表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/50

99%のひらめきと1%の努力

 『神楽』の特性に気づき、それを使って対悪魔用の武器を作り上げた話は何度も聞かされた。おかげで想起兵になる前の研修で座学には苦労しなかった。

 頭のネジが何本も外れている分、歯車が常人の何倍もの速さで回っているのだ。

 マクスウェルの悪魔、エクシスの研究においてアリアの右に出る者はいない。この世界はアリアによって守られていると言っても過言ではないくらいだ。

 よって国を挙げての計画にアリアが関わっていない方がおかしい。最初からそれに気付くべきだった。


「相変わらず人間離れしたやつだ……話題、か」


 アリアはこだわりが強い。それはこの部屋の内装にも現れている。今はアリアにとって休憩時間で、話をする事は絶対に必要な事なんだ。つまり早く解放されるためにはアリアの要求をのまなければならない。

 しかしいきなり話題を提供しろと言ってもとっさには思いつかない。

 最近何かあったかな。他愛のないものではなく、何かアリアの興味を引きそうな話題。

 俺はボンヤリとレアとの会話を思い出す。


「なあアリア、悪魔によって、あるいはエクシスによって失われた記憶は、どこに行くんだろうな」


 半ば無意識にそう問いかける。すると、アリアが本をめくる手を止めた。


「それはね、まさにボクが今研究してるテーマなんだ。誰かから聞いたのかい?」


 立ち上がって俺の目をのぞきこんでくるアリアの眼光は鋭い。


「いや、数日前にレアと二人で話したってだけで偶然だ」

「キミの、いや、キミたちの意見を聞かせてくれないかい?」

「俺たち素人だぞ?」

「だからいいんじゃないか。中途半端に知識を蓄え、理解したつもりになっている者ほど先入観が邪魔してくるものだ。レア君がどれほど悪魔やエクシスに造詣が深いかは知らないが、少なくともタッくんは素人だろうから気になるよ」

「まあ素人とは言っても、想起兵育成機関にいた頃の座学の成績はトップだったけどな」

「ボクから見れば悪魔研究の学会員でさえ素人に毛が生えた程度の人間なんだよね。中にはマシなのもいるけど。よってキミは素人。でも実戦経験は誰よりも積んでいる。それはボクには無いものだ」


 アリアが世界ではじめてエクシスを開発し使用した時、発光現象が起きた。それがエクシスによってアリアが発現した能力だが、それだけだ。身体強化すら無かった。

 想起兵が発現する能力は身体強化かそれ以外の何か、その二つしかない。例えば俺だったら身体強化プラス斬撃延長。それはどのランク、形状のエクシスを使っても変わらない。変わるのは発現した能力の『程度』だけ。

 アリアはただ光りを放つという戦闘では一切役に立たない能力を発現してしまったばかりに戦場に出られないのだ。ことある毎にその事について嘆いているからよっぽど悔しいのだろう。


「特に実戦経験が活かされている実感は無いが……。まず、悪魔に奪われた記憶は、戻ってくる事は無いんじゃないか、っていう結論に至った」

「そうだね、どんな形でも、今まで記憶が持ち主に戻ったケースは無い」

「だけど、悪魔の中で記憶は生き続けてるんじゃないかって」

「ふむ、それについてはボク含め専門家たちの中で意見が分かれているところだね。悪魔が摂食行動として記憶を奪っている場合、存在を維持する、つまり生き続けるために奪った記憶を消費しなければならないはずだ。しかし悪魔には実体が無い。記憶にも実体が無い。だから生物という括りにはできない。そう考えると記憶が残っている可能性は0じゃないはずだ。それを証明する術は残念ながら今のところ見つかってはいないけれど」

「やっぱり0じゃないんだな。だからさ、悪魔と言葉を交わして、意志疎通を取れたらいいのにって話してた」

「それは最近まで試みていた事柄だね。ボクたちもあらゆる手段を用いてコンタクトを図った。が、結果、ボクたち側のメッセージは何一つ受信されなかった。または、悪魔が受信していたとしても反映されなかった。逆に悪魔が発していると思われるメッセージを受け取ろうとしたけど、これも失敗。ボクたち研究者は、悪魔は意思を持たず、ただ記憶を喰らうという本能にのみ従って行動しているのではないか、と結論付けた」


 立ったまま興奮気味に話していたアリアがようやく落ち着いたのか、自分のイスに戻った。

 真新しい意見は得られなかったようだ。それはそうだろう。俺たちが考えつくような事なんて、その道を極めている人間ならもうとっくに考えているはずなのだから。


「でもちょっと待て。俺はよく第六番と戦うが、やつらに限っては時々意思みたいなものを感じるぞ。想起兵を襲う順番とか順位付けしているし、不利と判断したら逃げようとするし」


 第五番まではそんな事は無くただやみくもに襲ってくるだけなのだが、第六番の場合、戦略を行っているかのように感じる時がある。

 イスに座りながらくるくる回っていたアリアは俺の正面方向で止まり、パチンと指を鳴らす。


「そうなんだよ! 悪魔が稀に見せる不可解な行動。そのおかげでボクはある仮説を立てられたんだ」

「その仮説って?」

「マクスウェルの悪魔は、人間の記憶を取り込む事で、人間そのものになろうとしてるんじゃないか、って仮説。まあ学会でフルボッコにされちゃったんだけどね。根拠、データ不足だから仕方ないけど。ボクも自分で立てておいてイマイチしっくりこないんだよね~」


