月と円舞曲 3
この辺くらいから部誌に載せた話と異なる部分になると思います。昔の文章と、もっと昔の文章が混ざっているというのも変な感じがしますね。
「さて、と」
部屋の真ん中で紙をぐるりと取り囲み、男子三人による会議が始まった。
この会議の前に翼さんの提案で部屋を徹底的に調べたが、手に入れられたものは四枚のトランプと意味不明な一文が書かれた紙、そしてこの館の見取り図だけだった。
トランプはハートのクイーンと同じくハートの五、それからクローバーのジャックと同じマークの七だった。
そして文章の方だが、これが全くもって意味が分からなかった。
『神の旅とおりゃんせ』
とおりゃんせは普通に考えたら通さないが訛ったものだろう。でもこれどこの方言だ?
「とりあえずこの紙の方だけど、何か気づいたことあるか?」
翼さんが俺たちの顔を見る。残念ながら俺は対した発見があるわけでもないので首を横に振った。
「この神の旅ですけれど、その、多分、季語、じゃないかなって……。確か十一月の季語の一つだったと思います」
「ふぅん。てことはイコール十一月って解釈でいいんだな」
翼さんの意見を「そうだと思います」と唯さんが肯定した。
「でもこのとおりゃんせがよく分からなくて……」
完全に手詰まりだ。トランプの意味も分かっていない。本当にこんなので解けるのか?
沈黙が部屋を支配したちょうどその時、ドアをノックする音と共に華華と水藍さんが部屋に入ってきた。杏珠は一緒じゃないのか?
「杏珠は何しているんだ?」
俺に代わって翼さんが問いかけると、華華と水藍さんは顔を見合わせた後、少し言いにくそうに口を開いた。
「杏珠は……お呼ばれしたと云って早々に部屋を出ていってしまったのですよ」
「呼ばれた? 一体誰に」
「それについては教えてくれなかったのです」
しゅんとする華華に気にするな、と翼さんが声を掛けた。
華華は申し訳なさそうにごめんなさいなのです。と頭を下げ、顔を上げると気持ちを切り替えたのか普段通りの笑顔を見せた。
「ところで冬馬たちは何かわかりましたですか?」
聞けば華華たちにも全く同じものが部屋にあったという。と言うことは四枚のトランプと一枚の紙は全員共通して手に入れられるヒントという訳だ。
華華達はとおりゃんせの解読に努めたというのでその話を聞くことにした。
「とおりゃんせとはわらべ歌の一つだというのはみんな知っていますですか?」
あぁ、そっちのことだったのか。そう云えばそんなものもあったな、と今更思い出した。
俺たちが頷く中、葉月さんだけは頭にはてなを浮かべていた。
十一月の季語を知っていて童謡を知らないって随分アンバランスな知識だな。俺が言えた事じゃないけれど。
「わらべ歌とはこどもが遊びながら歌う、昔から伝えられ歌い継がれてきた歌の事なのです。そしてとおりゃんせはこのような唄なのですよ。
『通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細道じゃ 天神さまの 細道じゃ
ちょっと通して 下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ』」
わらべ歌を知らないと云う唯さんに説明するために華華が口ずさんだ。その歌声は鈴の音を彷彿とさせるような、透き通った優しい、それでいてどこか神々しささえも感じさせる歌声だった。
「そして、華華さんに教えていただいたこの唄の解釈がこちらです」
水藍さんがすっと一枚の紙を取り出してきた。紙には整った手書きの字でこう書かれていた。
『通りなさい、通りなさい。ここは、どこの細道ですか? 天神様の細道ですよ。
ちょっと通して下さいませんか? 御用の無い者は、通しはしません。
この子の七つの御祝いに、御札を納めに参ります。
行きは良いですが、帰りは困難です。困難ですが、通りなさい、通りなさい』
「これが遺産のありかへの道順ではないかって考えたのだけれど、……全然駄目です」
水藍さんが申し訳なさそうに成果を伝えた。
結局こっちも収穫無し、か……。
訳の分からないゲームは不穏な幕開けとなってしまったようだ。
◆
久留里杏珠
あれは気のせいなの? うぅん、そんなわけない。
自問自答を繰り返しながら私は長い廊下を抜け、所謂裏庭に出た。空は曇天に包まれていて、時刻は六時を過ぎたころだというのに、この時期にしては薄暗い。
通された部屋に入る直前、聞きなれた声が私の鼓膜を揺さぶった。居ても立っても居られなくなった私は部屋を飛び出してその声の主を探してここまでやってきた。そして、その声の主は今私の目の前で背中を向けて立っていた。
何故、ここにいるの?
