~アストリッドとサバンスと6人の仲間たち~
ジリリリッ!
「ん…」
私は瞳も閉じたまま、いつもの定位置にある目覚まし時計に手を伸ばす。
だけれど、あれ?
手探りをするけど私の左手は空を切るばかり。
いつもなら私が寝ているこの場所から手を伸ばせば目覚まし時計に指先が届きこの朝の焦燥感を煽るような鈴の音を止めることができるのに。
まだ眠たくて開きたくないと無言の抗議をしているような重いまぶたを、強い決意と「頑張れ私っ」と心の中で自分自身へのエールを送り、これを混ぜこぜにしてこじ開ける。
ジリリリッ!
その間も鳴り続ける目覚まし時計の鈴の音。
開いたばかりの目から見える私の部屋はまだぼーっとしていて、少しでも早くクリアにしたくて無意識に両手でまぶたをこする。
少しずつピントが合って鮮明に見えてくる今日の私とみんなの世界。
今もなお鈴の鳴り続ける目覚まし時計の方へ眼をやると、寝ぼけ眼の私でもベッドから出ずに手が届くと計算までして決めていた、定位置である机台の上から50センチほど離れた床の上に移動していた。
そして、そのすぐそばには、それはもう自分のいたずらが大成功した時の年下の子どものような表情とキラキラした大きな瞳でこちらを見つめるサバンス。
全てを察した私。
「なるほど…そういうことですか…なぞは全て解けました」
これは最近テレビで観た推理ものの作品に登場していた探偵のセリフ。
恥ずかしいので口には出さずに心の中で呟いてみる。
心の中ではもちろんご本人登場で声色も発音もセリフ回しもばっちりかっこいい。
そう、今日の私は朝から名探偵で名推理なのだ。
やおらベットから這い出て、相変わらずいたずらっ子みたいな表情とキラキラの大きな瞳、そして歩み寄るほどに一層荒くなっていくサバンスの息遣いに、胸の奥がムズムズするような感覚と、なんでだろう、ちょっぴり泣きそうな感覚と、ほんとこれもなんでだろう、勝手に熱くなる目頭。
こんなに心が急かされて、まるで追い込まれているみたいな感覚なのに全然嫌じゃない、むしろ大好きなこの感覚はサバンスと一緒いるときに何度も何度も経験している。
こんなときは、そう。
サバンスをぎゅっとハグして「ありがとう」って、言ってみる。
耳元で、小さな声で、心を込めて、言ってみる。
それを聞いてか、ぶんぶんっ!ぶんぶんっ!と、
さっきにも増して、もう、もげちゃうんじゃないかってくらいリングテイルが弧を描きながら激しく大きく振れるのを確認したら、今度はサバンスと顔を向き合って笑顔を見せてあげる。
おじいちゃん似で大好きなのに、周りからは「いつも少し眠そう」と言われちゃう私の目元。
毎晩眠る前、神さまに明日こそは消えていますようにとお願いしているのに全然消してもらえない私のそばかす。
生まれつきの私の歯並びを整えるために着けている歯科矯正。
自覚はないけど周りのみんなとちょっぴり違うらしい私の話し方、そしてその発音。
トラクターの整備や機械いじりで私の指先や爪に染み込んじゃってもう洗っても落ちないオイルやブレーキダストの色。
サバンスは全部全部受け入れてくれている。
だから、ぎゅっとハグして私の言葉、言い方、伝え方で「ありがとう」って。
そして、サバンスの名前の由来にもなった、素敵なシッポをぶんぶんっ!としてくれたなら、私もとても嬉しくて思わず笑顔になっちゃうのだ。
そして、この如何にもアフガンハウンドを絵にかいたようなエレガントで整った顔立ちのサバンスが、もうダメと言わんばかりにゴロンと転がりお腹を見せながら私に何かを期待するような熱い目線を送ってきたら、これはもう、お互いにスイッチON。
モフモフをするしかない。
あぁ、もう。
モフモフをするしかない。
モフモフの直前、床の上の目覚まし時計を止めようと手を伸ばし鈴止めに触れた時、その周辺が少し濡れているのが確認できた。
こうして憶測混じりの推理だった私の推理はいよいよ確信に至りここからがクライマックス。
