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見覚えのない情景

――――見覚えのない情景。


 バイクに乗せられてどこかの林道を走っている。運転しているのは浅黒い肌の大柄な男性。

 場面が変わる。

 夏休み。公園。

 いじめられている女の子。

 その光景を見て、たまらず走り出しいじめているやつらに殴り込み、返り討ちにあう。


 俺のあまりのしつこさにシラけたそいつらは捨て台詞を吐いて帰っていった。

 それをきっかけにその女の子と仲良くなり、お互いの家に遊びに行くまでになった。

 一夏中、その女の子と過ごした。

 夏休み最終日。俺の引っ越し前日。

 その女の子にお別れを言えないまま、夏祭りを楽しむ事に。

 幼い俺たちがお小遣いで買えたのは、真っ赤なリンゴ飴だけだった。それで満足だった。宝石のような赤色に目を輝かせ、かじった時に広がったほんのり甘い味を楽しんだ。なにより顔を付き合わせて一緒に何かを食べるだけで十分だった。


 境内から花火を見た。

 空に咲く大輪の花を眺めながら、今度家で花火しようねと約束する。

 その約束を果たせない事を思い出す。

 それを女の子に伝えて。

 それから、それから――――。



 不意に現実に戻る。

 目の前には俺の身体を通過したばかりの第三番・ハイエナ型。

 痛む頭に耐えながらエクシスを振り、排除。

 それから俺は、糸がプツンと切れた操り人形のように地に伏した。

 さっきのはなんだったんだ。幻覚か?


 思い出せる。鮮明に。何度でも。

 その女の子の姿と名前は思い浮かばない。だけど、一緒に過ごした時間、交わした言葉のいくつかは、思い起こそうとすれば、できる。


 これはまさか……。

 倒れ込んだまま息も絶え絶えに、必死に消えそうになる意識をつなぎ止める。

 頭の中では流れ込んできた情景、感情がぐるぐる渦を巻き、幾度も再生される。

 熱い。熱に浮かされているようだ。

 インカムからいつレアの危機を報せる声が聞こえてくるか分からない。それだけは聞き逃せない。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 ようやくヘリのけたたましいローター音がやって来た。


「こちらアリア。タッくん無事かい? こっちからは倒れ込んでいるように見えるけど」

「……無事だ……悪魔もすべて討伐した……すまないが、自力で帰れそうにないから、ヘリで拾ってくれないか……」

「もちろん」


 俺がこんな状態になっている理由を聞かないでいてくれるのはありがたい。今は正直話せる状況じゃないからな。

 俺のすぐ真上につけたヘリから特殊繊維で編まれた縄のはしごがたれてくる。それに俺をくくりつけ引き上げてくれたのはアリアだった。


「すまない」

「謝らなくていいよー。それよりどう? 久しぶりに年上のおねーさんに抱かれる気分は?」

「今はそういうの勘弁してくれ……」

「ははは、ごめんごめん」


 ヘリの中で横たわりながら、アリアが差し出した水を飲む。

 それから何か注射を打たれた。それはみるみるうちに効き、混濁していた意識を明瞭にさせた。


「この薬は?」

「ん? これは悪魔に記憶を大量に奪われた時に起こる意識障害用の薬だよ」

「なんでそんなもの……」

「あれ、記憶を奪われてたからその症状が出たんじゃないのかい? 顔色とか特定の表情筋の痙攣とかから判断したんだけど」

「違う。いや、本来はそうなるはずだった。やつは間違いなく俺の身体を通過した。それなのに記憶を奪われるどころか逆に」

「逆に?」


 アリアが血相を変えて俺に詰め寄る。


「……見覚えのない情景、抱いた覚えのない気持ちが、流れ込んできたんだ。それが他人の記憶なのか俺が昔失くした記憶なのか」

「そこが一番大事なんだ! どっちなんだい!?」


 上体を起こした俺の肩をつかみ、血走った眼で俺を見ている。

 ここまでアリアが必死になるとは。

 今一度流れ込んできた記憶を思い起こす。

 女の子との記憶は、正直なところ分からない。

 けど、最初の、バイクに乗せてもらっている記憶。


 俺が旧式のバイクに好んで乗っているのはもしかして。

 そして俺と同じ浅黒い肌の大柄な男性。後ろ姿しか見えなかったが、直感的に分かる。

 おそらく、俺の父親だ。

 とすると、これは俺の記憶。

 俺が過去に失ったはずの記憶だ。


「……俺が失った記憶、だと思う。アリア、俺の父親の写真、持ってないか」

「ちょっと待ってね、不正アクセスして君の父親の写真フォルダ漁ってくる!」


 犯罪行為のような気がするが、この国におけるアリアの権限がどれほどのものか知らないし、もしかしたら合法なのかもしれない。

 アリアはすぐさま写真がうつっているタブレットを持ってきた。

 その写真は、バイクにもたれかかっている、俺によく似た男性と、俺によく似た子どもが笑顔で写っていた。


「俺だ。俺と、父親だ。記憶にある男性が着ていた服、バイクの種類が一致している」


 なんだか不思議な気分だ。幼い頃の自分はおろか父親と母親の顔も名前も覚えていないはずなのに、どこか懐かしく思う自分がいる。

 写真に見入っていて気づかなかったが、回答したのにアリアから反応が返ってこない。

 画面から目を離し、アリアの方に目を向けると。

 無表情のまま涙を流していた。


「……ふ、ふはは、やっと、やっとぉ! やっとやっとやっとやっとぉぉぉぉおおおお!」


 かと思ったら次の瞬間、ヘリの床に頭を打ちつけはじめた。

 パイロットから揺れるからやめるように言われてもやめようとしなかったため、仕方無く俺が止めに入る。まだ若干身体が思うように動かないから苦労した。

 後ろから羽交い締めにして奇声をあげているアリアを押さえつけること数分。

 ようやく落ち着いたアリアは、ぐりんと首を回して俺と目を合わせてきた。

 完全に目が据わっている。至近距離でこんな目で見つめられると流石に怖い。


「これで最後のピースが揃った。計画を塗り変えられる。延命から根絶へ。輪廻のそのはじまりを断つ事ができる。世界を、変えられる」


 虚ろなその目はここでは無いどこかを見据えている。


「前にも似たような事を言っていたな。そろそろ教えてくれても」

「ちょっと待って今からレアくんに連絡する。君の帰りが遅れるって」

「……なるほど。今からお前に付き合わされるって事か」


 屋敷のすぐ近くまでヘリが来たところで、俺がいない間のレアを護衛すべく想起兵たちを投下。レアに電話した後、ヘリの中にあった機器たちを使って猛烈に作業しはじめた。

 こうなったアリアはもう何を話しかけても反応しない。

 聞きたいことは山ほどあるが今はジっと待って会話の機会を伺うしかない。

 再びベッドに横たわった俺はアリアの研究所に着くまでの間疲労回復に努めるべく眠りに入った。

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