1章
やっとの思いで坂を登りきって学校へと到着した彼は教室に入るなり、窓際の列の前から2番目にある自分の席に座わった。
始業間近で教室の中には多くの生徒がいるというのに、誰一人として彼に話しかける者はいなかった。
そう、彼は友達が少ないのだ。
しかしそれは、クラスメイトから嫌われているとかそういうわけではない。クラスの誰もが彼と2人きりになれば趣味の話などをするし、それが嫌々と言うわけでもない。
だから、クラスの全員に「吉野春人は友達か?」と問いかければ、その全員からYESという回答が得られるだろう。
ただ、友達としての優先度が低いということなのだ。言ってみれば友達の友達、多くの者が彼の事をそのように認識をしているということになる。
つまり、彼は親しい友達が少ないという表現が適切だろう。
彼の事を寂しい人間だと思ったかもしれないが、親しい友達が少ないという状況はむしろ彼の望み通りである。
彼は友達を、というよりは人間関係をあまり重要なものだと考えていない。
故に、彼は人間関係の構築すらも面倒くさいものだと考えているのだ。
これは彼の持つ能力の弊害とも言える。彼はその能力を使い大概の事は1人で出来てしまう。
そのため、助け合いや協力といったものの重要性があまり理解出来ないのである。
しかし、そんな彼にも親しい友達はいないわけではない。そう、彼は親しい友達が少ないだけなのだから。
たった今教室に入ってきた女生徒が彼の背中を叩く。
「おはよ、春人!」
彼女の名前は染井卯月。彼女は彼の生涯で唯一の友達と呼べる存在だろう。
「おう、おはよう。つか、毎朝毎朝 背中叩かなくても良いだろ」
「だって、春人って毎日疲れた顔してるんだもん。喝入れてあげないとね」
「いや、あの坂登ったら誰でもこうなるって。それに俺も普通の女子の力だったら叩かれても文句は言わないんだがな」
「それじゃあ、私が力強いみたいじゃない」
「だから、そう言ってんだよ」
「ひどーい、こんなに か弱い女子に向かってー」
「はいはい。そろそろホームルーム始まるぞ」
「言われなくてもわかってるって」
彼が冗談混じりに会話が出来るのも、やはり彼女だけだろう。
【彼に特別な能力があろうと、今日も日常が始まる】