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オベントウバコ

 

 ◇シスター視点


 ケイ様が来てまだ二日目だというのに、この村はすでにケイ様を中心に動いているかのようです。全ての村人がケイ様の話題で持ちきりで、今日の催し物を楽しみに畑仕事に精を出しています。それに心なしか笑顔の村人が増えた気がします。しかし、驚きはそれだけでは終わりませんでした。なんと、シルバーランクの冒険者グループが、全滅させられる事もあると言われるオークを、一人で討伐したというのです。しかも無傷で……。


 決して強そうには見えないどころか、虫も殺せないか弱い貴族令嬢にしかみえません。そんな力があるにも関わらず身分に関係なく接して下さり、見返りを求めず人助けをされるお姿に、心を打たれた村人は多かったのではないのでしょうか。できるだけケイ様の役に立ちたいと、欲しがる物を聞いていた人たちの気持ちがわかる気がします。何故ならば私と神父さまも少しでもお役に立ちたいとの思いから、今日の手伝いを買って出たのですから。

 



 ♦ ♦ ♦ ♦

 



 ケイ様に教えられた通りに調理を進めているだけですが、どれだけ何も考えずに料理をしていたかを痛感させられてしまいました。野菜や肉の切り方や灰汁を取る事にこれほどの意味があったなんて……。しばらくすると、足に車輪のついた……確かワゴンといったでしょうか? それに沢山の箱をのせてケイ様と子供たちが現れました。


「ケイ様、その箱は何でしょうか?」


 その質問には子供たちが答えてくれた。それはオベントウバコといい、食事を持ち運ぶための箱だという。納得してこちらの料理も完成したことを伝える。


「ありがとうございます。この箱にパンが入っているのですが、空いている部分に茹でたキャベツを敷いてその上にソーセージ、ポテトサラダ、トマトをこんな感じで盛り付けていただけますか?」


 ケイ様の指示に従い盛り付けをして箱の中身全体をみてみると、彩も美しくなんと食欲をかきたてるのでしょう。しかし、私の食べられるものはトマトと言う赤い実だけだそうです。私は落胆を周囲に悟られないようにするのに必死でした。その時『グ~~~ッ!』と音が鳴り慌てて自分のお腹を押えましたが、どうやら私のお腹の音ではなかったようです。


「ちょっと早いけど食べちゃおうか?」


 ケイ様の一声で子供たちは大喜びした後、素早くケイ様の前に並びました。


「言う前に並ぶとは思わなかったよ!」


 ケイ様は笑いながらオベントウバコを渡していましたが、子供たちがこんなに幸せそうな笑顔をみせる様になったのは、ケイ様がこの村に来てからかもしれません。


「スープもあるから向こうに一旦置いて戻って来て、あと誰か神父さまの分もお弁当を持っていってあげて!」


 子供たちのいつもの何倍も素直に指示に従う姿に、相手がケイ様では仕方ないと思う気持ちと共に心にひっかかるものを感じました。それは自分の無力さへの失望や怒りだったのかもしれません。



 

 ♦ ♦ ♦ ♦



 

「子供たちはあの年齢でちゃんとお礼が言えるなんて凄いですね! シスターの日頃の教えのたまものですね」


「そ、そんなことはありません! 子供たちが素直で優しく育ったからで……でも、ありがとうございます。お世辞でもケイ様にそう言って頂けると励みになります」


 ケイ様のたった一言で自分の顔がにやけるのが分かります。先程まで落ち込んでいたのに、自分の単純さが嫌になります。にやけているのをケイ様に気付かれないように、スープをかき混ぜるフリをして顔をスープに向けて誤魔化しました。


「あっ! そうだ! これ! シスターの分です。スープは昼の残りで申し訳ないのですが……」


「えっ! わざわざ私の為に作っていただけたのですか?」


「大した手間ではなかったので、気にしないで下さい」


「しかし――」「――神父さまも連れて来たよ~」


 子供たちの声で振り返り、ケイ様は『本当に大した事じゃないので』と笑って子供たちの元に行ってしまいました。その後は神父さまとケイ様で話し合われて、早めの夕食をとる事になりました。




 ♦ ♦ ♦ ♦




「エマはトマト駄目だった?」


 ケイ様の声でエマを見てみると、赤い実を食べて眉間に皺を寄せていました。


「俺が食べてやるよ」


 ロンがそれをかわりに食べてあげようとすると『大丈夫! 食べれる!』とエマは苦手であろう赤い実を意地になって必死に食べていました。それをみながらケイ様が呟きます。


「そういえば、トマトの食感が苦手だって言う子は多かったかも!」


 なんでもケイ様の国では、嫌いなものが出てくると食べない子供が沢山いたそうです。それを聞いただけでもかなり裕福な国だという事が分かります。普通は食べられるだけでマシなのだから……。みんなが食べているものは、サンドイッチといって様々な具材をパンにはさんで食べる物らしい。片手でも食べられてかなり便利そうです。


 ケイ様のどれが美味しかったかの質問に、子供たちはカツサンドかタマゴサンドと答えていました。もう一つのサンドイッチは厚切りベーコンとタマゴの目玉焼きは美味しいそうですが、キャベツやトマトなどの野菜が入っているのが不人気の原因のようです。


「ベーコンエッグは神父さまは気に入ってくれたみたいだし、大人の人だったら大丈夫そうかな?」


 ケイ様はそう言って、みんなが食べるのを眺めていました。 


 私はというと、けちゃっぷらいすという料理を作っていただきました。それは色々な野菜をふんだんに使っていてかなり贅沢なものでした。ライスの色をみて子供たちも欲しがりはしませんでしたが、程よい酸味でより野菜の味が引き立ち、あっという間に食べきってしまいました。それでも足りない材料がありケイ様の理想の味ではないそうです。完成したら一体どんな味になるか私には想像もつきません。


 そんな時、みんなで和気あいあいとしていた雰囲気に、終了を告げる声が響きます。


「魔術師さまはお帰りになりましたか? ノア様をお連れいたしました」


 ロイさんの声に反応してケイ様に目を向けると、とても嫌そうな顔をしているケイ様と目が合い、二人とも我慢できずに吹き出して笑ってしまいました。やはりケイ様も関わり合いになるのが嫌なのでしょう。何事もなく終わればいいのですが……。


 


 

ロイ:村の代官の息子

ノア:男爵領の家令

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