 ゾッとした。悪魔との戦いでもここまで背筋が凍った事は無いと言っていいほどに。

 もしそれが本当だとしたら。悪魔って一体、何なんだ。謎が多すぎる。

 謎と言えばエクシスだってそうだ。使い方は分かっていても機序がほとんど判明していない。


 俺は何と戦って、何を使って戦っているんだ。

 不安感が顔に現れていたのか、アリアがおちょくるように「なぁにタッくん不安なの~? だいじょぶだいじょぶこんな仮説、ボクの想像、妄想に過ぎないんだから~」とか言ってきた。そういう事はそのニヤニヤ顔を引っ込めてから言え。


「なら最初から言うな。これから悪魔と戦う時、人間になりたい、人間になりたい、みたいな幻聴が聞こえてきたどう責任を取ってくれるんだ」

「その場合、ぜひデータをとらせてほしいところだね。タッくんにしか受け取れないメッセージを悪魔が発信している可能性があるから」

「勘弁してくれ」

「そうそう、悪魔に奪われた方の記憶の話はいいとして、エクシスに捧げられた記憶についてはどう解釈したんだい?」

「……エクシスについては何の結論も出なかった」

「なぁんだ。つまんないな~」


 アリアは再びイスに座ってくるくる回りはじめた。メリーゴーランドばりに回してるが酔わないのだろうか。


「ただ、いたちごっこみたいだねとは話した。悪魔に記憶を喰われて、その悪魔を倒すために記憶を捧げて。けど今考えるといたちごっこっていう表現はおかしいような気がするんだよな。同じ事を繰り返すっていう意味では合ってるけど、結局は悪魔に襲われるにしろ悪魔を襲うにしろ記憶が失われ続けて戻ってくる事はないんだから」


 俺は何気なく、何の益体もない事をつぶやいたつもりだった。しかしアリアはそこに何らかの意味を見い出したようだった。

回転していたイスの勢いそのままに、運悪く俺の方に飛んでくる。

 覆い被さってきたアリアをどけようと手を伸ばしたが、耳元の囁きが気になって止める。アリアの脳内で何が起こっているのか垣間見る事ができるかもしれない。


「そうか、そうだ、そうかもしれない……いたちごっこ……同じ事を繰り返す……やっている事は最初から変わらない、はじまりと今に至るまでは同一……ウロボロスの輪……だとしたらなんて滑稽な……あるはずだ、すべての根元が……断ち切るには何が必要だ、何がなくてはならない、何の存在が前提条件になる?」


 ダメだ、何を言っているのか、何を考えているのかさっぱり分からない。

 アリアはひとしきりぶつぶつ呟いたかと思うと急に上体を起こし、飛び跳ね、地面に頭を何度も打ちながらまた意味不明な事をつぶやきはじめた。

 前にアリアが、何か思いついた時は暴走しがちと自分で言っていたがこの事か。


「おい、何を思いついたんだ?」

「きたきたきたきたきあぁ! これだよこれぇ! たまらない! 散在していたピースが一つ一つ組み合わさっていき、あるべき姿を形成するこの瞬間!」


 完全に自分の世界に入ってらっしゃる。アリアは羽根ペンで紙に文字を書き殴りはじめた。そこはパソコンじゃないのかとツッコミたかったが、きっとこれがあいつのやり方なのだろう。


 紙をのぞきこんで見たが、日本語、英語、ドイツ語、その他よく分からない言語が入り乱れ解読不能だった。アリアの気が済むまで待つしかない、か。この作業は果たしていつ頃終わるのだろうか。実験が控えてるというのに。夕飯までに帰れればいいけど。全く困った奴だ。


 だがそんな困ったいとこさんは、世界を救うかもしれない天才悪魔研究者だ。もしかしたら今まさに悪魔研究に革新を起こすような仮説を立てている、あるいは論文を書いているのかもしれないのだから。

 狂ったように書き殴り続ける事一時間。急にトイレぇぇええ! と叫んで出ていった。

 トイレから戻ってきたところでアリアを通せんぼをするように立ちふさがる。作業に戻るのを阻止せねば。


「アリア、そろそろ実験の方に入ってくれないか? このままじゃ帰りが遅くなる」

「うん? そんなに時間経ったっけ?」

「一時間経過した」

「おおっと、そんなに経ってたのかぁ。まだまだ書き足りないなぁ。今日ここに泊まっていくという選択肢は? ……ないって顔してるね。仕方ない、実験に移ろうか」

「仕方ないって、自分で呼び出しておいてなんて言い草だ。……ところで、何を思いついたのか聞いてもいいか?」

「んー、ダメ。まだ全部想像の域だから。根拠、データを揃えられたら教えてあげるね。っとそうだそうだ! そのためにも今からやる実験のデータが必要なんだった!」


 俺の手をつかんでどこかへ向かうアリア。実験に移れるのは嬉しいが、何を思いついたのか知りたかった。今日の実験結果が必要ってどういう事だろう。

 急ぎ足のアリアによって連れていかれたのは、一般的な学校の体育館くらいの大きさの部屋だった。


「それで、実験内容は?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