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無限の夜  作者: Garden
5/8

4、魔術師狩り

今回前書きはありません。

 ―――月が昇る


 舞台背景を夜に変え、街は眠りにつく。

 舞台が変われば役者が代わるのは必然のように、夜の役者が舞台で踊る。

 観客は月と星。そして猫。


 ―――拍手は無く、アンコールも無い。

 寂しい舞台に役者は足りず、今夜も脚本片手に舞台に上がる。


 最高の脚本に最良の舞台。後は役者を決めるだけ―――

 だから始めよう、オーディション。ほうら道化が愉快に踊る。

 だけど二流はいらないよ。いるのは闇に満ちた(いちりゅう)役者だけ。


 ほうら、今日も舞台に上がってきたよ。許可なく土足で汚い足で。




 さあ―――選定の夜が来た。今日も無様に踊り狂うといい。


 夜の舞台は他の誰でも無く、君達―――魔術師の為のものなのだから。



 今日も淡いスポットライトが役者を照らす。

 血塗られた夜を掻き立てるように―――



 /魔術師狩り




 ギィ、と自宅の扉を開ける。

 すると鼻を刺す、何とも言えない刺激臭。

 酸っぱくて、焦げ臭さくて、何か良く分からない臭いが化学反応を起こし、俺の愛しのマイホームは異界と化していた。


 一度扉を締め、外の新鮮で毒気の無い空気を目一杯吸い込む。そして鼻を摘んで、いざ自宅の中へとダイヴ!した。




 ―――そこは俺が知ってる今朝までの部屋では無かった


 正に異界。いや、異界というよりは異海だ。

 臭いの海。例えるなら、人間が決っして生きることの出来ない深海3000メートル。

 灼熱の地獄とは真逆の地獄―――

 一体、いつから俺んちには閻魔が住み着いたのか?

 ―――いや、いる。

 閻魔でも無ければ鬼でもなく。悪災の根源、地獄の元凶。

 そう、ソレこそが見た目通りの悪魔―――マリアだ。


 俺は変わり果ててしまった、自分の部屋を一歩一歩踏み出す。


 「おい・・・げほっ・・マリ・・・げほっ、っっ・・・ア」


 むせながらも、マリアを呼ぶ。

 そういえば、マリアは無事なんだろうか?流石のアイツでもこんな所では・・・


 少し心配になって、必死に歩く。

 臭いのせいか、平行感覚はかなり危ない。

 つーか、命も危ない。


 ―――しかし、そいつは俺の心配をキレイに裏切って現れた。


 「んもぅ・・・うるさいよっ!士快」


 そいつは少し小さい花柄のパジャマを着て、眠そうに欠伸をしながらリビングの扉を開けた。

 っていうか、キツそうに着ているパジャマ姿が・・・なんというかエロい。


 「あのね?士快。人がせっかく、お昼寝しているのにー。っていうか、そういうの近所めーわくって言うんだよ!・・・どうしたの?」


 プンスカと眠そうに目を擦りながら叱咤するマリアさん。

 つーか、ご近所の迷惑より俺への迷惑を考えてくれ。


 「げほっ・・・なん・・ごほっ・・なんだこのに・・・げほっげほっ・・臭いは?」

 「んー、臭い?・・・あっ、この匂いは―――」


 と、笑顔でキッチンのコンロの上にある鍋を手に取る。

 こいつ、臭いは平気なんだろうか。


 「ふふん♪じゃっじゃっじゃーん」


 と、笑顔で愉快そうに笑うと鍋の蓋を勢い良く取る。

 ―――中にはなんだか黒々と、どろっとした液体が入っていた。・・・何か、浮いてる。


 「ねっ、ねっ、凄いでしょ?」


 ああ、確かに凄い臭いだ。つーか、平気なオマエも凄い。


 「感想は?」


 笑顔で感想を求めてくる、マリア。無垢な瞳が俺に視線を向ける。


 「・・・げほっ、あー、なんつーか、ヤベェ?」


 命の危険とかそういう、色んな意味でヤバイ。


 「えー、そんだけ?」


 不満そうに言う、マリア。一体、どんな感想を期待していたのだろうか?

