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宰相閣下の長女の嫁入りを書いていて突然舞い降りてきまして…

リーンゴーン リンゴーン




教会の鐘が高らかに鳴った。晴れ渡る青い空にたくさんの花びらが舞っている。

この花びらはたった今、式を終えたばかりの新郎新婦のためのものだ。

そう。

この俺ギルベルト・ヴァイマール改め、ギルベルト・ホルシュタイン・オストブルクと、リーゼロッテ・フォン・オストブルクの。










始まりは馬鹿な末弟だった。


我が家は、曽祖父が戦時中の活躍で国王陛下から賜った一代男爵位を、祖父とその兄弟によって永代爵位として子爵位に上がった家系の新参貴族だ。

家訓は『国への忠義を貫くために手段は選ばない』。

父はリンダブルグの騎士の最上位である騎士団長にまで登り詰めた。だが、それらの先祖の名声を地の底まで叩きつけたのが末弟だ。


男ばかり6人兄弟の末に生まれた末弟は、たった1人の女に体で籠絡され、次期王太子妃であった女性を公衆の面前で貶めたのだ。子爵家、しかもたった数代前に貴族になったばかりの後継でもない弟が、先代の王妃も輩出し、初代国王の弟を始祖とする家系のリンダブルグの最高位の女性を辱めた。

その上、公爵令嬢はそのまま体を壊し公の場に出られなくなってしまった。さらに学園内でも弟は他の子弟たちと共に公爵令嬢に対して不敬を働いていたらしい。


一人娘をコケにされた公爵は激怒。当たり前だ。公爵家の嫡男からも書状(恫喝)がきた。ルエーガー公爵家に睨まれたら、たかが子爵家など吹けば飛んでしまう。末弟は自分の婚約者も蔑ろにしていた。早々に見切りをつけられていたらしく、弟が問題を起こす直前に婚約解消の書状が届いていた。


俺の元にその連絡がきたのは、騒動の日の夜だった。勤務中に突然実家に呼び出されたのだ。勤務中にもかかわらず、勤務を交代してまで戻される理由がわからず、とりあえず屋敷に着くと、顔を真っ赤にし、こめかみに文字通り青筋を立てた父が仁王立ちで待っていた。叔父夫妻、長兄夫妻、弟たちとその妻が一堂に集められると、始まったその話を聴くにつれ、父以外の家族の顔がどんどん青くなる。

その場で父から謹慎が通達されたが、誰一人として反論することなくそれぞれの家、あるいは部屋に戻り、次の日から引き継ぎのみで謹慎となった。

父と長兄は怒り狂い、母は体を壊して寝込むようになった。末弟はその命を以って罪を贖った。母は命だけでもと父に願ったのだが、父と長兄が家訓に背き、人としての道すら外れた末弟を許さなかったのだ。


それでも、習慣とは恐ろしいもので、父や兄弟と毎日剣を交わし稽古をする。あの騒動によって国全体が不安定になった。王弟殿下が王位に就くことが決まったが、いつ何が起こるかわからない、そんな雰囲気を体で感じ取っているのだ。


そんななか恐れていた事態が起こった。国の主要な貿易港での大事故、災害、そして東側の国境の異変。


東の国境を司る辺境伯は父よりさらに年上だが、俺を息子のように可愛がってくれた気持ちのいい親父さんだ。時折り王都に来るついでに騎士団にも顔を出し、旧知の間柄である父と会っていた。


辺境伯はリンダブルグにおいて特別な爵位であり、軍事力においては国の要となる。しかし、しばらく前から親父さんは体を壊して領内で養生していた。聞くところによると、長年の無理がたたって、体の自由が利かないらしい。


父と俺に勅命がきた。一時的に騎士団に復帰の上、父は王都を、俺はオストブルク辺境伯家と共に東側の国境を守れとのことだった。また、兄弟たちにも、いつでもすぐに出仕できるようにしておけとのこと。


