表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限の夜  作者: Garden
4/8

3、とある夢

 仮面の女が語る。

 “あは、私の名前は乱調者―――ディソーダ。私は乱す者。あは、つまんないのは毒だし、少し脚色しちゃおうか?ん、私達にセカイへの干渉は許されないって?あは、ざーんねん♪乱調者は“私達”の中では唯一、セカイへの直接的な干渉が許されてんの―――。”

 長すぎる一日を終えて、帰路につく。

 俺の隣を楽しそうに歩くのは、黒い少女。

 ついさっきまで殺されるかと思っていた人と一緒に家に帰るなんて、変な感じがする。

 ・・・というか、絶対におかしい。


 「あ」


 と、重大なことにきづいた。


 「どうしたの?」


 と、不思議そうに俺を見る少女。


 「俺たち、まだ自己紹介もしてないじゃないか」


 そうだ、俺たちはまだ互いの名前すら知らない。

 一悶着あったとはいえ、これから同じ所に帰ろうとしているのだから、名前くらい把握しておくべきだと思う。


 「そうだねー、それはうっかりだ」


 と、口に手を当てる。

 それが、凄く演技臭い。


 「おまえ、名前は?」


 取り敢えず名前を聞いてみる。

 しかし、凄く不満そうな顔で俺を睨む。


 「まず、名前を聞くなら名乗るのが礼儀なんだよ。はい、まずは君から♪」


 ぷんぷん、と頬を膨らまして怒った顔を作る。

 ちっとも怖くないが、それは確かにその通りなので自分から名乗る。


 「閃洞 士快だ」


 と、名乗ると彼女は満面の笑みを零す。


 「うん、いい名前」


 そして、彼女は少し思案して、


 「私はね。マリア・・・そう、マリアって呼ばれているわ」


 その言う彼女の顔は少し寂しげだ。

 多少、引っ掛かるが追及はよそう。

 誰にだって、触れられたくない部分はあるはずだ。


 「そうか、いい名前だな。マリア・・・そのよろしく」


 少し照れ臭そうに言う。


 「うん、よろしくね♪士快」


 彼女の顔が、明るい彼女に戻る。


 うん、こいつはこっちの方がいい。


 自分で頷きながら、再び歩きだす。

 夜空の月は俺たちを包むようにして、優しく光を零していた。







 それは、街の外れの高層ビルの屋上−−−


 そこから街を見下ろす、金髪の少女。

 長い髪をなびかせながら、彼女は静かに目を瞑る。


 「とらえた・・・」


 一人、呟く。

 口元を釣り上げ、静かに笑う。


 「まさかこんな所で会えるとは・・・」


 ふと、背後に気配を感じ、彼女は振り替える。

 そこには跪く、彼女の従者。

 暗い夜に溶け込む様な、黒いタキシード。


 「お嬢様。準備は万全でございます」


 跪き、顔は地面を見たまま、淡々と話す。


 「・・・そう。ご苦労様、下がっていいわ」

 「はっ」


 と、一瞬にして姿を眩ます。

 金髪の彼女はそれを確認すると、再び眼下の街を見下ろす。

 街は静寂に包まれ、眠りについている。

 彼女の育った街ならば、夜ですら眠りにつかない、不眠の街。

 だから、こういう街はとても素敵だと感じた。

 昼間は賑わう商店街も、夜になれば人気は無く、静かに朝の訪れを待つ。

 それが正しい在り方だと、そう彼女は思った。


 「ええ、わたくし、歪なものが酷く嫌いですの」


 そう言って、彼女はくるりと向きを変え歩きだす。


 「待ってなさい“血濡れの聖女”・・・貴方はきっと、わたくしが討ちます」





 /とある夢




 ここは住宅が並ぶ、住宅街。

 その一角に立つ、少し寂れたアパート。

 そこの一室こそが俺−−−閃洞 士快の自宅であった。


 「うわー、意外と片付いてるね。男の子の部屋って、もっとこう・・・ねぇ」


 そんな所だが俺にとっては立派なマイホーム。

 しかしそんな空間を脅かす一人の黒い怪物さん。

 それにしてもこいつは一体、どんな男の部屋を想像したのだろうか?

