こんな勇者はもうイヤ
「勇者よ、どうか魔王の軍勢よりこの国を守りたまえ」
映画の中のようなステキな城内、髭に王冠の豪華な衣装の王様が疲れた声で俺に言う。
来た、来た来た、俺の時代。ありがとうテンプラ、ありがちでもこういうの自分でやってみたかった。
またかー、なんて言われてても俺の身におきればやっぱテンション上がるって。
異世界に呼ばれて不思議な力で人を助けて感謝されて、勇者でヒーローで救世主ヒャッハー。
すんなり上手くいかなくともそこは現代知識で補ってどーにかこーにかでハッピーライフ。
浮かれそうな心を沈めて、それっぽく見えるように重々しく頷いておく。ここでカッコつけないと。
王様の回りにいる貴族っぽいの騎士っぽいの神官っぽいの、揃って、おぉ、と声を出す。
期待してる? 期待されちゃってる?
いいね、いいねー。
これから俺の伝説が始まるって感じ?
やっちゃうよー、やらかしちゃうよー。
聞いてみれば魔王が復活して、今、この国はピンチだと。五十年前にも勇者を呼び出して魔王の軍勢を撃退したのだと。
「その勇者も日本人?」
聞いてみる。
「ニホンという国から来られた、黒髪黒目の勇者様でした」
そいつのおかげでこの国は勇者様バンザイってノリなのね。
「勇者様、こちらの四人をお連れになって下さい」
うん、こっちの生活とか習慣とか、まだよく解ってないからね。教えてくれたりしてもらえるとありがたい。
こうしてパーティを組み、意気揚々と出発進行。派手に見送られて王都を出る。パレードで王都中の人達に見送られるなんて初体験。
いいぞいいぞー、盛り上がってきた。
ウェルカム、マイ、ブレイブレジェンド!
で、まぁ、調子に乗って出発したものの、早速問題が出てきた。俺のパーティの四人が、仲が悪い。特に二人が目を合わせると互いに嫌みを言い合うというか、罵り合いになるというか。
まだ、手は出てないが、険悪に過ぎる。
お前ら、協力して魔王の軍勢を倒す予定なんじゃないのかよ。
これはなんとかしないと、と考えて、というかいい加減俺もイラついてきたので。
「今日は腹を割って話をするぞ! なんでいちいちいがみ合うんだお前ら!」
町を出ての野宿のときに、俺、キレる。半分くらいは頑張って、怒るふり。俺はこういうこと言うのはヤなんだけど。
町から離れて回りに勇者見物に来る人がいなけりゃ、こいつらも話しやすいだろし。
前から思う疑問をぶつけてみる。
「なんでおまえらこんな仲悪くてパーティ組んでるんだよ?」
金髪白人の女神官がツンと澄まして言うには、
「これも神のお導きです」
黒髪黒人の魔術師が眉をしかめる。
「これ以外に方策は無かったもので」
はー、どういうことなんだか。
赤髪黄人の女盗賊はニヤニヤして見てる。
最後のひとり男で獣人の戦士を見る。シベリアンハスキーみたいな顔で表情は解らない。でもこの獣人の兄ちゃんだけが、なんとなく話が通じそうで頼りにしてる。
女神官も魔術師も俺につきまとうのだが、なんかヤな感じでイマイチ仲良くできない。
神官はすぐに神がどーたらこーたら言い出すし、魔術師の方は規則大好きな委員長みたいで、気が合わない。
女盗賊はニヤニヤしながら、俺に酒とか煙草とか麻薬とか薦める。あと、娼館に連れてってあげると言って女神官と魔術師に説教されてた。
「この面子が選ばれた理由ってなんだよ?」
獣人の兄ちゃんが口を開く。
「勇者は我々の事情を知りたいのか?」
「当然、というかそこが解んないとこのパーティがまとまらんだろに」
女盗賊はいつものニヤニヤ笑い。
「別にまとまる必要も無いよ。この面子で街から街へと移動するだけなんだから」
「その辺りをそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
四人が互いに目を合わせる、なにやら牽制しあってるような。
女盗賊がニヤニヤ笑いながら酒を飲む。
「そうだね、まずはあたしからいこうか? 勇者はこのパーティが男女混合ってどう思う?」
「どう思うって、みんなその道のベテランってことなんだろ? そこに男とか女とか、別にどーでも」
「軍隊でも男と女が混ざると問題のタネになるから、フツーは軍は男だけってのが多いけどね。勇者様御一行となると女が入ってないと人権団体がウルサイわけよ」
「人権団体? なんだそりゃ?」
