トランクトラベル
僕らは生涯に一度だけ魔法を唱えることが出来る。
誰もが悩み、選び、迷い、決断する一度きりの魔法。
今日、この時点で僕の魔法の使い道は決まってしまった。
不意打ちではあるが不本意ではない。
呆れが先に来て、不覚にも微笑んでしまう。
「…全く、本当に困ったなぁ」
列車の振動で揺れる大きなトランクに手を伸ばす。
今、僕はどんな顔をしているだろう?
少なくとも、旅立つ前より少しはましになっていると良いのだけれど…
『トランクトラベル』
緩やかな丘から見えるのは国を二分する広く穏やかにたゆたう河。
時を楽しむかのようにゆったりとした流れは深緑に輝き、海へと続いている。
河の中洲にはこの国の基盤とも言える城が威風堂々と街並みを見守っている。
二分された街は発展色も様々で、
中央に城がそびえる城下町の経済的発展、
防衛拠点として軍事方面での発展が著しく、
物々しい面持ちをした要塞が常に外側に目を光らせている東側、
国の経済、軍事を支えて余りある西側の商業区は、
農業、林業、牧畜、漁業、産業と言った各方面へと発展を見せている。
豊かな資源と誇りを元に、安定した生活を人々に与える小国、ステップホルン。
この国には世界に誇る、一つの制度がある。
夢幻制度。
元々は国王家であるウォルフガング家が即位する度に行っていた、
この国の為に何が出来るかを公表し、それを幻にしないと誓ったところから始まった制度で、
夢を幻にしない為、明確な夢とそれを実現する為に一度きりの魔法を使用するといったものだ。
国民の権利として、男女問わず10歳~20歳の10年間が与えられ魔法を使うに値する夢を見つける旅に出る事が許されている。
と言うことで、僕は今この丘でしばらくお別れになる街並みを眺めている。
僕に残された時間は後2年、今までは様々な職業に触れ夢を見つけようと思ったが、
魔法を使うほどではなかった。
丘には僕一人。
見送りに来てくれると思ってた彼女はいない。
「やっぱり、来てくれないか…」
旅に出ることを決めた日、僕は彼女とけんかした。
それ以来顔を合わせることも出来無いまま、今日出発の日が来た。
彼女は既に、自分の夢を見つけている、どんな夢なのかは分からないけど。
そんな彼女に対して僕は夢一つ持たない…
年上の彼女と言うこともあるのだろう、
要らないプライドが、無意味な劣等感が僕を旅へと駆り立てた。
自分に夢が、自信がない、そんな僕に彼女は微笑んで、
「絶対にこの期間で見つけなきゃいけないわけじゃないんだから一緒に探していこうよ」
と言ってくれた。
それが逆に引き金になったのかもしれない。
彼女につりあう男になりたいと様々な経験を積みたいと漠然と思った結果だ。
国を出て、彼女と離れても僕の気持ちは変わらない。
彼女もそう思ってくれていると思う。
なぜなら、今朝起きたら用意した荷物の横に大きなトランクが置いてあって、
手紙が貼り付けられていた。
「必要なものは多分揃ってると思う、
気持ちの整理がつかないから会えないけど、
ずっと見守ってるから、頑張って」
感情に打ち震える体を抑え切れず、
思いが零れ出す。
滲む視界で手紙を胸ポケットにしまって、鞄とトランクを持ち家を出る。
机に彼女への手紙を残して。
きっと読んでくれると思う。
そう信じて僕はもう一度だけ街並みを眺めると駅へと歩き出した。
●
丘を下ると、駅が見えてくる。
構内に入り、買っておいた切符を駅員に見せホームへと向かう。
アーチ型の天井、長く伸びたホームにはダークブラウンの列車が来る人を待っている。
僕が乗る列車はこの次の列車、ダークグレイの長距離列車だ。
ホームの真ん中にあるベンチに腰掛けると同時、止まっていた列車が音を出す。
煙を噴き出し、高い音を出して呼び動作を始めると、出入り口のほうから慌てて走ってくる人達がいる。
その人たちを飲みこむとゆっくりと、でも確かに動き出す。
ふと何気なく、出入り口を見ている僕がいる。
居るはずも無い彼女の姿を探して出入り口をずっと見ている僕が。
手紙は残してきた、思いも通じるはずだ。
それでも彼女に会いたいと思うのは我がままなんだろうか…
高い音を出して近づいてくる列車、
保証は無いけど、もう少し待って欲しいと思ってしまう。
鞄とトランクを持って列車に乗り込む。
指定された席に荷物を置いて、
窓からまた彼女を探す。
別れを惜しむ人、笑って手を振る人、その中に彼女の姿は見えない。
諦めて席に戻ったその時、
「ノエルッ!」
僕を呼ぶ声が聞こえる。
慌てて窓から身を乗り出すと僕の元に駆け寄ってくる姿が見える。
姿も確認しないまま荷物もそのままにホームへと駆け下りる。
「ノエルッ、良かった…間に合った」
息を整えて僕に向き合ったのは、
友人のスーリだった。
「折角見送りに着たのに、そんながっかりした顔すんなよ…」
どうも感情が表情に出てしまったみたいだ。
「ご、ごめん。
