりとは言え、俄かに信じがたかった。







 稲妻が走る。

 轟音が鳴り響き、私だけでなく彼も巻き込まれる。

 幸いにも彼は服を焦がすだけで済んだようだ。

 なんというか、運がいいのか悪いのか?実に悪運強い。

 なにはともあれと、私は安堵の溜め息をつく。



 私は目前の敵を見据える。頭が熱くなる。

 私が狙われたからでは無い、彼が巻き込まれたのが何故か無性に腹が立ったのだ。


 「属性は雷か。けど……」


 一つ引っ掛かる事がある。

 と、思案している間に第二波が飛んでくる。私は彼を巻き込むまいと黒翼を作り出し、メインストリートへと移動する。


 予想どおり、女は私を追い掛けてきた。






 夜の闇に包まれ、人気の無い通りで私は宝下院麗と対峙する。


 沈黙───。

 互いに睨み合ったまま、街を切り裂く(ぶんだん)するストリートに立つ。


 そんな沈黙を破り、宝下院麗はパチンと指をならす。


 「消し炭になりなさい!!」


 耳を裂くような轟音と目も眩むまばゆさが私を襲う。

 そして稲妻が私を目がけて飛んでくる。

 

 タンっ


 と、軽く地面蹴る。私は宙を一回転して再びその場に着地した。勿論、無傷だ。

 着地したと同時に私の右手には黒い剣が握られている。細身のさして長くもない剣は、扱いやすい私の愛剣だ。

 私は間髪入れず肉薄し、手中の剣を振るう。


 ガチン、と言う音がして剣が弾かれる。どうやら電磁の壁を作って防いだようだ。

 私は地面を蹴って、後退する。

 

 剣を構え直す。

 宝下院麗は動かない。警戒しているようだ。

 ならば、と私は一度深呼吸をすると


 「───」


 詠唱を開始した。

 私はアーティワードと呼ばれる魔術師の言葉を発する。普通の人間では発音することも文字で表現することも不可能な古代言語。

 私はそれを使い、一息の内に詠唱を済ます。

 コトバによって組み立てられた術式は私が魔力を通すことでカタチになる。


 魔力とは絵の具のようなものだ。人それぞれ色が異なる絵の具。

 それだけでは只の色付きの液体に過ぎないが、絵画に色彩という命を吹き込む。

 魔力も同じ。ソレ単体では無価値でも魔術という作品を完成(かたち)にする絵の具。そして私の色は全てを飲み込む闇───。




 ───刹那。

 宝花院麗に向かって黒い短剣が解き放たれた。

 勿論それは私による魔術。ソレは一直線に宝花院麗の首を狙う。


 「───とった」


 私は確信する。

 完璧なタイミング。完全な攻撃。気付いたところでもう遅い。

 この間合いなら、避けることは不可能。詠唱だって間に合いはしない。

 私は勝利を確信し酔う。

 ───そう、一秒後の赤く染まった白い女の死体をイメージして。



 ガインッ!!!


 しかしその予想は大きく外れた。

 バリバリと彼女の体を電流が覆う。その電流を使って私の攻撃を弾いたのだ。


 完璧なタイミング。完全な攻撃。

 私に非なんて無かった。非の打ち所のない華麗な一撃。

 しかし、目前の女はそれを防いだ。


 ───ああ、何て憎たらしい。


 私は唇を噛んだ。

 あの女はあの一瞬の内に詠唱を済ませたと?