 因みに誤解の無いように言っておくと、ベットの下とかにだってそんなもんはない。


 だと言うのにそーっと、俺のベットの下を見る、黒い化け物様。


 ・・・よーく、分かった。

 おまえがどんな風に俺を見ていたかを。


 「あはは。うん、まるで健全じゃないね君は」


 ほっといてほしい。


 というか、こいつ男の部屋行くたびにこんな粗相を繰り返しているのだろうか?

 それとも他の男はそこら辺に、おもむろに置いてあるものなのだろうか?


 っていうか、こいつ男の家とかに泊まった事あるんだろうか・・・いかん、いかん。急にドキドキしてきた。

 深呼吸をして落ち着かせる。

 全く、何考えてるんだ俺は。

 妄想に歯止めがかかる内で、ホントに助かった。


 「なに、そんな難しい顔してるの?」

 「うわ!」


 突然、俺の前にドアップでマリアの顔が現れる。

 あまりに突然で尻餅をついてしまった。


 「だ、大丈夫?」


 心配そうに俺を見るマリア。


 「いたた・・・ああ、なんとか」


 おしりをさすりながら立ち上がる。


 「ああ、大丈夫だ。大丈夫だから、あんまり近づかないでくれ」

 「?」


 マリアは首を傾げる。


 「そんな事より、おまえ、そんな格好じゃ肩こらないか?」


 マリアの格好はドレスのようなもので、ヒラヒラとかがいっぱい付いていて実に動きづらそうだ。

 それこそマリアはなんで?なんて不思議そうにしている。


 「ちょっと、まてよ」


 といって、俺はクローゼットの中を漁る。

 たしか、あったはずだ。


 「あった、あった」


 俺は段ボールの中から、女物のジーンズとTシャツ。そして花柄の可愛らしいパジャマを引っ張りだした。


 「ほら、これ・・・ん?どうした?」


 マリアは俺の顔をじーっと睨んでいる。

 あー、物凄く勘違いされている気がする。


 「あのー、マリアさん?」

 「士快って、マニアさんだったんだ」


 うん、何となく言うことは分かってた気がする。







 狭い居間のテーブルにはカップが2つ置かれていて、そこから湯気がゆらゆらと踊るようにして立っている。

 俺とマリアはそんなテーブルに向かい合う形で座っている。


 「アハハっ。なんだ妹さんがいるんだー♪・・・つまんない」


 凄く不満そうに俺を睨むマリア。

 一体、どんな趣味を俺に期待していたのだろうか?


 「そうだよ、たまに泊まりくるんだ。それはそん時のヤツ」


 件の服は“お泊まり用”らしく、俺の部屋で永遠に段ボール詰めにされるらしい。

 まあ、こうして日の目をみることになったのだが。


 「ヘェー」


 生返事をしてカップのコーヒーをすするマリア。

 苦かったらしく顔を歪ませて、すぐにカップから手を離す。

 うん、次からは角砂糖をもう一つ入れてやろう。


 「君はなんで一人暮らししてるの?実家遠いの?」

 「ん?いや、近いよ。でも、こっちの方が学校通うのに便利なんだ。家賃もバイト代で十分だし」


 と言うが、実は親父と大喧嘩をして家を飛び出してしまったのだ。

 まぁ、俺もこの歳だし、自分だけを食わしていくには十分だ。

 ・・・未だ学費は払ってもらっている立場ではあるが。


 「ふーん。妹さんって、どんな人?」

 「んー、普通の中学生だよ。まぁ、頭いいし、スポーツもできて、俺とは真逆の優等生ってやつだけどな」


 まったく、どうして下の子ってヤツは兄を越えて行くのだろう?

