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14:幽霊館へようこそ①

 ずきずきと痛む米神を押さえていれば、ギリアムが無言で薬を渡してきた。それをありがたく受け取れば、「どんだけ飲んだんですか」と呆れ声を出されてしまった。

 昨日店で飲んだ後、家に帰ってから呑みなおしたのはどうやら失敗だったらしい。


 それほど酔わない体質のはずなんだけどなぁ、と思いながら曖昧に誤魔化すよう笑っていれば、そこでギリアムの興味は失せたらしくそれ以上の追及はなかった。


 だって、呑まなきゃやってられない気分だったんだもの。

 仕方ない仕方ない、と言い訳するように考えながら、重い足取りで師団内をギリアムと並んで歩く。




 クラークから、朝一番で自分のところにギリアムと二人で来いという命令が来た。

 聞けば昨日ラナがリロイからお願いをされるよりも前から、すでにクラークはこの件について知っていたらしい。リロイが教えてくれたのだとか。しかし、「自分が話を通す」とリロイに言われたため何も話さなかったようだ。


「お前に筋を通したいんやないか?」


 クラークはそういっていたが、長年の縁というか、過去の出来事というか、兎に角ラナはリロイを無条件に信用できない。

 だから、そんな風に筋を通されたところでラナはどうとも思わないのだ。思わないと心に決めていた。

 冷たいようだが、それがラナとリロイの関係だった。



 そういえば、どうしてクラークはラナだけでなくギリアムまで呼んだのだろう。ギリアムが昨日、クラークに連絡を入れてくれたからなのだろうか。そんな疑問が頭をよぎった。昨日の場にいたせいで巻き込んでしまったのだろうか。そうなると申し訳無さが心に浮かぶが、今回の一件はギリアムに全く関係がないとは言い切れない。


 ―――だから、まぁ、いいのかもしれない。


 ラナの事情を優先するなら、あの男と二人きりになるよりも圧倒的に状況はよくなる。

 ギリアムは信頼しているから、きっと、ことはいいほうへ進んでくれる。|《彼のため》にもなるだろうし、まぁ、大丈夫だろう。楽観的にラナは考えつつ、そっとギリアムの横顔を伺うのだった。



 こんこん、と軽くノックをすれば部屋の中から「どうぞ」と独特のイントネーションで返事が来た。

 ドアノブをガチャリと捻りラナが先に入室する。ちなみに、レディーファーストなどではなく、単純にギリアムよりも上の立場ということで先に入った。


「おー来おったか」


 クラークはそういうと少し疲れた気な表情を見せた。しかしすぐにいつもの笑みを浮かべると、


「ほなそういうわけでリロイの手伝いよろしゅうな」


 と言った。何がそういうわけだ。確かに今までの経緯もこれからのことも分かっていたが、脈絡なく「そういうわけで」などと言われたくない。

 ギリアムも同じ思いだったのか半目で気怠そうにクラークを見ている。口が「ハァ?」の形を作っていたけど言葉に出してないから無礼にはならない。大丈夫。決して上司への態度ではないけれど。


 クラークはどういうわけか満足そうに肯くと、優しそうに目を細めた。


「大丈夫。きっと君の望むものが手に入るよ」


 穏やかな声色でクラークそんなことを言う。

 その声に、ラナはぞくりと背筋を冷たいものが通ったような気がしてしまった。


 ―――こんなに穏やかで慈愛に満ちたこの人を見たのは、一体いつ以来だろうか


 姿勢を正し、考える。ラナの記憶に間違いがなければ。


お母さまの一件(・・・・・・・)以来だ)


 クラークが声をかけたのはギリアムだったので、この表情はギリアムに向けたもの。

 どうしてそんなことを言うのか、どうしてそんな表情を見せるのか、その理由はわからないけれど、一つだけ言えることがある。


(なんだか、羨ましいな)


 考えてすぐに首を横に振った。そんなことを思っているときではない。

 ラナは寂し気に瞳を揺らしながら、しかし頭を切り替えようと顔を引き締めた。






 現場へは車で行くことが決まり、ラナが一度自宅へ戻って車を取ってくることになった。その間にギリアムじゃ装備の確認をして待つ。現場に向かうのはラナとギリアムの二人で、クラークは師団に残るらしい。


「リロイがいれば特に問題は起こらへんと思うよ」


 とクラークは言っていたし、不本意ながら、といった様子でラナも肯いていたから、大丈夫なのだろう。


 それに万が一の時はラナさえ逃がすことが出来れば大丈夫だろう。

 吸血鬼事件の時もそうだったが、ラナは理想的ともいえるほど守られ方を知っている。どうすれば護衛が動きやすいか、自分に害が及ばないか、それをちゃんと知っている。

 だから、きっと大丈夫だろう。


 にしても、クラークのあの言葉は一体何だったのか。

 ギリアムの望むものが手に入る。彼は確かにそういった。だがギリアムはそれが何なのか全く見当もつかない。

 考えても分からないのなら、実際に自分の目で見るのが早そうだな。ギリアムはそう思うと、ラナの待つ駐車場へと足を進めた。




 意外にもラナはスポーツカータイプの車を運転するらしい。

 そしてスポーツカーというのは見た目以上に物が乗るらしいことをギリアムは初めて知った。

 後部座席に何やらギリアムには分からない道具が山のように積まれていたのである。

 もしかしたら後部座席は機械的にか魔術的に改造を施しているのかもしれない。


 しかしそれにしたっても相当燃費が悪そうだ。


「まぁこんな感じだから隣に乗ってもらえるかな」


 誤魔化すような笑みを浮かべるラナにジトっと呆れを含んだ視線を向けるも、彼女は気にした様子はない。諦めて助手席に乗り込むと、ラナは満足そうにそれを見てからギアを入れ、サイドブレーキを下した。ハンドルを握ってゆっくりと発進する。

