機壊終焉 2
書きなおそうと思ったけれど、めんどくさくなったのでやっぱり高校の時の原稿のまま投げることにしました。そんな感じのお話です。
水藍と分かれてから数日。あれから特に変化もなくいつものように図書室で自習してから家に帰った。
「うわー、男子の部屋にしちゃつまんないねー。
エロ本の一冊もないってどういうことよ」
僕しか使っていない僕の部屋に入ると、見知らぬ少女がいた。彩度の低いサイドテールに年頃の女の子らしいミニスカートの彼女は僕が部屋に入ってきたことに気づき、僕の方を見て人懐こい表情を浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
「あ、あの、誰ですか? とりあえず出て行ってくれない?」
「えー、せっかく女の子が部屋にいるのにその対応はないでしょ。まぁいいわ」
彼女は僕に詰め寄ると、さっきまでの軽い表情から一転、刺すような目つきに変わった。
「単刀直入に聞くわ。水藍はどこに行ったのか教えて。あぁ、それと、隠しても無駄だからね。あの子がここに来たことは確認済みだから」
鋭い刃物を突きつけるような言葉は僕を逃がそうとしなかった。
どうやら彼女は水藍と関わりがあるみたいだけれど……。嗚呼、思い出した。確か彼女は水藍と同じシリーズの子で、明るさが取り柄とうたっていたはずだ。そんなアンドロイドが何故水藍を探しているんだろう?
「……見ず知らずの人に個人情報を教えるわけにはいかないよ」
「随分お堅いね。まぁいいよ。私は二XXX年春新型モデル製造№02、マスターたちからは紗織って呼ばれているわ。さぁ、水藍の場所を教えて」
早くしろと云わんばかりの口調の彼女。どうやら水藍はあまり良くないことに巻き込まれているらしい。
「あの、悪いんだけど僕は水藍の今の居場所を知らないんだ。突然どこかに消えちゃってそれで……」
僕の答えを聞いて、紗織と名乗った少女はため息をついて僕から離れた。それから何処かへ連絡を取るような仕草をしたあと、再び僕に向き直った。
「そんなことだろうと思ったわ。貴方、葉月唯とか言ったわよね?
あの子……水藍になにかされなかった?」
「い、いや、別に…」
「そう、ならいいんだけど。でも、もうあの子とかかわらない方がいいよ。なんて言ったってあの子は―――」
気がつくと僕は制服のままベッドで横になっていた。
さっきまでのって夢だったのか?
時計を見ると時刻は午後八時を少し過ぎていて、僕が家に帰ってからそれなりに時間が経っているようだった。
母さんが部屋に来ていないようで安心した。
もし母さんに寝ていることがバレたらなんて言われるか。
そろりと起き上がり、着替えを済ませてリビングに向かった。
それにしても静かだ。普段なら使用人の誰かしらが廊下で掃除をしているけど、今は誰もいない。それは廊下に限らず、リビング、客間、庭……どこを見ても家の敷地内に誰もいなかった。
突然、背中を嫌なものが這いずる感覚に襲われる。無駄に広い家に僕独りという初めての事態に、恐怖しているのかもしれない。
僕は深呼吸をして自分を落ち着かせた。
落ち着け、僕。恐怖で思考を止めるな、焦っても正しい答えを導けないぞ……。
母さんは何か家を空ける用事があれば必ず僕に伝えてくれるし、使用人は必ず数人家にいるようにしている筈だ。
……そうだ、母さんに電話してみよう。
僕は部屋に戻って、携帯から母さんに電話をかけた。けれども聞こえてくるのは無機質なコール音だけで、母さんが電話にでる気配はしなかった。
諦めて電話を切った直後、地震…いや、地響きが起こった。
慌てて部屋から出ると、廊下の遠くで水藍と少年が争っている姿があった。
「水藍!?」
「…唯……っ」
水藍が僕の方に注意を向けた瞬間、少年は水藍を吹っ飛ばした。
「なーによそ見してんだよ。失敗作がそんなんで俺に勝てると思ってんのか?」
確か彼も水藍や紗織と同じタイプだ。一体何が起こっているんだ……?