 まぁ、俺の妹に関しては越えて貰わなきゃ、困るくらいだが。


 「妹さんは実家に住んでるんだ」


 どうやら、こいつは妹に興味を持ったらしい。


 「そうだよ。・・・最も、親父とは不仲らしいがな。ほら思春期特有の“お父さん臭い”ってヤツ?まぁ、それ以外の要因もあるらしいけどな」


 まぁ、家の親父はアレだし、しょうがないっちゃしょうがない。

 確か、高校は全寮制の学校に行くらしい。


 「ふーん。君んち、複雑なんだ。士快って苦労性?」


 ご名答!いやー、あなたさえ、家に泊まるなんて言いださなければ、きっとこんな苦労は無かったはずですよ。


 そんな事を考えている俺を、不満そうな顔で睨む。


 「ん?どうしましたか・・・マリアさん?」

 「むーっ。士快ってば今、失礼な事考えていなかった?」


 頬を膨らませて、実に不服そうに言う。

 俺って考えてることバレやすいんだろうか?気を付けなければ。


 「あ、そうだ。今日はもう疲れたろ?そこのベッド使っていいからさ」


 俺は自分のベッドを指さして、笑顔で言う。

 勿論、誤魔化す為だ。


 「ありがと・・・って、あー!士快、話逸らしたでしょ?って事は、やっぱりそうなんだ!?ねぇ?聞いてる?士快ってばー!」

 「それじゃぁ。俺は台所で寝るから心配するな。でわ」


 といって、ガラガラと台所と居間の扉をしめる。

 居間からは未だに怪物の唸り声が聞こえるのだった。









 くわぁ、と大きな欠伸をして、学校の廊下を歩く。

 そんな俺を後ろから、テンションアゲアゲで肩を叩く一人の男。


 「おはよーさん、いやー、今日も女子テニス部の皆はんはえらく可愛かったでー」


 微妙な関西弁を使うのは、同じクラスの和礼秀也。

 どうやら今日も朝から女子テニス部の練習を覗き見ていたらしい。

 その熱意をもっと別の所に向けられないのだろうか?


 「おー」


 とりあえず、返事を返しておく。

 うー、眠い。


 「なんや?今日はえらく眠そうやな。どうせ一晩中、空でも眺めとったんやろー?昨日の夜空はえらく綺麗やったからな、不気味なくらいに・・・それとも何か?女か?」


 あー、煩い。

 殴っていいかな?こいつ・・・。


 「な、な、女か?」


 あー、何だってこいつは朝からこんなにウザイだろう?

 

