01:私とギリアム
ギリアムという男を見るたび、私は毎度「勿体無い」と言いたくなる。
この男は、思わず溜息を漏らしたくなるほどの美貌を持ってるっていうのに、なんだってここまでそれを残念にする笑いを浮かべられるのかしら。
いかにも「何か企んでいます」と言いたげなニヤーっとした笑いは、なまじ顔が整ってるだけに非常に残念で、非常に気色悪い。
そのためギリアムがそんな笑みを浮かべるたびに私は「勿体無い」と言いたくなるし、加えて顔を顰めたくなる。―――実際に顰めていることも多いのだけどね。
周りから変人と呼ばれる私だけど、美しいものを美しいままにしたいというのは決して異常な感情ではないはずだ。まー異常だって言われたとしてもこの信念を曲げるつもりはないけどさ。
さてそんなギリアムという男は、大変優秀な人間だと聞く。
とはいっても一般的な意味ではなく、こちらの世界―――魔術師の世界において、優秀な人間である。正しくいえばこの男は魔術師でなく、退魔師と呼ばれているんだけどね。
―――簡単に説明すると、退魔師というのは一般人には認知されていない魔物や魔獣を人知れず時に討伐時に保護し世界平和を維持する人間のことをいう。魔術だって限られた人間にしか知られていないこの世の中で、そういった魔物が堂々と町を闊歩していては一般人はまともに暮らしていけない。そのため退魔師は存在している。
ギリアムはその退魔師のエリートだ。
態度は悪い、口も悪い、しかも気色悪い、と三拍子揃ってしまっていても、エリートだ。
信じられないし信じたくないけど、その退魔師が戦うためのサポート役とも言える開発室に所属するエンジニアの私は、彼の優秀さを嫌というほど知っていた。
だってこの男、私がどんなに扱いにくい武器を渡しても難なく使いこなし、魔物を退治し、その上武器の感想をオブラートに包むことなくづけづけ言ってくるんだもの!
ギリアム以外の人間に試験を頼むと大抵は「扱い辛かった」という感想しか述べてくれないのだけど、この男はきちんと扱ったうえで、どこが「扱い辛かった」のかを教えてくれる。
―――文面だけ見ると非常にいい人のように思えるが、実際にはそんなことなく、これでもかというほど嫌味を交えて文句を言ってくるものだから、初めて試験を頼んだ後暫く私はストレスで円形脱毛に悩まされた。
そりゃあ確かに扱い辛いわよ。認めるわよ。でもね、その分戦闘力はあげているのよ。っていうか扱い辛い扱い辛い言うけど、それだけの実力がないからそういうんじゃないの!?
と、面と向かって言えればよかったのだけど、残念ながら私が開発しているのは『扱い辛いけど性能はピカイチ』の武器ではなく、『少しぐらい性能は劣っても扱いやすい』武器のため、閉口する以外に道はなかった。
いつしか私の作るちょっと扱い辛い武器の試験官となってしまったギリアムは、どういうわけか知らないけどその後私の周りをうろちょろしてはニヤーっと笑いからかう変な人となってしまっていたため、私は彼が優秀であることを知っていた。
なんだってこんなことになってしまったんだか。
私は開発室のエンジニアとしてはそれなりの地位を得ている。正確に言えば開発室の中に四つある班のうちの一つの班長だ。
というわけで師団から個室を与えられているのだけど、この部屋で一人落ち着いて仕事をする、という機会はあまりない。
というのも、先に述べたギリアムが第二の待機所としてこの部屋に入り浸っているからだ。別名サボり部屋。
まぁこの男は特別騒いだりするようなやつではなく、寧ろ自分の仕事を持ち込んで私の部屋にいる。
自分の執務室にいなさいよ、と以前いったことがあるが、返ってきた答えは「あそこで集中できる人間なんざいませんよ」だった。
言葉遣いはあまりよくないものの年上である私に敬語を使うギリアムはそれなりに上下関係を分かっている。敬う気持ちなどなく形だけの敬語であったとしても、敬語を使われて悪い気はしないしね。
話を戻そう。ギリアムの執務室は、私のように小部屋が与えられているわけではなく、彼の所属する第三部隊の隊員が皆押し込まれている部屋のことを言う。因みにそこが第一の待機所だ。そして退魔師というのは、大抵が脳筋である。例外はギリアムを含む一部の退魔師のみ。
そこまで考えて私が発した言葉は「仕事の邪魔しないならこの部屋に君専用の机持ってきてあげるわ」だった。ギリアムはそれに対してYESともNOとも言わなかったけど、追い出されなくてよかったと明らかに安堵したことはきっと一生忘れない。
そんなわけで今日も今日とて自分の部屋のように居座るギリアムを見て私が発した言葉は、なんでいるの、などという野暮な言葉ではなく、
「時間空いたら今開発中の武器の試験お願いね」
だった。
ギリアムは紙媒体に向けていた視線をスッとこちらに向けてから「りょーかいです」と答え、小さく舌打ちを漏らす。
そんな態度とりながらもなんだかんだ結局付き合ってくれる彼を、気色悪いとかいろんなことを言いながらも私は気に入ってたりする。
それが私とギリアムの関係だ。