機壊終焉 3
機壊終焉編最終話です。来週からが本番だったりします。多分。
「僕は元々人間―――父さんと母さんの間の子供だったんだ。母さんが教育熱心だったせいか、小さい頃から色々叩き込まれていてね、多分周りよりは勉強は出来たほうだと思う。そして僕は栄華学園に入学して、普通に暮らしていた。
ところが僕が中学に上がる頃、トラックの不注意による大事故に巻き込まれてしまって、その時僕は死んだ。
だけれども父さんの技術により、僕を構成する大部分……所謂脳をそっくり全てデーターに置き換えてアンドロイドを作った」
「それが今の貴方というわけ? 貴方を構成する部分が元々人間だったから私のシステムが誤作動を起こしたの?」
「そうなるね。付け加えれば僕は君たちと同じシリーズに部類されるんだ。
感情を司り、成長する。僕の観察結果を元に、君たちは作られたんだ」
僕の話を聞いていた水藍は暫く俯いていたが、何かを決心したように顔を上げて口を開いた。
瞬間、派手な爆発音と共に辺りを煙で覆われ視界が奪われる。緊急事態を察知した僕の目が色彩認識からサーモグラフィーに切り替わる。
「おいっお前! 今すぐ水藍を渡せ! もし応じないようなら俺が成敗してやる!」
煙で視界が奪われてあたりをうかがい知れないけれど、どこからか声がはっきりと聞こえた。人の形を二人分形成する温度が人間よりも若干低い。…二人? まさか向こうは二人掛りで水藍を取り返しに来たっていうのか?
多分彼も水藍を連れ戻そうとしている奴らの一人だ。だったら一刻も早くここから逃げるのが懸命かな。
「あ、あの、手荒い事は嫌いなので水藍さんを返してくださいいいいいいい……」
どうしてそこまでして水藍を……。いや、考えるのは後だ。今は水藍と合流して逃げることだけを考えよう。
漸く煙が晴れて相手の姿が見えた。
一人は小学生くらいの背丈の、見るからにやんちゃそうな男の子と、水藍より少し背が低い大人しそうな女の子が立っていた。
間違い無い。彼らも父さんが作ったアンドロイドだ。何を隠し持っているのか分からないうちは手を出さない方が良い。
僕は水藍の腕を掴んで窓から飛び出した。
「なっ!?」
「こ、ここ、五階ですよね……」
水藍は僕の意図がわかったのか、得意の瞬間移動で僕の部屋に連れて行ってくれた。
「無茶し過ぎよ。怪我したらどうするつもりだったの」
「あーそれは考えていなかったな。現に水藍がこうやって助けてくれたんだし」
僕が笑うと、水藍はため息をついた。そして、思い出したように言葉を続けた。
「あのね、最後に一つだけ唯に聞きたいことがあるの」
水藍の言い方に違和感を覚えながらも僕は先を促した。
「唯は私たちと同じアンドロイドだって言ったわよね。だったらどうしてそんな風にニンゲンみたいに笑えるの? 私たち……ううん、私にもできるの?」
その時の僕を見つめる水藍の表情は、今まで見た中で一番限りなく人間に近かった。憧れ、羨望の眼差し。
「……分からない。僕が笑ったりするのはほとんど無意識に近くて、考えてするものじゃないから。でも、絶対に水藍にもできるよ。それは僕が保証する。何年、何十年もかかるかもしれない。それでも、できると信じればなんだって出来るはずだから」
そう言って僕は水藍の頭を撫でた。何時だったか、誰かにこんな事言われながら、そうしてもらった気がして。
幼いなりによく分からないけれど嬉しくてしょうがなかった気がして。
その時の僕の気持ちが水藍に伝われば、彼女も笑ってくれるんじゃないか、なんて非科学的な考えで僕は彼女の頭を撫でた。
水藍は訳がわからないようで、きょとんとしていたが、やがて少しだけ笑った気がした。
それはとてもぎこちないけれど僕まで嬉しくなるような笑顔だった。
「…ありがとう、唯。最後に会えたのが貴方で本当に良かったって思っている。だから、今この瞬間以降私の事は忘れて欲しいんだ。じゃないと」
水藍の言葉を遮るように派手な音がして部屋のドアが開き、その向こうに今ではすっかり見慣れた四人の姿があった。
彼らはもう追いついてきたのか…。
そろそろ逃げる場所が見当たらない。一体どうすればいいんだ……。