 ・・・つか何ダロ?コレ?


 「つーか、コレ・・・何?」


 恐る恐る聞いてみる。

 きっとこれは聞いてはいけない事だったんだろう。それでも人間の好奇心がそれを許さない。

 “怖いもの見たさ”と言う言葉がある。

 しかし、俺の行動はそんなんじゃないと思う。

 そう―――それは何と言うか、事故。道端を歩いている時の、ちょっとした出来心。そう、きっとそれに近い。


 「ん?シチューだよ♪」


 なんて、笑顔で言い放つのだった。






 シチュー(?)をマリアの抵抗や妨害に勝ち、なんとか廃棄してから一時間。

 家中の換気扇を総動員して、なんとか生物が生きることのできる環境に戻った。

 マリアはというと、すっかりご機嫌斜めの様だ。


 「士快の人でなし」


 凄い形相で睨まれる。

 つーか、人でなしはそっちだ。色々と人を超越してると思う。空飛んだり、兵器を家庭でお手軽に作ってみたり。


 「て言うか、何でシチューなんて作ろうとした?昼飯用意してったろ?・・・つーか、何をどうしたらあんなシチューになるんだ!」

 「えー、だって、夕御飯作ったら喜んでくれるかなーって」


 一応、善意だったらしい。しかし善意で殺されたら、たまったもんじゃない。


 「何で捨てちゃうんだろ?あんな美味しそうだったのに・・・」


 正気だろうか―――?

 あんな黒々した泡がボコボコとでる、あんなどろっとした液体が美味しそうだと?


 すっかり忘れていたが、コイツ魔法使いとか言ってたな?

 魔女って怪しい薬をツボみたいなのでグツグツ煮ながら、ヒッヒッヒッて笑っているイメージがある。

 ・・・そうか。あれはそういう事だったのか。


 ―――結論から言うと、魔女の作るものは食べてはいけない。


 「むー、士快って、いっつも勝手に人の悪いことを想像してるよね?」


 不機嫌さ全開で言ってくる。

 っていうか俺の想像はどうあれ、結論は正しい気がする。


 「いや、気持ちは嬉しい。嬉しいんだが・・・」


 命が危ないからヤメロ。なんて言ったら、殺されそうな気がする。


 「あー、えーと、あれだ。・・・そうだお前、俺に頼みごとがあるんだろ?」


 そうだ。元はと言えば、こいつが何か俺にしてほしい事があるからこんなことになっているんだ。


 「あ、それなんだけど・・・って、あー!また士快ってばー。もう何で?どうして?どうなって?士快はそんなんなの?」


 逃走失敗。

 でも、頼みごとは本気で気になる。確か、道案内だとか、どうとか?