そして謎解きのご褒美はもう思いっきりのモフモフしかない。
「犯人はあなたですねー!」
…まって、あぶない、いま声に出しそうだった。
父は「アフガンハウンドはプライドが高くて、簡単には懐かない」と教えてくれたけど、もしそうだとしたら、多分サバンスは高すぎるプライドが一周してどこかに行っちゃっているのだと思う。
自分でも何を言っているのかよくわからないけど、私はそういうことで納得しているし、なによりこのモフモフができるなら、私にとってはそんな難しいことはどうでも良い取るに足らないことなのだ。
早朝のモフモフと吸い分補給をしていると、牧場・牧舎の方から動物達の声が聞こえてきた。
「さて…と!」
サバンスに「今日の朝のモフモフはここまでですよ」という気持ちを込めてあえて大げさに言ってから手を止める。
毎日の事だけど、この時見せてくれるサバンスのこの世の終わりみたいな表情がたまらなく好き。
「んー」
私はわざと気難しそうな表情を演技してみせて、それを見て不安半分の期待半分みたいなサバンスと5秒くらい見つめあったら、わざと大げさににっこり笑ってあげる。
そのときのサバンスの嬉しそうな可愛い表情ったらなくて、それを見たら私も我慢できなくて「しょうがないなぁ!」とモフモフしちゃうのだ。
そう。
これはもう、しょうがないのだ。
こうしてひとしきりのモフモフのあと、お互い名残惜しそうにそっと離れると、私はサバンスの頭をそっと撫でながら自室の窓を開けて、まだ陽の昇りきらない牧場とその向こうに広がる景色を見ながら深呼吸をした。
「よし、いくよ」
そう言ってサバンスをぎゅっとハグすると、サバンスも首をかしげるようにして私の頬に頭を擦り寄せてしてくれた。
サバンスと毎日歩く牧場・牧舎・鶏舎への道のり。
ヤギや羊や牛や鶏達は私にとっては大切な家族。
出産に立ち会って手伝った仔ヤギや仔羊、仔牛達はみんな私に懐いてくれているし、今の鶏達もみんな私が孵化から関わっているから親鶏だと思ってくれている。
私が父方の弟妹(ようするに叔父叔母)の住むこの町に引っ越してきたのは今から1年程前。
元々両親と住んでいた町はここからだいぶ離れたところにあり、両親はそこで牧場と農場を営んでいる。
いずれその牧場と農場で仕事をすることになる私に、外の牧農場での生活と経験、地元以外の人たちとの交流や交友関係を広げてほしいとの願いから、両親が叔父叔母に相談を持ち掛けたらしい。
この辺りは大人同士が決めたことだから詳しいことは私は知らない。
元々地元の友達も少なかったけど、それでも一方的かもしれないけど「友達」と呼べる人は何人かいた。
だから、私は自分に何の相談もなく進められたこの両親の判断をこちらに来た頃はほんのちょっぴり恨んでた。
こちらに来て間もない頃は独りぼっちが淋しくて、それなのに独りぼっちの方が心はすごく安心してて。
心を通わせられる友達を得るまでには少し時間はかかったけれど、来て間もない頃のあの言いようのなかった孤独感はサバンスとハム無線がすぐに埋めてくれた。
もしサバンスが一緒に来てくれていなかったら、もしお父さんがハム無線を持たせてくれていなかったら、きっと私は今頃、淋しさと切なさでもっと違った毎日を送っていたと思う。
そんなことを考えながらサバンスと歩いていたら、急にサバンスが愛おしくなってしまった。
ふいに立ち止まってぎゅっとハグして「ありがとう」って耳元で言ってみたら「え?ココでですか?」みたいなびっくりした表情をしながらも、期待に満ち満ちた大きな瞳で尻尾をぶんぶんってする。
「しないよ?」
そう言って歩き始めても、尻尾振りながら嬉しそうについてくるサバンスが可愛くて愛おしい。
叔父叔母が経営している牧場と農場のうち、牧場のお仕事の一部、毎日の動物たちのお世話を私は任されている。
