15:幽霊館へようこそ②
ゴーストは、生前叶えられなかった強い願いを死後に叶えようとする意志から生まれる。一番安全な対処法はゴーストの願いを叶えてやることだが、危険な願いで叶えるわけにはいかないものもある。だからゴーストバスターが退治してしまう。
あぁ、もしかしたら、そういう理由からここに連れてきたのかもしれないな。ゴーストから話を聞いて円満に成仏してもらうとか。
吸血鬼事件の時のラナの活躍を思い返せば、それもあり得る。ラナが自ら囮となってくれたおかげで手に入った情報は決して少なくない。
―――兎に角自分は命令を守るまでだ。
頭を振って、一度考えをリセットすることにした。
「目標のゴーストは屋敷の最奥の部屋にいる」
リロイがそういって地図を広げて見せた。
一度下見に来ていたらしく、結構な数のポルターガイスト、トラップが発生していると教えてくれた。
「だが、一部はゴーストによるものじゃなく、人の手によるものだ」
金持ちの屋敷らしいから侵入者対策ということだろうか。
ギリアムがそう考えながらなんとなくラナの顔を見ると、彼女は「そう」と冷めた目で地図を見ていた。普段は暖かさを帯びている琥珀色の瞳が、どこか寂しそうに見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
ギリアムのレイピアや短剣に聖水をかけ、中に入る準備をする。
そうすることによって、実体を持たないゴーストを切れるようになるのだ。但し聖水が乾いてしまうと使い物にならないから注意する必要がある。
「詠唱は覚えてるか?」
リロイの言葉にギリアムは首肯する。
聖水をかけた後は武器に定着させるための詠唱が必要だ。きちんと訓練で覚えたから問題ない。魔力を武器に纏わせるよう意識し、詠唱を唱える。
これで、準備は整った。
派手な装飾の施された屋敷の扉をリロイが開く。
見た目通り重そうだったが、ラナの「一人でやらせればいいのよ」という一言でギリアムは手を貸さなかった。リロイもそれでいいと頷いていたので問題はない。
だが、その余裕そうな態度にラナは少し不機嫌になってしまった。
しかしその態度は長く続かなかった。
中に入るなりリロイが突然、
「じゃ、先頭よろしく」
と言ってのけたからだ。
その言葉にギリアムが「はぁ!?」と思わず声を上げれば、ラナは「いいのよ」と苦笑に近い笑みを見せた。
そしていつもと変わらない、到底戦闘には向かないハイヒールをコツコツと鳴らし、ギリアムとリロイよりも一歩前に出た。
斜め後ろからラナの表情を伺えば、彼女はいつになく凛々しい眼差しで真っ直ぐ前を見据え、何も書かれていない白いお札のような紙を何枚も取り出した。扇のようにそれを広げ目を瞑る。
「 《裁きの光よ、我が道を照らしたまえ》 」
厳かな空気を醸し出しラナが詠唱を口にすると、彼女の持っていた何枚もの紙が意思を得たようにラナの手を離れ、あたりを飛び交い、紙によるトンネルができあがった。
そのトンネルを崩そうと黒い影が現れ札を飲み込もうとするが、それを許さず逆に紙が影を吸い込んでいく。
やがて黒い影は消え、ラナが手を前に伸ばし、一度、パチンと指を鳴らすと、紙はすべて消えた。
(魔術師であって魔術師でない)
ギリアムは、その片鱗を、垣間見たような気がした。
彼女のやったことは、ギリアムがこれまでに見たことのある魔術の類だとはどうしても言えなかった。
ギリアム自身は魔術を使うことができないが、過去に、ある魔術師によって散々術を見せられたことがある。
(あの拷問が役に立つとはな)
実際には拷問ではないのだが、正直それに近かった。
兎に角、その時の経験が、今役に立っている。
だからこそ今、言葉に言い表し難い彼女の術の可笑しさに気付けた。
しかしその術について深く考え始めるよりも前にラナが顔を顰めた。
どうかしたのか、とリロイが聞こうとしたその瞬間。ラナはカッと目を開き、
「走って!」
と言い、一人先に走り出してしまった。
慌ててギリアムとリロイもあとを追うが、どういわけかラナの足には追いつけない。
「ラナ! 一回止まれ! なんでこんな走ってんだてめえ」
「そっちが先に行けって言ったんでしょうが! だから言われた通りちゃんとトラップ解除しようとしたのに発動しちゃったのよ! 兎に角進まないとヤバいって言われ―――あぁ、もう!」
急に止まるなりラナは苛立たしげに地団駄を踏んだ。
「撃退はお願いしてもいいのよね!」
その言葉を合図とするようにリロイとギリアムが前に飛び出した。ラナが大人しく後ろに下がったのを確認して、現れた黒い影を切り裂く。
リロイの武器はリーチの長い槍。空中戦を得意としており、飛んで跳ねて黒い影を薙ぎ払う。
対するギリアムはレイピアを使った地を駆け回る戦法。素早さを売りにしており、まるで光の弾丸のようだとラナは感じた。
影は聖水に触れると消滅するようで、リロイとギリアムが攻撃すればするほど消えていく。
時折人形となって現れることもあったが、そちらは急所をキーとして形成されているようで心臓や頭などを突けば良かったので、難なく消滅させることができた。
あらかた消えたところで後ろを向くと、ラナがキョロキョロと辺りを見渡している。
「何かありましたか?」
「襲ってくるのはゴーストの罠だけなんだなぁ、と思って」
確かに、リロイは人為的なものもあると言っていたのに、それらしいものは現れなかった。
「そっちの解除はお前がしたんじゃないのか?」
「影に阻まれて全部は出来なかったのよ。でもま、ないならないで、楽だしいいわ―――ッ」
いいわ『ね』と言おうとしたであろうのラナの言葉が最後まで声になることなく途切れた。というより、その言葉の途中でラナの姿自体が消えた。
「先輩!」
「ラナ!?」
慌ててリロイと二人でラナの姿が消えた地点まで戻ると、そこの床が抜けていた。落とし穴のトラップと言うことだろう。下を除き込めば底は見えず、落ちれば即死は免れないだろう。
しかしラナは間一髪のところで穴の縁を掴んでおり、「しんっじらんない悪趣味すぎ!」と叫んでいた。それだけ叫べれば彼女の体にはなんの問題もないだろう。そう思いながらもギリアムは慌ててラナを引き上げた。
「それくらい自分で何とかしろよなー」
「私をあんたみたいな前線と一緒にするんじゃねーわよ」
ラナは服の埃を拭いながらぽっかり空いた穴を見る。鼻をひくつかせれば、どこか懐かしい匂いを感じ取った。だがすぐに首を横に振ると、持ってきた札を取り出して床に張り付ける。目を瞑りそれに触れると、
「さっきも言ったけど、影が―――悪意が、思ったよりも多くて、それらに阻まれてトラップの解除がうまくいかなかったの」
と言い、立ち上がる。
「ここから先もトラップの解除は少し面倒ね」
「しゃーない。それなら俺が先に行くわ。またラナが落っこちても面倒だしな」
リロイのそんなからかい混じりの言葉に、ラナは「そんなこと言うならはじめからそうしなさいよ!」と怒鳴り付け、リロイの鳩尾にお札を張り付けた拳を叩き込んだ。ぐっ!と鈍い音を立てて倒れ込んだリロイを見るに、威力は相当なものだ。
あまり必要以上にラナをからかうのはやめよう。ギリアムがそう心に誓ったとか誓っていないとか。