誕生、そして絶望
「ちょ!ちょっと待って!産むの!?今!!?ど、どうしよう?俺どうすればいい???」
出産の為立ち上がった彼女を前に俺は慌てふためく。
「バロォォォォ!!!」
「あ、はい、すんません!」
出来ることはないかとオロオロしている俺に対し彼女が邪魔だと一喝すると、少し冷静になれた。
考えてみれば今日会ったばかりの、しかも馬の魔物に対し、なにをすればいい?とはアホなことを言ったもんだ。いや、でも目の前で死にかけの馬が出産始めたらそりゃ慌てふためくでしょ?
それに一人ぼっちの異世界で数時間だけで同じ時間を過した為か多少、情が芽生えているのかもしれない。俺は心のなかで応援しながら見守ることにした。
……………………。
既に日は沈み夜になっていたが、大樹の周りの花畑には夜になると光る何とも不思議な種があったようで、辺りを青白く照らし幻想的な風景を創り出していた。
彼女が傷ついた体で懸命に子供を産もうとしている。俺は横でただ見ている。
幻想的な風景の中で、彼女の周りは彼女の傷から吹き出した血で真っ赤に染め上がっていた。
本当に、本当に辛いのだろう。時折膝から崩れ落ちそうになるが、なんとか踏みとどまっている。
「母親って、すごいな。」
そういえば俺の母親も、俺を生むときは難産だったと言っていた。それでも必死になって産んでくれたんだと。
子供を産む母親っていうのは、皆これ程の強さを持っているのか。
そんなことを考えていると、遂にその時が来た。
「バロォォォォ!!!!」
横から見ていると、彼女の声と共に体の影から、子供のものと思われる脚が見えた。
しかし、彼女もやはり限界なのか身体が崩れ落ちそうになる。
「が、頑張れぇ!!もう少しだ!」
俺は思わず叫んだ。
「ここまで踏ん張ってきたんだろ!まだ死ぬな!!今死んだら子供まで死んじまう!!頑張れぇ!!!!」
「ヴ、ヴァルゥオォオオオオ!!」
一際大きい声を発した瞬間、遂に仔馬が、生まれ落ちた。
俺は咄嗟に仔馬の元に駆け寄る。
「やった…。やった!!やったぞ!!!生まれた!!」
仔馬は母親が大きいためか、既に普通の大人の馬くらいのサイズはあった。しかし今、必死に立ち上がろうとしている。
「おお!頑張れ!いいぞいいぞ!!おい!子供もう立ちそうだぞ!!すげぇな、お………い。」
俺が興奮しながら母親に声をかけようとしたとき、先程まで微弱だった危機察知スキルの反応が一気に強くなった。
俺は一瞬、子供に不用意に近づいてしまったことで、彼女が怒ってしまったのかと思ったが、彼女が見ていたのは子供でも俺でもなかった。
「ゲギャギャギャ!」
「グヒッ!グヒッ!」
「ギャハッ!」
周囲から気味の悪い声が聞こえると同時、身体の小さい緑色の人型の魔物が何匹も飛び出してきた。
「な、何だあいつら!?ゴブリンか??」
ゴブリンは一体一体それぞれが武器を持ちこちらに狙いをつけている。
そして、出産直後で限界を超えている彼女に対し不気味な笑みを浮かべている。
俺は気付いた。ここに来てからずっと感じていた危機察知、それはコイツラからだったのだ。彼女の存在感と最初のインパクトが強すぎて、周りに潜んでいる奴らに気が付かなかったんだ。彼女は最初から気が付いていたんだろう。だから警戒を解かずにいたんだ。
奴らは狙っていた。子供を産み、消耗しきったそのタイミングを、命の尽きるその時を。
コブリン達は俺達の周りを取囲んで動く様子はない。
すると危機察知が更に強く反応した。
方向は森の奥。そこからドスドスと重い足音が聞こえてくる。
現れたのは有に2メートルはある人型の魔物。コブリンたちをデカくしたような、それでいて身体の大きさに見合った太い手足。醜く太った腹。恐ろしい牙も生えている。
正しくゴブリンのボスだろう。
そいつは立っているのがやっとの彼女を見るとグフっと笑みを浮かべた。
俺は膝から崩れ落ちた。
「嘘だろ、結局俺、死ぬのかよ。こんな奴らに殺されるのか。」
周りを取り囲まれれば逃げようもない。
彼女が万全だったら勝てたのだろうか?でも、彼女の命は風前の灯。おまけに生まれたばかりの仔馬もいる。コイツはまだ立ち上がってすらいない。
「ふざけんなよ…。まだ生まれたばっかの赤ん坊がいるんだぞ!!彼女が命をかけて頑張ったんだ!!空気読めよコノヤロー!!!」
俺は溢れさせながら叫んだ。
その声にボスゴブリンは笑うのをやめ、つまらないものを見るかのような顔をする。
そして徐ろに手を挙げると、周りのゴブリンが一斉に持っていた弓を構える。
「ひっ!!」
俺はいよいよ迫った逃げ場のない死に体が動かなくなってしまう。
ゴブリン達はボスが手を降ろすと同時に一斉に矢を放ってきた。
もう駄目かと思ったら瞬間。バチィィィィィン!!という轟音とともに眩い閃光が俺達の周りを覆い尽くした。
放たれた矢はその閃光に当たり、焦げて落ちていく。
「バロォォォォ!!!」
それは彼女が限界を超え放った雷だった。
雷は俺達の周りに薄い膜のように留まる。
「す、すげぇ、雷のバリアか。」
彼女は近くにいた俺毎バリアに入れてくれたようだ。
「あ、ありがとう、助けてくれて。」
「バロロォ。」
彼女は俺とは違い絶望なんてしていなかった。最後の力で子を守ろうとしている。
しかし、そんな彼女が気に入らないのかボスゴブリンは再び指示を出すと、また一斉に矢を放ってくる。一射で終わらず何度も何度も。その度に彼女は命を削りバリアを貼る。
このままじゃ先に彼女が死んでしまう。
魔物同士の戦いで、俺は無力だ
そして遂に彼女は、前足の片膝を崩してしまう。
それによりバリアが薄れ、奴らの矢がバリアを貫く。
パァァァァンッ!!という音と共にバリアは消滅した。奴らはその好きを逃さず弓を構える。その目線の先は、彼女でもなく、俺でもなく、生まれたばかりの仔馬だった。
その時俺は、母親が命をかけて産み、今懸命に生きようと立ち上がるこの子を死なせてはならないと思った。だから動いた。
迫りくる矢と仔馬の前に割って入り、庇うように両手を広げて立ち塞がった。
「(もしかしたら、俺がこの世界に来たのは、この子を守るためだったのかな?なんちゃって…。)」
くだらないことを考えながらも、俺はやがてくる痛みと衝撃に耐えるよう、目をギュッと閉じた。
だが、矢は一本も俺の体に刺さってこない。
そっと目を開けるとそこには、
全身を矢に刺しぬかれた母馬がいた。