月と円舞曲 1
ここからが本題な感じです。やっぱり数年前の文章なので恥ずかしさはありますが、思い入れのあるお話なので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
ある日不思議な出会いをした少年と、少年の心に春を告げた者。
いくつもの不遇な運命が絡まり、別れ、最悪の出会いを果たした兄妹。
出会いを知らない少年と少女には早すぎた別れ。
運命を恨む?
運命を呪う?
それとも……変えたいと願う?
もし変えたいのなら抗って。
もし変えたいのなら乗り越えて。
そして願って。願えば、私はその小さな希望に大きな力を与えよう。
運命を変えるほどの大きな灯に。
◆
とある閉鎖空間。
人ならざる者しか立ち入れぬ空間に、二人の人ならざる者がお茶会をしていた。
一人は退屈そうにだらしなくソファに身体を預けて足を放り投げている。
もう一人は人形のように澄まして紅茶を啜っていた。
「あー退屈ー。何か面白い事ないのー?」
退屈をもてあそぶ一人が口を開く。
「煩い。折角のお茶会が台無しになったらどうするの」
紅茶を嗜む一人が冷たくあしらうも、もう一人は気にしない。
「別にそんなつもりないわよー。ただ退屈なのー。周りは対して強くもないしさー」
「そりゃ貴方ほど力を持ってしまったら、ねぇ」
「あんたに言われたくないわよー。ってあららー?」
「どうしたの? ついに頭のネジが取れた音が聞こえた?」
「酷いわねー。そんなわけないでしょー。それよりさー、私あんたとまだやってなくないー?」
「さぁね」
「絶対やってないわよー! そうだわー次の対戦相手はあんたに決めたー!」
退屈を免れる方法を思いついた一人ががばっと身体を起こし、その勢いのままもう一人に詰め寄る。
もう一人は嫌悪を露わにし、顔をしかめる。
「凄く迷惑な話ね」
「いいじゃないー。あんただって退屈しているんでしょー」
「私は今お茶をしているの」
「私の言うことはー?」
「はぁ……、まったく、いつからこんなわがまま自己中になったのかしら」
ため息をついて手にしたカップをソーサーに戻す。言葉とは裏腹に、さっきまでつまらなそうにしていた紫の瞳に戦意が宿る。
「そんな固い事いわないのー! さー、そうと決まったらゲーム開始は次の満月の日よー。ついでにファヴォリたちも誘おうかしらねー」
「私あの子苦手なんだけれど」
「そのくらいのハンデあった方がいいでしょー」
「本当、貴方は私の何を知っているというのかしら」
「とか言いながら乗り気じゃないー」
「あら、折角のお誘いなんだからそれ相応の準備をして臨むのが礼儀でしょう」
「くっくっくー。そうそうー、そのいきよー。精々私を退屈させないでねー」
「退屈になれた貴方には刺激が強すぎるかもよ」
不敵に笑った一人が優雅に立ち上がり、ふわりと姿を消した。
閉鎖空間に取り残された一人は、これから始まるゲームへの期待を笑い声として吐き出した。
◆
春野冬馬
昔は夏になると何か不思議なことが起こると思っていた。でもそんなことある訳もなく、この十五回目の夏も平凡に過ごしていた。
「まっず……」
中学校生活最後の部誌を作り終えた俺たち三人は、幼馴染の祐也がくれたお土産を頂いているのだが正直まずい。なんだよジンギスカンキャラメルって。キャラメルは甘いもんだろ。いや甘かったら甘かったで食べられないんだけれど。
ずいぶんと独創的な味は庶民の俺に合うはずもなく、とにかくまずかった。
どれくらいまずいかって言うと、気遣いとかそういうのがブッ飛んで素直な感想を述べてしまうくらいまずい。
どうやらもうひとりの幼馴染の蘭も同じ感想のようで、彼女に至っては感想を口にしていた。
「あんたお土産のセンスないわねー」
「なっ、お前にはこの素晴らしさがわからないのかよ!」
「分かりたくないね」
蘭の鋭いツッコミに撃沈する祐也。いつもの光景、いつもの日常。今年も平凡に宿題に追われながら終わるんだろうな。
あ、俺そういえば受験生だった。高校どうしようか……。
「あり?」
