1、出会いの夜
仮面の男が語る。
“俺の名前は幻想−−−ファントム。セカイの浮浪人。まぁ、旅してるってことな。このセカイは無限。さてと、少し立ち寄ってみるとするか・・・あいつがくる前に”
それは悪魔の様な姿をした、悪魔の様な出会いだった。
暗い空に、暗い路地裏。
黒い翼に、黒い長髪。
それは文字通りの悪魔−−−。
悪魔が人間を襲っている。
本で読んだことがある。悪魔は人間の命を吸って生きているのだと・・・。
だがそんなものは面白くも無い週刊誌の連載漫画の中だけにしてほしかった。
その悪魔は俺に気付くと、その深い黒々とした瞳で俺を捉える。
息が止まる。
血液が凍る。
思考が停止する。
なのに心臓だけは、激しく俺が生きている事を主張してくる。
ドク、ドク、ドクン
心臓が耳障りな音を鳴らすことが幸いして止まってた呼吸も、凍りついた血液も、停止していた思考も再び動きだす。
そして慌ただしく、次は身体に命令を下す
−−−逃ゲロ!
と、さもなくば殺されると訴えかけてくる。
走った。俺はひたすらに走った。
バンバンと破裂しそうな心臓なんか、お構い無しに走った。
そして、ある交差点で足を止める。
塀にもたれ掛かり息を整えようと、必死に暴れ狂う心臓を押さえ付ける。
近くに寂しく立っている街灯はチカチカと活動限界を示唆している。
そんな街灯に目をやり、壁に寄り掛かったまま腰を下ろした瞬間だった。
夜空に只一つ不敵に浮かぶ月を背景にその少女は現れた・・・いや、舞い降りた。
妖しく、優雅に、・・・そして魅力的に。
トン、と地面に足をついて、微笑んで
「今晩ワ」
と、挨拶をした。
/出会いの夜
青い空−−−
白い雲−−−
赤い陽−−−
絵に描いたような平和だ、と空を見上げながら俺−−−閃洞 士快は思った。
特に特徴も無ければ、秀でた才能も無い。そんなつまらない人間こそが俺、閃洞 士快だ。
年齢は17才の高2。身長も普通。肥満か痩せているか、と聞かれれば中間くらい。特にに嫌いな食べ物もなければ好きなものもなく、熱中するような趣味もない、成績だけは下の下という、つまらない人間。
傍から見れば、なんてつまらない人!って思われがちだが、俺は俺で楽しく人生を謳歌しているつもりだ。
今だって、学校の屋上でこうやって空を見上げながら、充実した授業ボイコットを・・・
「コラー!士快ー!」
と言うのは、ついこの前の瞬間までの話である。
乱暴に昇降口の扉を開けて、ドカドカと他人の幸せライフを侵す無礼者。
名は一瀬 遥。厄介にも幼なじみってヤツで、クラスメイト。
髪は茶髪で短髪で、ちゃっかり化粧だってしちゃってる普通の女子高生。
普通じゃないとすれば、女のくせに、女らしく無いところ・・・要は男勝りってところくらいだ。
そんな彼女は、俺の目の前まで鬼の形相でやってくる。
「委員長が捜してたわよ!!」
そして、一言。
だが、その一言に込められた怒りは果てしない。
俺は、ああ、と頷いておく。
「・・・・」
「・・・・」
沈黙。
だが、この沈黙は長くは守られない事を俺は長年の経験と付き合いから知っている。
だから、人差し指を両耳に差し込む。
「あんた!授業サボって、また空なんか見上げて!!!!」
キーン、と耳鳴りが俺を襲う。
両耳塞いでコレって、声で人殺せるぞ、お前!
アメリカにでも兵器として売り込んでやろうか?貴様!!!
だが、そんな事をすれば世界平和は脆くも崩れ去りそうなのでやめておく。
「なによ?アンタ、また下らない事を考えてるんじゃないでしょうね?」
仁王立ちで睨み付けてくる人間兵器、一瀬 遥。
うぅ、まさか心まで読み取れるとは恐るべし!
