月と円舞曲 5
お気に入りパートその2です。2/12くらいに開催されるCOMITIA123でこの話の続編を出しますので、よろしければお立ち寄りください。
春野冬馬
翌朝……と言うには随分遅い時間。いや、普段ならむしろ早い時間に無理矢理華華に叩き起こされた俺は、身支度もそこそこに暗号文と睨み合っていた。
「もしかしたらお屋敷の中に何かヒントがあるかもしれないのです」
朝食の後、そう切り出した華華の提案により、今日は屋敷の探索を中心に行うことになった。
とは云っても俺は動くのが苦手なので(と云うのは建前で実際は迷子になりそうだから、などと口が裂けても云えない)一人部屋に残ってこうして暗号とにらみ合っているわけだが……正直お手上げだった。
まず何より、この暗号文――通りゃんせが今回の謎解きのために作られた訳では無いということ。
これは完全な推測だが、意味を当てはめて若干無理やり解読する必要がありそうだ。
「あー……こんなん解けるのかよ……」
沈みゆく気持ちに任せてベッドに身体を預ける。
ちくしょう、何で俺がこんなことしてるんだ。
本当に、なんで俺が。
つい昨日まで俺はただただ中学校生活をそれなりに過ごしているごく普通の中学生だったんだ。
それなのに。普通じゃ無いやつに普通じゃ無い世界に連れ込まれて普通じゃ無いことをやらされている……。
こんなの、俺がやることじゃ無いし多分一緒に行動している翼さんたちも普通じゃ無い。
そういえば、運命のやり直しってルナは云っていたけれど、彼らは何があって其れを望んでいるんだ?
「気になりますですか?」
「!?」
いつのまに部屋に入ってきたんだ。
俺の寝転ぶベッドの横には華華の姿があった。
「急に入ってくんなよ、びっくりするだろ……」
「ボクはいつもキチンとドアをノックするなりインターホンを押すなりしていますですよ? ボクを入れてくれない冬馬が悪いのです」
そういえばこいつと初めて逢った時も締め出したのに勝手に家の中に入ってきてたっけ……。
一季節前の話なのに、随分昔のように感じるのは多分、学校と部活が忙しかったせいだろうな。
「それより、さっきの話、どういうことだ?」
「ですから、そんなに気になるのでしたらお教えしましょうか? と云っているのですよ」
あの四人が、此処に来る前のお話を。と云う華華は意味あり気に口角を上げた。
「……なんでお前が知っているんだよ」
身体を起こして座り直し華華に問い詰めるが、俺の隣に腰掛けた華華はなんでも無いとでもいう風にあっさりと答えた。
「だってボクは神さまなのですよ?」
嗚呼そうだった。こいつはなんでもアリのチート神さまだったか。
つくづく普通じゃ無い奴しかいないよな、このメンバー。
「つったって、唯さんと水藍さんはずっと未来で過ごしてたアンドロイドで、処分された水藍さんの運命を変えるため。翼さんと杏珠は一緒に暮らすためだろ? それ以上何があるって云うんだよ」
俺がつっけんどんに返すと、華華は大きな瞳をさらに見開いてパチパチ瞬きした後、大きな、俺を心底バカにしたようなため息を吐いた。
「冬馬はまさか其れが全てだと思っていたのですか?」
「違うって云いたいのかよ」
「云いたいのです」
良いですか? と前置きをして華華は一方的に話し始めた。
唯さんがそもそも中学生の時に一度事故に巻き込まれていて、科学者の父親の手でアンドロイドとして生き返ったこと。
その成果を元に水藍さんが作られるも、バグが原因で処分されてしまったこと。
杏珠は八年前、翼さんと遊んでいるときに誘拐され、嘘を吹き込まれながら暗殺者として育て上げられ、翼さんもまた、実の両親に暗殺者となるべく育てられていたこと。嘘を信じ続けた杏珠は翼さんをその手で殺したこと、真実を知って自ら命を絶ったことを、華華は淡々と朗読するかのように語った。
「これが、杏珠たちが運命のやり直しを願う理由なのです」
「そんな中になんで俺が居るんだよ」
ルナは最初、俺の力が必要だと云った。それでも口説いようだが俺は唯の中学生であってアンドロイドでも暗殺者でも神さまでも無い。
「でも、ルナがそう云うのなら必ず冬馬の力が必要になる時が来ますです。
それに、冬馬は謎解きや推理が得意なのでしょう?」
「残念ながら俺が得意なのは簡単な謎々くらいだ。推理小説は好きだけれど、俺自身が得意なわけじゃ無い」
それでも、やらなきゃいけないんだ。
やらなきゃ、帰れない。それに、交わるはずの無い俺らが今こうして同じ場所にいるんだ。
それが自分のためであっても、幸せになる為に努力している人間がいるそばでダラダラしていられるほど、俺の神経は図太く出来ていない。
「決めたようなのですね、覚悟」
「ん、俺は俺にできることをやる。それだけだ」
俺の言葉を聞いた華華は満足そうに大きく頷いて、ぴょんっとベッドから立ち上がった。
「では、暗号は冬馬にお任せして、ボクはお屋敷の散策に戻りますです。
嗚呼そうでした、一つ大事なことを言い忘れていたのです」
◆
華華が部屋を出て行った後、部屋中を探してようやくあるものを見つけ出した。
クローゼットの中のタンスの裏と云うなんとも埃っぽいところに、案の定埃をかぶった状態で発見された。
ポケットティッシュを数枚取り出してそれで丁寧に埃を拭って確認する。
嗚呼、華華の云うことは間違っていなかったんだな。
さてそうなると、此処から先は華華の知恵が必要になる。少なくとも、俺一人じゃ無理だ。