 っていうか正解だ。

 昨日は一晩中、あの女は隣の部屋で唸り続けていたのだ。

 煩くて、眠れやしない。

 ・・・今度から機嫌を損ねないように気を付けよう。

 はぁ、と大きなため息をつく。


 「なんや、よーわからけど、元気だせや。なんやら、昼休み一緒に女子水泳部の練習覗き行こか?」


 あー、もう殴るのも、気ダルい。

 そうして俺はクラスのドアを開ける。



 教室は生徒達が各々の談議に花を咲かせていて、実に賑やかだった。

 昨日のテレビ番組の話、ムカつく先生の話、恋愛話、好きな俳優の話、はたまた、今朝のニュースの話まで持ち出す物好きもいたもんだ。

 俺はそんな彼らを尻目に自分の席に着くと、すぐに机に顔を伏せる。


 あぁ、ここが俺だけの居場所だ。


 そんな幸福もすぐに打ち砕かれる。


 「朝から怠そうねー。どうせ、一晩中空でも眺めていたんでしょ?」


 ついさっき誰かに言われた事をそのままリピートするのは、幼なじみの一瀬遥だった。

 っていうか、そんな空ばっかり見上げてないぞ。


 「おーす、遥。昨夜はよく眠れなかったんだ、だから少しほっといてくれ」


 それは、心からの願いだった。

 だというのに、こいつときたら


 「何言ってんの?もうすぐ、HRよ。それで一時限目は日本史」


 悪魔じみた笑みでそう言うのだった。







 夕暮れ−−−


 空はすっかり茜色に染まり、ゆっくりと秋らしさが深まりつつある。

 まだ暑い日が続いているが、こういう秋を感じさせる空を見ると涼しい気分になれるからいい。

 ちらほら秋茜が空を泳いでいる。

 −−−なんて気持ち良さそうだ。

 そんな事を考えつつ、帰路に着く。


 「あんな風に空飛べたら、学校なんか簡単に抜け出せるのに」


 俺は空に向かって、一人呟く。

 おもいっきり空に向かって手を伸ばしてみると、何だか吸い込まれそうな気分がして実に気持ちがいい。


 今日は一時限目の後、屋上で昼寝。

 昼休みには秀也と食堂で飯食って、途中で遥に捕まって説教。

 委員長は相変わらずの柔らかい笑顔で、俺をたしなめる。

 そして魔王遥による監視の下、5、6限は机に突っ伏した。


 いや、実にいつも通りの日常だ。

 こんな退屈で欠伸のでそうな日々が今は愛おしく感じる。

 −−−帰れば魔法使いという非日常が待っている。

 俺は深くため息をつく。

 朝は朝で本当に大変だった。

 学校と言うところを懇切丁寧に説明してやって、やっと納得したと思ったら今度は遊びに行こうと抜かしやがる。

 ようやく言い包める事、小一時間。

 睡眠不足もたたって、実に疲れた。


 「あいつ元気に、いってらしゃーい、とか手振って見送ってくれたけど、大丈夫なんかな・・・」


 うう、心配過ぎる。

 俺は自然と帰る足を早める。


 「士快」


 そんな俺を呼び止める声がして、振り返る。

 その声の主は、遥だった。


 「よ、よぉ」


 正直、早く家に帰って無事を確認したいのだが、無視するわけにも行かない。

 勿論、無事を心配しているのはマイホームの方である。


 「ごめん、急いでた?」

 「いいや、別に急いでなんか無いぞ」


 と、言ってみたものの足は足踏みを続けている。


 「ふぅ。何隠してるか知らないけど、馬鹿なことはやめてよね」


 俺の足を睨みながら言う。

 流石、幼なじみ。鋭い。


 「で、何か用か?」

 「べっつにー。ただ姿見えたから、たまには一緒に帰ってあげようかなーって思っただけ。ま、急いでるなら、どうぞお急ぎください」


 凄く皮肉たっぷりに言う、遥。

 その顔はいつもの自信満々の遥とは違って、どこか寂しげだった。


 「だから急いでないって・・・ほら、帰るぞ」


 さっきとは打って変わって、ゆっくりと急ぎたい足を抑えて歩きだす。

 ちょっと走って俺の隣に追い付くと、遥も俺にあわせて歩く。

 どことなく嬉しそうなのは、気のせいか?

