縁-えにし- 2
こんにちは、あるいはお久しぶりです。
これにて物語シリーズ第一話、縁完結です。
ルビってどうやったらふれるんでしょうね。
「さ! 行くのですよ!」
なんで俺がこいつの探し物に付き合わなきゃならないんだ。
家を出ると冬の北風に頬を撫でられ、思わず身震いをした。
何か視線を感じて顔を上げると、黒猫と目があった。
猫は数秒俺を見た後、ぷいっと何処かへ行ってしまった。猫、触りたかったな。
「冬馬ー、行きますですよー!」
華華にせかされ、しぶしぶ足を進める。
空は雲一つない真っ青快晴。それとは反対に体感温度は真冬だ。
冬物のコートとマフラー、手袋という完全装備を北風は簡単にすり抜けて、俺の肌に直撃する。
ちらりと横を見ると、俺より薄着のはずの華華は平気な様子で、鼻歌なんか歌っている。
神様ってチートなんだな。
「ところで春の種って一体なんなんだ?」
改めて華華に尋ねると、待っていましたとばかりに得意げに説明を始めた。
「春の種は、この街に春を呼ぶのですよ」
「は? 春なんで季節風とかなんとかで勝手に来るんじゃないのか?」
「冬馬こそ何を言っているのですか? 春はボクが運んでいるのですよ」
いやいやいや、お前が何言ってるんだよ。と突っ込もうとして止めた。
こいつはなんでもありのチート神様なんだ。俺とは常識が違うんだ。そういうことにしておこう。
「お前が運ぶってどういうこと?」
「この春の種を色々なところに撒くのです。そうすると、そこから春が広がって、最後には街中が春になるのですよ」
ほぅ、とどのつまり。
「四月になってもクソ寒いのはおまえのせいか!」
「ボクのせいにするなんて酷いのです。ボクだって春が来なくて困っているのですよ。寒くて死んでしまうのです!」
いや、力説されても。というかお前はもう一枚くらい着ればいいんじゃないのか?
華華とたわいのない会話を交わしながら、ふらふらと歩いていると、土手についた。
さっきまでの会話で、春の種は、暖かくなると活性化するところに落ちているということを教えてもらった。
ここにならあるかもしれない。
「ここならあるんじゃないか? 春は花とか虫とかいっぱいいるし」
「おおー虫さんですか!」
華華は目をキラキラさせて走り出した。虫、好きなのか?
俺は見たくもない派なので、なるべく見つけないようにしつつ、華華と手分けして春の種探しを始めた。
気温のせいか、まだ草丈は短く、探すのに苦労はしなかった。
地面に転がっている、俺の制服にあった匂い袋のようなモノを拾い上げ、華華を呼んだ。
「これだろ、春の種って」
華華に手渡すと、彼女は満足そうに大きくうなずいた。
そして、華華がその袋の紐を解くと、中から淡い光を放つ粒子が溢れ、空の彼方へと登っていった。
「今ので終わりか?」
「はい。これでここら一帯は春になるのです」
その言葉に答えるかのように、暖かな春風が吹き、あっという間に辺りの草木が新鮮な緑色へと姿を変えた。
「すげぇな……」
「さっ、早く別の春の種を見つけに行きますですよ!」
華華は俺の腕を引っ張ってずんずんと進み始めた。
その後、春に活性化しそうな場所を片っ端から探した。
公園、駅前の桜並木、広場、花屋……。
花屋での出来事は、なるべく忘却の彼方へと葬りたいのだが、多分それは不可能だろう。
日が傾き始め、空が茜色に染まった頃。残る種はあと一つとなっていた。
「冬馬、あと一箇所思い出せませんですか?」
「つったってなぁ……あ」
思い出した。春と言ったらこの街であそこを外す訳にはいかない。
「神社に行こう。あそこならあるかもしれない」
華華が頷くのを確認して、俺たちは神社へと向かった。
どうも、ある時を境目に神社に苦手意識を持っていたため、余り行きたくは無かったが、寒いままというのは困る。
あれ、そう言えば、なんで俺神社苦手なんだっけ……。まあいいや。
神社につくと、いつもなら花見客でにぎわっているはずなのに、今は閑散としていた。