と、俺が変な事を考えながら、引きつった笑顔をしていると、大きなため息を遥は溢す。
「まったく・・・アンタは何だって、そんなに空を見上げるのが好きなのよ・・・?」
遥は呆れながら言った。
「言った事あるだろ?俺は空を飛ぶのが夢なんだ」
それを聞いた遥は、ますます大きな溜め息をつきながら俺の横に座る。
いつもの反応だ。
「アンタね、まだそんな子供じみた事言ってんの?」
そう、俺の夢は子供じみている。
俺の夢ってのが飛行機のパイロットとか、宇宙飛行士とかならば救いがあるだろう。だが閃洞 士快と言う男の夢は鳥の様に自分の力で空を飛ぶ、というファンタジーの様な夢なのだ。
だが他人に否定されるいわれは無い。
俺は本気でそんな事を考えているのだ。
この青い空を自由に、雲の合間を縫って、太陽に照らされながら飛ぶ、それが俺の昔っからの夢。
だから魔法なんてモノが仮に存在したのなら、俺は真っ先に空飛ぶ魔法を学だろう。
だから俺に高校の授業なんてものは不必要なのだ。俺の夢はそんなものじゃ、成し遂げられないのだから。
/
遥によって教室へと連行される、俺。
抵抗虚しく、結局俺は面白くもない授業を受けさせられるハメになったのだ。
あぁ、気が重い・・・。
ガラッ、と俺の教室2年4組のドアを開ける。
教室内は静かで厳かな空間だった。
カツ、カツ、とチョークの音がテンポ良く鳴り響き、カリ、カリとそれをノートに書き写す生徒達の鉛筆の音。
それだけで俺は目眩がした。
−−−よりによって日本史の時間とは・・・。
俺が何ともいえないダルさでフラッとしていると、何人かの生徒がこちらに気付き振り替える。
馬鹿っ!鬼山センセーが折角有難いご授業をしてくれているというのに、よそ見する奴があるかっ!!
鬼山が気付く前に直ぐに前を向くんだ!俺はその間にダッシュで逃げるから!
と、必死にジェスチャーで合図を送る。
分かってくれ!友よ!
そんな俺をジト目で睨む、遥。
遥かは溜め息を吐くと
「先生。逃亡者を拘束致しました。煮ますか?焼きますか?それとも、ミンチにしてハンバーグですか?」
と、ニッコリと笑顔で平気にそんな事を言い放つ。
この世に悪魔がいるとすれば、きっとコイツの事だろう、うん。
鬼山はコチラを睨むと
「放課後、教員室にきなさい」
と、死のお告げだけを残し、再びチョークと黒板の二重奏を奏で始めるのだった。
鬼山の地獄まで後100メートル、という様な授業が無事終わり、めでたく昼休みの時間がやってきた。
「ちっとも、めでたくねぇ」
俺は机に突っ伏したまま、不満を漏らす。
そんな俺の横でゲラゲラと笑う、友人A。
「いい加減、笑うのやめろ!あほ」
悪態をついてみるが何がそんなに面白いのか、この男は決して笑うことをやめない。
この笑いダケでも食って今にも笑い死にしそうなこの男−−−友人Aこと、和礼 秀也。髪は金髪のショートヘア。耳には金色のピアスをしており、身長は176センチ。制服は着崩しており、不良っぽい格好。成績は俺と同じく下の下だが、それでいて授業だけはしっかりと出ている。
まぁ、その殆どが机に突っ伏しているだけの睡眠学習なのだが。
あと変わっていると言えば、喋り方だ
「きゃはははは!は・はっ・・・ホンマに笑わしてくれるでー。閃洞はんは」
ホントに笑い死にしてしまえばいいこの男は関西出身でも無いくせに、流暢な関西弁を使う。
ほんと、胡散臭い事この上無い。
俺はそんな笑い続ける友人Aに対して、無言で威圧をかける。これ以上笑ったら殴る!と。
それに気付いたのか、笑いを必死に堪えながら手をブラブラと振って、謝罪してくる。
あー、殴りてぇ。
「まぁ、そう睨みなさんなって。わいが悪ーござんした。ほら、もう笑っとらんやろー?」
と言ってるものの、明らかに笑いを堪えているのがハッキリ、バッチリ、そらもう誰の目から見ても分かるくらいだ。
やっぱ殴ろうかな?うん、そうしよう。
「だって、あの鬼山に呼ばれるなんて・・・ほんまに・・おかしーて」
ぷぷぷ、と口を手で覆い、俺を指差す友人B。
あれ?CだっけDだっけ・・・?