 頼むからシチューの試食とかは止めてほしい。


 「・・・まぁ、もういいや。シチューの事は後でにして、まずはやっとかないとね」


 シチューの件は引きずることは決定らしい。言い訳ぐらいは考えておくか・・・。


 「うん。お願いって言うのはね、この街の案内なの。私、この街の事良く分かんなくて・・・人気の無いトコとか、大きな音出してもヘーキなトコとか」


 ん?何かがオカシイ。


 「んー、後はー・・・あ、最近物騒な事が起きたトコとか」

 「ちょ、ちょっと待て。何なんだ一体。どうしてそんな所ばかり、案内させたがるんだ?」


 マリアはきょとんとして、ぽん、と手を合わせる。


 「そうか、理由くらいは話さないとね。・・・というか、気付くよね普通」


 馬鹿にされてる気がプンプンする。

 つか、コイツの普通はきっと普通じゃない気がする。


 「でなんなんだ?その普通わかる理由ってのは?」

 「えーっと、単刀直入にいうとね・・・」


 そいつはいつも通りの笑顔とその声で


 「人を殺すの♪」


 なんて、コンビニでも行くような気軽さで言うのだった。





 ―――人を殺す 


 それは聞き間違えでも気のせいでも無く、確かに目の前の少女から発せられたものだ。

 そう少女はコンビニにでも行くような気軽さで、そんな事を口にしたのだ。


 ―――部屋の空気が凍る。

 息をする度に肺がチクチクと痛む。

 ―――そうだコイツは初めて合ったときだって・・・


 「人を殺してたじゃないか・・・」


 一人呟く。

 忘れもしないあの光景。

 血で染まった路地裏。地で濡れた翼。おおよそ人だったとは思えない塊。―――そして、あの虚ろな瞳。


 こいつは言った―――私が殺したのは魔法使い、だと。

 だが、こうも言った・・・魔法使いだって人間だと―――!


 俺の目前にいるのは、殺人者。愉快に嗤う悪魔。

 人を殺し、血を啜り、魂を喰らう―――正真正銘の悪魔。

 何を勘違いして、何を思ったのか?能天気な頭を今は恨む。

 いや、きっと都合が悪いから忘れたのだ。

 触れず、関わらず、意に介さなければ、きっと自分には無害なのだと―――



 だが、それは間違えだ。

 次は俺に獲物を探せと嗤う。

 きっと獲物が見つからなければ、その対象が俺にシフトするだけだ。

 要は、生き死になんて昨日の夜に決まっていたのだ。

 生きたければ、生け贄を。さもなくば死ねばいい・・・つまりはそうだ。


 死、死、死、死、死。


 頭に浮かぶイメージはそれだけだ。

 巡って、巡って、辿り着くのは「死」という答え。


 「士快―――」

 「わぁっ!」


 心配そうに手を伸ばすマリアの手を払う。

 その彼女の顔はもはや、作った表情(かめん)としか思えない。


 「殺すなら殺せ―――」

 

 俺は意を決した。

 俺の為に誰かを犠牲になんて出来ない。ならば俺は俺を生け贄に選ぶ!


 「で、でも、その代わり俺を殺したら、この街から出ていけ!いいな!?」


 俺は精一杯の意地と虚勢を見せる。

 正直“死”という未体験に恐怖を隠せない。


 “死”とは何か―――?

 別に生物学的とか医学的な事を問いているのではない。

 

 俺はどうなるのか?と言う事だ。

 俺が死んでも、なんの変化も無く回るだろう。

 草も木も人も、いつもと同じ朝を迎え、また眠る。


 だが“俺”という存在はどうなるのか?

 空も星も月も、俺にとっては何の価値も無く、ある意味も無い。

 一体、それは何の為に有るのだろうか?

 このセカイは俺が生きているからこそ、俺にとっては意味がある。

 ならば俺が消えたら・・・?俺はどこに行く?このセカイは俺にとっては無価値?

 存在意義。理由。価値。そんなもの有るかどうか誰が決める?他でもなく自分自身。

 自分が死ねば、俺の俺にとってのソレは誰が決めようというのか?




 ―――そんな事を考えた。

 まぁ、いい。

 死ぬ覚悟はないが、死んでやろう。


 「さぁ―――殺せよ」


 沈黙が支配する。

 時間がやたら長く感じる。俺はもう汗だくで、それは勿論、冷や汗だ。

 だというのに、この陽気な悪魔は―――


 「だから、私が士快を殺す理由が無いよ」


 ―――と言う。


 「だったら、オマエは誰を殺したいんだ?」

 「前、ああ、昨日の夜に言ったでしょ?私が殺すのは“魔法使い”だって」

 「その魔法使いだって、人間だろ?」


 マリアは口を開きかけて言い淀む。

 反論はないらしい。

 ―――マリアの顔が凄く辛そうで、胸にチクリとくる。


 「だったら、俺でいいだろう?とっとと殺して出ていけ」

 「殺せない」

 「なんでだよ?あんなに楽しそうに殺してたじゃないか―――」

 「――――――」


 マリアの顔が歪む。

 今にも泣きだしてしまいそうだ。

 くそ、何だってこんなに胸が痛むんだ?


