血に勝てなかったバンパイア
ある年のハロウィンの夜、バンパイアは恋に落ちました。しかしその恋は叶わぬもの、なぜなら女性は人間だったからです。違う種族との混血を固く禁じているバンパイアの一族は、人間の女と恋愛などとんでもないと強く反発し、彼の行動を逐一監視するようになりました。そんな監視の目を逃れては二人は秘密裏に交際し、二人の仲は深まっていきました。決して結ばれぬ縁であるとわかっていても、彼の正体を知っても、彼女はバンパイアを愛していました。彼ははついに決心をして、彼女と共に生きる道を選びました。
「血は必ずお前を縛り付ける!決して逃れることはできんぞ!」
父親の怒鳴り声を背にバンパイアは大雨の中空を飛び彼女のもとへ向かいました。彼女を連れて森にひっそりと立つ古城で二人は慎ましく、なにもないけれど幸せな日々を過ごしました。
しかし日を追うごとにバンパイアは彼女の血を吸いたくてたまらなくなってきました。禁断症状が現れ始め、急に手の震えが止まらなくなったり、まっすぐ歩けなくなったり、難しいことを考えられなくなったりして、しまいには体調を崩してしまいました。血は必ず縛り付ける、その意味が分かりました。自分は人間の血を吸わねば、生きていくことができないのだと理解してしまったのです。どんなに彼女を愛していても、手足が脳に逆らえないように、自分の中に流れる種族の血に逆らうことはできない。自分は、縛られているのだと。
そしてとうとうある夜に彼女を押し倒し、首筋に牙を立て、夢中でむしゃぶりつきました。にも関わらず痛みをこらえ笑顔で抱きしめてくれる彼女の優しさが心に刺さりました。それをかき消してしまうかのような、頭の芯が痺れるような幸福感が口の中いっぱいに広がり体中を駆け巡っていきます。悲しいのか嬉しいのかわからない涙を流しながら音を立てて啜り、ふと我に返った時には血の気が引いて真っ青になった彼女が、穏やかな笑みを浮かべたまま静かに横たわっていました。
バンパイアは自分のしてしまったことを後悔しました。吸った血を吐いて、それでも変わらない現実に絶望し、満月に向かって泣き叫びました。失意のうちに彼は地下で棺桶に閉じこもり、自ら死を選ぶことのできない種族なので、二度と覚めぬ永い眠りにつく呪いをかけました。その事件から千年が経ちましたが、彼は今でも贖罪の夢を見続けているそうです。