「五十年前の勇者が広めた男女同権というのを信奉する団体があってね。これが貴族も入ってて力がある。一声かけると民衆も動く。勇者パーティが男だけだと、こいつらが、女性蔑視だ、男女平等だと煩くて、場合によってはクーデターで国が割れる」
「はぁ?」
俺の間抜け面がおかしかったのか、女盗賊はケラケラ笑う。魔術師が忌々しそうに、
「そういう事情が無ければ、この一行に盗賊など入れたりはせん」
「おやおやぁ? そんなこと言っちゃうの? 職業に貴賤は無いはずだよねぇ。盗賊も立派な職業でございますよー」
魔術師が睨むが、女盗賊は平然と受け流して酒を飲む。
女神官がコホンと咳払い。
「かような事情もあり、また勇者の存在を王国ひとつのものとはできず、この3人は王国の者ではありません。勇者の力と知識を王国が独占せぬようにと、この3人はそれぞれの派閥からの監視のために来ているのです。あまり信用なさいませんように」
「そうなの? え? じゃ、どういうこと? 協力して魔王討伐じゃないのかよ」
魔術師を見るとこっくりと頷く。
「私はここより南方、セイド魔術国の出身。また、私が選ばれたのは、勇者パーティに黒人がいないと、人種差別だという民衆への配慮だ」
……人種差別? なんかファンタジーっぽく無い単語が聞こえた。
獣人の兄ちゃんがコホンと咳払い。
「俺は獣人同盟から出向している。勇者パーティに獣人がいないと人種差別だということで。最近は他にも動物愛護団体もやかましい」
こっちは動物愛護団体かよ?
女盗賊も続けて、
「あたしは通商連合からね。女で、もと貧民の盗賊が入っていれば身分差別とか言うのを抑えられるからね」
「あるのかよ身分差別。なんだこの世界? ハリウッド映画みたいだ」
女神官が俺の顔を見る。
「なので勇者様。この3人の話は聞き流しても良いです。勇者様を呼んだは我らが王国、勇者様は私と共に王国の士気高揚のため国を回ってくだされば良いのです」
魔術師が女神官を睨む。
「そうして勇者様の知識を王国だけで抱え込むつもりか? 勇者様の異界の知識は広く民衆のために使われるべきだ。だいたい未だ時代遅れの貴族体制の未開の野蛮人に、理解して使いこなせるものではない」
「勇者の召喚は我らが神の伝えし神の奇跡。魔術師どもが使えぬからと、ひがみっぽいこと」
「ふん、神の名前を借りて傍若無人な悪政を行う野蛮人には、正しき民主主義など理解できんか」
「神の教えも理解できない猿が数だけ集めても煩いだけ。好き勝手に喚く集団をまとめることもできないのが民主主義? 片腹痛い」
「五十年前の勇者様の尊き理想も理解できんとは、盲目な狂信者は哀れだな」
「なんですと? 衆愚に踊らされて舵も切れないくせに」
「なんだと? 神の教えなどとラベルを張り付ける差別主義者が!」
とりあえず二人を止めるか。
「そこー、ストップストップ。お前らな、魔王の軍勢に人類が一致団結して立ち向かうっていうのに、仲間割れしてどうする」
俺としてはまともなこと言ったつもり。だけど獣人の兄ちゃんが呆れたように。
「長い歴史をかけていがみあってきた国が、魔族の進行程度で仲良くできるわけ無いだろう」
「えぇ? そうなの?」
獣人の兄ちゃんがこっくりと頷く。
続けて女盗賊が。
「こっちは魔王の軍勢にはもう少しがんばって欲しいところなのよね」
「はぁ? なんで?」
「だって今より治安が悪くなってくれた方が、私の所属する盗賊ギルドにとっては稼ぎどこだもん」
「それって、王国が魔族に侵略された方がいいって聞こえるんだが」
「一方が滅ばずにずっと小競り合いしてくれた方がいいかな。通商連合は鉱山を抑えているから。争いが続いてくれたら王国にも魔族にも武器とか鎧とかその他物資が売れる、それで儲かる、稼ぎになる。ちゃりーん♪」
「通商連合って、死の商人かよ」
女神官が女盗賊を睨む。
「人でありながら魔族にも商売ですか。通商連合がこの混沌を煽って、恥ずかしくないのですか人として」
「人として生きるにはいろいろと必要なもんがあるのよー。あと、金払いのいい客こそ我らが神なのよ。それに王国が魔族とドンパチやってくれれば通商連合は安泰だし。ねぇ」
女盗賊は獣人の兄ちゃんを見る。
「そのとおりだ。王国とセイド魔術国が魔族の侵略に対抗している間は、どちらも獣人同盟に侵略はしない、その余力が無い」
おい、なんだそれ? 魔族がいなけりゃ人同士ではっちゃけるってのか?