 「そう・・・だよね」


 マリアは俯く。


 「ゴメンね。私、何か勘違いしてた・・・でも、士快は殺せない。それは私の目的じゃないから」

 「目的?」

 「うん。私の目的は魔術師狩り。この街の魔術師を殺すのが目的なの」


 涙を浮かべた目で俺を見る。

 

 「そいつは悪い奴なのか?死ななくちゃいけないくらいに?」


 マリアは横に首を振る。


 「わからないの。でも、殺さなきゃ、駄目なの!殺して殺して殺し尽くさなくちゃ―――この街がおかしくなる」


 ――――――――。

 なんだって?


 「どういう・・・意味だ?」

 「・・・・・・」


 マリアは答えない。


 「どういう意味なんだよ?オイっ」


 この街がおかしくなる?どういう意味か聞き出さない訳にはいかない。

 マリアは言いにくそうに答える。


 「この街ではある“儀式”が行われようとしている。だからそれが始まる前に魔術師は消さなきゃいけないの・・・」

 「それは魔術師って奴を全員殺さなくちゃいけないのかよ?ソレをしようとしている奴だけじゃ、駄目なのかよ?」

 「時間がない。」

 「じゃあ、もし犯人を殺せなかったら―――」


 殺された魔術師は何の為に死んだのか分からないじゃないか―――!


 「ううん、意味はあるの。・・・その儀式には魔術師の魂と血を生け贄に行なわれるらしいの」


 らしい、と言うのは確信が無い証拠だ。

 そもそも無理だから生け贄を殺すだなんて、正直そいつとやっていることは一緒だ。


 「士快はいいの?この街がおかしくなっても」

 「――――――!」


 返す言葉がない。

 よく考えれば正論だ。

 小を捨て、大を取る。実に合理的だ。

 ―――だが、やり方の問題だ。きっと誰もが助かる手があるハズだ。


 マリアが立ち上がる。

 そして玄関へと足を向ける。


 「―――ありがとう」


 とだけ言って、マリアは俺の部屋を後にした。

 俺は彼女を追い掛けなかった。






 マリアが部屋を出ていって、2時間。俺は少しも動かずにその場に座っていた。

 窓からは夜の空が見える。昨日のような妖しい月が今日も爛としている。


 「なんだって―――」


 未だあいつの事を考えているのだろう?

 俺は寂しい部屋を見渡す。

 これが正しい在り方で、あいつがいるのが間違っていたのだ。


 昨夜の事を思い出す。

 ああ、それは恐怖以外のなにものでもない。

 しかし、それでも俺はマリアの事を美しいって思ってしまったのだ―――。


 「くそっ!」


 玄関で靴を履く。

 一体、何をしでかそうとしているのか?

 折角、魔法使いという非日常から日常を取り返したのだ。

 それを次は自分から壊そうとしている。


 ―――知れ。オマエは二度と日常の空気は吸えなくなると。


 「ああ、わかってるさ」


 それは誰に対する言葉だったのだろう?

 俺は靴紐をしっかりと結ぶ。

 目の前にはいつものドアか、いつも通りにある。

 だが、この扉こそが非日常へと続くドアなのだ。

 いつものドアが今日は重たい鉄扉のようだ。



 ごくり、と息を呑む。


 ―――あいつは言った、この街がおかしくなる。


 と。あいつの言うことを鵜呑みする訳じゃない。

 でも、マリアという異常は確かにこの街に現れた。それは何を示唆しているのか?

