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07:まるで犬のような

 ラナは己の執務室まで辿り着くなり、ふぅと重く息を漏らす。


「吸血鬼、ねぇ」


 ドサリと来客用のソファにだらりと横になり目元を掌で覆う。


 ラナから目を離すなとクラークより指示されていたギリアムだったが「少しで良いから時間をちょうだい」とラナがお願いしたところ、少し悩む素振りを見せてから「部屋の前で待ってます」と返した。先程吸血鬼に気配を誤魔化されたばかりではあったが、ラナがそんなことをするわけがないし、ついでに彼女の執務室の出入り口は一つ。そこを張って、尚且つ短い時間であれば問題ないだろうと思って行動だった。

 ついでに。どこかラナの様子がおかしいように見えた。それもギリアムの行動の理由である。


 ラナはそんなギリアムの気遣いをありがたく思いながらひと時の休息を味わっていた。


 ―――どうせこの後(・・・)はそうもいかないだろうから、今だけは


 煙草を吸いたい衝動に刈らながらも、ぐっとそれを抑えると、ギリアムへ「もういーよ」と声を掛ける。それと同時にすぐさま執務室へ入ってきた彼を見て、あぁやっぱり心配かけちゃった、と思っていたのも束の間。


「あんたその格好襲われたって文句言えねぇぞ」


 面倒くさげに言われたことばに、ラナは慌てて体を起こした。


 蛇足になるが、ラナの今の格好は普段通りのスーツで、そのスカートは動きやすいように短めであったと述べておく。




 暫く二人は黙りこくったまま向い合わせのソファに座っていたのだが、ピリリという端末の呼び出し音でその静寂は破られた。端末はギリアムのもので、怠そうにしながらも胸ポケットからとりだした。


「―――はい、ええ、……いや勿論いますけど……はぁ、…………はァ?」


 顔を顰めていかにも嫌そうな顔をする。だが通信相手はその嫌そうな態度を気にすること無く、通信を切断してしまったらしい。ギリアムは端末を忌々しげに見ながら舌打ちを溢した。


「誰?」


 短く尋ねれば、ギリアムは面倒くさげに「隊長です」と答え、言葉をつづけた。


「トラップの解除が終わったから十分で戻るそうです。……で、会議室を開けとけ、と」

「まぁそう来るでしょうね。部隊は第三だけ?」

「なんも言ってなかったんでそうだと思いますけど……休ませろ、とか言わないんですか?」

「なんで?」


 ギリアムの言葉にラナは首を傾げながら自らの端末を操作する。会議室の空きを確認すると、使用願いを申請した。


「部屋に吸血鬼が出たんだから、普通の感性なら今晩はゆっくりしたい、とかないんすか?」

「ないかなぁ。別に直接被害を受けた訳じゃないし、私が休んだらそのぶん吸血鬼を野放しにすることになる。被害者が増える可能性だって無きにしもあらずじゃない?」


 吸血鬼(・・・)は、夜に活動する魔物だ。まだまだ奴らの活動時間である以上、警戒を怠れないし、できることはすぐにすべきである。

 ギリアムはペロリと赤い舌で唇を舐めると、目を細めた。


「偽善者根性ですか」

「どうして?」

「………………いや、すみません。何でもないです」


 ギリアムはそう言うなり、グシャグシャと髪を掻き毟る。

 それをラナは黙って眺めていたが、やがて立ち上がり「どこの会議室ですか?」と尋ねてきたギリアムの声を聞くと、同じように立ち上がった。




 会議室に集まってきたクラーク以下第三部隊の団員を見ながら、ラナはお疲れさまと心のなかで呟き、ギリアムはラナの護衛を任されてよかったと小さく肩を撫で下ろした。

 彼らは皆一様に疲れきった顔をしており、唯一の例外で、おそらくは原因でもあるクラークだけがニコニコ笑っていた。


 ラナは、何があったらこうなるのよ、とツッコミをいれたくなったのをぐっと我慢しながら、


「どのくらい張られてたの?」


 と尋ねる。主語は抜けているがクラークは分かってくれて、だが「聞かんほうがええよ」と曖昧な答えしか帰してくれなかった。

 それに対し眉を潜めていれば、


「あとで報告書上げるから、そこで見とき」


 とその会話を切り上げた。


 さて、とクラークは前置くと、会議室の最奥の席に着席した。それを確認してからラナがその隣に座ると、クラークとは逆隣に座った。他の団員たちはてきとうに座ったようだが、よく見ると第三部隊のなかでも頭脳派に位置する者たちがクラーク寄りの席に座り、それ以外は離れた場所に散っていた。

