6-1
今回のお話は恋愛より近未来寄りのお話しでしょうか。
超能力を使う加納俊、その他にも新しいキャラクターも登場します。
美鈴は携帯を置くと小さくため息をついた。一昨日から高野夜理に電話をかけているのだが繋がらないのだ。夜理は仕事の後輩であったのだが今では関東連合の組長である高野海人と結婚をし高野組の姐さんとなっていた。忙しい中でも美鈴からの着信があればその日のうちに連絡を入れてくれるのだが今回はいくら待っても連絡がなかった。何事もなければいいのだがやけに胸騒ぎがする。
壁に掛けられた時計を見上げるとすでに6時になっていた。7時半には陸が仕事から帰って来るのでそろそろ夕飯の支度をしなくてはいけない。リビング前のテラスに置かれている犬小屋から柴犬のタロがつまらなそうにあくびをしてこちらを見ている。美鈴が窓を開けると嬉しそうに犬小屋から飛び出してきてリビングのサッシに前足を掛け尻尾を振った。優しく頭を撫でる美鈴の表情に気がついてかは分からないがタロは鼻を鳴らして美鈴に顔を近づけて来た。
「大丈夫だよ」
美鈴は笑うと再び頭を撫でてやった。
「でも夜理ちゃんどうしたんだろうね。何処か出かけてるのかな。陸が帰って来たら聞いてみないとね」
そう言いながらも不安がおさまらない。時計を見て考え込んでいた美鈴は目を閉じると俊にと姿を変えた。この姿にならないと特殊な能力を使う事が出来ないのだ。この姿に変わるのは半年ぶりであったが特に自分の体に変化はないようであった。目の前にいるタロは不思議そうな顔をして首を傾げている。
「タロはいい子だな。分かるか?」
俊の言葉と穏やかな表情にタロは嬉しそうに尻尾を振り俊の手を舐めてきた。お返しにとばかりに頭をガシガシと撫でてやってから俊はリビングの床にあぐらをかいた。目を瞑り精神を集中させる。しかしすぐに目を開けると息を吐き頭をかいた。
「鈍ったかな…。見えないな」
額に手を持って来ると呼吸を整える。
ふと顔を上げるとタロが様子を見ていたのか俊の顔を突然舐める。まるで慰めてくれているかのようであった。俊は口元に笑みを浮かべると撫でてやった。
「大丈夫だよ、ありがとう。
お前、陸と約束してるんだろ。陸がいない時は、家と美鈴を守れって言われてるんだよな」
タロは首を傾げる。
「まったく相変わらずで笑っちゃうよな」
タロにむけていた笑みを消すと再び息を整え目を閉じた。
俊は透視を試みていたのだ。あまり得意な能力ではなかったのだが意識を集中して視たい相手を思い浮かべる。そうすると今度はぼんやりと何かが見えてきた。もやがかかっているように鮮明ではないのだがベットに横たわっている人の姿が見える。その人物は眠っているのか意識がないのか動かない。場所も鮮明ではない為何処だか分からなかった。俊の心が乱れてしまったせいか映像は途切れてしまい見えなくなってしまった。
暫く目を見開いたままでいた俊は携帯を取ると、夜理の携帯にではなく高野の自宅の方に電話をかけたのだった。
「ただいま〜」
玄関の扉が開く音と陸の声に美鈴は座っていたソファから慌てて立ち上がった。
いつの間に陸が帰って来る時間になっていたのだ。
「お帰りなさい!」
玄関へ出迎えようとしたが陸がリビングに入って来る方が早かった。
陸はいつもとは違う様子にすぐ気がつくと声をかけた。
「どうした?何かあったの?」
リビングの窓が開いたままになっておりタロが陸の顔を見て吠える。
「何か冷えると思ったら窓開いてるじゃん」
「あ…本当だ」