僕が一人で焦っていると、水藍が僕の腕をきゅっと握ってきた。そうか、水藍の瞬間移動能力があればどこにだって逃げられる。
彼女とアイコンタクトを取ると、水藍はこくりと頷いて瞬間移動をした。
その移動先は―――僕の部屋だった。
「え?」
「なんで……っ」
僕だけではなく水藍も完全に混乱していた。今までできていたことができない。それだけのことが僕らに大きな心理的不安となってのしかかってきた。
「ざーんねんでしたー」
紗織が嘲笑うように口を開いた。
「この子、ユリって言うんだけどね、普段はこんなだけれど、
彼女の能力の一つ、無接触操作によって指定した物体の動きをコントロールできるの」
じゃぁ今後一切僕らは瞬間移動で逃げることができなくなるっていうことか……。
「んじゃま、大人しく捕まってくれよな」
そう云われるなり、突然向こうから何かが飛んできた。何かは視覚確認が取れなかったけれど、マズイということだけは分かった。
その直感を脳が感じ取った瞬間、嫌なものが這い上がって弾けた気がした。そして、目の前に黒い球体が現れて向こうから放たれたものを飲み込んだ。
「なんなのこれっ」
「そんなの反則だぜ!」
「ど、どうなっているんですかぁ!」
三人が慌てる中、京だけは冷静だった。
「聞いたことある。俺らの設計のベースとなったアンドロイドがマスターの手手で作られたという話を。そしてそいつに付けられた能力が〈ありとあらゆるものを飲み込む能力〉。成程な、お前だったのか。葉月唯」
京の言うとおりだ。僕のこの能力は僕の意思とは関係なく、僕を危険に晒すものと判断されれば勝手に出てくる。それは、ひどい時には僕にぶつかった、それだけで球体はぶつかった人を飲み込んでいった。
僕にはそれがとても恐ろしくて、なるべく人と関わりを持たないように生きてきた。
「じゃ、じゃぁ、貴方は水藍さんと同類ってことですかぁ?」
同類? 何を言っているんだ、彼女は。
「お前、一緒に居たのに知らないのか? だったら俺が教えてやるよ」
小さい少年が、なぞなぞの答えを言いたげな顔で言った。
「そいつのバグは、俺たちの感情を司る能力のほんの一部がそいつに流出したことと、武器の生成ができないことだよ。元々そいつは政府に依頼された理想郷を作るための兵器だったんだけどな。いらないもん受け取るわ、必要なもんなくすわで、処分が決まっているんだよ」
水藍の方を見ると、観念したかのように黙っていた。
「嘘でしょ…? そんなことないって言ってよ、水藍」
僕が懇願するも、水藍はそれを振り払うようにゆるゆると首を振った。
「……佑樹の言っている事は全部本当よ。私は唯に嘘をついていた。本当の事を言ったら唯が私の前から居なくなっちゃう気がしたから……。本当に、ごめんね」
そう言ってすっと立ち上がると、水藍は僕の額にそっと人差し指を当てて何かを呟いた。
瞬間、僕の意識は彼方へと飛んでいった。最後に見たのは寂しそうに笑う水藍だった。
目を覚ますと、自分のベッドの上だった。
さっきまで、何か大きなことが起こっていた気がするけれども、思い出せない。強い薬を飲んだ後に来る気怠さに支配されている感覚さえ覚える。
たしか僕は何時も通り学校で自習したあと、紗織とか言うアンドロイドに水藍の居場所を聞かれて……。
あぁそうか水藍…って! こんな呑気に寝転がっている暇無いじゃないか。
僕は部屋を飛び出して研究所に向かった。
水藍を追っているのが彼らなら、恐らく彼女はあの研究所、父さんの研究所に連れて行かれている筈だ。
助けなきゃ。その一心で僕はガムシャラに走った。
暫く走って漸く研究所の前に着いた。僕は乱れた呼吸のまま、施設の中に入った。
ここのマップは既に覚えているから、そこから水藍のいそうな場所を見分ける。目指すは所長室だ。あそこには、たしか大型コンピューターが置かれていた筈だ。
階段を駆け上がって最上階の所長室の扉を乱暴に開く。そこには父さんの姿だけがあった。
「父さん!? 出張じゃなかったの?」
「お前こそ、なぜここにいるんだ」
「そんなことはどうでもいいでしょ! それより水藍はどこにいるの」
僕が早口でまくし立てると父さんは表情を変えずに目の前の大型コンピューターを指差した。