ぼんやりと考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか見知らぬ道を一人で歩いていた。
一緒にいたはずの祐也と蘭もいない。人の気配もない。
ただ、なんとなく嫌な空気が漂っていた。この雰囲気、味わうのは初めてではない。
「帰ろう」
一人で呟いて、来た道を戻ろうと向きを変えた瞬間、見知った姿を捉えた。
紅い大きなリボンを付けた白い髪を靡かせる小さな身体を、巫女服で包んだ少女。
「か、華華?」
そう、この春に出会った俺たちの住む町の神様――華華だった。
「冬馬、こんなところで何をしているのですか?」
「いや、帰っている途中だけど」
「帰るのですか? ここから? 冬馬一人で?」
少し……いや、だいぶ怒った口調で華華はまくし立てる。
「冬馬、よく聞くのです。冬馬は神隠しにあっているのです」
神隠し? それってあれだよな、神様が人間をさらっていくっていう昔話。
ていうかまたかよ……。今度は楼桜の仕業とか言わないよな。
「神隠しというと少し語弊があるかもしれませんが、平たくいえば同じなのです。とにかくボクと一緒に帰るのです。ここにいてロクなことなど無いのですよ」
半ば強引に俺の腕を引っ張って歩く華華だったが、少しして急に歩みを止めた。
俺たちの目の前には青い髪とスラリと高い背が印象的な男だった。このクソ暑いなかシルクハットをかぶり、黒い燕尾服を纏った身体で、舞台なんかでやるお辞儀をしていた。
「待っていましたよ、華華さん、冬馬さん」
こいつ、なんで今俺たちの名前を?
華華と初めて会った時も自己紹介をしていないにも関わらず名前を呼ばれたことがあったが、あれはこいつがなんでもアリの神様だからであって、コイツは明らかにそういう類のヤツじゃない。
それにも関わらず俺のことを知っている? なら、こいつは多分ろくな奴じゃない。
「今すぐボクたちを元のところに帰して欲しいのですが……貴方が犯人ではなさそうなのです。犯人は誰なのですか? そして貴方は誰なのですか?」
俺の腕を掴む華華の手にぎゅっと力が込められるのを感じた。恐らく華華は目の前のやつを警戒している。
「自己紹介が遅れましたね。僕はリーヴル。貴方たちをここに連れてきたルナの従者です」
ルナ……。今回俺をここに迷い込ませた犯人か。
楼桜ではないとわかって少しだけほっとしたが、また別の緊張感に襲われる。
こんなことをする奴はやっぱり人間じゃない。つまり、ルナってやつもまた、人間じゃないってことだ。なんでこう、人間以外に会う機会が多いかな、俺。
「ここから出たいならルナの提示する条件をクリアしてください。そうすれば貴方たちのいるべき世界に帰しますよ」
あいつの言い回しに少し違和感を覚えながらも、俺はなんとか脳内を整理していた。
今、俺たちをここに連れてきたのはルナとか言う奴だ。そして目の前にいるのがリーヴル、たしかルナの従者とか言ったな。俺たちが元の場所に帰るにはあいつらの条件をクリアする必要が有る……か。
「わかった。俺たちをその、ルナとか言う奴のところへ連れて行ってくれ」
「冬馬!」
「だって俺たちが帰るにはそれしか方法がないんだろ?」
心配そうに見上げる華華にそっと耳打ちをした。
「わかりました。それでは着いてきてください」
リーヴルと名乗った男はにこり、と人の好さげな笑みを浮かべた。
◆
十文字翼
死ぬ直前、俺は運命を恨んだ。どう狂ったら生き別れの実の妹に殺される結末になるのかと。そして同時に願った。もう一度やり直したいと。
そんな矢先、俺の目の前に突然現れたぬいぐるみがこう話を持ちかけてきた。
「運命を変えたいとおもわないかい?」
喋った。ぬいぐるみが。いやいやいや待てよ、ここは日本……じゃないどこか真っ暗な世界だった。
今更気付いたが周りには何もない、いるのは俺と喋るぬいぐるみだけ。訳が分からない……。
「ねぇ、大丈夫?」
「あぁ、お前のせいで大丈夫じゃねぇよ」
「そっか、あのね、君に手伝ってほしいことがあるんだ、十文字翼」
話の脈絡が読めないのは俺のせいじゃないよな。ていうかなんでこいつ俺の名前を……。
