6-3
俊が降り立ったのは東京湾が見下ろせる高級ホテルであった。
すでに時刻も遅い為、フロントには客の姿もなく受付の男性がひとりパソコンのモニター画面を見ながら明日の宿泊名簿の確認をしていた。しかし自分の方に向かって歩いて来た俊に気が付いて顔を上げた。
「すみません、ここの警備責任者を呼んで下さい」
俊の突然の言葉に一瞬固まってしまった男性だったが直ぐに我に帰ると問う。
「何か問題がありましたか?」
「いえ何も。用事があるんです」
「…宿泊のお客様ですか?」
「いいえ」
俊の真剣な表情に男性は戸惑い言葉を止めた。
「少々お待ち下さい」
そう言うと俊を待たせ奥へと姿を消した。数分後、50代くらいの男性がひとり出てくると怪訝そうな顔で俊を見た。男性が口を開く前に俊の方から用件を言った。
「Zに会いたい。加納俊と言えばわかる筈だから」
責任者の男性は一瞬ポカンとした表情で理解できないでいたが、ハッとして顔をこわばらせた。頷くようなお辞儀をすると奥の方へと足早に消えて行く。しかし直ぐに出て来ると奥の扉へと案内した。中には廊下がありエレベーターが一台ある。
「どうぞ。後はお一人でとの事です」
そう言うと男性は頭を下げ扉の外へと出て行ってしまった。
ひとり残された俊は男性が出て行った扉の前からエレベーターの方へと歩いて行く。目の前まで来るとエレベーターの扉が自動に開いた。中へ入るとドアが閉まり動き出す。階の表示もないが上へと上がっている事だけは分かった。暫くして明るい到着音とともにドアが開いた。外へ出ると廊下が先に続いており扉がある。扉へと向かって歩いていくと解錠される音が聞こえた。扉を開けて中へ入ると左右両側はガラス張りのコンピュータールームだ。そこを通り抜けるとコントロールルームになっており1人の男性が椅子に座り正面にある幾つものモニターを見ながらキーボードで打ち込みをしている。コントロールルームのガラス張りのドアが開くと俊は中へと入り男性の後ろで足を止めた。男性は体全体が収まるような椅子に腰を下ろしていた。白衣を羽織っており下はグレーのスラックス。そしてピカピカの革靴を履いていた。男性の手がキーボードから離れ横に置いてあるファイルに掛けられたが小さくため息を吐くと椅子を少し後ろに傾けた。
「一体どう言う風の吹き回しかね。君が私の所に訪ねて来るなんて」
男は俊に背を向けたまま面倒臭そうに言った。相手がこちらを向く気がない事が分かると俊も前置きなく用件を言う。
「あなたが持っている情報が欲しいんです」
ストレートに返してきた俊の言葉に男は小さく笑ったように感じた。
「仕事の依頼は受けていない。特に個人の依頼はね。私も忙しい身なんだ」
そう言うと男は目の前にあるモニタに視線を向けキーボードを再び打ち始める。
「俺個人の頼みです。能力者の居場所が知りたいんです」
「君は組織を抜けたんだろう。それに[力]を使う事をやめた筈だ」
相手にしてくれない男に苛立ちながら俊は話を続けた。
「ここ数日、P波が頻繁に出ていたはずです。そいつの行方が知りたいんです」
俊の言葉に男は手を止めるとやっと振り返った。
スラリとした体型の男で年は30代中頃であろうか。綿のシャツの上に白衣を羽織っており神経質そうな顔付きであったが、なかなかの男前である。男は銀縁眼鏡の縁に手をかけると俊を見つめる。
「自分の感情を制御できない奴は好かない。…まあ君にしては珍しい事だが」
俊は唇を噛み締めると男を見つめる。男もそんな俊を見ていたが鼻を鳴らした。
「確かにここ数日P波が現れていた。君はS波という特殊波数だからすぐに分かるがこのP波も少し変わってはいた」
「直接相手に会っていないのですが変わった能力の持ち主みたいです」
「ほお。君の力で探し出す事ができなかったとはね」
「…あなたが知らないと言う事は、組織の人間ではないんですね」
男は笑う。
「そうだな。私のリストも完全ではない」
『Z』と裏で呼ばれているこの男はハッカーであった。情報部や組織に所属している能力者のデーターを持っていた。だがそれだけではなく能力を使う時に出る個々の周波数を調べデーターとして持っていた。普通の能力者はP波という波長が殆どであったが稀に違う波長を出す者がいた。俊もそうであったが、そういう人間の殆どが特殊な力であったり力の強い者であった。
「居場所は分かりませんか?」
俊は男『Z』を見つめた。Zは肩を竦める。
「随分と必死だな。まあ5分もあれば調べられるだろうが、報酬を先に聞かせてもらおう」
「あなたが欲しがる物の検討がつかない。何が欲しいんです?」
「おや?君は私が欲しいものを知っていると思ったが?」
俊は男を無言で見つめた。
「命は渡せない」
「別に命を取ろうとは思ってないさ。君にも大切なものがあるから死ぬ訳にはいかないんだろう?」
Zは鼻で笑う。
「大切なモノを作ると厄介だと話した事があったはずだが、君は作ってしまった訳だ」
「あなたのような生き方は俺にはできそうもないので」
Zは再び笑うと手を動かし始めた。
「そうだな。君はいつも自分意外のモノの為に動く。それだけの力を持っていながら自分の為にも使おうとしないお人好しのただの馬鹿だ。宝の持ち腐れで正直不愉快になる」
文句を言いながらも手は素早くキーを押しづつける。
「不愉快だと思うならどうしてあなたは俺に興味があるんです」
男の手は止まった。
「君はやはり馬鹿だな」
さすがに何度も言われると俊の表情も渋くなる。
「関心がなければ意識もしない。文句も出てこないだろうさ」
「… …」
俊はZから目を離すと口を開いた。
「24時間でいいならあなたに付き合います」
Zは鼻で笑う。
「いいだろう。交渉成立という訳だ」
そう言うとリターンキーを押す。モニタに映し出された文字と数字が勢いよく流れていく。次に地図が表示されると赤いドットが幾つも記されていく。
「飛んでいる距離は短いな。遠出は好まないらしい。特殊な力を持っていたとしてもたいした奴ではないな。つまらん」
Zは地図をプリントアウトすると俊に指差す。
「終わりだ。持って行け。連絡は私からする」
そう言うとZは何もなかったかのように再びキーボードを叩き始めモニタを睨むように見つめる。俊はプリンターから印刷された紙を取ると男の方を見た。
「ありがとう」
そう言うと俊は部屋を出て行った。
Zは手を止めると鼻を鳴らした。