 お互い無言で茜空の下をゆっくりと歩く。

 俺も話すことはないし、向こうもないのだろう。

 別に気まずい沈黙でもないので、暫くこのままで歩く事にする。

 しかし、そんな沈黙を遥が破った。


 「ねぇ、士快?」

 「何だ?」


 呼び掛けに対して、適当に相槌を打つ。


 「今日5、6限、寝てたわよね?」


 ギクリ、そうか、こいつはその説教をたれるために俺を呼び止めたのか。


 「悪いかよ」


 取り敢えず、開き直ってみる。


 「悪いわよ。進級出来なくても知らないからね」


 彼女の声は、いつもの叱咤する声とは違い、どこか優しげだ。


 「何とかなるよ」


 そんな俺の返事を聞いて、大きなため息をつく。


 「あんたねぇ・・・せめて出席だけでもしときなさいよ。いつも屋上で空ばっか見てるんじゃ無くてさ・・・」

 「余計なお世話だよ」


 彼女の心配をよそに俺はそんな事を口にした。


 「それに今日は本当に寝不足だったんだ」


 ああ、今日は空なんか見上げる時間は無かった。


 「ふーん。何かあった?」


 そんな彼女の問には答えない。否、答えられない。

 −−−女の子が泊まっている。

 うん、殺される。


 「・・・今日、士快のアパートによってこっかな」

 「はうえぁ!!」


 そんな言葉を聞いて、つい変な奇声をあげる、俺。

 そんな俺の様子を見て、遥は心底愉快そうに笑う。


 「はははっ。冗談よ、じょーだんっ。・・・まったく、隠し事はもっと上手くしなさいよね」


 むーっ、と俺は不服を表情で訴える。

 ・・・ハメやがったなこの女狐め。


 「そー怒らない、怒らない」


 そういう顔は未だ、笑いを堪えている。


 「なんだよ。大体、なんだって俺に構うんだよ、オマエは」


 少し思案して彼女は答える。

 笑いすぎて目に溜まった涙を拭いながら・・・。


 「えー、んー。・・・だって、幼なじみじゃない・・・私達」


 そんな事をいう遥の頬は赤く染まっていた。

 多分、茜色の空のせいだろう。


 「ふーん・・・そんなもんか」

 「そんなもんよ♪」


 笑顔で言う。

 夕陽に照らされる彼女の純粋な笑顔に一瞬目を奪われたが、気付かれないようにすぐ目を逸らす。


 「でも俺は、やっぱ遥のように立派にはなれないな」

 「立派なんかじゃないわよ、私なんか・・・」


 少し間を置いて、彼女は続ける。


 「人ってね、立派かどうかなんか中々分からないものよ。そう見えても、何か裏があったりするものなの・・・私だってそう。人間には裏もあるし、表もある。士快はね、見えてるもの、つまり表だけをその人の全てと捉えてしまうでしょう?それはね、危険よ」


 俺は言葉がでない。

 その、遥の顔が凄く真剣だったからだ。


 「まぁ、そんな純粋さが士快の良いところでもあるんだけどね。それにあんたには裏とか表とか無いしね」


 む、凄く馬鹿にされている気がするのは気のせいじゃないと思う。


 「なんて顔してんのよ。褒めてんのよ、ほ・め・て・ん・の」


 あはは、と笑う。

 夕陽がだいぶ低くなった為か、逆光で遥の表情は判らない。


 「あ、私こっちだから。じゃね士快、明日もちゃーんと学校に来んのよ」


 そう言って彼女は走りだす。

 ふと気付いたように、立ち止まると


 「早くおじさんと仲直りすんのよー」


 なんてお節介を言って、また走りだすのだった。







 これは夢だ−−−


 それは町外れにある、大きなお屋敷。

 広大な土地には青い芝生が行儀よく植えられており、今日も夏の優しい風で気持ち良さそうに揺れる。


 −−−そんな清々しい、ある晴れた夏の日のことの夢。


 屋敷の庭ではしゃぐ、一人の少女。

 年齢にして6、7歳っていったところだろうか?

