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魔女と奇跡の物語  作者: ひおり
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暗殺少女 4

これ書いたの何年前だ、三年前くらいですね。正直羞恥で死にそうですがもうこのままでいきたいと思います。

 杏珠が動き出したのは日付が変わった頃。

 足音と気配を殺して両親の寝室に向かう。


「何してんだ」


 暗がりから姿を現したのは、待ち伏せをしていた翼だった。杏珠は無言で仕込んでいたナイフで翼に襲いかかるが、彼はそれを寸でで交わす。


「お前、暗いのダメだったんじゃねーの?」

「…別に」


 次々と繰り出される攻撃を交わしつつ、翼は広い外へ、そして屋根の上へと逃げる。それを追って杏珠も屋根へと上がった。

外は月明かりが気持ち悪い程輝いていて、二人を青白い光で照らした。


「まさかお前が久留里の養子になってるなんてな」

「…気づいていたんですね。でも少し遅かったです」


 再び激しい攻防が繰り広げるも、翼は防戦一方だった。

 ずっと探していた大切な妹を傷つけることが、翼には出来なかった。

 そんな翼などお構いなしに杏珠は攻撃の手を休めることなく翼を襲う。


「お前は一体あいつらになんて言われたんだ? この七年間なにがあったんだ!」

「無駄口の多い人ね。生憎、私は冥土の土産なんて気の利いたものは送れないから」

「だったら聞くまで死にきれねぇよ。ま、死ぬ気なんでさらさら無いけどな!」


 虚勢を張ってはみるものの、依然杏珠の方が優勢なことは変わらなかった。


「お爺様は私を救ってくれた。私を捨てたあなたたちなんかとは違ってね」


 杏珠の今の言葉で翼は確信をした。


「お前、自分が捨てられたと思うならそれは間違いだぜ。教えてやるよ、あの日、何があったのかを」



「あの日、俺は隠れた杏珠を探していたんだ。そしたら突然知らない奴に車に連れ込まれた。俺が開放された時には公園に誰もいなくなっていたんだ。俺はすぐ母さんにそのことを伝えて、母さんは組織の人間を使ってお前を探させてた」

「何が真実かなんて私には関係無い。私は、今日のために生きてきたようなものだから」


 杏珠は一度大きく後退して翼との距離を取った。


「社長……本当に杏珠で良かったんスか」

「何が言いたい」


 社長室には宮人と翔の姿があった。向こうの様子は通信機越しに確認ができ、杏珠が予想以上に翼にかける時間が長いことに不信感を覚えた翔は宮人の元へと向かったのだった。


「確かにあいつは強い。あれだってうまくいきました。それでも、あいつの内側は弱すぎるんです。十文字家との接触により、少しでも揺らげばそこから崩壊します」

「一ノ宮。お前には今回の作戦で一つだけ伝えていないことがあったな」

「まだ何かあるんスか……?」

「あぁ。十文字家全員の暗殺並びに、久留里杏珠の抹消。これがこの作戦のすべてだ」

「杏珠の……抹消? それって」

「文字通りだ。言い換えるならば杏珠の殺害とでも言うか」


 翔はこの時ようやく目の前の男がこの日のためだけに杏珠を誘拐したのだと気付いた。全ては十文字家並びにBlood Crossの崩壊のため。


「あいつが気付かなければ、杏珠の抹消はお前の仕事にしようかと思ったが……どうやら杏珠は気づいているらしいな」


 そう言われて、翔は慌てて通信機に意識を集中させた。



 あらあら、随分お話が進んだわね。

 このままだと彼らは【  】だろうけれど、それじゃぁ私の駒にはなれないもの。こんな運命、受け入れちゃっていいの? そんなことないでしょ。だから私がチャンスをあげる。



「お前このままでいいのかよ! あいつはどうせお前の事何とも思ってなんかいないんだぞ?」

「私は御爺様の捨て駒でも構わない。私は、今日この瞬間のために生きてきたようなモノだから!」

(今日――俺たちと会って殺すため、か)


 翼はふっと笑って身体の力を抜いた。


(俺も『この日』のために生きていたようなもんだ)


「なんのつもり? まさか降参なんて言わないよね」

「まさか。こいよ、杏珠」


 翼は両手を広げて杏珠を受け止める体制なった。

「成程、それが貴方の意志ね」

「あぁ、そうだ。俺も今日のために生きてきたようなもんだしな」


 杏珠は唇をぎりっと噛んで翼の腹部にナイフを刺した。


「っ……、昔は、よくこうやって俺に……だ、抱き着いてきた…よな……」


 翼は息切れ切れになりながらも杏珠を抱きしめた。そして、ポケットに入れていたチョーカーを取り出し、おぼつかない手つきでそれを杏珠の首にくくりつけた。中心で微かに揺れる十字架が、月明かりを受けて一瞬まぶしく輝いた。

 その眩しさに思わず目をつむった杏珠の瞼に、映画のようにあの日の映像が鮮明に映し出された。

 あの日、遊びに誘ったのは杏珠自身だということ。兄はその日、友達と約束をしていたのにも関わらず杏珠と遊ぶことを選んでくれたこと。優しかった両親の事。


(そうだ、いつも言われていたじゃない。知らない人に着いて行っちゃダメだって。あんなに優しいパパとママとお兄ちゃんが私を捨てるはず、無いじゃない。馬鹿だ私――)