まぁ、どっちでもいいや、コイツ殴ることに決めたから。
と、怒りでワナワナと握り拳を震わせる俺。
「閃洞さん・・・」
俺が握り拳を振り上げそうになった瞬間、それを静止するかのように透き通るような優しい声が俺を呼んだ。
その声の主こそが、このクラスの委員長を任されている、優等生。
どっかのガサツで男勝りな女とはまるっきり反対な、清楚可憐なお嬢様。
白泉 綺羅である。
「閃洞さん、困ります。勝手に授業を抜け出されては。怒られるのは貴方だけではなく私もなんですからね」
そういう声は優しく、慈愛に溢れているようだった。
怒った様子はなく、ただそういう結果になる事を伝えただけ。
銀色に輝く長髪は日の光を受けて一層輝き、その白い肌は汚れを知らないかのように綺麗だった。
和かい笑顔に、優しく透き通る声。
そんな存在するだけで癒されるようなこのクラスの学級委員長は、勿論この学校のトップアイドルだ。
「綺羅さん。駄目よ、そいつを甘やかしちゃ。付け上がるだけなんだからね!!」
と、そんな癒しの空間に割って入るガサツ女、一瀬 遥。
遥が悪魔だとすれば、白泉はまるで天使だ。
と、そんな事を考えている俺を無言で睨む、遥。
やっぱりコイツ、読心術でも心得ているのでわ?
「まあ、とにかく、次から気を付けて下さいね。鬼山先生、凄くお厳しいですから」
と、笑顔をニッコリ残してその場を後にする女神様。
その言葉で現実に思いっきり引き戻された。
俺は放課後、死地へと赴かねばならない。
一説によると鬼山に呼び出された生徒は地獄の様な拷問と、身を裂かれるような罰を受けるらしい。
それはまるで地獄に落ちた死者を裁く、鬼。
鬼山に呼び出された者は良くて2、3日音信不通。悪ければ次の日にその生徒の机の上には花が飾られているのだとか。
最悪だ・・・母上、先立つ不幸をお許しください。
昼休みが終わり、まるでビデオテープを早送りのしたかように放課後になってしまった。
まったく・・・いつもはゆっくりなくせに、嫌な事がある時だけはせっかちに進むんだもんなぁ、時間ってヤツは。
俺は学校の時計を調べてみた。
うん、正しく時間を刻んでいる。
俺は溜め息をついて、気だるい足を教員室に向けた。
この学校には教員棟というものがある。
一階は学年担当が無い先生の、二階は一年、三階は二年、四階は三年の担当と階によって別れている。
しかも面倒な事に、学生棟から教員棟に行くためには一階の渡り廊下から行くしかなく、登ったり降りたり、まったくもって忙しくも面倒臭いのである。
一階の渡り廊下を渡らなければ行けないところは他にもあり、学生棟を中心に、北には食堂、南には体育館、そして、東に教員棟である。
これだけ面倒な構造をしていながら、更に面倒臭い造りをしている所がある。
それは西位置する、多目的棟だ。
音楽室や理科室、工作室等があるその棟は一階からでなくても行ける。
行けるのだが、何故か三階からは行けないのだ。
一階と二階、四階からは廊下続いているのだが、何故か三階からは行けず、通路がない。
外から見れば、廊下が続いているようにみえるのだが、実際はコンクリートの壁があり、廊下はない。
外からみても、一階と二階、そして四階の通路には窓がついているのに対し、三階には窓がついていないので、そこに通路は無いのだと、見て取れる。
そんな複雑かつ怪奇な学校の作りは、学生の足腰を鍛える以外なんの利便性もない。
特に二年生には迷惑極まりないのは明らかで、学生棟三階にクラスを持つ二年生は移動するのに上がるか下がるかしてからでないといけないのだ。
この学校の創立者は実に変人だったに違いない。
と、気付けば教員棟四階の教員室の前で俺は足を止めていた。
鬼山は三年生の生活指導担当で、登り降りが一番大変な四階に位置する教員室にいる。
うっすらと汗が滲む。
果たして登り降りをしたための汗なのか、これから始まる事に対する汗なのか・・・おそらく後者だ。
と、考えながら、湿った手で教員室のドアを開く。さしずめ、決して開けてはいけない地獄の門と言ったところだろう。
教員室は静かで誰もいない。
ただ一人、デスクで大量の用紙にペンを走らせる熊のように体の大きい、一見体育の教師で、とてもじゃないが日本史の先生とは思えない、鬼山の姿があった。
鬼山は俺と目が合うと、手招きをして、こっちに来いと催促してくる。
勿論、コチラ側に拒否権なんて無い。
うぅ、三途の川を渡るときってこんな感じなのだろうか・・・?
/
日は沈みかた頃、俺は学校の中庭のベンチに腰掛けながら、冷たいジュースを喉を鳴らして飲んでいた。
ブレザーを脱ぎ、ワイシャツの腕をまくり、そのワイシャツは汗で色が変わってる。
今日は早帰りの日であるため、学校に残っているのは俺と俺の隣に座る鬼山くらいだ。
鬼山の罰と言うのは、中庭の倉庫整理の手伝いと言うものだった。
噂通りでは無かったにしろ、結構キツい。
かれこれ三時間、ずっと動きっぱなしだったのだ。
それに加え、鬼山の人使いの荒いことといえば無かった。
わざと大変にしているのは、明確だった。
うぅ、この鬼教師!