「おじい、さま……」
私を拾ってくれた人であり、私を育ててくれた人であり、私の人生を狂わせた人であり、私の存在意義であったお爺様――久留里宮人。
でも何故お爺様がここにいらっしゃるの? もしかしてお爺様もゲームのプレイヤー? いや、だったら食堂のあの席に臨席しているはずだ。だとしたら私の目の前にいるお爺様は一体何者だと云うの。
「杏珠」
その声に名前を呼ばれれば反射で身体がこわばり、背筋に緊張が走る。
「仕事だ。お前の仲間を皆殺しにするんだ」
「っ……」
そんなこと、できるわけがない。する理由も私のメリットも無い。でも、それがお爺様の命令であり私の仕事だというのなら。
「……承りました、お爺様」
そう答える以外、私に選択肢は見つからなかった。
◆
どれくらいそうしていただろうか。私が次に動いたのはお兄ちゃんに声を掛けられたときだった。
ずっと戻ってこない私を心配して探しに来たという。
「ここら辺少し寒いな。身体冷やすなよ、杏珠」
「う、うん、わかった」
こんな他愛のない会話なのについ声が上ずる。私は何を緊張していると云うの?
お兄ちゃんと一緒に屋敷の中に入り、女子部屋に戻ると何か考え事をしている二人の姿があった。
白髪の子――華華と云ったっけ――が顔を上げるなりこちらへ駆け寄ってきた。
「杏珠、何処へ行っていたのですか? みんな心配していましたですよ」
「別に……ちょっと風に当たっていただけ」
適当にはぐらかしたが、華華は納得したのか特に深く追及してくることは無かった。
「そういえばボクたちはきちんとした自己紹介をしていないのですよね」
水藍さんの隣に並んでベッドに腰掛けた華華が唐突にそう切り出した。
ずっと立っているのも不自然なので私も少し距離を開けて華華の隣に座った。思ったよりもずっと柔らかいマットレスに身体が沈み込む。
「自己紹介ならここに来る前に済ませたじゃない」
私が云うと、水藍さんも無言で縦に頷いた。そんな私たちを見た華華は笑って見せた。
「違いますですよ。ボクたちが此処に居る理由でとか――」
そうなった原因とか。
そう云って相変わらず無邪気に口角を上げる華華の表情は何処か人間離れしていて――言い換えるなら、狂気的にも思えた。この子は、見た目よりはるかに歪んだナニカを抱えている。普通の子じゃ、無い。
なんてこっちの心境などお構いなしにボクはですねぇ、と勝手に話し始めた。
「ルナに連れ去られそうになった冬馬を助けようとして巻き込まれたのです。まったく、冬馬ったら仕方ない奴なのです」
腰に手を当て、頬を膨らませる姿はどうも演技じみて見える。
そう云えば華華は冬馬――えぇと確か茶色い髪のなんかぱっとしない男子だっけ、と知り合いなのか一緒にあの空間にいたっけ。
あの空間と云えば。華華は少し、いや、だいぶ気になることを云っていたっけ。
「ねぇ、あなた、あの空間で自分のこと神様って云っていたけれど、どういうことなの?」
私が尋ねると華華はきょとんとした目で私を見た。
「どうもこうも無いのですよ。ボクは神様なのです。それ以上でもそれ以下でもないのですよ」
「神様とは人間を超越した威力を持つ、かくれた存在。人知を以ってはかることのできない能力を持ち、人類に禍福を降すと考えられる威霊、の其れで良いのですよね?」
水藍さんの辞書的補足に華華は大きく頷いた。
まぁそう云う御託は私にはどうでもいい。生憎私は所謂無神論者だし何より神様とか云う存在は無差別に等しく大嫌いで仕方ない。
神様なんてモノが存在するのならば、少なくともそれらは私にとって悪意ある存在であり、見たことも無いけれど憎む存在でもあった。
かつて一度だけお爺様から直に聞いたお話。
神様と云う存在は全人類の運命を握っている、と。
そんなもの如きが私の運命を握っているのだとしたら、私が捨てられたという覆しようのない事実でさえ、神様の描いたシナリオだったのだと考えたら吐き気すら覚えたのは記憶に新しい。
さらに、ついちょっと前――少なくとも私の記憶の中で私は、虚偽の物語に踊らされ、実の兄をこの手で殺している。それすら運命であり私の最期であり、シナリオ通りなら殊更神様を好きになんてなれない。