 いや、有り得ない。

 私はともかく、あの一瞬に詠唱をし、魔力を通すなんて出来っこない。

 だとすれば、あの女はそのどちらかの過程を省いて魔術行使したのだ。


 「……成る程」


 私は女を睨む。


 「そう言うこと?ようやく分かった。アナタの魔術に対し引っ掛かってたモノ…………いいえ、正しくは魔術なんて繊細なものじゃない」

 「あら、察しが良いんですわね。でも、これだって立派な魔術であるコトに変わりは有りません。貴女方とは少し毛色が異なるだけです」


 と、女は言い放つ。


 「魔術とは術式を組み立て、魔力を通すことでカタチを成すもの……でもアナタは術式を作らずに、魔力を直接電流に変換して放出してるだけ。そんなもの魔術とは呼べない」


 すると女は、フフフと笑う。


 「あら残念。ハズレ、ですわ。……そんな生ぬるい、優しいものでわ無いですのよコレは」


 バリバリ、と電流を激しく放出する。


 「───身体は電池」


 ふと、女は呟く。


 「───心は動力」


 それは呪咀のように、ベッタリと脳裏に焼き付くような感覚。



 ───悪寒が走る。

 それは永年にわたり積み重ねた呪いのような嫌な感じ。 


 「───我は電気を喰らい(まわ)る」


 そのコトバに力は無い、只のコトバだ。

 魔力が籠もっているわけでも、実際に呪いがかけられている訳でもない。

 しかし、そのコトバは重い。コールタールの海を沈むドラム缶のような、そんな黒々とした嫌な重さ。

 

 「回転動力(モーター)なり───」


 女───宝花院麗は静かに笑う。

 呪いじみた、己のコトバを嘲笑するかのように……。


 「今のが答えです。私の名前は“雷鳴の暴れ車”。その名が示すとおり、私は“暴れ車”なのです」


 私は言葉の意味を飲み込めない。


 「以外と頭が悪いんですわね。私の身体は電池……言葉の通りですわ」


 車……?

 電池……?

 車は走るもので、電池は電気を蓄めるもの───。


 「まさか…………」


 私は息を飲む。

 だって有り得ないのだ。

 人間がそんな事に耐えられるハズが無いのだ。

 私の考えていることは、拷問なんて温いもんじゃない。

 そんな事をして正常で在ることの出来る道理はない。現に私の前にいる女に、そんな事が出来ているはずはない。


 「あら?分かったようね?そう、私の魔術の正体…………」


 だというのにその女は髪を掻き上げ、涼しく笑いながら。


 「私の身体には、何千万Vという電流が蓄えられている───」


 と、言った。









 ───それはまるで拷問だった。




 私は両親を殺された後、都市部に住む親戚の家へと引き取られた。

 両親が死に、私には莫大な遺産が残された。

 ───しかしそんなものになんの意味が在ろう?

 子供一人で生きていくのにお金なんてある価値は無かった。

 いや価値は無くはない、むしろ私にとっては金額以上の価値があった。ただ意味が無いのだ。



 ───親戚夫婦は私に冷たかった。


 二人に子供は居なかった。

 元々、私の両親との仲も不仲だったようで、私を見る目はそれはもう汚いものでも見るかのようだった。


 親戚夫婦にとって、私は只の金ズルだ。

 私を飼っていれば、お金が手に入る───


 しかし、それは間違えだった。

 私は一円足りとも親戚夫婦には渡すことは無かった。

 二人にとって、そんな私になんの価値があるだろう?

 私の扱いは、日に日に悪化した。


 金を寄越せと怒鳴られる。金を寄越せと叩かれる。金を寄越せと殴られる。金を寄越せと蹴り飛ばされる。金を寄越せと髪を引っ張られる。金を寄越せと刃物で傷つけられる。金を寄越せと火で肌を焼かれる。金を寄越せと………………………………………………………………………………………………………。


 しかし私は出さなかった。絶対に出さなかった。

 日々続く虐待、否、拷問。

 それでも私が頑なに拒んだ理由、私が必死で守った理由。

 ───それは唯一の親の形見だったから。



 両親が私に残したもの。

 思い出なんて無い。

 父も母も私となんてあまり遊んでくれなかったし、家にだってあまり居なかった。

 家にだって帰りたくない。涙がでるから……。

 なら両親が確かにいたと言う証、それは両親が最もスキだったもの。

 私を放ってまで集めた、莫大な金。

 それだけが私の両親を証明するものだった───。



 ───皮肉なものだ……。

 ズルいことは嫌いだった。悪いことは嫌いだった。汚いことは嫌いだった。

 だから、そうやって集めたお金はとても嫌だった。


 いや───そうあろうと努めた。

 いい子でいたかった。正しくいたかった。キレイでいたかった。

 