牛舎・鶏舎・牧場内とサバンスと回って動物たちにご飯をあげたりお掃除や健康状態の記録などをして、一通りのお仕事を終えて自宅に戻ったら、シャワーを浴びて、同じ頃合いで自宅に戻る叔父叔母と一緒に朝ごはん。
いただきます、をしてから黙々と口の中に詰める。
叔父叔母は優しいけれど、未だに一緒にいると緊張してお話もあんまり上手にできない。
自覚はないけど、元々住んでいた所のお郷なまりが強めの私の話し方や発音は、こっちの人たちともまた違うらしい。
だから、私の話し方や発音を変な風に思われたり不快に思われたら嫌だと思い、叔父叔母の前でもあんまり積極的にはお話はしない。
絶対言われないと思っていても、もしもし万が一、叔父や叔母に「その話し方気をつけなさい」なんて言われたら、私の心は間違いなく壊れてしまうと思う。
叔父も叔母も優しい人達だから、私のこうした事も受け入れてくれるのはわかっている。
わかっているけど、なんでだろう。
「受け入れてもらえること」自体がもう、負担をかけているようで申し訳なくて。
心の中がどうしても上手くいかない。
サバンスに対するみたいな気持ちになれない。
うん。
なんでだろう、どうしても心の中が上手くいかないんだ。
ごちそうさま、をして自分で使った食器類をキッチンに持っていって洗って拭いたら棚に戻す。
この時間が好き。
なんてことないことだけど、ここにこうして使った食器を戻す場所があることとかが、なんだか自分の居場所があることを、自分自身の存在を肯定してくれている、証明してくれているみたいで、ほんの少しだけ心があったかくなる。
流し台の蛇口を捻ると出てくるお水が指先にひんやりとして気持ちいい。
叔母さんのこだわりで叔父さんにお願いして作ってもらったというこの流し台の上には牧場が遠くまで見晴らせる窓があって、ここから見える景色、私も大好き。
食事中の会話によると、今日はこの後すぐに叔父と叔母はお出かけとのことで、程なく家には私しかいなくなることになるらしい。
特にお留守番は必要ないけど、家にいたら自然研究クラブの子達がまた押しかけてきそうだから、どうしようか悩んでる。
いっそのこと私もお出かけしようかな。
食事を終えてそんなことを考えながら自室のある二階への階段を上がり始めた音を聞いて、同じく食事を終えたサバンスも後からついてくる。
踊り場で私を追い抜いて、一足先に上まで登り周りを見渡して「わんっ」っと一声。
どうやら私のために上の階の安全を確認した上で問題なしと伝えてくれたみたい。
サバンスのこういうところ、忠節を感じられて凄くかわいい。
自室のドアを開けて、ベッドに腰掛けて一息。
早朝から起きて動いているから、食事まで終えた今の時刻を時計で見ても、まだ世の中は朝を迎えたばかりの頃合い。
夏の終わり、8月半ばの今でもこれからお日様が昇り始めると一気に気温は上昇する。
陽の昇りはじめ、夏の早朝のほんの短い時間だけに味わえるこの明るさの中の涼やかさは、本当の早起きさんだけが楽しめるご褒美なのだ。
サバンスを優しく撫でたりしながら、ハム無線のスイッチを入れると、早朝は電波が良いのかこの時間帯特有のノイズの少ないクリアな音が耳をくすぐる。
ハム無線を繋げる前にいつもの日課。
ちゃんと声が出るようにその日の気分で大好きな歌を歌うこと。
今日のナンバーは「Bein' Friends」
私とサバンスしかいない部屋の中、歌いながら振り付けだってしちゃうのだ。
私の歌に「わんっわんっ」と合いの手を入れてくれたり、一緒になってドタバタしながら振り付けに付き合ってくれるサバンスは、やっぱり最高のパートナーだと思う。
大好き。
歌い踊り終え、一休みしたらハム無線のマイクロフォンのスイッチを握りしめて深呼吸。
コールサインを口にして発信しようとしたところ…
ドンドンドン!と玄関扉を叩く音。
「ザリガニ獲りにいくぞー!!」
それにしてもおっきい声。
これは、私の友達、スベンの大声。
叔父叔母はもう外出しているようで、玄関まで行って応接する気配はない。
