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竜の花嫁  作者: ふうこ
9/14

「ルゥは子にどんな名前を付けるつもりだい?」

「まだ考えている最中です」


 間もなく十年が終わる。

 長いようで短い、不思議な時間だった。

 鏡を見てもそうだ。自分の容姿の、変化の少なさに少々戸惑う。勿論、15からの成長だ、十分大人になったな、とは思うのだけれど。


 レストから教えて貰っていた。竜の子を宿したものは、人とは違う時の流れを生きることになるのだ、と。

 15で身ごもり25で出産、だが、出産する際の見た目はほぼ20そこそこだ。子を出産し追えたあとは、更に年を取る速度は緩やかになる。おおよそ、4年で1歳。それが竜の花嫁の年を取る速度なのだそうだ。


 どうりでレストが若いワケだ。

 若作りであることもあるだろうが、中年を少し過ぎた程度でしかない。きちんと手入れを欠かさず運動もしているからだろう、何より彼女が得手とする魔術の影響もあるのだろうが、それでも彼女は、驚く程に若かった。


 もうすぐ、自分の腹に宿った竜の子が生まれる。その後は、レストとの別れだ。


 花嫁は、その任を終えた後はいくつかの道を選ぶとかつての花嫁達の日記で読み、知った。

 最も多いのは、自分の生み育んだ竜の子と共に竜へと還ることだ。

 花嫁によって産み落とされ花嫁と共に結界を維持した竜の子は、役目を終えると竜の元へ還る。よほど問題がない限りは、子は母である花嫁を誘ってくれるという。


 次には、霊廟で息を引き取ること。

 花嫁は任を終えた時点で、その大半の寿命を終えている。残りの日数はごく少なく、自身の墓を自身の手で整えて、ひっそりと生涯を終える。これを選んだ花嫁は自身の産み落とした竜の子に見送られ安らかに息を引き取るという。

 これを選んだ花嫁は、人として安らかに死ぬことを選んだ者だ。


 最後に、この結界から出ること。

 もっとも、花嫁の寿命は任を終えた時点でほとんど残されてはいない。出たとしても残りの時間は少なく、竜の子は共には来ない。たった一人きりで、それでも元の世界に帰った人も何人かはいた。

 かつての故郷をどうしても死ぬ前にもう一度見たい者が多かった。家族の墓をせめて1度くらいは詣でたい、と。

 この道を選んだ花嫁のその先は、どこにも何も残されてはいなかった。

 だれもが無事にささやかな願いを叶えられていたらよいのだけれど。



「レストは僕の子が生まれたらどうするの?」

「そうだねぇ、どうしようね」

「少しは真面目に応えて下さい」

「……逆に尋ねようか。君は、私がどうすると思うんだい?」

「ちっとも真面目じゃない。――そうですね、霊廟を選ぶ?」

「どうしてそう思うんだい?」

「だってあなたの大切な人は、そこで眠っているんでしょう?」

「そうだね。そうとも言える」


 ひどく静かな問答だった。

 レストはずっと微笑んでいた。時を経て、彼女はゆっくりと老成していた。

 見た目だけは若いままで、けれど動きは緩慢に、表情は穏やかに変じていった。


「外に行くのはないかなって。残してきた家族はもういないでしょうし、子孫に会いたいタイプでもないでしょう?」

「至極ごもっとも。大正解だよ」

「――それと、竜の元へ還るのも、ないかなって」

「……そうか。君はそう、思うのか」


 小さく頷いて答えた。

 これは、言っても良いことだろうか。それとも。

 ほんの少しだけ逡巡した。ゆっくりと膨らんだ腹を撫でた。命の脈動は聞こえないけれど、巡る魔力はひどく強く感じられた。

 ――この問いを抱えたまま、この子を産むのは、少し怖い。


「だってレストは、1度だってルコラを見ようとしないじゃないか」


 真っ直ぐにレストを見つめた。目を逸らしてはいけないと思った。

 レストは怒るでもなく、ただ曖昧に微笑みながら僕を見ていた。


 10年だ。決して短くない年月だ。

 この場所にいるのは僕とレストとルコラの3人――2人と1匹だけで、だからこそ、どれほど少なかろうとも、多少なり関係は出来る。共に過ごす。

 それなのに、ルゥは1度だって、ルコラの声を聞いたことがなかった。1度だって、レストがルコラを見つめている様を見たことがなかった。

 レストはルコラの存在を無視しているわけじゃない。ただ不思議なくらい頑なに、彼女の方を向かないだけだ。まるで彼女を目に移すことを、厭うように。


 ひょっとしたらルゥの見ていない場所では見つめ合うこともあるのかもしれない。けれどそれならば余計に不思議だった。


 誤魔化そうとしているのか、レストは幾度か躊躇うように唇を嘗めた。

 微笑みを深めて、逃れさせてはくれないか? と尋ねられたような心地になった。


 だから、頑なに、表情を消したままで、彼女を静かに見つめ続けた。


「…………だってね、仕方がないんだ。彼女は、私の罪の形なのだから」


 やがて観念したのだろう、レストは静かに、両の眼から涙をこぼした。


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