まさか、そんな……。
「不良品は速やかに処理するべきだと教えただろう」
「なんで、なんでそんなことできるのさ! 水藍言っていたじゃないか、消えたくないって!」
「だからどうした。あれはただの機械…いや、道具に過ぎない。余計なことに気を取られている暇があったら、勉強の一つでもしていたらどうだ」
そう言った父さんの目は水藍よりもずっと冷たく、父さんの方が道具みたいだった。
「見損なったよ、父さん……」
ぼそりと呟いたそれはきっと父さんの耳に届かなかっただろう。
憧れだった父さんはこんなにも冷たい人間だったのか。そんな虚無感が僕の感情を支配した。
家に帰って、僕は机の上に置かれていた受信を告げるランプを点滅さている携帯に気がついた。
送り主はアドレス帳未登録と表示されていた。僕にメールをしてくる人なんて殆ど検討がつかなかったけれど無意識に受信ボックスを開いた。
『貴方は、私のことはすぐに忘れて欲しいって言ったのを覚えているかしら。貴方が私を忘れてくれるなら、私は諦めがつくし、何の未練もなく消えることができたと思う。けれども、私は貴方を忘れることができなかった。アンドロイドの私が、こんな事思うのはおかしいかもしれないけれど、私は消されてもずっと唯のことを』
文章は途中で途切れていた。恐らく、送り主は水藍だ。途中で途切れているのは、これを作ったのが消去される直前に作ったから。
「忘れられる訳…無いでしょ……」
視界がぼやけて、あふれるものを止める事ができなかった。脳の処理が追いつかずオーバーヒートしているのを冷却するための水が排出され続ける。
僕は、水藍を助けたかった。もっと言えば、彼女の救世主になりたかったのかもしれない。何故そんなことを思ったのか、今ならはっきりわかる。僕は無意識のうちに僕と水藍を重ね合わせて見ていたのかもしれない。周りは敵だらけだけれども、誰かに縋りたいと言う矛盾を抱えた僕ら。彼女を救えれば、僕自身も救えると思ったんだ。
「笑っちゃうよね、水藍。人と関わるのを怖がっていた僕が、君を助けた。君と一緒にいて、ずっと一緒にいたいとさえ思ったんだ。それなのに…どうして……」
僕の前から、消えてしまったんだ。
どのくらいそうしていただろうか。僕は無気力にベッドに身体を預けていた。ぼっとしていると、水藍と一緒に過ごした時間を思い出す。淡々と話すけれど、その中に喜哀を含んでいた水藍。そして、最後に見た初めての笑顔……。
あの時、僕にもっと力があれば……。水藍がアンドロイドじゃなくて人間だったら…。
そんなことばかりが頭に過ぎった。
もしこれを運命と呼ぶのなら、僕は永久に運命を呪うだろう。水藍がアンドロイドとして産まれる運命を、消去される運命を。彼女とであった運命を―――。
「ねぇ、運命を変えたいと思わない?」
凛と、それでいて儚い声が何の前触れも無く、突然聞こえた。
身体を起こすと、勝手に開けられていた窓枠にちょこんと腰掛ける幼い少女の姿が合った。
白と黒を基調としたゴスロリの袖口やスカートから伸びる華奢な体に、透明に近い白い肌と、金糸のような髪色をした少女はとても儚げでまるで人形のようだった。
「私が提示する条件を貴方が呑めば、その代償として貴方の運命を変えることができるの。どうする? 葉月唯」
窓枠から腰を上げ、僕に歩み寄り右手を差し出された。
何故彼女は僕の名前を? いや、そんなこと今はどうでもいい。それより……。
「運命を……変えられる?」
「えぇ。どうする? これは決して強制じゃないの。それだけ履き違えないで」
少女は表情を変えずに淡々と話を進めた。
「運命なんて……変えられる訳ないでしょう。運命は絶対だ。それは、努力とかでどうにかできるものじゃない。水藍はもういないし、もう会うこともない」
僕が力なく言うと、彼女は少しむっとした表情を見せて、僕に詰め寄った。
「じゃぁ、その絶対が打ち砕かれたら? 言っておくけれど、絶対なんて無いわよ。貴方が信じれば、信じた道が運命になる。私はその手助けをするだけ」
「水藍に会えるの?」
「さっきから疑問形ばかりね。そうよ、私はさっきからそう言っているわ」
僕は―――。