 日本人離れした綺麗な金髪に金の瞳。この豪邸に相応しい容姿の少女は、これまた化艶の良い大型犬と無邪気に戯れる。

 おおよそ血統書付きと呼ばれるだろうその犬はお行儀よく、今日も少女の相手をこなす。


 そんな、見れば微笑みたくなるような光景を映し出す日曜の昼下がり。


 少女の周りには誰もいない。いつもは小煩い爺やも、屈強なガードマンも今日は姿を見せない。

 −−−少女はその理由を知っていた。


 月に一度このお屋敷には色々な人が来る。

 それは連日の様に報道を賑わす政治家だったり、ある悪い噂の絶えない会社の社長だったり。はたまた強面のサングラスをかけた黒スーツの男だったり。


 −−−そんな異色で多様な人物達が屋敷に集まり、一つの部屋で何かしらヒソヒソと話をしているのを彼女は知っている。


 だから少女は月に一度のこの日は大っ嫌いだった。

 だから人見知りなこの少女はお話の最中、こうして犬のボレロと外でいい子にしているのだ。

 変に泣いたり我儘を言えば、お父様に迷惑を掛けてしまう。少女は幼いながらも、すでに宝花院家の娘として立派に成長していたのだ。

 だからこそ少女は自分の父が良くないことをしているのも、また理解してしまっていた。

 だが少女は何も言わない。今の生活があるのも、そういった上に成り立っていることを少女は知っているから。

 だからこそ自分だけは綺麗であろうと努めた。白濁の無い、純粋な白であるよう努めた。


 −−−私は悪いことはしていない


 そんな言葉を頭で何回も繰り返し、父のやっていることから来る罪悪感を殺していたのだった。

 それは幼い少女にとって、血を見るのに等しかった。

 無垢な心は罪悪によって傷つけられ、清らかな思考は黒によって侵される。

 それを必死に逃れようとするのは、まるで水溜まりに溺れる羽虫の様だ。


 −−−少女の周りに人影は無い。

 爺やもガードマンも今日は会議に参加しているのだろう。仲間外れは少女だけ・・・。少女は寂しさを紛らわす様に犬と戯れる。


 丁度遊びにも飽き、いい香りのする芝生に横たわった時だった−−−


 少女は青く眩しい空を眺めていた。

 ゆっくりと流れる綿飴みたいな雲がお日様を隠す。そんな雲が少女と太陽を遮った時、少女の頭の上でパサリ、という芝生を踏みしめる音がした。

 少女は寝たまま音のした方に目をやった。


 そこに立っていたのは、父でもなければ爺やでもなく、一人の黒い少女だった。


 少女は起き上がる。

 だぁれ?と聞いてみるが、その黒い少女は答えない。

 −−−まるでお人形のようだ、と少女は思った。


 この照りつける夏の日には暑いだろう黒一色のドレスを身に纏い、それでいて目だけは寒気のするような冷たさで少女をみている黒い少女。

 年齢はお互いそう変わらないくらいでありながら、その表情は酷く違う。

 明と暗、純と汚、そして、白と黒。

 そんな二人が出会ったのだ。

 汚れを嫌う少女と純粋を嫌う少女。その在り方は綺麗に対照的であった。


 黒い少女は冷たく言う。

 “汚れを知り自分は汚れていない振りをする事こそが汚れ”だと。



 少女は少女が何を言わんとするかが分からなかった。だが、それは少女にとっては許容できないコトであることは確かだ。


 黒い少女はまた冷笑する。その目は血走っていて、同じくらいの年齢とは思えない。


 −−−それは夏の風が強く吹いた時だった。

 少女はそんな風で目を瞑る。

 そして目を開けた時、黒い少女の姿は消えていた。

 最初は夢だったのだろうか?と思案した。

 しかし間も無くして聞こえる、聞き覚えのある声。

 その声は悲鳴として広大な屋敷と庭に響き渡る。

 それは紛れもなく少女の父のモノだ。次は母、その次は野太い男、それが続いて爺やの声。

 少女は涙を浮かべて走りだす。

 玄関を階段を無駄に長い廊下を一生懸命に駆け、父から決して近づくなと言われていた部屋の前に立つ。

 さっきまでの奇怪な賑わいはなく、今は不気味な静けさが少女の心臓をザックリと切り裂く。

 心臓が痛い。頭が割れる。

 不安は恐怖となって、幼い少女を襲う。

