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17:お見合い

「お見合いィ?」


 怪訝そうにラナがクラークを見ると、真面目腐った顔でクラークはうなずいた。


「一応聞くけど、誰の?」

「俺」

「耳が遠くなったのかしら……」


 額に手を当ててラナは溜息を洩らした。

 しかしクラークは言葉を撤回するつもりはないらしく、自分のデスクに両肘をついて手の上に顎を乗せた。ちなみに手のひらに顎をのせている。女の子がやると可愛いポーズだがいい年したおっさんのやることではない。見た目は若々しく、二十代前半で通ろうともやることではないとラナは断言できる。


「どおして突然そんなことになったわけ?」

「上の狸の命令や……」


 苦虫を嚙み潰したような表情でクラークは言ってのけた。

 務め人である以上、残念なことに上からの命令は絶対である。


(なんでこんなことになったんだ)


 一人蚊帳の外のギリアムは、ラナの騒ぐ様とクラークの諦めきった表情を交互に見て溜息を吐きたくなった。


 吸血鬼についてと、それから魔女の宴(ヴァルプルギスナイト)についてクラークに尋ねようと思い彼の執務室に来ると、白衣を身に纏った先客(ラナ)がいた。だが二人はさほど重要そうな話はしていなかったので、この際すべて聞いてしまおう、と口を開いたところ―――クラークが、見合いをすることになった、と言い出したのである。


(ぜってぇ誤魔化しやがったな)


 データベースにあったバーバラのページを思い返すと、それも無理ないのかもしれない。

 だがこうもあからさまに誤魔化されると、ギリアムとしても腹が立たないわけではない。


 しかし。


「見合い相手ってどんな人なんですか?」


 それ以上に好奇心が上回ってしまった。


 ギリアムは言葉遣いこそ妙だが、見た目だけで言うなら非常に整っている。

 人間離れした美しさといえばいいのだろうか。黒に近い藍色の髪はさらさらと流れ、琥珀色の瞳は吸い込まれそうになるほど美しい。一種の芸術作品のようにも見える。

 女が放っておかないだろうなと思った。あと一部の趣味の男も。線が細いのでそういう趣味でない方も釣り上げそうだ。ギリアムは趣味であろうとなかろうとクラークをそういう対象としてみたことは全くないが。


 そこで、あることに気づいた。


(ラナさんも同じ色だったな)


 彼女はクラークほど芸術品染みた美しさを持っているわけではないので、こうやって考えてようやく気付けた。

 とはいってもラナだって決して顔立ちが整っていないわけではない。それに温かいお日様のような琥珀色の瞳はアーモンド形の釣り目を柔らかくみせているし、黒い髪は腰まであり、サラサラと揺れているのを見るとつい目で追ってしまう。


 エレノーラを可愛いと言っている奴もいるらしいが、ギリアムとしてはラナの方が可愛いと思っている。

 というより、エレノーラのどこが可愛いんだかと首を傾げてしまう。

 ラナには話していないが、ギリアムはアレとの付き合いは短くない。しかしラナを可愛いと思うのはそういうことを抜きにしての感情だ。年上の彼女を可愛いだなんていうのは失礼かもしれないが、ギリアムはそう思っていた。


「見合い相手についてはよう教えてもらっとらん」

「写真と釣書は?」

「あとで持ってくるっちゅう話やけど……まー持ってくる気はないんやないか」


 肩を竦めて言われた言葉に、ラナとギリアムは溜息をもらす。それでいいのか、と呆れきった眼で見ていれば、


「催促すると、見合いを楽しみにしてるみたいやろ」


 と返されてしまう。確かに、と納得していればそこでクラークが二人に椅子を勧めてくれたので、彼のデスクの前にある来客用のソファに並んで座った。


「でもそれにしたって相手のこと何も知らないってさぁ……」

「そないなこと言われてもなァ……」


 ぽりぽりと頬を掻きながらクラークが紅茶を淹れてくれたので二人はありがたくいただくことにした。


「そこでや。頼みがある」


 急に改まった様子でクラークがソファに座った。


(なぁんか嫌な予感がするんだよな)


 ギリアムがクラークから目を逸らせば、同様にラナも目を逸らしていた。考えることは同じということだろう。

 しかしクラークはそれを許さなかった。


「見合い、ついてきてくれへん?」


 聞きたくないというオーラを出している二人を無視し、そう言ってのけた。


 対する答えは、というと。


「絶対いや。面倒なことになりそうだもの、お断り」

「隊長がいないってことは俺仕事っすよね。無理です」


 きっぱりと言い切った二人にクラークは「やっぱりかぁ」と肩を落とした。

 わかりきった質問をしないでほしい。


「そんなに見合い、嫌なんですか?」


 ふと気になってギリアムが尋ねると、何とも微妙そうな表情でクラークは黙りこくってしまった。

 何かまずいことでも聞いたのだろうか。そう思いつつ、何気なくラナの方を向くと―――彼女もまたどういうわけか、似たような微妙そうな表情を浮かべていた。


「……聞かない方が良かったですか?」

「いや、そんなことはないんやけど…………そうかそうやったな、あんま知っとるやつ、おらんのか」

「だから見合いの話来たんじゃない?」

「せやなぁ……」


 全く話が読めない。

 眉間に皺を寄せ、二人の顔を交互に見る。


 二人は何やら、お前が話せ、いやそっちが話なさいよ、などと押し問答を繰り返しているのだが、そこまで嫌がるのであれば別に聞かなくたっていい。

 クラークの見合いに関してだって、少し興味があっただけなのだから。


 しかし、やがて、クラークが諦めたように息を漏らした。彼が話すということなのだろうか、とそちらを向けば。


「俺、妻子持ちやから」


「………………は?」


 自分はきっと間抜けな表情をしているのだろうな、とギリアムは思った。あいた口がふさがらないとはこういうことを言うのだろう。


 クラークが、妻子持ち。


 初めて聞いた。そもそもこの人薬指に指輪なんてつけていなかっただろう。―――と思ったが、クラークはいつも黒い指ぬき手袋をはめていたので丁度指輪は隠れて見えない。


 意外すぎるというか、そんなことをおもったことがなかったというか、兎に角予想外過ぎて何も答えられなくなってしまった。


 というか。


(どうしてそれを言うのを迷ったんだ?)


 別に口にしたからと言って問題になる話題でもあるまい。

 少し首を傾げれば、ギリアムの考えが読めたのか、ラナが困ったように笑い、


「亡くなられているのよ」


 と静かに告げた。

 ギリアムはわずかに目を見開く。


「すみません、俺」

「いや、ええよ。大丈夫や。もう何年も経つしな」


 だから言うことを迷ったのか、と分かったときには遅かった。

 悪いことをしたな、と思いながらクラークの表情を伺えば、怒っている様子も悲しんでいる様子もない。いつものクラークだった。


 奥さんが亡くなったのか、お子さんが亡くなったのか、はたまたそのどちらもか、ラナが口にしなかったためわからないが、これ以上深くは聞けない。

 踏み入れてはいけない領域だということだというのはすぐにわかった。


 だから、そのままこの話題はお終いだ。

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