 ───いたかった、いたかった、いたかった、いたかった、痛かった。



 でも今はそんな汚いモノだけが、私の全てだった。






 私が12歳の時の、ある夏の日のことだ。

 私は叔父に連れられ家をでた。

 今まで一度だって私を家から出そうとしたことはなかったのに。

 私の居場所は常に暗い物置だったのに。


 ───しかし答えは簡単だった。




 そこは汚ないお店だった。

 街の外れの更に外れ……。そんな片隅にあるお店。

 なんのお店かは分からない。ただそのお店の周りのお店も決まって怪しかった。そんな怪しいお店だけが並ぶ、集合体(しょうてんがい)


 私は手を引っ張られ、お店の中に入った。

 中は外見に相応しく汚なかった。

 ガラスの破片が床を飛び散り、いくつか置いてあるビリヤード台もボロボロ。

 一応カウンターがあるからバーなのだろうが、こんなカビ臭い所で何かを飲む気にはなれないと思った。


 叔父は誰かを呼んでいる。

 すると奥から数人の男の人が出てきた。

 キレイな人達では無いことは分かった。








 気付けば私は埃まみれの床に倒れていた。

 お出掛け用にしていた私のお気に入りの洋服はズタズタに裂かれていた。

 私は裸だった。身体のあちらこちらに傷があり、血が出ている。


 私が見た光景───奥から出てきた複数の男に囲まれた。突然掴み掛かってくるかと思ったら、服を引き裂き始めた。

 抵抗するが無意味。

 むしろそうすることで、更に男たちは私に欲情してくる。胸が膨らみ始めたばかりの子供に一体何をしているのだろうか?

 本当に頭が悪いと思った。

 散らばったガラスの破片で悪戯に私に傷をつける。

 痛かった。でも声を上げればこの男共は喜ぶだろう。だから我慢した。

 それが気に入らなかったのだろう。男は私を傷つけ続けた。

 それでも私は口を手で覆い、必死に抵抗した。


 時期に男共も私を傷つけるのに飽きた。

 身体は血塗れ。息も絶え絶えだった。

 しかし安堵なんてしてられない。




 男共は裸の私を───暴行した。




 そのあとの記憶はない。気絶したようだった。

 でも凄く気持ち悪かったのだけは、身体が覚えている。知らないオヤジ共に触れられるのはおぞましかった。


 私の周りには叔父しか居なかった。

 叔父は札束を汚らしく数えている。


 汚らわしいが、文句は言えまい。私の父だって、こんな風に汚い金を集めていたのだから。

 そんな汚い金を大切にしているという意味では私も叔父と大差はないのだ。



 それから私は何回かこの店に連れてこられた。

 金を出さないならば、作らせればいい。

 それが叔父の考えだ。

 結局、私はお金になるいい道具でしかないのだ。


 ―――苦しくなかったといえば嘘になる。

 見知らぬ男性に汚されるのは堪らなく嫌だった。

 だが私は抵抗することはなかった。

 私が生きていられるのは叔父のお陰だ。

 子供である私が一人きりで生きられる筈は無い。

 だから私は親戚夫婦に抵抗することはしなかった。

 私は恩を返しているのだと、私を育ててくれる者へのせめてものお礼だと考えた。こんな私でも邪魔になるだけの存在ではないのだと……ただただ言い聞かせた。



 ―――だが、もし……一人で生きることが出来たのなら、私はどうするのだろう?

 そんな有りもしない事を空想をした。




 だが、そんな空想は時期、現実となる。

 歯車が噛み合わなくなったのは、その時からだったか?








 それは、ある雨降りの正午過ぎ。

 私は珍しく自分の意思で外出した。

 

 どんな気まぐれか?