 綻びは亀裂を生み。

 異常は破滅を生む。

 ならば、その異常は確かにあったのだ。


 「だから確かめるんだ・・・」


 そうだ。この街がイカレてるっていうなら、それは俺が正す。

 あんな異常になんか任せておけるか!


 そうして俺はドアノブを捻り、非日常へと駆け出した。




 ―――引き返すことの無い一方通行の道は、確かに棘の道だと知って。







 街は静かな夜に眠る。

 時刻は11時を回ったところだ。

 人気がない―――なさすぎる。

 いくら何でも静かすぎる。


 「なんだよ?一体」


 もはやそれは、異常の域ですらある。

 昨日は必死で気付かなかったが、街はまるで死都のように静かだ。

 大きな通りには流石に人気はあると思ったが、人気は皆無だった。

 こんなにも異常が浮き彫りになっているのに気付かなかったのは、俺が日常に生きてる人間だったからだろう。


 「そんなことより、マリアは・・・」


 そうだまずはマリアを探すとしよう。あいつならこの異常を直す術を知っているハズだ。


 「魔術師を殺すか―――」


 そうだ、きっとあいつはそう言うに決まっている。ならば、どうすればいい?


 「やめさせる・・・」


 そうだ。何を迷う?

 間違っているのならば、止めさせればいい。

 そして考えるんだ。他の方法を。


 ―――きっと俺は馬鹿と笑われるだろう。それでも俺にはこんなやり方しかおもいつかないのだ。


 「あいつ確か・・・」


 手掛かりは3つ。

 普段人気の無いところ。

 大きな音を立てても平気なところ。

 ・・・最近おかしな事が起きたところ、だ。







 私―――流神水菜は命の危機に直面していた。



 「むぅ、参ったな・・・これわ」


 と、頭をかく。

 ここは夜の街中の暗い路地裏。

 不気味に蠢くのは悪趣味な影絵。


 「はぁ。折角、異常の証拠を挙げたっていうのに・・・ついてないな」


 自分の悪運を呪いながら、私は構える。


 ようやく見つけた、異常の元。こんな所に隠すなんて、犯人は本当に性格が悪い。お会いしたら是非とも脇腹なんぞに蹴をくれてやりたい。


 しかし、そんなのはこの危機を乗り越えた後である。異常の源―――ビルとビルの合間の壁に綺麗に描かれた丸い模様。どこの誰のオカルト趣味か?―――魔方陣がくっきりと刻まれていた。


 “魔方陣”それは魔術を行使するための井戸のようなもの。マナを汲み上げるためのサークルだ。魔術師がより多くのマナを扱う為の釜。


 そんなモノが知らずの内に作られている。

 発動された形跡は無く、まだ真新しい。つまり、それは使うつもりはないか、もしくは―――


 「“連鎖式”か―――」


 と、呟いた。

 私を囲む影絵が動く。

 魔方陣を破壊しようとした結果がこれか・・・。

 落胆の溜息をつく。

 私を囲む魔方陣の守り手達は、数えて6体。


 ゆらゆらと揺れる影絵。

 人を型どったソレらは、じわり私との距離を縮める。



 ―――私は私の中に意識を集める


 この時、私は一つの精密機械(マシーン)と化す。

 それは小さな1000の穴に糸を通していくような、砂漠の砂を分けるような、そんな気の遠くなるような作業に近い。

 誤作動は許されず、それを意味するのは身体の破壊(ジャンク)となる事に等しい。


 私は今、ある事をするためだけに存在する。


 体は夜の闇に溶け込み、精神は空気と同調する。

 私の中の血脈(かいろ)燃料(まりょく)が通る。


 さぁ、準備は万全。調子は良好。

 私は今―――魔術を行使するためだけの機械。



 「―――。――――――。――――――」


 それは到底、常人には理解の出来ない言葉。否、詠唱。

 それは魔術師のみの魔術言語(アーティワード)

 どの国のどの言葉にも当てはまらない、その発音は表現不能の共通言語(プログラム)