女神官と魔術師をジロリと見る。
女神官は、
「我らが王国が侵略などするわけが無いでしょうに」
「そうなのか?」
「えぇ、我らがしているのは神の教えを広める布教活動です」
「それ、言い替えてるだけじゃねぇの?」
レコンキスタ? 十字軍? 実力行使の熱狂的布教活動?
いや、まぁ、日本でも宗教団体がバックにいる政党がけっこう国会で強いから他所のこと言えんけど。日本人全員が入信して、あの政党が与党になって、教祖の独裁にしようってマジに活動してたけどな。
魔術師が鼻で笑う。
「王国が神の名のもとにいかに非道を行っているか、勇者様に説明しようか?」
女神官が魔術師を睨む。だから、お前らなんでそう。
「セイド魔術国こそ民衆解放軍とか訳の解らない名前の軍で侵略する野蛮な国ではないですか!」
「我らは真の民主主義を世界に広めるために戦っている! 正しき知恵と知識を広め抑圧された民衆を解放しているのだ!」
「その民主主義に反対するものを吊し上げて火炙りにしているではないですか!」
「そのような非道なことなどするか! それは全て通商同盟のプロパガンダだ! あれは正しき民主主義を理解できぬ愚物が嫌がらせに焼身自殺をしているのだ!」
「そんなバカな嫌がらせがありますか! 事実を隠蔽しようとしているだけ!」
「ならば、民衆解放軍に聞いてみるがいい! 多数決で焼身自殺に決まっている!」
なんか、頭痛くなってきた。イヤな感じでもとの世界とシンクロしてるぞ。獣人の兄ちゃんを見るとジト目になってる。
「命がけで抗議をしたものが火炙りにされて、その上、死因までねじ曲げるのが民主主義か。五十年前の勇者が聞けばどういうのか。今回の勇者はどう思う?」
「魔王の驚異とは関係無く、お前らが心底仲が悪いってのは解った。それと民主主義と数の暴力の恐怖政治がごっちゃになってる」
日本でも成田空港作るために土地を奪うために、居座る年寄りを機動隊が盾で殴り殺して、それが民主主義的に正義になったりしてたけどよー。
今もそこに住んでた人達が、成田空港の土地を取り返すために闘ってるけどよー。
日本的民主主義って中身は社会主義なんだから、そんなもんファンタジーの世界に広めんなや。
女盗賊は楽しげに笑って酒を飲む。
「いやいやいやいや、通商連合はどことも仲良くやりたいだけだよー。それにね、王国も民主国もどっちもヤダーっていうのも多いから。ほどほどで潰しあってくれるとありがたいし」
獣人の兄ちゃんもその意見に頷いてる。
「獣人の中には今の魔王の方がマシだ、とそちらに行く氏族もいるから。これまで王国と民主国のやってきたことに恨みを持つものも多いし」
「今の魔王って魔族に人気あるのよねー」
「なに、そんな強いの?」
「いや? 魔族の働き方改革を進めて、魔王城に託児所と保育所作って、シングル魔族でも働きやすい魔王城を作ったの」
「なんだろ、1度その魔王と話をしてみたくなってきた」
どーも聞いてると人の側が一致団結とか無理じゃねーのこれは。
「魔王と話をして魔族も人間も仲良しこよしにってルートなら、なんとかなるのか?」
「それは無理ですね」
女神官が俺のパスをホームランする。なんでだよ。
「魔族は人の敵です。これは神の教えです」
「はい、王国はずっと魔族と戦いたいわけね。じゃあ、セイド魔術国は?」
「野蛮な魔族には真の民主主義は理解できない。よって力で対抗する。これは我が国の国民投票で決定された民主主義的な国策」
「その民主主義たぶん間違ってると思う。いや、教育水準が低いのか? それとも情報統制? お前の国ってマスコミとか新聞とかどうなんだよ?」
女盗賊がケラケラ笑う。
「軍のしつけが行き届いてるよねぇ。かつての勇者が残した義務教育制度だっけ? 子供の頃からしっかりじっくりと洗脳しちゃってさぁ」
あー、道具とか制度っていうのは使い方しだいだもんな。教育と洗脳ってどこで線引きすんだろか。
