縁-えにし- 1
実はこっちが時系列的には先のお話だったりします。
総ての始まりのお話、よろしければお付き合いください。
別作品→少女たちの箱庭遊戯 http://ncode.syosetu.com/n0777dx/
「冬馬ー、起きなさーい」
目覚まし代わりに母さんの呼ぶ声で目が覚めた。
布団から少し足を出せば、冷気に晒されて一瞬で体温が下がるような感覚を覚える。
まだまだ布団の温もりが恋しい季節だ。いや、例年ならそんなはずないんだけれど。
のそのそと起き上がり、足の裏から伝わるひんやりとした感触に少しだけ脳が覚醒するのを感じながらリビングに行くと、慌ただしく支度をしている母さんの姿があった。
「あ、冬馬、お母さんもう仕事行くから。ちゃんとご飯食べなさいよ」
「わかってる。行ってらっしゃい」
母さんを見送って、テレビを見ながら食卓に用意されていたトーストに口を付ける。
俺の住む町の今年の四月の平均気温が、観測史上最低を記録しているらしい。道理で未だに布団から離れられないわけだ。早く暖かくなれよ。
現在八時過ぎ。窓の外には枯葉を少しだけ付けた寒そうな木々と、防寒具を纏った学生が息を切らせながら走っていく姿が見えた。
おれも急げば間に合うかな、と考える頭とは裏腹に食べるスピードは一向に早くならない。
朝食を食べ終えたら学校ではショートホームルームの始まる時間となっていた。現時点で遅刻決定だ。
食器を洗って一度部屋に戻る。
布団という誘惑と戦いながら着替えを済ませ、もう一度リビングへ。
倉庫から掃除用具を持ってきて部屋中をくまなく掃除する。塵一つ無いことを確認し、達成感を感じながら時計に目をやると十一時少し前だ。
今頃三限目か。科目なんだっけ? まぁいいや。
今日のお昼はスパゲッティ、俺がすべき事はチンして温めるくらいか。
するべきことを終えた俺は、自室に戻ってパソコンの電源を付ける。
起動を待っている間に、ハンガーにかかっている制服と折り目のついていない教科書が目に入った。
そういえば三年生になってから一度も教科書開いていないな。制服は新学期に一度着たくらいだし。
思えばいつからだろうか、学校に行かなくなったのは。
現在十四歳。この春中学三年生。絶賛義務教育中だ。にも関わらず、国民の義務を放棄してこうして家にいるのは、まぁ、所謂おれが不登校生徒だ からな訳で。
別に友達がいないとか、そういう訳ではないのだけれど、何となく居心地が悪くて、そこから逃れる手段として、自分から近づかないことを選んだのは多分去年の秋頃。
母さんが何も言わないのをいいことに、今日まで怠惰的に過ごしてきた。
「あー嫌になるー」
自分のことなのに自分で嫌になる。嫌なら学校に行けって話だけれど。
暗くなった気分を払拭しようと大げさに伸びをしたら、頭から椅子ごとひっくり返った。
「~~~~~っ!!」
あまりの痛みに頭を抱えて悶えた。
ふと顔をあげた先にある制服に目が行く。
よろよろと立ち上がって近づくと、やっぱり違和感がある。
ポケットの不自然な膨らみは見間違えではなく、中に手を突っ込んで確認すると、匂い袋のようなものが入っていた。
おれはこんなの持っていない。
多分母さんも違うし、昨日までこんなもの無かった。
少し気味悪く思いながらも、ポケットにしまい直して回れ右。
頭で対処できないものは見なかったことにするのがおれの主義だ。
さて、気を取り直して。今日も俺は仮想世界に沈む。
あれから数日、相変わらずおれの住む町は最低気温継続記録が更新されていた。
そして今日も変わらず、朝食を食べ、掃除をして、自室に向かおうとしたとき、インターホンが来客を告げた。
面倒くさかったので居留守を使おうと思ったが、客人は諦め悪くチャイムを連打してきた。
我慢勝負に負け、渋々ドアを開けると、そこには十歳いくか行かないか位の身体を所謂巫女服に包んだ白髪の少女が、愛くるしい笑顔を浮かべて立っていた。
えっと、誰だ? 俺の知っている中にこんなやつはいない。
突然の来客に俺の頭はぐるぐると思考回路を働かせ、俺がするべき行動を導き出した。
結論。見なかったことにする。
無言でドアを閉めて鍵をかける。
「締め出すなんてひどいのですよ、冬馬」
背後からの声に肩が跳ね上がる。恐る恐る振り返ると、先ほど俺の目の前にいた奴が家の中にいた。
「おっ、おまっ、誰、何、なんで、てか、帰、れ、ください」
「ボクは華華と申しますです。この町の守り神なのですよ。御用は冬馬の持っている春の種を返して欲しいのです。何故家の中にいるかと言うと、ボクが神様だからで、冬馬のお祖父さんがボクを祀っているのです。あと、ボクは帰りませんですよ?」
余りの驚きに日本語が崩壊したおれとは反対に、質問に淀みなく答える華華と名乗ったそいつは、相変わらず本心の見えない笑顔を浮かべている。
にしたって神様に春の種だ? というか自分を神様だと名乗るなんて、どうにもうん臭さしか感じない。
「というわけで、早く春の種を出して欲しいのですよ」
俺が警戒しているのに気づいていないのか、はたまたわかっていて無視しているのかわからないが、少女は俺に催促してきた。
「っつったっておれ、その春の種とやらを知らねーし」
つっけんどんに返すと、華華はそういえば。とでも言うような顔 で手を叩いた。
「春の種とはこれのことなのですよ」
そう言って大きく開いた袖口から取り出したのは、数日前に俺の制服のポケットで見つけたものと同じだった。
あれってこいつのだったのか。にしてもどうして俺のところに?
まぁいいや。とりあえず持ち主に返してやろう。
華華を部屋に通して、ポケットから例のものを取り出して彼女に放り投げた。
それを両手でキャッチした華華は嬉しそうにお礼を言った。
「ほら、もう用は済んだんだろ。帰れよ」
右手をひらひらさせて玄関に行くよう促すも、華華は困っがたような笑顔を向けて言った。
「春の種は、すべて集まらないと意味がないのですよ」