12:男の娘からのお誘い
二、三日書き進められなかった話なんですけどこういうネタを冒頭にぶちこむと恐ろしいほど筆が進むということがわかったので今後採用したいと思いました。
「飲み会ィ?」
己の執務室に仕事の相談をしに来たはずの部下がピンクのツインテールを揺らす姿にラナは半目になってしまう。
ベビーフェイスの可愛い子が満面の笑みを浮かべると本当に子どもが喜んでいるみたいに見えるわ、とくだらないことを考えつつも、どうにか意識を目の前の部下に戻す。
ピンクのベビーフェイスことエレノーラは、ラナの班に所属する男の娘である。『娘』の読み方に注意していただきたい。
ぐるぐると巻かれた巻き髪やころころと変わる可愛らしい表情はなんともお姫様らしいが、彼女(?)が己の部下になったばかりのころにそのことを告げたところ「やだぁ、そんなことないですよぅもう!」と思い切り背中を叩かれた。あの腕力じゃ確かにお姫様じゃないなとラナは思ってしまったものである。まぁそれ以前に性別的にお姫様にはなりえないのだけど。
語尾を伸ばした甘ったるい口調とその可愛い顔のせいで、退魔師団の数少ない女性職員だったり、研究発表などで関わり合いになる魔術協会の女魔術師たちから反感を買うことの多い彼女(?)だが、慣れてみれば可愛いものだし、その口調だって作っているわけではなく昔からの癖だというのだからラナは特に気にしたことはない。
というより、ラナとしては仕事さえしてくれればどんな人間だろうと魔物だろうと関係ないと思っている。
だがそんなエレノーラにも愛すべき欠点がある。
「是非一緒に飲みましょうってお誘いを受けたんですぅ。班長も一緒に行きましょうよぅ」
誰に誘われたのかを言え、という言葉をぐっと飲みこみ、どうせ男からだろうなと考える。
エレノーラの愛すべき欠点、それは、恋多き乙女というところだ。ラナとしては「どこが乙女だ」と言いたいが、乙女である。可愛いから乙女で通すらしい。生物学上は男だけど。
しかも両刀。可愛い見た目に騙されておいしく頂かれたものは多いらしい。男にも女にも。
彼女(?)の主義として職場の人間には手を出さないらしいのでその手の誘いをラナが受けたことはないが、偶然現場に居合わせたことはある。その時の感想としては「ああも簡単に男って落ちるのね」だった。偶然隣でそれを見ていたギリアムは、エレノーラの性別を知っていることもありげんなりとしていたが。
閑話休題。
話を戻すと、とにかく彼女(?)―――いやもう彼女、で通そう。エレノーラ自身がどちらを望んでいるのかはわからないが、あの見た目で彼と言うのにはさすがのラナも抵抗がある。なので彼女でいこう。彼女は男の誘いを基本断らない。そして「班長も恋をしたほうがいいですよぅ」とお節介を焼いてくる。特に恋人が欲しいとか思っていないんだけどなァ、とラナは思っているのだが、それを口にすると「枯れてます! なんですかそれ、班長まだ24ですよね!」と嘆かれてしまった。うん、そうね、24ね。でも別にそんな気にすることではないと思うんだけどな。まだまだ若いよ。
「駄目ですよぅ。班長こんなに綺麗なのに。恋をすると女の子はもーっと綺麗になるんですよぅ」
「女の子は?」
「訂正します。男の子もです」
真面目腐った顔で訂正された。自分の性別をきちんと男と認めるあたり彼女はやはり潔い。男らしい。……どうでもいいことだが。
「だから、一緒に飲みに行きましょう」
語尾にハートマークを付けて言い放たれた言葉に頭を抱える。断るのは簡単だ。しかし折角の部下からの誘いを断るのも忍びない。というか断りすぎてこれ以上断るのは申し訳ない。
「あ! 班長安心してください! 知らない人ばかりだと班長クールモードになっちゃいますし、こちらをご用意しました!」
クールモードじゃなくてただの仕事モードです。知らない人に愛想を振りまいてトラブルになるくらいなら冷たい人間と思わせるほうがいいのです。と言い訳染みたことを考えながら、エレノーラがご用意したというこちらが何なのか首をかしげる。
「入って来てくださぁい!」という言葉のあと、ゆっくりと開かれた扉の前に立っていたのは。
「なんかあんたんとこの部下に呼ばれたんですけど」
面倒くさそうな態度を隠そうとしないギリアムの姿だった。
その姿にラナは頭を抱えてむしろそのまま机の下に潜ってしまい衝動に駆られたが、それをしたら最後上司としても人としても終わってしまうのでどうにか思いとどまる。だが溜息を吐くことだけは許してほしい。
「エレノーラ」
少し厳しめの声を出すと、エレノーラはビクリと体を震わせた。
そんな風に怯えられてしまっては何も言えなくなってしまうのがラナだった。これはエレノーラだったからなどではなく、部下たちには権力に怯えて何も言えないような人間になってほしくないという思いから、あまり叱り飛ばすということをしないと決めていたからである。開発・研究を目的としている部署なのだから、勤続年数だったり上司だから部下だからと言って良い案がつぶしてしまいたくないためだ。
はぁ、と小さく息を漏らす。
「何時?」
「えっ」
「何時に、どこへ行けば良いの?」
諦めたような口調でそう言えば、満開の花が咲くようにエレノーラが満面の笑みを浮かべた。キラキラとしたエフェクトまで浮かんでいる。魔術でも使ってるのかと疑いたくなった。
「18時にここへ向かいに来ます! なので班長は待っててください、お二人で!」
えぇわかったわ、と返事をして退室を促すと、エレノーラは笑みを絶やさぬまま優雅にしかし素早い動きで執務室から飛び出した。
たまにはいいか、と小さくため息を漏らし、―――そこで漸く、エレノーラの「お二人で」と言うという言葉に気が付いた。
「あっ」
「先輩、結局どういうことです。俺も行けと?」
半目でギリアムがこちらを見てくる。
あっこれはまずい、と顔をひきつらせてギリアムと目をあわせると、彼は整った顔を残念にするニヤーっとした笑いを浮かべ、
「先輩の奢りなら良いですよ」
と言ってのけた。
えっ、ちょっと、待って! と言おうとしたのだが、残念なことにそれよりも早くギリアムは垂れ目を下げてニタニタと笑いながら部屋から出ていってしまった。
彼の心は恐らく「ラッキー。タダ飯食える」といったところだろう。
彼は見た目だけなら針金のように細いからだをしている。だが正に、『脱ぐとすごいんです』。意外と筋肉質な体をしている。そうでなければあれだけの動きはできないか、とギリアムの戦闘スタイルをラナは思い返す。
そしてその体を動かすために必要なのか、彼は非常によく食べる。大食い、大食漢と言った言葉がとても似合う。見た目に反して。
以前彼から「寮を出たら給料の殆どが食費に消えます」と冗談抜きの声で言われたことがある。寮ならば給料から天引きされる寮費のみでいくらでも食べられるのだろう。確かにあの食べっぷりでは寮から出られないだろうな。寮を出たが最後、彼は確実に破産するか餓死する。
あの燃費の悪さ、一度体を開いて調べてみたいな、と知り合いの分析官が言っていたが、体を開いたくらいで調べられるものなのだろうか。
わからないなぁ、と首を傾げながら、ラナは財布の中身の確認を始めた。最悪足りなかったらカード払いでいいや。もしくはエレノーラに半分払わせよう。ギリアムを連れてきたのは彼女なのだから。折半なだけ良しとして欲しい。