いつもなら、この後の時間も歌を唄ったり、無線機の向こうの人に話しかけたりして過ごすのだけれど、これはこれ。
あぁぁ、なんて素敵なお誘い。
私たちの住むスウェーデンの夏の終わりの風物詩。
毎年8月半ばから末の今頃、ザリガニをめいっぱい捕まえてきて下ごしらえして茹でて頂く。
皆で食べる楽しさは勿論だけど、手づかみで頂けてお口いっぱいに頬張れるのが楽しくて。
お行儀なんて言葉はこの時ばかりは大人も子どももどっかに行っちゃう。
それと、食べ終えた後のザリガニの殻も素敵。
作物の肥料に使えるから、パーティーの後はみんなに声をかけて集めて回らなきゃ。
このまま家にいても、先週の今日みたいに野生生物クラブの子達が押しかけてきて、よく分からないけどなんだか怖い気がする活動内容の説明とクラブへの勧誘をしてくる可能性が高いので、それとこれなら、私が選ぶのは絶対絶対こっちの方、ザリガニ獲りに決まってる。
「おーい、ザリガニをー、とりーにーいー、いーくぞー!!」
扉の向こうから、さっきよりもうひと回り大きな声が聞こえて、私も気持ち慌てて玄関に向かう。
私は大きな声を出して返事をするのが苦手だから、家の中をわざとドタドタ走って、外にも聞こえるくらい大きな音を立てながら玄関に向かうのが、私のいつものお出迎えの作法。
サバンスも楽しそうな雰囲気を察したのか一緒になってドタドタ音を立てて我先にと玄関に向かう。
私は扉の前に来たことを外の人に伝わるように、わざと内側のカギを大げさにガチャガチャ鳴らす。
どんなに親しいお友達とでも人と会話をするときはいつも緊張する。
だから、内緒のおまじない。
目を閉じて、深呼吸。
そのまま、かかとを3回小さく鳴らして、最後に目いっぱい深呼吸。
目を開けて、ガチャ。
扉と一緒に瞳を開くとそこにいたのは、いつもの6人の仲間たち。
「おはよう、ピッピ。これからザリガニパーティーの打ち合わせに秘密基地を使いたいんだけどいいかな?」とは、パトリック。
メンバーの中で一番年上で、瞳もお鼻も、お口もお耳も、何もかもがおっきくて、キラキラしてて、サバンスにどことなく似ている気がしている。
私の事を、本名のアストリッドではなく、ニックネームである大好きなピッピと呼んでくれるのが凄く嬉しい。
私は、かけてもらった「おはよう」のお返事の代わりに、目を細めながらにっこりほほ笑んでから、パトリックにわかりやすく大げさに頷いて、みんなと私の秘密基地である納屋の鍵を手渡した。
「OK。先にみんなで向かっているよ。あとで会おう」
そういうと、パトリックは後ろを振り返り、私から受け取った納屋の鍵をつまんで皆に見せた。
「よし、じゃあ、先にいっているね」「お先にね」と誰ともなく私に声をかけてくれて、そんなみんなの後ろ姿を見届ける私。
私は玄関の扉を一度閉めて、自分の身支度や、ジュースやお菓子、集まったみんなのおもてなしの準備を整えて、サバンスと一緒に秘密基地に向かうことにした。
令和5年9月16日と9月17日にプレイしたとあるTRPG作品に触発されて備忘も兼ねて書き綴った物語です。
残念なことに録音等をしていなかったのでリプレイとしての役割は果たせないため、あくまで個人的な読み物として扱わせて頂けたら嬉しいです。
めっちゃ長めのエブリデイ・ライフみたいに思って頂けたら嬉しいです。
たぶん、創作8割くらいになると思いますが、思い出せたらほんの少しずつでも当日のやり取りの描写なども入れていきたいと思いますので、ご参加された方にクスリと笑って頂けたら望外の喜びです。
あの日のやり取りをほんの少しずつ取り入れながら、アストリッドことピッピと、愛犬のサバンスのイチャつk.じゃなかった、交流をベースにハートウォーミングな物語にしていきたいと思います。
どのくらい続けられるかわかりませんが、温かく見守って頂けたら嬉しいです。
どうか、よろしくお願い致します。