状況が飲み込めず、上手く自体を把握できないけれどとり合えず水藍が危険に晒されていることだけは理解できた僕は、思わず水藍に駆け寄った。
「もう諦めろよ。お前はバグが起こった時点でこうなる運命だったんだよ」
「嫌よ。私は……私は絶対に、貴方たちなんかに捕まらないし、絶対に消えないから」
そう水藍は呟き、あの時僕の部屋からいなくなったのと同じように消えようとした。
「待てよ。こいつがどうなってもいいのか?」
少年の声と同時に服の襟をぐいっと掴まれ、油断していた僕はあっという間に人質状態となってしまった。
「お前、こいつに恩があるみてぇだけど、お前がここから逃げるっつーならこいつ…殺すかもな」
その言葉でまた僕の中で何かが這い上がってくる感覚に襲われた。この人、多分本気で僕を殺す……。
それはただの勘に過ぎないけれども、声の感じからまず間違いない。
その証拠に、水藍は僕の前に留まっている。
それを見た彼の僕を捕まえる手が、少しだけ緩んだのを水藍は見逃さなかった。一瞬で僕に詰め寄り、僕の腕を掴んで瞬間移動なるものをした。
ようやく僕はあの時水藍が消えた方法が分かったな。なんて呑気なことを考えていた。
結局、僕らはあの後廃墟ビルで一晩を明かした。初めての野宿で実は少しだけ興奮していたなんて言えないな……。
一人で苦笑していると、何処かに出かけていた水藍が戻ってきた。
「はい、唯は朝ごはんいるよね」
そう言って手に持っていたビニール袋を僕に押し付け、遠慮がちに僕の隣に座った。
「昨日はごめんなさい。貴方を巻き込みたくないなんて言っておきながらこんな目に合わせちゃって」
「あ、別に気にしなくていいよ。それより家どうしようかな…。母さんになんて言おう」
「それなら気にしないでいいと思う。あれは私と京―――昨日唯を人質にとった彼の責任だから、マスターたちが手を回してくれるはず」
淡々と話す水藍に相槌を打ちながら僕はもらった袋からおにぎりを取り出した。
にしてもこれどうやって開けるんだ……? あ、説明書きがあった。
僕が説明書きどおりに両端を持って引っ張っると、おにぎりの袋はパンっといい音を響かせてどこかに消えた。
「あれ? おにぎりがない……」
僕がおにぎりを探していると、水藍は僕の頭の上を指差した。
「唯、頭の上にある」
「へ? え、あっ!」
なぜかおにぎりは僕の頭の上に着地をしていた。みんなこんな目に合いながらおにぎりを食べるのか……よくわからないな…。
水藍にもらったおにぎりを胃に収めて一息つくと、何処からか黒猫がにゃーんと人懐こい声を上げながら水藍と僕の間に割って入ってきた。僕がその猫の頭をなでると、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。今時野良猫なんて珍しいな、なんて思っていると、水藍が戸惑った様子で僕と猫を交互に見ていた。
「あぁ、もしかして水藍は猫を見るのは初めて?」
「え、えぇ、知って入るけれど……」
「この猫、凄く大人しいから触っても平気だよ」
僕が猫をなでるのをやめると、今度は水藍の方を向いてまるで撫でてくれるのを待って居るような様子で小首まで傾げて見せた。
水藍は恐る恐るその猫の背中に手を置いてそっと撫でる。その毛の柔らかさに驚いたのか、ぴくっと強張った水藍だったけれど、次第にその感触を楽しむように何度も猫をなでた。
暫くされるがままの黒猫だったけれど、何かに呼ばれたかのように暗闇に姿を消してしまった。猫が気まぐれって云うのは本当なのかもしれないな。
暫く猫の消えた方を眺めた後、水藍の方に向き直って口を開く。
「水藍、教えてくれないかな? 君と僕の周りで起こっている一連の事を」
「……そうね、唯は今までのことを知る権利がある」
そう言って彼女は僕と出会ってから今までの事を話してくれた。
「貴方がマスターの息子なら知っていると思うけれども、私たち五人はマスターの手によって作られた新型アンドロイドなの。其々特技を持っていて、人間の役に立つことを目的に作られた。最初こそ私も他の四体と同じように教育係りがあてがわれて、私はその時、その人に水藍と云う名前をもらったの。
だけれども、私だけ途中で小さなバグが組み込まれてしまった。それはマスターにさえ気づかなかった本当に小さな、それでも重大なバグだった。周囲がそれに気づいたときには既に私にも自我が芽生えていて、加えて私の教育係の人の助言で私は研究所を抜け出した。でも、完全ではない私は、唯の通う学園の敷地で力尽きてしまった」
「そこを丁度僕が通りかかって水藍と出会ったということか」
水藍は頷いて話を続けた。
「そして唯と別れた直後、私はこことは別の廃墟で身を潜めていたのだけれども、運悪く京に見つかってしまった。
そして彼から逃げていた私はいつの間にか唯の家にまで誘導されていたみたいで、貴方と再び会った。これが私の話せる全てよ」
水藍の話を聞いて、今回の一連の流れは把握できたけれども、
ますますわからなくなったことがあった。
何故父さんはバグを見つけられなかったのか、何故水藍を捕まえるのに京とかいうアンドロイドは僕の家に誘導したのか。――何故、水藍を捕まえるのにあそこまで激しく行動しているのか……。
結局僕はまだ父さんの見ている世界を見ることができないということか。
その日の夜、水藍は僕に話があると言った。
「唯はもう家に帰った方が良いわ。これから先、私と一緒に居てメリットなんか無いし、下手したら怪我するかもしれない」
確かに水藍の言うことは間違っていないかもしれない。現に今この瞬間だって危険に晒されている訳だし。
それでも僕は彼女の提案に乗れなかった。
「あ、確かに水藍の言う通りかもしれない。でも僕は水藍と一緒にいるよ。
うーんと、なんて説明したらいいかな。僕は共鳴しているんだよね、水藍と」
「共…鳴……? それはアンドロイドの基本ステータスのはずだけど」
「うん、そうだよ。だって僕も君と同じだから」
水藍は信じられないと言う表情で僕を見た。恐らく、彼女の識別システムはフル回転しているだろうな。
「信じられない……。初めてあなたに会った時、私の識別システムは貴方を人間と判定したわ……」
「そうだろうね。でも僕は正真正銘アンドロイドなんだ。…君には話しておいた方がいいのかな。僕のこと」