18:デートともいえるお食事会
さて。どうしてこんなことになったのだろうか。
ギリアムは首を傾げつつ隣のラナを見るも、彼女は真剣な表情で前を向くばかりでこちらの疑問に答えてくれそうにない。
その様子にげんなりしながら、ギリアムもまたラナ同様に前を向いた。
そこでは、仕立ての良いスーツに身を包んだクラークが、これまた面倒くさそうな表情で腕時計を何度も見返していた。
(どうしてこうなった)
考えられる要因としては、クラークの見合いの日というのがどういうわけかギリアムとラナの非番と被っていたことだろう。
クラークがいない以上自分が仕事に出なければならないと思っていたのだが、丁度この日は第三部隊全体の休暇日となっていた。特に事件が起こっていないと時折こういうことはあるのだが、誰が仕組んだのかは分からないが出来過ぎだろう、とギリアムは思った。
「つーか先輩は行きたくないって言ってたじゃないですか」
「やぁね、今私たちがここにいるのはゴースト事件で君に迷惑をかけたから、そのお詫びとしてご飯に行きましょう、って私が誘ったからじゃないのよ」
「(嘘くせぇ)」
「なぁにギリアム、帰りたいの?」
心の声が聞こえたのかと思うくらい丁度いいタイミングでラナがそんなことを言ったので、首を横に振る。
飯をおごってもらえるというのに、それを逃すのは非常にもったいない。
たまたま、偶然、自分たちが食事に行く店がクラークの見合い会場と被ってしまっただけだ。あえて被せたのではない。偶然の出来事だ。
内心自身に言い聞かせていれば、「来た!」と小さくラナが叫んだ。
そういえば、クラークはこちらに気付くことはないのだろうか。あの人を誤魔化せるほどギリアムは気配遮断に自信を持てるわけじゃない。一応述べておくと、自信を持てないのはクラークに対してのみだ。あの人の気配察知能力が異常なのであって、ギリアムの力量が足らないなどということでは決してない。
それを尋ねれば、ラナはクラークとその見合い相手から目を離さないまま、
「奥の手を使ってるから大丈夫」
と端的に答えた。
奥の手とは一体何なのだろうか。しかしラナにそれを尋ねたところで、今の彼女が詳しく教えてくれるとは思えない。
なので、まぁラナがどうにかしているのだから大丈夫だろう、と信じることにした。
クラークが店に入ったのを確認して、ラナがそのあとを追うようにゆっくりと歩き出した。
和食を出す店のようで、鹿威しがあってもおかしくなさそうな造りだ。あとの詳しいことはギリアムにはよくわからない。だだ、高そうな店だな、という感想だけ抱いた。
ラナは店に入るなり、にこやかに微笑む。そして「いらっしゃいませ」と出てきた店員をどう懐柔したのか、「こちらになります」とあっさりクラークが見合いをしている部屋の隣の部屋に案内させた。
ギリアムの意識がほんの少しラナから離れた隙にやってのけたのだろう。末恐ろしい人だ。なんらかの催眠術でも使ったんじゃなかろうか。
―――残念ながら、ギリアムは怖くて聞けなかった。もし、イエスとこたえが返ってきたらどうすればいいかわからなかったのである。
どうやらこの店は全て座敷席となっているようで、座卓と座布団のみが部屋にあった。窓からは外の景色がよくみえ、やはりというかなんというか、いかにもな鹿威しがカコン、と音をたてた。
向かい合うように座り、とりあえず注文だけはしておこうとなってお品書きをそれぞれ眺める。
お品書きの内容は店に似合わず居酒屋のような料理だったり家庭料理のようなものが多かったが、値段のゼロの数がひとつふたつおかしい。だがそれを見てもラナの表情は変わらない。いや、むしろ「なんでもいいから早く選べ」と言いだしそうな表情をしていた。
(先輩意外と高給取りだったよな)
ふとそんな考えが頭をよぎる。
だったら、とお品書きを店員に見えるよう座卓の上におき、
「ここからここまで持ってきてください」
とお品書きの端から端までを差した。
普通なら驚かれるかふざけるなと言われてもおかしくない場面だが、店員の態度は変わらず、かしこまりました、と綺麗な笑みを崩さなかった。さすがは高級そうな店なだけある。
そのあとでギリアムはラナの顔を伺う。店員はなにも言わなかったが、スポンサーの許可がなければさすがにこの量を注文することはできない。
しかしラナは長いまつげに縁取られた目を繰返しまばたきし、
「これだけでいいの?」
と言ってきた。
「これ以上は冷めそうなので」
ラナに遠慮した、とでもいえば可愛いげがあったのかもしれないが、ギリアムはそんなものを求めていないのであっさりそう答える。
するとラナは「そう」と短くこたえたのちに、ほんの気持ちばかりといった量だけ注文した。
店員がいなくなったところで、
「料理が来たと思ったら教えてちょうだい」
と前置き、詠唱を始めた。
術のことばから、ゴーストのいた館で唱えた魔術ではない術などではなく、一般的な魔術だと気付いた。
(得たいの知れない術に、普通の魔術、ねぇ)
隣の部屋はクラークが見合いをしているのだが、残念ながら壁が厚いようでその声は聞こえてこない。そのために恐らく魔術をつかって盗聴しようとしているのだろう。