 そのプログラムを入力することで、機械と化した私は魔術を組み立てる。


 勢い良く地面から水があふれ出る。水柱となって空へと吹き上げる。

 吹き上がった水は重力に逆らう事なく、地面へと降り注ぐ―――それは氷の(つらら)となって影絵を八つ裂きにした。


 ザン、ザン、ザザンっ


 と耳を突き刺す音が路地裏に木霊する。


 「ふう、掃除完了」


 意外にも骨が無く、拍子抜けすらしてしまう。

 魔方陣を守るならもっと―――


 「―――まさか!」


 私は慌てて、薄気味悪い円の落書きに駆け寄る。


 本日も絶好調なくらいに、私の不運は惜しみなく発揮されるのだった。







 不良の溜まり場―――通称、悪魔通りを歩く。

 辺りに人影はなく、ここらに巣食うチンピラ達も居ない。

 ―――一体この街はどうしてしまったのか?

 眠ってしまったなんて例えは温い。―――街は死んでしまったかのようだ。



 そんな通りを抜け、昨日の路地裏へと辿り着く。マリアと出会った所だ。

 昨日の地獄のような光景の名残はなく、人の死体はおろか血の跡すらない。

 俺は昨夜の事をあまり思い出さずに、その場をスルーする。

 正直、胃がムカムカするので先を急ぐ。



 迷路じみた路地裏を歩く。―――まるで蜘蛛の巣のようだ。と、溜息をつく。


 この街は三つの区分に別れている。


 住宅街が集まる住宅街。

 様々な店が並ぶ商店街。

 そして、大型ショップや学生の遊び場、高級マンションが立ち並ぶ開発街だ。


 住宅街は南と北の二ヶ所に区分され、北街、南街と言い分けられている。

 俺は北に住み、実家は南にある。

 その2つを割く様にしてこの街のメインストリートがのびている。

 そして俺の通う学校があるのは北街の更に奥。

 北の方が学校に通いやすいというのはそう言うわけだ。

 メインストリートには商店街が立ち並び、メインストリートの先―――西区にはこうして開発を押し進める開発街がある。

 ちなみに悪魔通りとは裏道で、北区からメインストリートを通らず直接に開発街の裏路地へと続いているのだ。必然的に学校の不良共が集まるのは仕方の無いことになる。


 そんな入り組んだ裏路地でマリアを探す。

 角を曲がり、曲がり、曲がり、魔的な迷宮を歩き続けるが猫の子一匹見つからない。

 人工的でありながら無作為的に出来てしまった迷宮は、さながら街の体内にいる様で気持ち悪い。

 昼間でも滅多に日が降り注ぐ事の無い裏路地は、湿り臭くて、カビ臭い。


 「はぁ。だよなぁ」


 やはり簡単には見つからないな、と落胆する。


 と、ふと物音で振り替える。

 ―――それはグチャリと、背筋が凍る音。

 しかし、怯んではいられない。俺は音のした方へ駆ける。

 こうしている間にも取り返しのつかない事になっているかもしれないのだ。


 ―――魔術師狩り

 と、彼女はいった。

 それは紛れもない殺人で正当性なんて無い。

 例え、この街の為と言っても殺人に正しさなんてものは無いのだ。

 俺はそれを止める。

 それが俺なりのこの街の救い方だ。

 後のことなんて後でどうにでもなる。儀式だろが生け贄だろうが俺が止めてみせようじゃないか―――



 ―――それは、思い上がりだったとこの時は未だ気づかなかった。






 目の前に広がるのは、血の海。

 横たわるのはヒトガタをした、肉。

 カビ臭い路地裏は一変し、血の臭いがする地獄へと変わっていた。


 ―――そしてその場にたたずむのは黒い少女。黒い翼を身に生やしたマリアがそこにいた。


 「マリア・・・オマエ」


 間に合わなかったと肩を落とす。


 「―――士快。って、何で此処に?」


 マリアは俺を見て目を丸くする。