「お兄、ちゃん……?」

「ん、思い……出した、のか、杏珠」

「うんっ、ごめんなさい……ごめんねお兄ちゃん!」


 ナイフを握っていた手を離し、泣きじゃくりながら翼に抱き着く。

杏珠の頬を涙が濡らすのはあの日、杏珠が十文字家と引き離された日以来だ。


「ごめんなさい! お兄ちゃんの事、みんなのこと疑ったりなんてして、こんな……、こんなことに」

「もう、いいん……だ杏珠、今、こうしてお、俺たちの事を思い…出してくれた。それだけで、俺は、十分だ」


 それだけ言い残して翼は杏珠に全体重を預けた。杏珠は彼の残った体温を感じながら静かに涙を流した。



(さぁ、物語をかえましょうか)



 杏珠は自分の目を疑った。常識ではありえないようなことが目の前で起こったのだ。

 翼の体が淡い光に包まれて、空高く浮かび上がった。杏珠はそれを、呆然と彼が見えなくなるまで見続けていた。


「お嬢」


 突然翼とは異なる声の男性に名前を呼ばれた。

 乱暴に涙を拭って振り返ると翔の姿があった。彼の手に握られているナイフは赤黒く変色した血がこびりついていた。


「実験は失敗か」

「そう、みたいだね。……翔さん」


 杏珠はふらりと立ち上がって右手を掲げた。


「お嬢?」

「私、まだ仕事終わってないから」


 杏珠は今まで見せたことのないような柔らかな達観した笑みを見せた。

 それを見た翔は、杏珠が全て気付いていることを悟った。そして、とっさに駈け出して杏珠の右腕を掴む。


「なぁお嬢、俺と先生と逃げよう」

「なんで?」


 杏珠は心底不思議そうに訪ねた。何故この人はこんなに必死なのだろう。それが不思議で仕方なかった。


「お嬢はまだ十三だろ? 今からでも遅くない。まだ、普通の生活に戻れる」


 杏珠は一瞬きょとんとしたが、くすくすと笑いだした。


「普通の生活って。私、いままでずっと私にとって普通の生活を送ってたんだよ? 戻るもなにも無いよ。それに」


 杏珠は真っ直ぐに翔を見つめ、再び口を開いた。


「これは、御爺様の命令だから」


 何の迷いもなくそう言う杏珠を見て、嗚呼、なんて愚かで純粋なんだ。と嘆いた。そして、目の前の少女をそう育て、作り上げたのは紛れもなく自分自身だと気付き、握っていた手を離した。


「最後に一つだけ教えてくれないか? いつから気づいていたんだ」

「さぁ、いつでしょうか? 今かもしれないし、ずっと前、もしかしたら生まれるかもしれない」

「そっか。ま、もうなんだっていいさ。お嬢、気を付けて行って来いよ」

「うん、翔さん今まで有難うね、先生にもよろしく。……さようなら」


 もし、また家族と会えたら先ずは謝ろう。そして、今まで築けなかった時間を取り戻したい。パパとママとお兄ちゃんと四人でずっと過ごせたら。なんて図々しいかな。

 そんなことを考えながら同時にもう一つの事を思っていた。

 こんな運命、受け入れたくない、これが運命なんで信じたくない。と。

しかしそれもつかの間。掲げた右手で握っていたナイフで躊躇いもなく首を掻っ切り、杏珠は足から崩れ倒れた。

 そんな杏珠を翔は今まで見てきた同じものに対して、湧かなかったモノを感じていた。


「あぁそっか。俺、お嬢が死んで――」


 悲しい。初めて人の死を悲しいと彼は感じていた。心のどこかで本当の妹のように見ていた杏珠の死を。


「ははっ、なんだよ俺、まさかこいつの兄に嫉妬していたなんて言わないよな」


 翔は自嘲気味に笑ったあと、杏珠を抱きかかえた。

このまま杏珠をここに置いていたら会社の事がばれてしまうからだ。

 しかし、抱き上げた瞬間、翼同様杏珠も光に包まれた。そして翼を追うかのように空の彼方へと消えた。


「おやすみお嬢。向こうでお前が笑っていられることを願っているぜ」


翔はとっ、と軽く屋根から飛び降りて暗い路地の闇にその身を隠した。


「任務終了、これより本部へ帰還する」



『次のニュースです。本日深夜に東京××区で起こった殺人事件で、DNA鑑定の結果この家に住む十文字悟さん、玲子さん夫婦の他にこの家の長男の翼さんも死亡していることが判明しました。しかし、遺体が見つからないとの事で、現在も警察の懸命な操作が続けられています。犯人も未だ特定できておらず、警察は近隣住民へ警戒を呼び掛けています。

さて、次のニュースです……』






「また物語を書き換えたんですか?」

「書き換えたわけじゃないわ。ただ駒として使うためにちょっと弄っただけよ」

「どうしてそこまでして勝ちたいのか、僕には理解できませんね」

「あら、勝負に負けたら悔しいでしょ?」

「本当、負けず嫌いですよね」

「だって負けたくないんだもの」

「まったく。はい、頼まれていた次の本ですよ」

「ありがとう。さて、次は……」


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