陸は窓の方へ行くとタロの頭を撫でてから窓を閉めるとレースのカーテンを引いた。
そして美鈴の前まで戻って来ると顔を見る。
「どうしたの?」
陸の心配そうな表情に美鈴は頷いた。
「うん、夜理ちゃんなんだけど一昨日から携帯が繋がらないんだ。家の方にかけたら兼松さんが姐さんたちの親睦会に行っているから数日留守だからって…「」
「兄貴は?」
「海人さんは分からない。何か忙しそうでそれ以上は聞けなかった。でも…」
「でも?」
美鈴の顔を見つめたまま陸は問い返す。
「心配だったから能力を使って捜した時、はっきりは見えなかったんだけどベットに寝ている人影が見えた。夜理ちゃんかまでは確認できなかったんだけど何か様子がおかしくて」
そこまで言った美鈴の視線は下がり口がキュッと結ばれた。
「何か…すごく不安を感じて心配なんだ」
陸は安心させるように美鈴を抱きしめた。
「俺から兄貴に聞いてみる」
陸は鞄の中から携帯を取り出すと海人の携帯にかけたのだが繋がらない。何度もかけ直しても繋がらないので何人か他の人物にもかけるのだがやはり繋がらなかった。
「あいつにかけてみっかな」
陸はぶつぶつと独り言を言うとまた違う人物にかけた。
「あ、カツキ?俺」
陸は親しげに話す。
「あのさ、兄貴に急ぎの用があるんだけど繋がんないんだよね」
話を聞いている陸の眉間にだんだんとしわが寄っていく。
「あ、そう。分かった。ありがとう、じゃあ」
陸は携帯を下ろすと美鈴を見た。
「今、幹部会をしているらしいんだ。後でもう一度連絡入れる」
陸の言葉に美鈴は頷いたが陸を見つめたままでいる。さすがに陸も参ったように頬を掻く。
「陸、何か電話をしてて感じたんでしょう。話して」
美鈴の真っ直ぐな瞳に陸は諦めたのかため息をついた。こんな時は絶対に話すまで引いてはくれない事を分かっていたからだ。
「今電話をしたのはカツキって言って、組でも下っ端のやつなんだ。だから事情をカツキから聞き出す訳にはいかなかったんだけど、いつもと違う感じで何だか早く切ろうとしていた。もしかしたら組で何かあってこんな時間に幹部会が開かれているのかもしれない」
話を聞いた美鈴の視線が違う場所を見て固まってしまった。陸は美鈴の肩を掴み自分の方を向かせた。
「だけど聞いて。俺と兄貴は兄弟だし夜理は義理の姉さんだ。美鈴は義理の妹だよな。でも俺らは組とは関係ないし部外者なんだよ。組で起きた問題は兄貴が判断して組内で解決する事だから俺らが口出ししたり介入したらいけないんだよ」
「…分かってる」
そう。陸が言っていることは分かっていた。それに陸は、兄の仕事とは関わりを持たないようにしている。自分勝手に動いてはいけない。陸や他のみんなにも迷惑がかかる。それ以前に夜理と海人の結婚を応援したのも自分自身なのだ。夜理の身に何かあって騒ぐぐらいなら反対して止めるべきだったのだ。
美鈴が頷くのを見てほっとしたのか陸は時計を見た。
「もう8時だね。飯作ってないんじゃない?」
「あ…っ、あーー」
焦ったように美鈴も時計を見ると、陸が笑い出した。
「別にいいよ。出前でも頼もう」
「ごめんね。…確かこの辺りにメニューがあった筈」
サイドボードの扉を開けて探す美鈴の後ろ姿を見ていた陸は無言で美鈴を抱きしめた。黙ったままで動かない陸の腕に美鈴は手を置く。
「大丈夫だよ。勝手なことはしないから」
「……絶対だからな」
「うん」
陸はぎゅっと美鈴の体を抱きしめると手を離した。
「俺、カツ丼と…ラーメンがいいかな」
美鈴は笑って頷いた。
「りょーかい」