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レアの手帳

 はじめの方はごっそり破り取られていた。

 政府の人間に破られたか、それとも自分で破いたのか。

 気になるが、まずは書いてあるページだ。

 破り取られていてページ数が少なくなっている影響で半分あたりからはじまっているそこには、淡々と、レアのものであろう簡素な文字で情報が綴られていた。


 一般家庭の長女として生まれ、平凡な日々を送る。悪魔が出現してから、何度か襲撃を受け。

 国の調査員によって、自分が特異体質を持っている事を知らされる。悪魔を引き寄せ、記憶によって悪魔を殺す体質。それが判明した頃にはもう、周りから人が消えていた。

 父も、母も、妹も、祖父も、祖母も、叔父も、叔母も、従姉妹も、友達も、皆『回帰園』へと送られてしまった。


 わたしは、一人で生きていかなければならない。そして、来るべき時が来た時、務めを果たさなければならない。 

 何の感情も含まれていなくて、ただただ事実のみが書いてある。

 周りの人間すべてが『回帰園』送りになる。それは。心が壊れかねないくらい辛い事だっただろう。

 第六番の悪魔に襲われた場合、生まれてきてから今までのすべての記憶を失う。


 赤子に回帰するのだ。


 回帰園はその名の通り、中身が赤子になった老若男女をまた一から育てる施設。

 大の大人たちが、赤ちゃんのようにミルクを与えられ、オムツを替えられ、小さな子どものように叱られ、泣く。その光景は、余りに悲惨で、記憶が残っている家族でさえ顔を出すのがためらわれるような施設。レアは自分の大切な人間がすべて回帰した様子を見たのか。 


 この屋敷に来てからは書き加えてはいないはずだから、これを書いたのは四年前、十二歳という事になる。きっとその頃にはもう、ほとんどの記憶を失ってしまっていたんだ。だから冷静に、事実のみを書くことができたんだ。


「読み終わった。レア、お前は」

「何も言わなくていい。タクト、わたしもあなたと同じ。もうわたしには悲しむための記憶さえ残ってはいない」

「そう、だな。確かに俺もそうだ。……読ませてくれてありがとう」

「うん」


 俺たちが感じるのは怒りでも悲しみでもなく、空虚さのみ。新しい記憶を積み上げては失い、積み上げては失いを繰り返すだけ。ただ、俺とレアには決定的な違いがあるかもしれない。

 それを自分の意思で行っているか、いないかの違い。


「その手帳とは関係ないんだが……レアはもう、悪魔に記憶を奪われるのはごめんだって、思ってるか?」


 ついそんな言葉が口から出てしまった。


「……奪われようが、奪われまいが、今更そんな事はどうでもいいって、思ってた」


 けれど。今は、そうじゃない。

 俺の目をしっかりと見据えながら、心なしか普段より若干強めな語気で、そう言った。


「それって、どういう」

「読み終わったのなら、手帳返して」


 言いかけていたのをさえぎって、俺の手から手帳を抜き取った。レアらしからぬ物言いに驚く。これ以上追求してもムダか。

 けど、これで分かった。俺とは違ったんだ。理由は聞けなかったが、レアはもう自分の記憶を失いたくはないと思っている。

 もし悪魔がこの屋敷に現れたら、レアの記憶を奪う前に俺が倒す。

 護衛任務なのだからそれは当たり前だが、改めて決意を固める。


「レア、最後のページの端っこに書いてあったのが見えたんだけど」

「何を見たの?」

「誕生日。九月一五日、もうあと二週間後くらいじゃないか。どうして教えてくれなかったんだよ」

「わたしにとって誕生日なんて他の日と何も変わらない」


 俺もその感覚が分かる。だからこそ。


「じゃあせめて今年の誕生日は特別なものにしよう。盛大に祝うから楽しみにしとけよ」

「……うん。楽しみにしてる」


 レアはくるっと振り向き、やや早足で俺の部屋を出ていった。微かにスキップをしていたように見えたのは目の錯覚だろうか。

 それより、プレゼントを考えないとな。手作りのものは今からじゃ厳しいだろうから、何か注文しないと。さて、どうしたものか。

 誰かにプレゼントを贈る事なんて記憶を失ってからはじめての事だから勝手が分からず困る。困るけど、少しワクワクしている自分がいるのはなぜだろう。

 これから数日は悩み続けそうだな、と他人事のように思うのだった。

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