 そういえば行き先を聞いてなかった。どの辺りに目的地はあるんですか、そう聞こうとしたその時。


「車で三十分くらいらしいから、たぶん十五分もあればつくかな」


 なんで半分の時間でつくんだよ。その言葉が声になるよりも先に、ギリアムはどういうことかを知った。


 ―――あぁ、この人制限速度守る気ねェのか。


 シートに体を押し付けられながら、ギリアムはひっそりとため息を零すのだった。






 宣言通り十五分で着いた。着いてしまった。


「先輩、あの量の荷物のせてあのスピードはやめた方がいいとおもいます」

「あらそうかしら?」


 いや、言うことが違うだろう、と内心ギリアムは自分の言葉にツッコミを入れながらも、もういいやと諦める。

 とりあえずラナの運転は下手ではないのだが、あれは車の運転ではないと思った。むしろ絶叫マシーンに近い。ジェットコースターに乗りたくなったらラナに頼めば金が浮きそうだなと思いつつも、乗りたくなることなんてねェしなぁと考えを改める。


「おー意外と早かったな」


 黒いジャケットを着崩したリロイが緩々と手を振りながら車の近くまで歩いてきた。

 ほんの少し、ラナは顔を顰めた。だがすぐにそれをなかったことにするように表情を変えた。笑顔とまではいかないがそれに近いものだ。


 しかしギリアムは、そんなラナの様子よりも気になることがあった。


 リロイの服が、以前大剣を奪いに来た男女の纏っていたものに似ている気がした。

 けれど細部は異なっているように見えるので、恐らく関係はないだろうと結論付ける。似たような服なんて決して少なくはない。


 そういえば、ラナの機転(・・)のおかげであの二人は吸血鬼を手に入れることが出来なかったわけだが、結局どうなったのだろうか。

 それにあの吸血鬼がどのような処分を受けたのかもギリアムは知らない。確実にクラークのところで話が止まって、下に情報が降りてきていない。


 気になるが、リロイという部外者のいるところで聞く話ではない。あとで聞いてみることにするか、と諦め、目の前の(やかた)に意識を向けた。


 いかにも金持ちが住んでいそうな外装をしており、お世辞にも趣味がよいとは言えない。たとえるならば成金の作った家といったところだ。

 ここにゴーストがでるのか、とギリアムはレイピアをいつでも鞘から抜けるよう柄に手を掛けた。




 ゴーストは列記とした魔物の一種である。

 しかし、退魔師団では討伐対象とはなっていない。それはゴーストというのはもとが人間で、死した後、その強い想いが形となって現れた存在と言われているからだ。死んでいるとはいえ人間を討つということに、師団内に反発するものが過去に現れ、そうしてできたのが幽霊退治専門家、ゴーストバスターである。


 リロイはゴーストバスターたちの中でも一、二を争う討伐数を誇っているらしい。


 また、反発するものが現れたというだけで、退魔師にもゴーストの討伐は可能である。


「だから君を連れて行けっていったのかもしれないわね」


 クラークの命令をラナはそう解釈したらしい。

 確かに、一応ゴースト相手の訓練は一通り受けている。ゴーストバスターでないから討伐できません、は退魔師に許されないことだ。

 だからギリアムが討伐の手伝いをすることは問題ないのだが、


「結局先輩はどうして呼ばれたんです? また鼻でも使うんですか?」


 ぶっとリロイが噴出した。


「私は犬じゃないんだけど」


 肩を震わせ俯くリロイの足を踏みつけ、ラナはギリアムを睨み付けた。すみませんでした、と素直に謝るも、ふん!とそっぽを向いてしまった。


「本当はラナは現場向きなんだよ。だけど、まー、えぇっと、開発の方がいいって本人が言うから内勤なんだとよ」


 暫く肩を震わせていたリロイがそう説明した。なにかを誤魔化しているようにも聞こえたが、ラナが折檻しているところを見ると聞かない方がいいのだろう。


 それより、ラナが現場向きなんて話、聞いたことがない。だが彼女は否定するつもりはないらしい。


 そういえば以前クラークが言っていた。


『ラナは魔術師であって、魔術師ではない』


 言葉の意味は分からなかったが、一応魔術師という括りに入るのだろう。

 だったら、確かに現場には向いているのかもしれない。魔術師は得意な術によっては戦いに向いているものいれば研究に向いているものもいる。ラナは恐らくそのどちらでもあるということなのだろう。


(そういえば、階級の話になった時、A中級のあの男に強く出ていた)


 いくら研究者、開発者として優秀であっても、《魔術師》や《退魔師》として優秀でなければ、階級を上げることはできない。

 そして、A中級と言ったあの男より上の階級であることを匂わせたラナは、A上級としての資格を持っているのだろう。退魔師団にいるということは退魔師としての階級かもしれないが、クラークの『魔術師であって魔術師でない』という言葉を信じるなら、A上級の魔術師だが、なんらかの事情があってふつうの魔術師とはなにかが異なる、ということではなかろうか。


 そこまで考えて、ギリアムはため息を吐いた。

 今それらは関係のないことだ。兎に角ラナは現場に出ても足手まといになったりしないし、大変役に立つ。


 それだけわかっていれば良いのだ。これ以上考える必要はない。今は、必要ない。

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