頬杖をつき、ぼんやりとそれを眺める。
なんだか、どうにも興味が湧かないのだ。
見合い相手は気になったが、それについては店にはいるよりも前に見ていた。ラナが「来た!」と小さく叫んでしまった方である。
遠目に見ても可愛らしい雰囲気だと思ったが、それだけだ。特に他の感想を持たなかった。
(単純にタイプじゃなかったってだけだろうなぁ)
ギリアムは簡単に自信を分析する。
可愛らしいだけの女に興味はない。まだ正面で盗聴をしようと頑張っている女の方が興味が湧く。
きっと一般的にはこんな変なことをする女よりも、可愛らしい女の方が好まれるのだろうな、と考えるとなんだか笑えてくる。
「…………なに笑ってんの?」
ラナが少し引いている。
あぁ、どうやらまたも彼女いわく気色の悪いニヤーとした笑みを浮かべていたようだ。
ギリアムはたれ目をさらに下げると、
「なんでもないですよ」
と口許の緩みをそのままにこたえた。全くもって説得力がないということは自分が一番よくわかっている。
どうやらずっと詠唱を続けていなければならないということではないようで、ラナは聞こえてきた内容を教えてくれた。
曰く、
「クラークさんのような優秀な方とお会いできて光栄です」
だの、
「その若さで隊長格とは凄いですね」
だのとクラークを誉めることばを見合い相手側がひたすら喋り、それにクラーク側の仲人のみがこたえているだけらしい。
「隊長はなにも喋ってないんですか?」
「ビックリするぐらいなぁんにも。気配はあるし向こうで騒ぎが起きている様子もないから、本人はちゃんといるはずなのに、全く声が聞こえてこないのよねぇ」
ラナが首をかしげたところで注文した大量の料理が運ばれてきた。
一度で運びきることはできなかったようで、後程また届けに来るとのこと。ならばそれまでに皿を開ける必要があるな、と謎の使命感に駆られながらギリアムは食事を始めた。
「術を遮断されてる感じはしないからあの場に本人はいるんだろうけど、どうしてあそこまで喋らないのかしら。嫌な相手だったとしても態度に出すような人じゃないのに」
ギリアムが食べることに専念しているため、自然とラナの独り言のようになってしまう。
「話さない理由が何かあるのかしら」
「……考え過ぎじゃないですか?」
ごくんと飲み込みそういってみるも、ラナは浮かない表情をしている。
その様子が、ギリアムにはどうにも、
「恋人みたいですね」
「私とギリアムが?」
その返しは予想していなかったため、ゴホッゴホッとギリアムは咽てしまった。
「えっやだどうしたのごめんなさい大丈夫!?」
ハンカチで口元を拭えば、ラナがそっとお茶を渡してくれたので一息に飲み干す。
「なんでそうなるんですか」
半目でラナを見れば、「えだって」と前置き彼女は口を開いた。
「こうやって食事に来てるし君がそう思ったのかと……」
「あんたと隊長のことを言ったつもりだったんですけど」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をされた。
直後、ラナは「あーっはっはっは」と大声を上げて笑い出した。なにがおかしいのかわからないギリアムはぎょっとし顔を引き攣らせるしかできない。
(俺とのことは真顔で、隊長とだと大笑いするってどういう違いだよ)
お茶のおかわりを自分で淹れ、ゆっくりとそれを飲んで待っていれば、「ご、ごめんね……」と声を震わせながら詫びてきた。残念ながらまだ笑いは収まっていないらしい。
ギリアムは「ゆっくりでいいですよ」と言うと、食事の続きを始めることにした。絶対にその方が効率的だろう。途中で残りの注文した分が運ばれてきたので、それは正解だったと言える。
「あー、おかしかった」
「そんなに笑うことですか?」
「当たり前よう」
目じりに浮かぶ涙を拭って答える。この人涙が出るまで笑ってたのか、とげんなりしていれば、
「だいたいあの人と私、いくつ年が離れてると思ってんのよ」
「隊長の年齢知らねぇんで」
「私も正確なのは知らないわよ」
正確なのも何も、クラークはいってて三十代前半程度にしか見えないのに、それよりも上だというのだろうか。
確かラナは現在24歳。いくつ年が離れているんだ、などと言うことは少なくとも十は上なのかもしれない。
(そういえばあの人の年齢ってデータベースに出てなかったな)
必ずしもデータベースに年齢をのせなければならないわけではないので気にしたことはなかったが、こんな言い方をするということは彼の年齢には何かが隠されているのだろうか。
「ていうか、そもそも私とあの人―――」
ラナが何かを言いかけたところで、端末が音を立てて着信を知らせた。
ラナもギリアムも着信音がデフォルト設定のためにどちらの端末にかかってきたのかわからず、一度二人は言葉を止めて各々の端末を見てみる。
するとそこには、
『キナ臭いことになってきたから見合いをぶち壊しに来てくれ。どうせお前らどっかにいるんだろう』
という文章メッセージがクラークより届いていた。