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福音

「特別な薬の被験者になってもらいたくてね」

「……副作用は?」

「まず副作用から聞くなんて実に君らしい。今回試したい薬はね、エクシスの力の上限を解放する効果があるものなんだ。その代わり、失う記憶はいつもより多い」


 こいつ、しれっと実験で記憶を失えって言ったぞ。俺以外の想起兵にこんな事提案したら張り倒されるだろう。何気に人体実験でもあるし。いや、臨床試験と言った方が正しいか。


「なるほど、了解した」


 ここで躊躇無く了承する俺も俺だが。俺もアリアも悪い意味で一般人とは感覚がズレてるようだ。


「ただ、まだ実験段階だから、投与量は極小。失う記憶も君が一回戦闘するよりも遙かに少ないからそこは安心してもいい」

「その薬、何の目的で作ってるんだ? 想起兵の戦力底上げのためか? だとしたら誰も使いたがらないと思うぞ。大半の想起兵はできるだけ記憶を失いたくないって思ってるからな」

「違う違う。これは、君のためだけの薬なんだ。あ、ちなみにこの薬の名前は『福音』ね」


 これは予想外だ。俺のためだけに新薬を開発するなんて。

 そして相変わらずのネーミングセンス。想起兵をエクソシストと読ませたり、エクシスに天使の階級を付けるだけはある。福音は確か喜ばしい報せとかの意味の言葉だったような。


「俺は今のままでも十分戦える。そんな薬、必要無いと思うが」

「言葉が足りなかったね。正確に言うと、この先行う予定の計画、それに君の強化されたエクシスの力が必要ってこと」

「その計画って、俺とレアが関わるやつか?」

「それは言えない決まりになってるけど、まあ分かるよね」


 察しろというわけだ。なんだかんだでこいつも甘ちゃんだな。

 護衛任務終了後にレアが就く任務。その任務には俺が組み込まれているらしい。なら、その任務の成功率を上げられるよう、アリアの言う事に従うのみだ。


「……ありがとう。それじゃあとっととはじめよう。その薬を飲んで何をすればいい? まさか本物の悪魔を呼び出して能力を使え、なんて事はないよな?」

「まさか。君はただエクシスの能力を解放して虚空を斬り裂いてくれればいい。一撃分だけね。血液は最低量で十分。五滴くらいかな」

「それだけでいいのか?」

「うん。それだけ。はい、これがその薬。注入の方法はエピペンと同じ。教習で注射の仕方は習ってるよね?」

「もちろん」


 俺はアリアから差し出された細い筒を受け取る。


「指示は部屋の外からスピーカー越しで出すね。じゃ、よろしく~」


 そう言ってアリアは部屋から出ていった。そのままだだっ広い部屋で一〇分ほど待機。


『機器の準備、整いました~。はじめちゃってくーださい!』


 部屋の中に設えてあるスピーカーからアリアの指示が飛んでくる。アリアは研究に打ち込んでいる時、心底楽しそうだ。狂気的だけども。そこまで夢中になれる事があるのは素直に羨ましいと思う。アリアは未だ悪魔に襲われた事が無いと言っていたが、きっと悪魔によって多くの記憶を失ったとしても、その情熱は消えないのだろう。記憶がなくなったとしても尚残るモノ。そのうちの一つはアリアが持っているような『執念』なんじゃないか。


『なにボーッとしてるんだーい? 早く早く~』


 おっと、今は余計な事を考えてる場合じゃなかったな。

 俺はアリアから渡された注射器を自らの太ももに突き刺す。

 投与量が少なかったからすぐ注射器は空になった。

 注入された薬は血液に乗って全身を回る。特に痛みなどは感じない。

 落ち着いてエクシスを抜き放ち、ほんの少しだけ血液を与え、胸の前で十字を切る。

 放つのは、たった一度の斬撃。何をもって成功とするか分からない実験だが、吸わせた血液、記憶分を余さずちょうど使いきれるように集中しなければ。

 いつも半ば無意識的に行っている能力の解放を意識的に。


「――ハァ!」


 裂帛の気合いとともに、虚空に向かってエクシスを振る。

 不可視の刃が目の前の空間を通過する。そう、不可視のはずなのに。

 自分の気のせいかもしれないが、一瞬、何もないはずの虚空、空間が揺れたように見えた。


『ひょーい! 観測かんりょー! いやぁ時間差で来る可能性もあったけど見事にノータイムでした! もう部屋から出てきていいよ~!』


 何が何だか分からないまま部屋を出る。実験自体は五分もかかってないのではないだろうか。

 熱心にモニターと向かい合いながらペンを走らせているアリアに何が起こったのか聞いてみる。


「なあアリア、今の実験は何だったんだ。空間が一瞬、揺れたように見えたが」

「ん~、簡単に言うとね、君の『限界を超えた斬れ味を付与する』という能力を『福音』でさらに拡張する事によって今いる場所とここではない場所を隔てている膜を斬り裂いた、って感じ」