というか、勇者パーティのうち5人中2人が、魔王様ガンバってなんなんだよ。
「えぇと、通商連合の女盗賊は、魔王の軍勢と王国がドンパチし続けるのがいいと」
「そうそう」
「獣人同盟は王国と民主国が対魔族戦で疲弊した方がいい、と」
「その通り、獣人同盟には神の奇跡の力も無く、魔術もイマイチで、そこの二つの国のような魔石文明でも無い。魔族の驚異が無くなればそこの二つの国の植民地になってしまう」
あぁ、うん。こっちの世界の人も、人は人でも人だから人なのね。
「それで王国とセイド魔術国、エライ嫌われてるようで?」
「国家間の関係なんて、そんなもんでしょ? 国と国が仲良くできるなんて理想は、夢見るポエマーだけにしといて」
女盗賊が獣人の兄ちゃんのグラスに酒を注ぐ。
「魔族がいるから一時的にでも協力する、ということでこの勇者パーティ結成なのだが、獣人同盟としては勇者の監視が目的だ」
「なんでまた?」
「五十年前の勇者が広めた、知識に概念に思想が今の国家間の状況を作っている。今回の勇者が何をもたらすのか、それが問題だ。注意しなければならん」
「そうねー、人権とか、男女平等とか、奴隷解放とか、セイド魔術国家が心酔してる民主主義に洗脳義務教育とか、そういうの広めたの前の勇者だからねー」
なるほど、前の勇者はがんばったのか。がんばった結果がこれか。ろくでもねぇ。
奴隷解放なんてのはいいことしたとも思うけど。
「なぁ、女盗賊。魔族と商売してるってんなら、魔族と話はできるのか?」
「通商連合はできるけど、魔石に頼る国はダメね」
「なんだよその魔石って?」
「かつての勇者が作った内燃機関とかいうの。こっちの世界では勇者の世界のように、セキタンとかセキユとかいうのが無くて、変わりに魔石を使ってるのよねー。で、その魔石は魔族とか魔獣の体内にあるの」
「それが魔石文明? おいおい、それってまさか、魔族を殺して奪わないと使えないってのかよ?」
「もう、魔石機関の無い暮らしには戻れない国は、冒険者とかハンターで魔石狩りしてるよ」
獣人の兄ちゃんがタメ息つく。
「便利な道具に慣れて手放せないから、魔族を襲う。それで魔族は一致団結して王を立てて人間と争う。王国とセイド魔術国が魔石機関を封印すれば話は変わるだろうが」
魔術師が鼻で笑う。
「ふん。偉大なる勇者様の残した技術により我が国は栄えている。医療も農業も発展して、病と餓えに苦しむ者も減ったのだ。魔石機関は更に我が国を発展させるために必須なのだ」
「食料事情が改善されて、疫病で死ぬ者が少なくなった結果、やたらと人口が増えてそれをどうにかしようと侵略を繰り返すのが王国とセイド魔術国だ」
女盗賊がケラケラ笑う。
「人は増えても土地は増えないからねぇ。かつての勇者様のおかげで争いの火種が増えて、その恩恵で通商連合は大きくなったよ。銀行ってのもできたし。金の契約で人も土地も奪えるってのはいいシステムだよ。勇者様の世界って恐ろしいねぇ」
「前の勇者がやったのってなんなんだ? なんでこんなカオスになってんだ?」
女神官が両手を祈るように組む。
「勇者様はその叡知で新たな農業を起こし、疫病の特効薬を作り、人権思想を広め、魔石による内燃機関を作りました。大砲などの強力な兵器を作り魔族とも戦えるようになりました。勇者様のおかげで人は新たな栄華を手にいれました」
獣人の兄ちゃんが疲れたように、
「結果として、増えすぎた人間が今の世界の混沌を作っている。魔族という天敵が人の数を間引いていたからこそ調和が取れていた。その魔族が人に勝てなくなれば、この世界は人間に蹂躙される」
おい、50年前の勇者。良かれと思ってやったんだろうが、せっかくのファンタジー世界を思想汚染してどうする。人間だけの世界なんてくだらんし、つまらんだろに。
いや、まぁ、もとの世界でも自然環境の為には人の数を減らすのが1番いい方法なんだろうけどよ。
これはいったいどうすりゃいいんだ?