霞雲
夜半からしとしとと降り続いた雨は、日が登る頃霧となって空気中を漂った。窓の外が磨り硝子越しに見る風景のように霞んで見える。朝早く家を出る両親の背を見送った後、伊織は縁側へと向かった。
休学日数の内の六日を過ごし熱の引いた身体は軽く、対して重く沈む心をより引き立たせる。日がな一日一人きりという、この年代なら煩わしい親の不在を喜びさえするであろう環境も、身の内に抱える翳りを更に自覚させる時間でしかなかった。
無意識に溜息が漏れる。
縁側に続く居間の戸を開けたところで、そんな重苦しくのしかかる心中に拍車がかかった。
いつ訪ねて来たのか。長く面と向かって会いはしなかったがその姿を数日前目にした伊織にとって、顔を見ずとも指先が震えた。
恭介は縁側の外へ足を下ろしたまま此方に背を向け座っていた。戸の音は聞こえたはずだが、身動きすらしない。
「恭...」
開きかけた口を噤む。自分はこの遠方に住む兄を、何と呼んでいて、そして今、何と呼ぶべきなのだろうか。そう逡巡している内に恭介の頭が傾ぎ、咄嗟にあ、と声に出す瞬間には彼の肩を支えようと腕を伸ばしていた。しかし当然身体を支えきれる訳もなく、伊織の右手を頭に敷く形で倒れた。
掌を通して伝わる体温は決して病的な熱さではなかった。
規則的に上下する胸を認め、噤んだ口ごと手も動かさず静寂に任せる。
深く眠り込んでいるらしく、瞼さえ震えない。
何をしに、とも
どうして、とも
聞けずに増えていく言葉が頭を巡る。
天候が緩やかにまた雨へと移ろうとしているのか、庭の土の匂いが強く香り出した。