 確かにその方が楽だものね。酷いようだが事実である。


「とりあえず、事件について整理しよか」


 進行役はクラークが行うらしく、場に似合わない明るい声が響く。

 だが、それに反論するように一人が恐る恐る手を挙げた。クラークの許可を受けると発言し始める。


「そもそも、なぜラナ班長の部屋に忍び込んだのが吸血鬼だと言えるのです? 吸血鬼制のトラップを入手した、ということは考えられませんか」

「いーや、それはありえへんわ」


 すぐさま否定されてしまい、驚きからか質問者は口をパクつかせた。


 その様子を見ながらクラークが続きを答えようとしたが、ラナがそれを手で制した。

 クラークが「どうぞ」と言うように肩をすくめたのを見て、口を開く。


「まず、トラップは売買できるような代物じゃないから、催眠が仕掛けられていた以上は吸血鬼としか言いようがないわね」

「そういや、なんで先輩は部屋から吸血鬼が消えたことがわかったんです?」


 ギリアムの鋭い声に答えたのは、ラナ本人ではなかった。


「こいつ鼻がええんや」

「こ、答えになっていないのでは……?」

「なっとるなっとる。吸血鬼の匂いを嗅ぎ取ったってとこやろ」


 ちゃうか?と片眉を上げて尋ねてきたクラークに、「まー、そうね」とラナは頬杖をついた。

 するとギリアムがそんな彼女の顔を覗き込みながら、


「確かに先輩、前に媚薬のにおいかぎ取ってましたね」


 そう言うなり薄らと笑った。


 確かにラナは以前、ギリアムが差入れに貰ったというサンドウィッチを彼女の執務室で食べようとしたときに、鼻をひくつかせてから、


「それ媚薬入ってるわね。ま、毒じゃあないから食べたいなら好きにしたらいいんじゃない。でもこの部屋ではやめてね」


 と書類から顔を上げないまま言ったことがある。

 彼はその時のことを思い出しているのだろう。


 因みにギリアムは差入れの品をあまり口にしない。だというのにその時に限ってなぜ食べようとしたのか。ラナが尋ねたところ彼は


「隊長がこれ見たあとで、先輩の前で食べようとしてみろっつったんです」


 となんでもない風に答えた。それを聞いたラナは一回どころか何度かクラークは死ぬべきだろうと、いやむしろ私がとどめを刺してやろうと思ったとか思っていないとか。



 それにしてもニヤニヤと恍惚を浮かべる彼の顔は非常に残念だし、先程のクラークの明るい声以上にこの場にあっていなかった。


 ―――この子は一体何が楽しいんだか


 顔が引き攣りそうになるのを誤魔化すように、ギリアムとは逆側、つまりクラークの方を向けば、こちらもまた楽しそうにニヤニヤ笑っていたため、ラナは額を押さえ重苦しくため息を吐いた。


「あ、あの隊長は? ラナ班長と話される前から吸血鬼が現れたと知っていたのはきっと連絡を受けた時でしょうけど、でも中にいないことに気付いたのって、教えてもらったとかじゃないですよね」


 何やら危ない方向へ行きかけていた話を戻すように、団員の一人がそんなことをクラークに尋ねた。


「隊長も班長と一緒で鼻が良いんですか?」

「いや俺は気配辿っただけ(・・)やからラナみたいなことはないよ」

 

 クラークの言う通りただ気配を辿った『だけ』というのなら、第三部隊内の序列がクラークに次いで二位のギリアムが催眠に騙されて中にいると思い込むようなことはなかったはずだ。


 ―――やっぱこの人、それからラナ班長も、めちゃくちゃだな。


 第三部隊の心が、隊長を除いて一致した瞬間だった。

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