「もはや我が家の名誉は地に落ちた。失うものなど何もない。泥水をすすろうと四肢を失おうと命に替えても王命を全うせよ。」


そう父は言い置いて行った。

兄弟たちは剣を研ぎ、鎧を磨き勅命に備える。

俺も準備ができるとすぐに城に上がった。

そこで、つい最近まで共に戦った仲間たちと合流し、東へと急ぐ。ありがたくも仲間たちは未だ俺を慕い、俺を隊長として受け入れてくれた。


ほとんど休まず馬を駆ること1週間と少し。オストブルクの砦に到着した。

跳ね橋の手前で砦に向かい、名乗りをあげる。


「我らは王立第9騎士団である!国王代理ジルベスター殿下の名の元に参上した!責任者にお目通り願いたい!」


すると、跳ね橋が降り、数人の騎士が出てきた。中央にいるのは目の覚める様な赤毛を後ろで一つにまとめた騎士だった。


「伝令を送ってからの早々の派遣に感謝します。私がオストブルク伯爵家が長女、リーゼロッテ、こちらが軍隊長のオイゲン、副軍隊長のルース。」


赤毛の騎士は伯爵令嬢だった。確かに周りを囲む男たちの半分ほどのすらりとした身体だ。女性にしては背が高いが、顔や体つきは女性のそれだった。


「私は第9騎士団隊長、ギルベルト・ヴァイマールです。」


「貴方が…」


す、とリーゼロッテは目を(すが)めた。弟の醜聞はここまで届いているのかもしれない。


「今はまだ大きな動きはありません。先ずは父のところにご案内致します。中へどうぞ。」


副隊長と2人、リーゼロッテに案内される。部下たちは馬と荷を持って別に案内されていく。一度簡素な部屋で身支度を整え、オストブルク伯爵の元へと向かった。


「父はもう身体の自由が利かないのですが、今はここを離れないと聞かなくて。」


苦笑気味にそう言ったリーゼロッテがノックをし、返事を待って中に入る。


「父上、王立騎士団が到着し、隊長殿と副隊長殿をお連れしました。」


「そうか。」


身体を起こすのをリーゼロッテが手伝い、背中に支えのクッションをいれる。


「こんな時にこんな姿で申し訳ない。隊長はギルベルトだったのか。」


「ええ。お久しぶりです、親父さん。」


「お父上は息災か。」


「…はい。」


なんと答えていいかわからず、歯切れの悪い返事になったのは否めない。


「ところで、ここは今、親父さんの指揮下で?」


「いや、実質的には娘のリーゼロッテに任せてある。うちは娘2人だが、リーゼはなかなかだぞ。子どもの頃から兵たちの間で訓練し、奴らもリーゼを砦の長と認めておる。ここのことはリーゼに聞くといい。」


「そうですか。」


「最初はこの辺りで盗賊が頻繁に出ることだった。だが、どうも盗賊だけでなく怪しい連中の出入りがあるようでな。王都へ連絡したのだ。」


「わかりました。では続きはリーゼロッテ嬢に伺います。親父さんはゆっくり養生してください。」


「ゆっくりしたいのは山々なんだがな。リーゼが無事に良い婿を迎えるまではまだ死ねぬのだ。」


「父上。それはジルベスター殿下にお願いしましたから、いずれいい縁を結んでいただけるでしょう。」


猛将と名高い親父さんも、娘が心配なただの父親なのだろう。まだ何か言いたそうだったが、あまり長くいても親父さんを疲れさせてしまうので、切り上げることにした。


「おやじさ…伯爵様のお身体はどうなのですか?」


廊下を2人歩きながら問う。


「そのままの呼び方で結構です。父から貴殿の話はよく聞かされました。もともと無茶をしてきた身体ですので…腰から下が動かしにくくなりました。杖なしで立つこともできません。歳も歳ですし。」


「ロクでもない失敗談ではないといいが…そうでしたか。」


それからはリーゼロッテにあちらこちら案内され、砦の兵たちとも顔を合わせる。


王立騎士団が来たことで牽制になったのだろう。盗賊以外の怪しげな連中の往来は少なくなり、単純に兵力が増えたために盗賊の討伐も順調だった。


砦に到着して2週間ほどしたある日、思ったほど出動回数も多くなく、砦の兵たちと訓練をするだけの余裕があった。


そこに、動きやすい簡素な騎士服に身を包んだリーゼロッテがきたのだ。なるほど親父さんが言うだけあって、リーゼロッテは砦の主人(あるじ)だった。

リーゼロッテの取りなしで、砦の兵たちは思いの外すんなりと王立騎士団を受け入れた。


「ギルベルト殿。私ともお手合わせ願えませんか?」


「隊長殿。騎士姫様は結構強いですよ。」


周りの砦の兵士たちがそう言った。

修練場の中央でお互いに剣を構える。兵たちが面白半分に見にきていた。


「はじめ!」


1人の兵の合図でリーゼロッテが走り出した。一撃切り結ぶ。

剣自体は軽いが、かなり素早い。すらりするりとすり抜けるような剣筋だ。自分の特徴を最大限に活かした剣なのだろう。

実戦経験もあるのか、変則的な動きにもついてくる。

さすがに俺が負けることはないだろうが、7割は力を出さないと厳しい。


キン、キンと澄んだ音が響く。

(次で決めるか。)


「お姉様!」


その時、この場に似つかわしくない甲高い声が聞こえた。

走ってきたのは、赤みがかった金髪の少女だった。


「シャル!」


俺とリーゼロッテは戦闘態勢を解くと、剣をしまった。


「お姉様!次の夜会のドレスを仕立ててくれる約束だったではないですか!」


シャルと呼ばれた少女は、拗ねたような上目遣いでリーゼロッテを見上げる。


「シャル、こちらは王立騎士団のギルベルト殿だ。ご挨拶を。ギルベルト殿、彼女は妹のシャルロッテです。」


そう言うと、初めて少女が俺を見た。


「お初にお目にかかります。王立第9騎士団長、ギルベルトです。」


「あら!オストブルク伯爵家次女のシャルロッテです。騎士って厳つい人ばかりだと思っていましたけど、こんなにかっこいい人もいるんですね!毎日でも応援に来ちゃおうかしら!」