そう思い立って部屋を出た瞬間、誰かとひどくぶつかった。
「ってー……あっ、スミマセ…って杏珠か、悪い」
おれがぶつかった相手は杏珠だった。
立ち上がるのを手伝おうと手を差し伸べたが、彼女はそれを無視して自力で立ち上がる。
「あー大丈夫か?」
「……大丈夫、あんたみたいにヤワじゃないし」
おおよそ初めてのタイマンでの会話でヤワ扱いされるのは後にも先にもこれっきりだろうな。
しかし否定できないので押し黙るしかなかった。
運動が嫌いでヤワなのは悔しいが自他共に認める事実だからな。
なんて考えてるとさっきの華華の話を思い出す。
こいつは、途方も無く滅茶苦茶な人生を歩まされていたんだと云うことを。
「さっきからジロジロ何?」
「あっいや、なんでも無い」
杏珠に思いっきり不審者を見る目で見られていたことに気づき、慌てて否定する。杏珠はふぅんとだけ云って視線を逸らした。
おれらの間に気まずい空気が漂う。
なんとか払拭しようと何か話題は無いかと探していると、意外なことに先に杏珠の方が口を開いた。
「ねぇ、あんたって普通の中学生なんでしょ?」
「え、あ、あぁ、普通……普通の中学生だけれど?」
「……どんな風だったの?」
「ど、どんな?」
質問に質問で返すという愚行をしてしまったが、杏珠は気にすること無く話を続けた。
「えっと、だから……授業とか、休み時間とか…ほ、放課後?とか何してたかって話」
「あーそういう。授業……はまぁ普通に受けてたな、たまに寝てたけれど。んで給食食ってそのままダラダラ昼休みはクラスの奴らと話したり、あと俺は図書館行くことが多かったな。で、また授業受けて放課後は部活してた」
「部活?」
「そ、部活。俺、文芸部だったんだ。つい昨日? 一昨日? 引退したけれど」
「文芸部って何してるの?」
ほらきた。文芸部って云うと大抵くるんだよな、この質問。
「小説書いてる。で、本作ってる」
「小説家でも無いのに?」
「ただの趣味だよ」
おれが苦笑混じり答えると杏珠は興味深そうにへぇとため息を吐いた。
それよりも。
「お前、結構いろんなこと知らないんだな」
「なっ……知らない、わけじゃないし! 別に! 教えてもらわなかっただけで!」
少しからかってみると、杏珠は顔を真っ赤にさせて子犬みたいにきゃんきゃん反論してきた。多分これがこいつの素なんだろうな。
それにしても教えてもらわなかった。か……。
「杏珠は学校行ってたのか?」
今度はおれから質問すると、我に返った杏珠は落ち着きを取り戻してまたそっけない素振りに戻った。
「殆ど行ってない。行っても授業は受けなかった」
「……そういう風に云われたからか?」
おれが突っ込んだ質問をすると、杏珠は少し驚いて目を見開いたが、小さく縦に頷いた。
「私は……お爺様の命令で動くの。命令が無きゃ、動けないから。だから、お兄ちゃんもこの手で、殺した…」
そう云って杏珠は自分の左腕を掴む右手に力を込め、目を伏せた。窓から入ってくる光が逆光になって余計にその表情影を落とす。
「……私にとってお爺様の命令は絶対だった」
沈黙を破るように杏珠が話しを続ける。俺は黙って聞いていることにした。
「でも、ちょっと前にお爺様は間違っているんだって気付いちゃったの。それでもずっとずっと命令通り生きてきた」
ねぇ、私はどうしたら良いの? と杏珠の瞳がおれに訴えかける。
おおよそ普通の世界を生きてきたおれと、普通じゃない世界を生きてきた杏珠。常識も考え方も違う俺らが意見を一致させることも、相手を説得することもおそらく不可能だ。
それでも杏珠はおれに答えを求めてきたのはきっと、あいつが普通を望んで、憧れているからだ。
「……決別する勇気を持てば良いんじゃないか?」
それは口で云うには余りに簡単で綺麗で、独りよがりで無知な回答。
それでも、俺があの日華華に教えてもらったことを、今度は俺が目の前の少女に教えなきゃいけない。そんな気がした。
「お爺様と決別する勇気……」
「お前は自分でお爺様とやらが間違っているって気付いたんだろ? だったらさ、自分の意志を、考えを大事にすればいいと思う。それに、俺たち子どもはいつか独り立ちして親と離れなきゃいけないだろ?」
「そんなこと、考えた事もなかった」
「それに、後悔してるんだろ」
俺の言葉に杏珠は顔を上げる。柘榴色の瞳がわずかに揺れた。
「だったらさ、その気持ちは忘れちゃダメな気がするんだ。後悔してるから今此処に居るんだろ」
「……あんたは後悔したことあるの」
「後悔しかしてない気がする」
あの時ああすればよかった、こうすればよかったなんて幾らだってあるし全部覚えている。
俺が苦笑混じりに答えると杏珠もつられて少しだけ表情を和らげた。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまう。
「あんたって本当変な奴」
「お前は随分失礼な奴だな」
なんて売り言葉に買い言葉で軽口を叩き合っていると、水藍さんが俺たちに気付いて駆け寄ってきた。
「あの…唯見なかった?」
「唯さんなら男子部屋を出てから一回も会ってませんよ」
「私も一度も会ってませんけれど」
俺らが答えると、そう。とだけ言って踵を返した。
「あっ、あの、唯さんに何かあったんですか?」
元来た廊下を早足に歩き出した水藍さんを慌てて呼び止めると、水藍さんはとんでもないことを口にした。
「唯が、何処にもいないの」