 私はどうしても見たいものがあった。

 ―――それは捨て猫だった。


 三日ほど前から寂しい通りに猫が捨てられていたことを私は知っている。

 それは叔父に連れられ店に行くときの道。

 そこを通るたびに私はその捨て猫が気になってしょうがなかった。

 今日は生憎の雨。心配だ―――。

 私は別に博愛主義では無かったが、きっと捨て猫と私の境遇を重ねたのだろう。


 今日は叔父達は家に居ない。きっと私の稼いだお金で遊びに出かけているのだろう。

 それが好都合と言えば好都合だった。

 私は雨の道を駆ける。傘は使わなかった。

 二人の傘があったが、使った後を残せば外出したことがばれてしまう。

 でも私の服が濡れていても、庭の洗濯物をあわてて取り込んだときに転んだ、と言えば言い逃れできるだろう。基本彼らは私に興味なんてないのだから。


 私は人気のない通りに差し掛かる。

 ここに猫が捨てられている。

 長く続く一本道は薄暗く、子供の私にとってはちょっとしたお化け屋敷のよう。

 だが私は臆することなく足を進めた。



 ―――猫は死んでいた。



 冷たい雨に打たれ、血が雨と混じってアスファルトを流れている。

 ―――死んでいるのは猫一匹ではなかった。

 近くには同じように生まれたばかりの子猫が転がっている。無論、死んでいる。


 私は呆然と立ち尽くした……。



 カツン、という足音が私を覚醒させる。

 普段人通りの無い道に響く足音。

 それは次第に大きくなり、私の横で音は止んだ。


 私は虚ろな目で足音の主を見上げる。

 ―――それは帽子をかぶった、中年の男性だった。

 深く帽子をかぶっているせいで、顔は確認できない。

 


 “お嬢ちゃん?何をそんなに泣いているの?”



 と男は私に声をかける。

 私は猫を指差した。いつのまにか涙が出ていることに男の言葉で気づいた。

 


 “そうかい。死んでしまったんだね。可哀想に……”


 男は嗚呼と声を漏らす。

 そして男は私に、こう教えてくれた……


 “お腹に子供がいたから捨てられてしまったんだね”


 と。

 男はいった。お腹に子供がいたから捨てられたと。

 そしてこう続けるのだ


 “ホントに無責任だよね。散々、使われた挙句、子供が出来たらサヨナラなんて…………―――まるでお嬢ちゃんと同じだ―――”



 その言葉が私を反転させた。







 あれから一週間が経った。

 あの後も私は4回程、店に連れて行かれた。

 勿論、私を金にする為だ。


 それは私の世界が反転してしまってから一週間が経った、あるジメジメした日のことだ。



 今日も私は叔父に連れられ、店へと行った。

 何故か今日は叔母もついて来ている。きっと私が汚されるところを見て、悦に浸ろうというのだろう。

 なんて悪趣味と、私は今にも泣き出しそうな空を感情の篭らない瞳で見る。


 ―――嗚呼、なんて……。


 空には黒い雨雲が徐々に広がりつつあった。

 黒は嫌いだ。白がいい。

 それは幼少のころから変わらない私の考えだ。


 ―――嗚呼、なんて……。


 純白の白こそ私の憧れだ。

 私は白ではないからだ。私は所詮、穢れた黒。

 だが、今はどっちでも良かった。反転してしまった世界では、白も黒も私にとってはどちらも良くて、どちらも嫌だ。

 

 ―――嗚呼。なんて、都合がいいんだ。





 いつものように店に入った私は数人の男達に囲まれる。

 なれたもので私は服を破られまいと、自分から服を脱ぐ。

 それでも、この変態さん(オヤジ)達は服を破ることにエクスタシーを感じるらしく下着だけは脱がないでおく。

 はらりと、服が脱げ起伏に乏しい子供らしい体が露になる。

 こんなものに興奮する大人は実にくだらない。

 私は汚れきっている―――なのに白にすがっていたのは間違いだ。

 そう、私の世界は反転した。あの雨の日、あの男は私に言った。



 “お嬢ちゃんもその(なか)に命を宿せばこうなる。……そしてきっとそれは遠くない。ならば何故、綺麗であることにこだわる?どうだね?力が欲しくは無いかね?なぁに、今までの生活(ごうもん)に比べればたいしたこたぁない―――”