シャルロッテはキラキラと瞳を輝かせ、胸の前で手を組んだ。頰が引きつらないように気をつける。


「シャル、ギルベルト殿は遊びに来ているんじゃない!さぁ、ドレスのことを言いにきたんだろう?屋敷に戻ろう。ギルベルト殿、申し訳ない。今日はこれで。」


そう言うと、流れるような動作でシャルロッテを連れて修練場を出て行った。


「相変わらずのお嬢様だなぁ。」


審判を務めていた伯爵領の副隊長がポツリと呟いた。


「いつもなのか?」


普段はあまり女性について聞こうと思わない俺もつい聞いてしまった。


「何というか、良くも悪くも貴族の御令嬢というか…姫様と2つ違いの18なんですが、いつまでも少女なんです。」


「悪気は全くないんですよ。ただ、砦や軍については全くノータッチで育ってきたんです。奥様が、姫様のように男の中で育てたくないと、成人するまでずっと王都にいたんで、ここにはほんのたまに来るくらいです。」


別の伯爵領の兵があたりに聞こえないように抑えた声で入ってきた。


「にしても、厳戒態勢の砦でドレスって…」


これは俺にタオルを持ってきた王都の騎士だ。


「1番隊長が苦手なタイプの女性っすね。」


「ピート!」


副隊長から叱責が飛ぶ。ピートは飛び上がるとそそくさと逃げていった。


ピートの言葉に俺は否定をしなかった。細くか弱い女性というのは、最も苦手だった。

末弟と俺は母に似た面差しで、父やほかの兄弟に比べると端正だと言われることが多い。女性受けのする顔ではあると思う。だが騎士としてはやはりごつごつした男らしい顔というのが羨ましく、体を鍛えることで発散していた。

全く女性経験がないとは言わないが、吹けば飛んでしまうような雰囲気の貴族女性は特に苦手意識が強く、あまり深い付き合いをしたことはない。


(どうせならもっと背が高く、すらりとしていて、赤い髪に強い眼差しでー)


そこまで考え、リーゼロッテが思い浮かんだ俺は慌てて彼女を頭の中から消した。


「ほら、お前達も勝手なことを言っていないでやってこい。」


そう言って周りの騎士達から離れる。


(彼女も妹に苦労しているのだろうな)


そう思うと何となく親近感が湧いた。



その日の夜、部下に少し出てくると告げ、1人砦の塀の上へ登った。特に用はなかったのだが、なんとなく1人になりたかったのだ。だが、あらかじめ目星をつけていた場所には先客がいた。


「ギルベルト殿…」


塀の上にはリーゼロッテがいた。


「リーゼロッテ嬢」


「はは、女性として呼んでもらえるなんてなかなかないのでなんだか照れますね。」


リーゼロッテが持っていたわずかな明かりに照らされたその顔は、確かに恥ずかしげに歪められていた。


「昼間は妹が失礼しました。悪い子ではないのですが、女性らしく育てられたもので…」


「いえ。お気になさらず。」


「ありがとうございます。」


そこで沈黙が落ちた。リーゼロッテが隣に座るよう仕草で示し、俺は隣に少し間を開けて座った。またしばらく2人で砦の外を眺める。


「…父があんな風になるまで婿を迎えられず、不甲斐ない娘だとお思いでしょう。」


「そんなことは…」


「選り好みなどできないのはわかっているのですが…貴族らしい男性には、どうも私のような兵の中で剣を振り回す女は敬遠されてしまって…妹の方に流れてしまうのです。妹に婿をとって跡を継がせればという話も出たのですが、それは父や軍の方から反対意見が多くて。なかなかうまくいかないものですね。」


「…そうですね。」


「ギルベルト殿、ご結婚は?」


「していません。俺は次男ですから、無理に結婚を勧められることもありません。ずっと騎士団にいましたから、粋な話もできませんし、いつかは、とは思いますが縁のないことですよ。」


「お互いに苦労がありますね。」


ふ、と同時に小さく笑った。初めて穏やかにリーゼロッテと話をした気がした。


「でも、俺からしたら、あなたも充分守るべき女性です。」


俺がそういうと、闇夜で見てもわかるくらいにリーゼロッテはあわてふためき、そのまま部屋に戻ってしまった。


ふた月ほど王立騎士団が駐屯していたが、あらかた怪しい動きが収まったため、報告もかねて王都に戻ることになった。念のため、騎士の半数は残すが、ギルベルト達は砦を去る。別れの挨拶の時、儚げに微笑むリーゼロッテの顔が嫌に頭から離れなかった。



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[良い点] うはw 愚弟さんサラリと逝っていますかw ウッカリ転生とかしないように然るべき処置は行われたのかな?
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