「なんでいきなり会ったばかりの奴を手伝わなきゃいけねぇんだよ」
「だって、運命を変えたいんでしょ?」
それは先ほどと同様、突然だった。
まるで俺の内心を見透かされているようで良い気がしない。
「ルナなら君の願いをかなえられるよ。もちろんそれ相応のリスクを受けてもらうけれどね。で、そのリスクって言うのが君に手伝ってもらうことなんだ」
こっちがあっけにとられているのを良いことにこいつはペラペラと話し始めた。
まったく、ぬいぐるみの癖におしゃべりな奴だ。
「あー、待ったまった。まずお前は誰だ? そしてここはどこだ。ついでに俺は死んだのか?」
「あれ? 言っていなかったっけ? ボクはシュシュ、ルナの使い魔だよ。ここはそうだなー……ルナの世界の一部だよ。そして君は、生きているわけでも死んでいるわけでもないよ。まぁほっておけば直にあっちの世界からお迎えが来るけれど、ルナが君を必要としているんだ。だから当分お迎えのことは気にしなくてもいいからね」
ルナ……こいつの主人みたいなもんか。とりあえず人間じゃないことは確かだ。人間はぬいぐるみを喋らせたりできないもんな。
そして、こいつの言葉を好意的に解釈すれば俺はまだ生きるチャンスがあるということだ。
「んで? そのルナって奴は俺に何を求めているんだ」
「ゲームの駒になって欲しいんだって。クリアしたら君の望む世界――君の妹と普通の兄妹として生きる人生をやり直すことができるんだ」
ドクンと心臓が大きく脈打つのを感じた。
杏珠と、生きる。それも普通の兄妹として。報酬としては十分すぎるくらいだった。
でも、そんな簡単に信じても良いのか? 第一、そんなことできるという確証が無い。
「あ、言い忘れていたけれど、ここから出られるのはルナだけだし、出たいのならルナにお願いするしかないんだ。それじゃ時間だから僕は行くね」
そう言い残してシュシュは歩き出した。こんなところで突っ立っていてもしょうがない。向こうの良いように誘導されている気がしてならないけれど、あいつの後ろを着いて行くことにした。
暫くの間たどたどしく歩くシュシュを見つめながら無言で歩いていると、遠くに少女の姿があった。
間違いない。あれは――。
「杏珠!」
◆
久留里杏珠
意識が段々と明確になっていく。
体をゆっくり起こして辺りを窺ってみたけれど、辺り一面真っ暗でここがどこかなんて把握できそうにない。
まだ薬が効いているみたいだけれど、切れたら困るな…。
それにしても、私どうしたんだっけ……。
記憶の糸をゆっくりと手繰り寄せて、止めた。
私はお兄ちゃんを殺して自分も死んだ。
御爺様の命令に何の疑問も持たずに、いや、疑問を持たせてもらう暇もなく血の繋がりの有る者を殺した。
それは揺ぎ無い事実であり、真実だ。
であれば、私のいるここは死後の世界ってやつ? そんな非科学的なこと、あっていいのかな。
改めて周囲を見回しても相変わらず何も無い。
死ぬ直前に家族と一緒にいられたらなんて随分傲慢なことを願っていたけれど、それは叶えられていないようだった。
……そういえばこんなにゆっくりするのっていつ以来かな。
ほんの少し前までは学校、トレーニング、仕事、御爺様のお手伝い。ずいぶんと忙しかった気がする。
いっそここでくたばってしまおうか。
そんな堕落的な思考がじわじわと脳内を侵略し始めた頃、聞きたくて聞きたくなかった声が聞こえた。
「杏珠!」
「お兄…ちゃん……?」
声のする方に目を凝らすと、確かにお兄ちゃん――十文字翼の姿があった。
お兄ちゃんは私に向かって思いっきり飛び込んできた。そして、痛いくらいに抱きしめてくれた。
「お前バカだろ! あんなことしやがって」
「ごめんなさい……」
私はただただ謝ることしかできなかった。
それでも、またこうしてお兄ちゃんに触れられることが嬉しくて仕方無くて私もぎゅっとお兄ちゃんを抱きしめた。
「ねぇ、感動の再開のところ悪いんだけれど、みんなを待たせちゃうから行くよ」
その声はお兄ちゃんの後ろから聞こえた。声の主は……ぬいぐるみ? ぬいぐるみが、喋る? 私が知らなかっただけでぬいぐるみは喋ることができたの?