 




 だから私は反転してしまったこの世界で、この力で








 この場に居る全員を殺す事にした。








 ザァァ、と我慢でもしてたかのように空が泣きだす。

 私は一人、雨に打たれながら人気の無い道を亡者の様に歩いていた。

 

 ――――――頭が割れるように痛い。


 これが不相応な力の代償か?それとも雨に打たれ風邪でも引いたのか?

 ――――――いや、違う。

 

 人の焼ける臭い。

 “助けて”と囀る小動物。

 それを嘲笑う、私。


 そんな光景を脳が何度も再生(リピート)する。

 だからだろう―――私の脳はそんな過負荷(つみ)に耐えきれず、頭痛によって警告を発する。


 なんて事をしてしまったのか―――?

 罪悪は確かに私を蝕んでゆく。

 殺人という罪。幼くして犯してしまった大罪は、私の(せかい)を崩壊させる。

 もとより反転してしまった世界だ、どうなろうがどうでもいい。

 ―――しかし、そうは諦めていても、手からこぼれて行くものに愛おしさを感じてしまうのは人の常だった。


 フフ、と自身を自嘲する。

 まだ自分を人と言うのか?まだ人であることに拘ろうとするのか?

 ―――この身体は既に人の域を超えているというのに。




 あの男は言った―――。

 私には特別な力があると。特別な存在なのだと。


 私はどうやら魔術師、と言われる存在らしい。

 古代の神秘の習得者。人を超えた人。人の形をした悪魔。

 呼び方は諸々あるらしいが、呼び方に拘ってるようでは大した事は無いと思った。







 それはもう―――血を吐くような一週間だった。

 私には魔術の才能は、残念ながら無かったらしい。

 そう男は言った。

 だが、私の魔術における方向性というものが“貯蓄”らしく、毎日少しずつ貯めて行く事で、いざという時には上位の魔術師をも凌駕する力が発揮されることがある。らしい。

 私は良く分からなかったが、その魔術という力には興味があった。

 ―――その力さえあれば、弱い子供の私でも、一人立ち出来るのではないかと考えたからだ。

 だがそんなものはまやかし。所詮、こんなモノではどうしようもない事は分かっていた。

 だが他に娯楽もやることも無い私にとっては、そう思って熱中することが楽しいと思ったのだ。


 だがソレは簡単な事ではなかった。

 私の貯蓄の魔術は入れ物が無いと使えない。

 それも魔力を通しやすいものでないといけないらしい。しかし私が持ってるのは、人を狂わす紙切れしかなかった。

 本当に役立たずの紙切れには憤慨したが、それでもそんなものを大切にしている私にはもっと怒りを覚えた。


 そこで私は入れ物に、私の体を選んだ。

 私自身の体なのだ魔力の通りが悪いと言うことはあるまい。

 ―――しかしその考えはまるで浅はかだった。

 

 人間の身体は生まれた時から器が決まっている。

 そうそれは魔力の許容量。

 私自身の身体に魔力を貯蓄したところで限界は目に見えている。

 それに自分の身体に魔力をためるなんて、吐き出したものをまた飲み込むようなもので、まるで意味が無かった。

 しかし男は言った―――“うん。君の考えは正解だ…でも、何か勘違いしているようだ。魔力は消費しなければ新たに体内では作られない。だから自分の魔力をそのまま内に戻してもまるで意味が無い。いいかね?だったら魔力を全くの別物に変えてしまえばいい。そうすれば内に返るのは濃厚な蜜のように凝縮されたエネルギーだ”


