悪魔の計画
チェスが終わり遅めの朝食を摂ったところでちょうど護衛任務を一時的に引き継ぐ想起兵たちが屋敷に到着した。
注意事項、緊急時の対応等を確認してから、政府が用意した無人タクシーに乗り込む。
これに乗るのは九月一日以来だ。
護衛任務初日と同じくモニターには所要時間が六時間と表示されている。
懐かしいな。あの頃は護衛対象とは極力関わらないようにしようと決めていたのに、今じゃその逆だ。
これまでの生活を振り返りながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。
夢の中で俺はレアと過ごしていた。ただ、なぜかお互いに幼い姿で。奇妙な夢だ。
時間ぴったりに目が覚める。タクシーを降り、やたらとデカい建物を見上げた。また密室に呼び出しだ。
最短距離で移動し、とある部屋のドアを開ける。
中では既に政府のお偉いさんが待っていた。
「久しぶりだな」
「そうだな。世間話でもしたいところだが、レアが心配だ。とっとと必要な話を済ませよう」
「責任感があってよろしい。残り一週間もよろしく頼む。報告に上がってきているようなヘマはしないように」
俺がレアを守れず、記憶を失わせてしまった事を指しているのだろう。
「無論だ。もうあんな事は起こさせない」
「うむ。では一週間後、護衛任務終了直後に君に課す任務の詳細を伝えよう。そこにかけたまえ」
促され、対面の席に座る。
いつにも増してその眼光は鋭く、悪魔と対面している時と同程度の緊張が俺を襲う。それを気取られないようなるべく目を合わさず会話する。
「それで、一週間後、俺は何をすればいい? レアは何の任務につくんだ?」
ずっと気になっていた。あれほど厳重に管理されているレアだ。アリアもたびたびほのめかしていたが、この国、さらに言えば世界にどれほど影響を与えるような計画なのか。
「例によって例のごとくだが、今から話す内容の記録、漏洩は一切禁止だ」
「分かっている。そもそも俺は戦闘時以外の他人との接触は禁止されてるし、屋敷での記録行為も禁止されているから漏洩のしようが無い。監視カメラでいつも確認しているだろう」
「形式的なものだ。一応言っておかないといけない事柄というのもある。さて本題だが、君には護送任務を頼みたいと思ってる」
「護送対象はレアだな?」
「それと朝日アリア特務研究員だ」
なるほど。計画当日はアリアが直接関わってくるのか。
「それで、どこまで護送すればいい?」
「神奈川県厚木市の某所。そこでとある計画が実行される」
「早くその計画の詳細を」
「急かすな。……その計画の内容は、保護対象・レアの体質を利用し、一度に大量のマクスウェルの悪魔を葬る、というものだ」
あまりに衝撃的な内容で一時的に思考停止に陥った。
レアを使って悪魔の大量殺戮を行う、だって?
一瞬、レアがエクシスを使って戦闘を行うのでは、と考えたが、こいつは体質を利用して、と言った。その言葉が意味する事は。
「……まさか、レアを悪魔に喰わせる気か?」
「そのまさかだ。彼女に蓄積されている記憶を悪魔どもに喰らわせ続け、その毒でもって殺す」
「自分が何を言っているのか分かっているのか? 一人の人間を回帰させる、それはすなわち、一人の人間を意図的に殺すという事だ」
「私に言われてもな。この計画の発案者は朝日アリアだし、何より当人のレアも了承している」
「そんなはずは」
「気になるなら帰った後本人に聞いてみるといい。そういうわけで良質な記憶の蓄積が必要だったのだ。良質な記憶が多いほど、より多くの悪魔を殺せる」
「なんで、そんな計画が必要なんだ」
「君も感じているだろう。ここ一、二ヶ月の急激な悪魔出現頻度の増加を。そろそろ止めなければならないのだ。いつまでもやつらの好きにさせるわけにはいかない。ここいらで灸を据えるのだ。根絶ではなく、ある種応急処置みたいな事しかできないのが残念でならないが、想起兵たちをいくら投入しても悪魔に対して劣勢になるばかり。だが、彼女一人の犠牲でそれが改善される。体勢を立て直す時間が得られる。グレード6も彼女一人のいくらかの記憶を喰わせるだけで倒せる。こんなに美味い話は無い」