 正直、目を疑いたいのはこっちだ。


 「なんで殺した?」


 俺はマリアをにらむ。

 マリアも何時もの無邪気さが消えているようだ―――はじめてあった時の冷たさを感じる。


 「勘違いしないで。私じゃない。こんな殺しは三流よ―――私なら死体は残さない」


 確かに・・・昨夜の殺人現場は死体はおろか血痕一つ無かった。

 それに明らかに昨日の殺人と毛色が異なる。

 正直に喜んでいいのかは微妙だが・・・。


 ―――その死体は、一撃で殺されたようだった。

 頭蓋への一撃。

 全く無駄の無いその殺人はマリアのような遊びは無く、目標を確実に仕留める鮮やかさすら感じられた。


 「それにこの人、魔術師じゃない。一般人ね」

 「なっ」


 一般人・・・だと。


 「不憫ね、たまたま居合わせただけでしょうに」


 マリアは同情している。あくまでも殺害対象は魔術師であるようだ。


 「なあ、何でこの人は外にいるんだよ。他は人気なんて毛程すら感じられないのに」


 そうだ、この街の異常が人気の無い夜の街というなら、この人がここで死んでいるのは不自然だ。


 「士快だって此処にいるでしょう?全く・・・この街の管理者もたいしたことないわね」


 ん?管理者?


 「士快は街の異常がこの不自然な“人の無さ”にあると思ってるんでしょう?」


 俺は黙って頷いた。


 「違うの。いい?これは管理者が施した処置に他ならない」


 マリア曰く、夜の街は危険だから出歩かないように、土地そのものに暗示をかけたらしい。よくは分からないが、なんか凄そうだ・・・。


 「凄くなんかない。こうして暗示をすり抜けて、出てきちゃうんだから」


 俺をジトリと睨みながらいう。どうやら、俺もその一人らしい。


 「で?管理者って誰なんだよ?つーか、なんなんだそれ?」

 「さぁ、この街のは会ったことが無いから分からないケド・・・。管理者って言うのはね、その土地の魔術師の見張り役ってところね。ようは、その土地の安全を守る魔術師の事」


 ふむ。そんな奴に守られていたとは気付かなかった。・・・まてよ?じゃあ、何か?魔術師ってそんな身近にいるもんなのか!

 となると、お隣さんが魔術師だったとしてもおかしくは無いんだろう、きっと・・・。溜息を通り越して、泣きたくすらなった。


 「まぁ、ハッキリしたわ。これで、少なくとも夜のこの街には魔術師が――――」


 ニヤリ、とマリアが歪に笑った時だった。轟音と共に、ソレは俺とマリアを襲った。

 俺はというと、マリアが突飛ばしてくれたお陰で命を取り留めた。


 ―――ソレは激しい稲妻。

 空を裂くように、黄色い閃光が走る。


 「あら、よく避けましたわね。誉めて差し上げましょう、貧乏人」


 そんな失礼な事を言い放つ、一人の少女。

 僅か後ろには静かに、黒いタキシードの男が立つ。


 「お嬢様。少々はしたないかと・・・」


 男は申し訳なさげに、一言。


 「あら、御免あそばせ。(わたくし)、今最高に高鳴ってますの」


 すると、コチラを一瞥し、


 「ようやく・・・ええ、随分と長い事、探しました」


 バチリ、と彼女の体を電流が走る。

 

 「あなた、だぁれ?」

 

 マリアの質問に少女は笑う。


 「私は“雷鳴の暴れ車”。“血濡れの聖女”・・・今宵、貴女は―――」



 バリバリッバリッッ 


 彼女の身体から発せられる、まばゆいばかりの雷。


 「我、裁きの雷を以って天罰が降るだろう―――」

皆様お久しぶりです、gadennです。

誰も待ってなかったと思いますが……久々の更新です~。


ご拝読ありがとうございました。

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