現状理解に努める私に、お兄ちゃんが説明をしてくれた。
「あー、その説明はめんどいっていうか俺も把握していねぇから省くけれど、とりあえずこいつに着いて行って、ルナっつー奴の提示するゲームをクリアすれば、俺たちは一緒に暮らせるらしいんだ」
さっきから理解不能な出来事の連続で、いい加減常識と言う感覚が麻痺してしまいそうだった。
それでも、お兄ちゃんと一緒に暮らせるというのが事実なら、私はなんだってする覚悟がある。
そう簡単に非現実的なことを受け入れている自分に苦笑した。
そして、笑ったら何かが吹っ切れた気分になれた。
「わかった、私も連れて行って」
◆
水藍
ふわふわする意識の中、私はどれくらいここにいたんだろう。
永久とも思える時間を過ごしたのかもしれないし、瞬間でしか無いのかもしれない。
この世界が終わるまで、私はガラクタとなったデーターと共にこうやって過ごしていくのかと思うと、少し憂鬱な気分だ。もっとも、今の私にそんなこと思えるはずもないのだけれども。
マスターの手によって電子の海に放り投げられた私には何もできないし、何も干渉を受けることはない。
……そのはずだった。
『――貴方はそれでいいの?』
それは、直接データーを流されているような感じだった。ちょうど人間の言う脳に直接語りかけられているようなそれに似ているのだろう。
『――やり直せるよ、貴方が私に協力してくれるのなら』
それは本当なの? でも私は何もできない。それに、仮にやり直せたとしても、結局私は出来損ないのアンドロイドだ。また消されるに決まっている。
『――本当に貴方は何もできないの? 彼だって言っていたじゃない。信じればなんでもできるって』
…………唯……。
私の思考回路がぼんやりと彼の姿を構築する。
『――そう、もう唯は私に協力してくれると言っているわ。
貴方が私に協力してくれて、成功した暁には貴方が人間として彼と出会う運命に変えてあげられるの』
ニンゲンとして、唯ともう一度出会える。そんなこと天文的確率以下だと思っていた。それでも、それが一京分の一にでもなったのなら賭ける価値は十分にある。
ようやく思考が晴れてきた気がする。しっかりと自分の意志でこの大海原を進むことができる。
『――そう、貴方が進むべき道はこっちよ』
◆
葉月唯
「そんなに緊張しなくてもいいのに。それとも、唯は私が淹れた紅茶が飲めない?」
「えっ、あっ、全然! そんなことないよ! むしろ美味しいよ」
ガーディアノさんが不満そうにこちらを見つめてきたので全力で否定した。
ここでガーディアノさんを怒らせたら何をされるかわかったもんじゃない。
「ただ、その、ガーディアノさんの言うとおり緊張しちゃって……」
僕がへらりと笑うと、ガーディアノさんはため息をついて手に持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。
「しっかりしてよね、貴方の運命を変えるのは結局貴方なんだから」
「う、うん、わかっているよ。大丈夫。ガーディアノさんがくれたこのチャンス、無駄にはしないよ」
「そう、それは頼もしいわね。あら……」
ガーディアノさんが会話を止めてドアの方へと目をやった。
つられて僕もその方向を見る。
少しすると、シルクハットを被った青年――リーヴルさんと、その後ろを着いている僕と同い年くらいの男子、それから十に満たない少女の姿があった。
彼らがガーディアノさんの言う僕の仲間となる人たちなのかな。
なんて考えていると、背後からも人の気配を感じた。
振り返ると、今度はシュシュと僕より一つか二つ年上の方と、逆に二つ三つ年下のような女子も姿を現した。そして――。
「唯…?」
僕の待ち焦がれていた水藍も来た。
「二人ともご苦労様。さぁ、これで揃ったわね。それじゃぁ始めましょう、最高の物語を」