「そんなの、それじゃまるでレアは生け贄じゃないか」
「まるでというか生け贄そのものだ。彼女には人類のための尊い犠牲となってもらう」
「…………」
「おや、てっきり逆上するかと思ったが」
もちろん怒りの類の感情が湧いてこなかった事もない。だが今ここでこいつを問い詰めたところで何も変わらない事は分かったし、何より。
この世界のためには、それが現在取りうる最善の策だというのが、理解できてしまった。
『悪魔を倒して世界を救え』
世界を救うため、この計画は必要なものだ。
そう、そのはずなのに、なぜか胸がモヤモヤして、気持ちが悪い。
「ここで手をあげたところで拘束されるだけだ。話を続けてくれ」
今は気持ちの整理をつける前に、できるだけ多くの情報を引き出し、頭に入れておかなければ。
「冷静で助かる。私も非人道的な事を言っているという自覚はあるが、この国のより多くの人間を救うためには仕方がないと言うしかない。さて、話の続きだ。計画の実行は一〇月三十一日、午前八時、神奈川県厚木市の某所にて。その場所に移動する間に悪魔に襲われては困るため、君が近くで警護するように」
「それだけか?」
俺はその内容に違和感を覚えた。だってアリアは以前、俺にも重要な役割があると言っていたのだ。よく分からない実験もさせられた。単なる護送だけではあるまい。
「それだけだ。強いて挙げるなら、引き上げる際に観測手の朝日アリアを護衛するくらいか」
そんなバカな。
混乱しそうになるが、ある考えに至った。
アリアの事だ。政府からコソコソ隠れて何か企んでいるに違いない。すぐにでも連絡をとりたいところだ。
「なぜその場所なんだ」
「以前から自ら回帰したがる者たちが集まると噂になっていた場所でな。調べてみると、厚木市は他の地域に比べて異常にマクスウェルの悪魔が出現するという事が分かった。某所はその中心点だ。前日は住人に避難勧告をし人払いをする」
「……大体理解できた。俺のやる事は変わらないというわけだ」
「そういう事になる。他に聞きたい事は?」
「任務を終えたレアはどうなる?」
「先ほど君は一人の人間を回帰させるなんて、と言ったね。それは勘違いだ。回帰するギリギリ前にサルベージし、その後再度記憶の蓄積を行わせる。何年後か分からないがまた君に護衛任務を頼むかもしれないな。さらにレアの体質が遺伝性のものと判明した場合、優秀な遺伝子と掛け合わせて子孫を残させ、生け贄を増やす可能性もある」
「……狂ってる」
「そう思われてもかまわないよ。それにこれは君たち想起兵の負担を減らすためでもある。これから起こる数々の悲劇を未然に防げるかもしれないのだ」
喉元まででかかった言葉を飲み下し、心を落ち着かせる。
こいつと話してもどうにもならない。頼みの綱はアリアしかいない。
「ともあれ、任務の詳細は把握した。そろそろ屋敷に帰還させてもらう」
「この計画は君にかかっている部分も多くある。期待している」
「最後に一ついいか?」
「言ってみろ」
「朝日アリアと連絡をとりたいのだが」
「君の方から他者へ連絡をとるのは禁止されているはずだろう。朝日アリアの方から君へ何らかの理由で電話をかけるか、それとも悪魔討伐時に偶然会える時を待ちたまえ」
「……了解した。失礼する」
やはり俺の方からは動かせてはもらえないか。
聞きたいことは大方聞けた。屋敷に戻るとしよう。
小走りでビル内を移動し、入り口で待っていたタクシーに乗り込む。
当日までにアリアと接触をとれるかどうかは正直運次第だ。アリアが何か企んでいるなら何かしらの方法で連絡をしてくるとは思うが、政府のお偉いさんが押し進めている計画を支持している可能性も拭いきれない。なんせその残酷な生け贄計画の立案者はアリアなのだから。
まずはそんな計画を了承したレアに話を聞いてみよう。
行きの時間に寝たせいか、帰りの時間はずっと覚醒状態で過ごした。寝ていられるだけの精神状態では無かったというのもある。
国のため、世界のためにその身を捧げようとしているレア。
俺には、何ができる。そもそも一介の傭兵である俺が何かするべきなのか。
頭の中では堂々巡りを繰り返すばかりだった。




