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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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別に死にたいと思っているわけではないが。

 昔から、刃物を目にした時に一番に思うのは、それを手首に押しつけたらどうなるのか、ということだ。きっと、僕の薄い肌は簡単に裂け、真っ赤な血がじわりじわりと滲んでくるのだろう。力を入れていけば、青く見えている血管、触れればその存在がわかる骨も切る事になるかもしれない。そんな光景が、見た事もないのにありありと脳裏に浮かぶ。

 幸か不幸か、実際に行動に移した事はないし、本気で死にたいと思った事もないけれど、刃物を見た時、手に取った時、それを己の手首に押し付けてみたいという衝動、或いは好奇心の様なものは湧きあがってくる。それに負けた事はないが、それに負けた時僕は実行に移してしまうのだろう。

 死にたいわけじゃない。ただ、そうしたいのだ。

 昔から、とは言ったが、幼い子供の時からそうだった、という事はないと思う。もしそうであれば、僕はとっくにそれを実行して実際に己の目でその光景を見て、手首に傷をこさえていただろう。それくらい幼かった僕は考えなしで行動的だった。当時の僕が何を考えていたのか、今の僕にはもはや理解不能だが、その点は確信がある。幼い僕は、目の前のものしか見ていなかったし、自分の行動が引き起こす事象など気にしていなかった。

 死にたいと思っているわけじゃないが、実行すれば死ぬ、或いは大怪我を負ったり、他者に迷惑をかけるであろう衝動は他にもある。例えば、電車を待っている時、目の前を通り過ぎる電車の外壁の側面を走って、三角跳びみたいなことをしたいな、とか。車に乗っている時に窓を開けて手に持っているものや身に付けているものを投げ捨ててしまうかもしれない、とか。高い所に上った時にそこから飛び降りたらどうなるだろうか、とか。

 別に死にたいと思っているわけじゃないのだ。それを実行したらどうなるだろう、とか、実行してしまったらどうしよう、とか思うだけで。結局僕はそんな危険なことを実際に行動に移した事はない。実際の僕は危険を避けて回る人間だし、他者に迷惑をかけるのがとても怖い。そんな恐れが、僕に異常な行動を許さない。

 当然僕も痛みや苦しみは嫌いだ。僕はマゾじゃない。…いや、もしかしたらマゾかもしれないが、自傷趣味はない。軽度の自傷癖かもしれないものがあった事はあるが、その頃だって自傷したいと思って自傷していたわけではないのだ。苛つきや不安なんかから表出した癖が自傷に繋がってしまっていただけで。猫が毛繕いのしすぎで傷をこさえるようなものである。

 死にたいとは思っていない。長生きしたいとも思っていないが。

 首を絞めるとか、首を切るとか、心臓を刺すとか、腹を切るとか、水に飛び込むとか、舌を噛み切るとか、そういう、死ぬための行動をしたいと思ったことはない。薬物に興味を持った事はあるがやはり実際手に入れようとした事はない。アルコールは体が受け付けない。本当は高い所は苦手だ。他者に危害を加えようと思った事はない。電車や自動車の前に飛び出そうと思った事はない。

 死のうと思った事はない。僕が手首に刃物を押し付けたいのは、死ぬためではないのだ。それを言い表すなら、矢張り好奇心というのが一番近いのだろう。僕はそれを実行に移した時、本当はどうなるのかを知りたいのだ。

 実際、想像した通りになるとも限らない。選んだ刃物がなまくらであれば、薄皮一枚切れるだけで終わってしまうかもしれない。逆に切れすぎて力を入れるまでもなくざっくり行く可能性もある。実行するまでどんな結果になるかはわからないのだ。

 ただ、実行すればどのような形であれ家族に迷惑をかける事になるのだろう、とは思う。生きるのであれ、死ぬのであれ。僕だったら、人が手首を切った包丁で料理をしたくはない。

 別に、死にたいとは思っていない。だけど、生き物がいつか死ぬ事は知っている。己が生命である以上いつかは死ぬという事もわかっている。寧ろ、生き続けることに不安を感じる。老人になった己を想像する事が出来ない。若い内に死んでしまった方が楽だし迷惑の総量が小さく済むんじゃないかと思う。それを社会不安と片付けていいものかは知らない。

 別に、死にたいとは思っていない。だけど僕は、別に死にたくないとも思っていない。





正直頭おかしいんじゃないかと思う。

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