 私の魔力の属性は雷だと教えてもらった。つまり、一度魔力を雷に変えてから体内に貯蓄しろと言うものだった。

 だが、そんな事―――タダで済むわけが無かった。



 才能は無いが、筋はいい。

 それが私に対する評価だ。変換も貯蓄も説明を聞いただけでこなせたし、魔力を内から放出する方法もスグにコツを掴んだ。

 男に出会い、魔術師のことと私の魔術のこと。そしてそれの活用法。

 たった三時間で私はこなしてしまった。

 男曰く、私は非凡でありながら天才的ということらしい。


 それから一週間、私に魔力―――否、電気エネルギーを貯め続けた。

 魔力は一度変換してしまうと純粋な魔力では無くなってしまう。だから体内に戻すことは、自身を破壊すると言うことだ。

 簡単に言えば、自分の血と他人の血を混ぜて体内に戻すようなもの。

 それは予測通り、私の身体を貫いた。


 ガガガガガガァ、アアアアア、グゥ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――!!


 それはどんな苦しみだったろうか?

 身体を内側から焼かれるような感覚。


 グゥ、ガガガ、アギャ、ズ、ガ、ギャアアアアアアアア・・アアア、ブフゥ、ガ―――!!!


 その叫び声は幼い少女のものとは思えないほど、醜悪だ。

 私の魔力量は少ない。よって一日に少しずつしか蓄えられない。

 しかし、それでも死を覚悟しなければならないほどの、苦しみだ。


 昼間は家の仕事。

 夕方には店につれられ、汚されて。

 夜になれば自身を痛めつけ。


 そんな拷問のような生活。

 しかし同時にそれは私の目的であり、生きる糧。

 自身の苦しみ、痛みこそが生きてる証。

 反転してしまった世界での私の在り方。


 ―――その先に待っていたのは、殺人という大罪だったのだ。 


 


 雨に打たれ、一人歩き続ける。

 もはやどうしていいのか分からない。きっとそんな私は酷く悲しい顔をしているのだと思った。

 

 私は宛てもなく彷徨う。

 もう行く場所は無い。唯一、私の曲がりなりにもあった居場所は自らの手で壊してしまったのだから。

 それでも私は生き続けたかった。

 どんな苦痛にも耐えられてきた私だが、死という未知には恐怖する。

 

 死ぬのは怖い。

 だが人を殺めた、私は死んだも同然だ。

 それでも怖い。


 なんて滑稽――――――と、己を呪う。

 もはや、自身で自身を卑下にすることでしか己を支えられない自分。


 なぜ?何故こうなってしまったのか?

 くるくると反転をくりかえす私の価値観(せかい)に、もはや秩序はない。

 だから、どれが正しい判断だったかなんて、今となっては分からない。


 ただ、自分は綺麗でいたかった。

 私の願いはそんなにも純粋で一途だったはずだ。

 しかし、それは叶わなかった。

 

 どうして―――なの?


 そんな自問に答えは出ない。

 否、答えは出ている。しかしそれを思ってしまえば、私は後戻りできなくなる。


 いや、後戻りの道なんて最初から無かった筈だ。

 そう、それはいつからだったのか?

 親戚に引き取られた時?帽子の男に出会った時?私が人を殺した時?

 いや違う、もっと根源的なものがあった筈だ。


 そう、それは黒い少女に出会ったときだ。


 ―――その瞬間、私の世界は再誕した。


 あの悪魔が父と母を殺さなければ、こうはならなかった筈だ。

 だから私は誓ったのだ。生まれ変わった(せかい)を二度と汚さないように。

 あの女を、殺すと。



 私は決して気づいてはいけなかった筈の思いを呼び起こしたのだ。


 


 水溜りに映る私の顔。

 ―――その口元は確かに、三日月に歪んでいた。

駄文、拝読ありがとうございました。

予定外の過去話です。もっと後半に予定してたのですが…少し無理やりな感じで入れてしまいました^^;


では、また次回~

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