見送り有難うね」
僕の言いつくろう姿に半ば呆れて、
「ま、本当はあの娘に来て欲しかったんだろうけどな」
俯く僕に、スーリは一通の手紙を渡した。
「ん、これは?」
中をあけて確認しようとする僕の手を止めて
「それは、電車の中で読んだほうがいいと思う。
もう、出発の時間だろうしな」
スーリが言うなり、甲高い汽笛が出発予定を告げる。
上着のポケットに手紙を突っ込むと電車に飛び乗る。
窓から顔を出しスーリに
「有難う、やっぱり門出に誰かいてくれるのは嬉しいね」
礼を言う。
その僕の笑みを見て、
「…は、いつも…、だからなッ!」
スーリが何かを言っているが列車の駆動音でかき消されてしまった。
何を言ってるのかは聞き取れなかったけど、
必死で何かを伝えようとしてくれたスーリに窓から身を乗り出して手を振る。
徐々に速度を増していく列車に大きく手を振って見送ってくれるスーリが見えなくなるまで
僕はただただ手を振り続けた。
風が薄く開けた窓から別の街の臭いを運んでくる。
トランクを片隅に置いて、荷物を隣の席に乗せるとポケットから手紙を取り出した。
中を開いて見ると其処には二枚の便箋が入っていた。
一枚はスーリからの手紙。
もう一枚は…
何度も何度も見た文字。
何度も何度も読んだ文字。
彼女からの手紙だった。
スーリの手紙を一度封筒にしまい、彼女の手紙を読む。
「この手紙を読んでいると言うことは、貴方はもう旅立っているのね…
一度も聞かれたことが無かったから、話さなかったけど必要だと思うから話すね。
私の夢は 貴方の夢で
私の夢は 貴方の傍で
私の夢は 貴方と共に
私の夢は、
貴方の傍で貴方と共に貴方の見る夢を見ていたい
その為に、私は魔法の勉強をしてきたの。
だから、私は魔法を使って自分の夢を叶えようと思う
旅立つ貴方の傍にいるためには、
旅行く貴方の役に立つ為には、
旅を続ける貴方の邪魔にならない為には…
私はあまり賢くないから、この方法しか思いつかなかったの。
貴方の不安を包み込み、
貴方の重荷を背負い、
貴方の傍に添い続ける。
そう願い魔法に全てを託した。
その結果がどうなるかは分からないけれど、
少なくとも貴方の傍に居れるだけで私は幸せだから。
もしかしたら迷惑をかけちゃうかも知れないけどごめんね
それじゃあ、頑張って。
私は何時でも応援してるからね」
想いが零れる。
もう抑え切れなかった。
僕はどうしようも無い馬鹿だ。
夢なんて見つけるまでも無かった、
直ぐ傍に有って、当たり前のように寄添っていてくれたんだ。
そんなことに気づかなかった。
次の駅で降りよう、帰ろう僕の居るべき場所へ。
そう決意し、涙を拭うと一緒に入ってたスーリの手紙を思い出す。
次の駅まではもう少し時間があるから読み始めても大丈夫だと思う。
「この手紙を読む前に、もう一枚の手紙を読んで欲しい…と言わなくても多分もう読んでいるよな
じゃあ、伝えても良いと思う。
あの娘の夢は、もう知っていると思う。
そしてあの娘が魔法を使ったことも。
彼女が願ったのは旅に出る君の傍に居ること。
それを叶えた魔法は
彼女を…
トランクに変えた。
そう、君の傍にある大きなトランク。
それが彼女の夢見た姿だ。
彼女は君の傍にいたいと願い、君の夢に着いて行く事を決めた。
その結果、旅をするのに違和感の無いトランクになった。」
手紙から目を離し、トランクを見つめる。
何の変哲も無い、何処にでもあるようなトランク。
これが彼女だなんて僕には到底信じられない。
スーリの冗談だと信じて手紙を読み進める。
「
この意味が分かるか?
この決意がお前には分かるか?
今、お前はこの街に戻ってこようとしているかもしれない。
それは彼女を悲しませるだけだ。
自分の為に夢を諦めたなんて彼女が知ったら彼女の夢は露と消える。
だから、だからノエル。
お前は彼女の夢を抱きしめて、
彼女の夢を叶える為に、
彼女に相応しい男になる為に…
旅をしろ。
彼女を連れて、彼女の夢を守れ
…男なら惚れた女の夢を守るくらい出来るよな
じゃ、頑張れよ」
嘘だろ…
嘘だよな
トランクに手を伸ばして引き寄せる。
あのトーリが嘘をつくはず無い。
こんな面白くない冗談を言うやつじゃない。
彼女の手紙とスーリの手紙。
そして彼女の性格。
それを考えると妙な信憑性が出てくる。
「本当に、本当に…」
引き寄せたトランクを抱きしめると何故か温かかった。
これで僕の魔法の使い道は決まった。
後はそれをどうやって使うかだけ。
「困ったなぁ…」
こんなにも愛されて居たんだと言う実感と、
彼女らしい一直線な結果だと言う飽きれ。
相まって、思わず微笑んでしまう。
引き寄せたトランクに手を置きながら、
僕はこれからの二人旅に思いを馳せる。
不安は彼女が包んでくれる。
重荷は彼女が一緒に背負ってくれる。
そして喜びは二人で分かち合える。
何一つ保証の無い旅、
それでも僕の心は何故か踊っていた。