「……は?」

「詳しく話すと長くなるしボクは今しがた手に入れたとっても貴重なデータを解析したいからまた今度! ヘリは外に待たせてあるからもう帰ってもいいよーお疲れさまー」


 こっちを見もせずに適当にあしらってきやがった。その今度って絶対来ないやつだろ。実験は終わったからもう俺は用無しという事か。ここまでくるともはや清々しい。

 モヤモヤと疑問は残るが、とりあえず実験は成功したようだった。それでよしとしよう。アリアに任せておけば間違いはないだろうし。

 今の状態のアリアに何を言っても届かないだろうから声をかけずに研究所から出ていく。


 マクスウェルの悪魔を纖滅するにはアリアの頭脳が不可欠だ。どれだけ傍若無人で自己中だろうが、協力する。

 ヘリに乗って帰路につきながら、先ほどの実験を思い出す。俺が放った刃が空間を斬り裂いた。その事象の意義とは。……俺なんかじゃ分かるはずもないな。日常に戻るとしよう。



 時刻は一七時。予定より大分早く帰る事ができた。


「ニシキ、俺がいない間異常は無かったか?」


 俺の代わりに護衛任務に就いてくれていたニシキに後ろから声をかける。


「おおタクトちん帰ったか。おつかれちゃーん。悪魔が現れたとかは特に無かったぜよ~」

「そうか、よかった。ニシキもお疲れさま。何時間も外で待機は大変だっただろう」

「そんな事ないっすよ。庭に出てたレアちゃんとおしゃべりとかしてたし」

「そうか。何を話してたんだ?」

「そりゃもちろんタクトについてよ。それしか共通の話題ないもん」

「……余計な事、話してないよな」

「……タクトくん、世の中には余計な事なんてないのだよ。すべてのものに価値がある」

「そういう事を言ってるんじゃねえ!」

「いたいいたい! 別に変な事は言ってないって!」

「本当か?」

「ほんとほんと。これからもオレの可愛いツンデレタクトきゅんをよろしくねって言ったくらい」

「お前のでも可愛くもツンデレでもない! それでレアは何て答えたんだ」

「逆にお願いされちった。実は寂しがりやで臆病で傷つきやすくて小動物のように可愛いタクトをよろしくお願いしますって」

「お前らが抱いている俺に対する印象を今すぐ塗り替えたい」


 しかし、レアがそんな事を言うとは。ちょっと、いやかなり意外。そんな風に思われていたなんて。弱みなんて一切見せた事無かったつもりだったんだが。


「にしてもレアちゃんとんでもない美少女さんだったな~。白い髪、肌、服、それに無表情。不肖このわたくし何分も見とれてしまいましたよ。写真撮っていいか聞いたら、あなたの存在が消されるかもしれないけどそれでも良かったら、なんて言われちゃって残念無念のすけですよ」


 レアは国がかなり大事に管理してるからだろうな。てか接触して大丈夫なのだろうか。後で政府のお偉いさんにニシキを〆ないでほしいって電話しておかないと。


「その言葉はおそらく事実だ。強行しなくてよかったな」

「マジかよぉ。まあお前さんが専属で護衛してるくらいだもんなぁ。くぅ羨ましいやつめ! あんな綺麗なコと一つ屋根の下とか! ついにタクトも大人の階段を登るんですねそうなんですね」

「邪推するな。レアはただの護衛対象であってそれ以上でも以下でもない」

「ちぇ、つまんないの~。じゃあオレちゃんはそろそろ帰るとしますかね~。早くこの場を離れるようインカムからの命令がうざったいし」

「気をつけて帰れよ」

「おーう、次はまた戦場でな~。アディオスアミーゴ~」


 軽く言葉を交わしてニシキと別れる。

 また戦場で、か。そうだよな、プライベートではあいつと会わないし会うとしたら戦場だけか。

 俺たち想起兵はお互いなるべくプライベートでは接触しない。

 関係が深まれば深まるほど、記憶を失い他人になった時のダメージが大きいからだ。いちいち深入りしていたら精神が保たなくなる。

 それだとしても一度くらいはニシキとプライベートで会ってみたいと思ってしまうのだった。

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