しかし最後はこうして、食堂の自販で飲み物を買ってくれて、労を労ってくれる辺り、以外と優しい先生なのかもしれない。
この中庭は食堂と教員棟の間に位置している。
つまり北東。
反対側の多目的棟と体育館の間、つまり南西にはグラウンドがある。
この中庭とグラウンドは丁度校舎で遮られているという形になっている。
「今日はご苦労だったな。日も暮れるから、早く帰れよ」
と鬼山はそれだけいうと、教員棟へと戻っていく。
まだ、やり残した仕事があるのだろう。
鬼山が言ったとおり早く帰りたいのは山々だが、体が休憩を欲している。
俺はベンチの背もたれに寄りかかり、空を見上げる。
昼間の青い空と違い今は、鮮やかな黄金色の空が目に入る。
じきに夜の帳がおりはじめ星たちが空を飾り、月が優しい光を放つだろう。
そんな時間によって顔色を変える空を楽しみながら、俺は疲れた体を休めるのだった。
初秋の風が心地よい冷たさで、気持ちが良かった。
俺が帰路に着く頃には辺りは既に暗くなっていた。
空を仰げば、星がよく見える夜だ。
こんな気持ちのいい夜は無い。
ふと、三年前の事を思い出す−−−あの、日の夜もこんなに素晴らしい夜だったと思う。
−−−うん。素敵な魔法だね。
それは三年前の淡い記憶。俺が中2の頃の話だ。
今となっては色褪せてしまった、大切な記憶。
「ああ、わかってるさ・・・」
一人呟く。
誰に宛てたわけでもない言葉。
夜の星が瞬き、妖しい月をさらに妖しくに引き立てる。
それは三年前の再現のよう。
忘れもしない、傷だらけの記憶。
帰路についてからどれ程時間が経っただろうか?
ふと足が止まる。
そこは路地裏へと続く、暗い道がある。
暗黒通りとか、悪魔通りと称されるその道の先には不良の溜まり場である裏路地に続く。
だから、こんな暗くなった時間にここを通る人間なんているはずが無かった。
−−−ドクン
何故、俺はそんな通りに魅せられてしまったのだろうか?
それは甘い蜜に誘われる虫のように、俺はこの通りの先にあるものを確かめずには要られなかった。
−−−危険だ・・・この先にあるのはお前の生を脅かすモノしかないぞ!
脳はそれを理解し、必死に危険信号を送り続ける。
ああ、そんなことは分かってる・・・。
でも、どうしたって俺の足はこの魅惑を無視して歩きだすことができないでいる。
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ
脳はフル稼働して訴え続ける。
危険だと。ソレはお前の日常を壊すものだと。
だが、一度知ってしまった甘い蜜の匂いは魅力的すぎて無視する事は難しい。
一度その危険な香りに魅せられた虫は食われるだけだ。
カツン−−−
足音が路地裏へと続く道にこだまする。
なんだって俺はこんなとこに足を踏み入れちまったんだろう。
あの時の甘い誘惑に勝ってさえいれば、いつもの日常が俺を迎えてくれていただろうに・・・。
グシャリ
と肉の削げる音がする。
こんな、おかしな事に足を踏み入れる事は無かったはずなのに・・・。
ボキボキバキ
骨の砕ける音がする。
こんな、非日常を知ることは決して無かったはずなのにっ・・・。
グチャァ
命の潰れる音がする。
かくして出会って、しまったんだ・・・。
赤く飾った黒一色の少女。
まるで、それが当たり前のように人だったであろうモノをぐちゃぐちゃにしていく少女。
血で濡られた、その美貌は酷く綺麗で妖艶だ。
黒い翼を血で濡らし、黒い髪をなびかせ、着ている服は黒だか赤だか分からないような少女は、妖しい夜の漆黒の中、俺の目の前に現れた。
淡い月に照らされながら、その少女は憂いに満ちた目で空を仰ぐ。
「ああ、なんて・・・」
酷く悲しい目で空を見るのだろう、と、俺は麻痺しきった頭で、そんな感想を漏らした。
俺はきっと見とれていたんだと思う。
小汚い虫にかぎって、薔薇のように刺々しく危ない花に恋してしまうものなのだ。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
ちなみに、前の作品は諦めました。
まぁ、今回も(ry
ちなみにルビを名前に振ってないので一応
閃洞 士快 (せんどう しかい)
一瀬 遥 (いちのせ はるか)
白泉 綺羅 (しらいずみ きら)
和礼 秀也 (わらい しゅうや)
鬼山 (きやま)
ちなみ下の名前は 剛。