いるのは、俺と同い年くらいの少し華華ににた男子くらいだった。
残念だったな。花見ができるのはもう少し先だ。
麗華桜と呼ばれている千年桜には花は疎か、蕾も葉も纏う事無く、枝を剥き出しにしていた。
今までと同じように、華華と手分けして探してみるもそれ程広くない敷地内に春の種らしきものは見つからなかった。
おれと華華の間に諦めの雰囲気が漂う中、かすかな足音が響き渡る。
「探し物はこれかのう」
突然背後から声がして振り返ると、華華と同い年くらいの女の子が立っていた。
シルエットはまさかの華華と瓜二つだが、対照的に真っ黒い髪に、ぶかぶかの着物をだらしなく着崩し、涼しげな顔をしたそいつの手には春の種の袋が握られていた。
「楼桜! 何しに来たのですか」
華華がきっと女の子を睨みつける。女の子の方はクスクスと笑って、気にも止めなかった。
「久しいのう華華。妾はそなたらの探し物を届けにきてやっただけだと言うのに」
「じゃあ早くそれを渡すのです」
華華は今までに無くきつい口調で女の子に春の種を渡すように促した。女の子の方は相変わらず涼しげな顔で、俺たちを見下しているようにも見える。
「華華、ちょっと当たり強くないか?」
「くっくっくっ。相変わらず冬馬は優しいのう」
華華を宥めようと諭すと、女の子が反応した。言い回しからして、こいつも俺を知っているのか?
「冬馬は関係ないのです! 楼桜だって春が来ないと咲かすことが出来ずに困りますでしょう。だからさっさと渡すのです!」
俺は何がなんだかわからず、完全に取り残されていた。
華華はどうにも女の子を嫌っているらしく、対して女の子の方はそんな華華を嘲笑っているように見える。一体あいつは何者なんだ?
「な、なぁ華華。あいつ誰だ?」
俺が尋ねると、華華は仕方なしという風にため息をついて、口を開いた。
「楼桜と言いますです。麗華桜の化身で、願いを聞き届ける代わりにその人から大切なものを奪っていく奴なのです」
「人聞きの悪い。妾はそれ相応の対価をもらっているだけじゃぞ?」
麗華桜に願い事をすると叶うという迷信があるのは知っていたが、まさか本気にする奴がいるとはな。
それより、さっきから気になることが一つある。
「……なぁ、俺たち何処かで会ったことあるか?」
俺が恐る恐る尋ねると、楼桜は心底愉快そうに笑った。
「そうか、冬馬は覚えとらんのか。まだ幼子のお主が妾に助けを請うたことがあったじゃろ」
俺が、幼い頃?
俺の一番古い記憶は二歳の時だ。その時に1人で遊んだ事なんてない。
だから俺がこいつと会ったことなんて……。
必死で思い出そうとしていると、楼桜が再び口を開いた。
「神隠しにあったお主を救ったのは妾じゃぞ?」
その言葉が、俺の奥底に眠っていた記憶を引きずり出した。
そうだった。俺は……。
あれは、楼桜の言う通り、俺がまだ幼い頃、確か五歳の時だ。あの時は幼馴染みの蘭も裕也も都合がつかず、神社の裏の小さな雑木林を一人で探検していた。
探検と言っても、何度も踏み入っていたし、道もそれなりに整備されていて、特に迷いようのない所だ。
ただの一本道。横に逸れるような場所もない。
にも関わらず、気付けば見知らぬ所にいた。
全く見覚えの無い場所。
さっきまで歩いてきた道は、もうずっと人の足が踏み入れられて無いかのような荒れ具合。
幼心に、状況が良くないことはわかっていた。
それがわかって、急に怖くなった俺は泣き出した。そして、嗚咽交じりに願った。
「家に帰りたい」と。
すると、まるで俺の願いに反応したかのように、何処からか桜の花びらがひらひらと風に乗って運ばれてきた。
そしてそれは、まるで道案内をするかのようにずっと向こうまで飛んで行った。
なんとなく花びらに従って歩いてみると、何時もの見知った春縁神社に辿り着いた。
「じゃあ、あの時の桜の花びらは……」
「そう、妾じゃ。そして、願いを聞き届けた代償に、お主から"勇気"をいただいたのじゃ」
「勇、気……?」