「水藍はどうしてなのですか?」
「私は……恐らくお二人が過ごしていた時間よりずっと未来に造られた自律学習型アンドロイドの出来損ないでした。勿論処分されたんですけれど……今はこうして彼女のおかげで存在しています」
淡々と自分の身の上話を進める水藍さん。彼女から感情の類を読み取れなかったのはそもそも人間じゃなくて機械だからだったのか。
なんて妙に勝手に納得していると、視線が私に集まっていた。
「杏珠は、何故なのですか?」
屈託の無い笑顔の裏にナニカを潜ませて云う華華に寒気すら感じる。どうもやっぱり子の子は苦手だ。
「何故って……色々よ、色々。話す必要は無いわ」
適当にあしらうと、あんなに積極的に聞きだしてきた割にはそうなのですか。とあっさり引き下がってくれた。さっきもそうだったけれど、華華は聞いてくる割に無理強いしないタイプらしい。水藍さんは端から興味がない様子だ。正直助かる。
それにしても。
さっきからずっと私の中のわだかまりとなっている存在。言葉。命令。
私は、どうすればいい? もうお兄ちゃんを失いたくない。一緒に過ごしたい。だから私はこのゲームに参加している。それでも、自分の意志なんか無視して身体はお爺様の命令に忠実であろうとしている。今だってそうだ。こうやって考えている頭とは別に、二人の様子を観察している自分がいる。
「杏珠?」
不意に声を掛けられ、わずかに肩が跳ね上がった。気が付くと華華がじぃっと私の顔をのぞき込んでいた。
「先ほどどこかへ行っていた時、何かありましたですか? 大丈夫なのですか?」
「大、丈夫。気にしないで」
思わず華華から目を反らす。彼女に限らず誰かと目線を合わせるのは慣れていないせいか苦手だ。
私はどうすればいいの。いっそ、自分の意志なんか封じ込めてあの頃のように何一つ疑問を持たずお爺様の命令に従って行動しているほうが、楽なんじゃないだろうか。
なんて考えていると外からドアをノックする音が聞こえた。
水藍さんがドアを開けると召使の女性が夕飯を運んできた。
なんでも、食事は三食毎回それぞれの部屋に運び入れられるらしい。律儀だなぁ。
夕飯の献立はビーフシチューにポテトサラダ、デザートのパンナコッタと云う献立だった。なんとも洋館らしい。
部屋に備え付けられていた丸いテーブルを囲むようにして座り、元気よくいただきますと云った華華のそれを合図に食事が始まった。
料理の味は、まぁ、普通だった。少なくとも翔さんの創作料理より俄然断然マシだとはっきり云える。
……そう云えば。
ふとある事が脳裏を過ぎり、思わず手が止まった。
「杏珠、どうかしましたか?」
「……このゲームにクリアしたら私の運命は変わるんでしょ」
「はい、ルナはそう云っていましたです」
「じゃぁ、さ、私が今まで出逢った人とはその変更された私の人生で逢うことはあるのかなって……」
私が今まで出逢った人なんて碌な人間が居ない。それでも、やっぱり逢いたいと思う人はいるわけで。
もっとも、そんなこと彼女らに話したところでどうにもならないことくらいわかっている。
ごめん、忘れて。と云いかけて、華華の神妙な面持ちに気付いた。
「杏珠は逢いたいと願いますですか?」
「……逢えるのなら…」
私の返事を聞いた華華は優しく微笑んだあと、水藍さんへと視線を向けた。
「水藍はいますですか? 変更された運命の先でも逢いたいと願う人が」
水藍さんは深く考え込んだあと、小さく頷いた。
それを見た華華は立ち上がって、私の右手と水藍さんの左手を握って笑顔で云った。
「なら、ボクにお任せなのです! ですから、2人はただ信じていて欲しいのです。新たな旅路でまた巡り逢える運命を」
信じる力は、何物をも凌駕する力を持っていますから。と付け加えて華華は私たちの手をさらにぎゅっと握った。
私と水藍さんは目を合わせると、どちらからとも無くぎこちなく笑った。
世界で一番嫌いな神様にこんなこと云われたところで、信じる気なんて微塵も起きないけれど、今だけ、華華の云う通りにしてもいいかもしれない。
さっきみたいにぐるぐる考え込んでいるよりきっとずっと良い。
「さぁ、二人の願いを叶えるためにも早く謎を解いてしまいましょうです!」