 はち切れんばかりに小さな心臓が収縮を早める。


 どくん、どくん 


 その扉を開けることに一体どれだけの勇気が要るかしれない。

 しかし少女は泣きそうな思いを堪えて、扉を開ける。

 泣けば父に怒られる。

 我儘を言えば父が困ってしまう。


 だから少しだけ開いて中を確かめることにした−−−




 −−−そこは少女が知る世界とは遥かにかけ離れていた。

 赤く彩られた部屋。

 壁も床も天井も。はては家具や父の趣味の骨董品までもが赤いペンキで乱暴に色付けされている。

 そして鼻を裂くような、酷い匂い。こんな香水は一体誰の趣味なんだろうと、少女は思った。


 少女は少しだけ扉の隙間を広げてみる。

 次の瞬間、少女は言葉を失った。

 見覚えのある人。その人が倒れている。

 母と慕った女の人が頭から血を出して倒れている。

 その時少女は赤のペンキが血だと気付いた。


 ゆっくりと扉を開き、部屋の全貌が明らかになる。

 倒れている、人、人、人。

 自分の父から見知らぬ人まで、例外なく床に倒れ、絶命している。

 赤く染まった部屋はこの世の地獄そのもの。

 そんな赤い世界に異質な黒が一つ。

 それは赤の中で一際栄える黒い少女。

 さっきまで少女と話をしていた黒い少女がそこにいた。

 彼女はその冷たい目で、少女の父だったモノ達を汚いゴミの様に見下げる。

 背中には黒い翼が生えていて、絵本に出てくる悪魔のようだと少女は思った。


 そんな悪魔じみた彼女は少女を見る。

 少女は恐怖と悲しみで動くことさえ出来ない。

 まるでロープか何かで、がんじがらめにされた様だ。


 彼女は笑う。

 少女を見て獲物を見つけた猛獣の様な目で少女を見つめる。

 それは獣と言うよりは黒猫の様な妖しさだ。

 黒い彼女は舐め回すように少女を見ると興醒めしたかのような顔をして


 −−−じゃあね


 と言って、その黒い羽で三階の窓から空に飛び立つ。

 少女は未だ硬直したまま、その惨劇を見つめ続けた−−−






 −−−寝苦しさで目が覚める。


 頭はぼんやりとして、視点が定まらない。

 そんな折、一人の男の声がする。


 「お嬢様。じきに夜の帳が降りますが」


 私は頭抱えて、混濁する意識の海を必死に泳ぐ。

 そうだ私は−−−

 ようやく意識を覚醒させて、目的を思い出す。

 どうやら私は眠っていたらしい。

 窓から外を見ると確かに夜がそこまで来ているようだ。


 「わかりました。準備があるので下がりなさい。20分後に出かけます。貴方も十分に仕度をしておきなさい」


 と、言うと一度頷き、すぐに男は姿を消す。



 ふう、と息を吐く。

 どうやら、遠い昔の夢を見ていたらしい。

 まさか未だ夢に出てくるとは思わなかった。

 しかし、それも今宵まで。ようやくこの呪いから解き放たれる日が来たのだ。


 忘れもしない、あの目、あの笑み、あの翼。


 「お父様。わたくしは今宵、あの悪魔を仕留めます・・・」


 そう呟いて、ベッドから立ち上がる。

 服を着替え、魔術師の戦場へと赴くのだ。

 あの冷たく笑う悪魔の呪いを悪魔の血とその魂によって、浄化するために。




 −−−宝花院 麗は有象無象の夜へと出掛けるのだった。

 駄文、拝読ありがとうございました。Gardenです。


 3話目でこんな展開・・・なんつーか、テンポ悪すぎです。

 まぁ、自己満な物なんでこのままダラダラ行きたいと思いますが(ぇ?



 次回は物語が動くっていうか、ようやく始まる感じです・・・予定でわ。 




キャラ紹介コーナー


 宝花院 麗 (ほうかいん れい)


 いわゆる、お嬢様キャラ。

 幼少の頃、両親を殺され復讐に燃える。両親殺害された後、親戚の家で育てられる。

 親の残した莫大な資産を所有する。




 うーん、キャラの立て方を勉強したい・・・何か勉強になりそうな、オススメ小説あれば教えてください(^O^) ・・・って、いうか後書き読んでくれてる人っているんかな?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