少しずつ明確になっていく記憶、感覚。
俺が神社を苦手になった理由。
それはおそらく、無意識のうちに楼桜を恐れていたから。
こいつにナニカを持っていかれる感覚を鮮明に思い出して、背中を嫌なものが這いずり回る。
いつの間にか楼桜が冷たく笑っていた。
いや、多分そう見えているだけで、楼桜自身はなんの変化も起こしていないのだろう。
それでも、楼桜に対して抱いた恐怖心は薄れない。
ぐるぐると嫌な感覚に苛まれていると、ふと右手が優しく握られた。
見ると、華華が小さな手で俺の右手を握っていた。
目があうと、にっこりと笑顔を見せた。
「冬馬はちょっと臆病なだけなのです。勇気なんて、いくら楼桜に取られたって、それ以上の勇気が冬馬の中に眠っているのですよ。春を待つ、花のように」
そう言って、さらに華華の右手が俺の右手に重ねられる。
春の陽だまりのような、優しい暖かさが伝わる。
俺は小さく、ありがとう。と呟いて楼桜の方へと歩み寄る。
「楼桜、お願いだ。春の種を返してくれ」
催促するように右手を突き出す。楼桜は春の種と俺の顔を交互に見つめた。
「ふむ……、妾に頼むということは、代償が生じるということじゃぞ?」
楼桜は意地悪っぽく笑ったが、俺は気にも止めずに縦に頷いた。
「よかろう。こいつは返すぞ」
楼桜は俺の右手にぽんっと春の種の入った袋を置き、さらばじゃ。と言ってふわりと何処かへ消えてしまった。
「冬馬よくやったのです!」
華華がてとてとと俺の元へと駆け寄って来た。
言い方が随分偉そうだな、おい。
華華に袋を渡し、今までと同じように華華がそれを開封すると、暖かな春風が頬を撫でる。
これでこの街にも春がようやく来たってことか。
「とーまーっ!」
聞きなれた声に呼ばれて振り向くと、幼なじみの裕也と蘭の姿あった。
「ゆ、裕也」
「冬馬こんなトコで何してんの?」
「えっあっえーと、さ、散歩」
春の種を探している。なんて口が裂けても言えなかった。
それに、学校にも行かずにこんな所にいて、なんて言われるか。
「へぇ、冬馬が散歩ねぇ」
蘭が訝しげに呟いたが、どうでも良くなったのか、ま、いっか。と言って気にするにをやめてくれた。
「あっ、そーだ。お前新学期クラス分けも見ずに帰っただろ!」
「あーそう言えば」
俺、結局何組なんだ?
「喜びなさい、私たち最後の最後で三人とも同じクラスよ」
「ほんとか?」
裕也たちと同じクラスなら、ちょっとくらい学校に行く気にもなる。
「ふぅん、なら、行こう、かな……」
「おっ! じゃあさ、学校来るついでに部活入れよ。お前、何処にも入ってないだろ」
裕也は何言ってるんだ。俺は今年三年生。今更何処に入れと。
「文芸部は貴方のこと歓迎するけれど?」
文芸部? 二人が入ってるんだっけか。
でも、生憎俺は読む専だし、ましてや小説なんて書いたことがない。
「大丈夫なのですよ」
俺が悩んでいると、風に乗って華華の声が鼓膜を刺激した。
そう言えば二人が来てからずっと華華の気配が無い。
振り返ってみても、麗華桜が点々と花を咲かせているだけで、華華の姿は無かった。
「どうしたの?」
「…なんでもない。それよりさ」
そうだ。別に今は怖くたっていい。ただ、ちょっとだけ芽吹かせればいい。
俺自身の中にある勇気を。
「文芸部、見学くらいなら行こうかな…って」
華華と春の種を探してから一週間後。
春日町は例年通りの暖かさを取り戻し、あちこちで花がここぞとばかりに咲き誇っていた。
俺はと言うと、あの次の日に文芸部に見学に行ったら、
部長である蘭によって半ば無理やり入部させられたのだが、思ったより文芸部は居心地が良かった。
クラスでも、蘭や裕也の他にも話せる連中が増え、自然と居心地の悪さなんか無くなっていた。
あの日、俺の元に迷い込んできた春の種。
あの種は、春になると活性化するところに吸い寄せられると華華は言っていた。俺の部屋の何が種を吸い寄せたのか、俺にはわからない。
それでも、確実に、俺には春が訪れている。