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僕の妹、樫耶野三傘は、三つ上の兄の僕に限定してツンツンしている。
両親が同情するくらいに毒づかれ、ノーガードの僕の懐に躊躇いなく口撃を仕掛けてくる。そんな僕らの間には家制度的な兄弟の序列なんてなく、男尊女卑なんてなく、逆に男卑女尊。どっちが上の兄弟なのか、たまに分からなくなる。嫌われているというよりも、単に狙いやすい的となっているのが真意だろう。そんなツンツンな妹に名前を呼ばれたのだ、赤面するのも止むを得ない。
加えて三傘は兄の僕でさえも抵抗なく認める可愛い女子だ。
毛先がくるっと孫の手のようになっている癖毛のロングボブに、大きく見開かれた瞳と、締まった顎のラインが特徴的な端正な顔立ち。背丈は中学三年生にしては小さく、言ってしまえば全体的に幼い体躯をしている。そんな妹だから僕からしちゃ毒づかれても仔犬が吠えている程度にしか思わないし、またそんなところも可愛いとさえ思っているから、序列が逆転しているといっても基本的には平和な兄弟関係が築けていると言える。
つまり僕らの兄弟関係は、兄の僕の忍耐力あってのものってことだ――以上、僕による妹白書の時間終了。こっちの世界での樫耶野三傘、お披露目の時間だ。
「あ、七伍君おかえり!」
「……ただいま」
玄関に入るなりばたばたと、それこそ犬のようにご主人の帰りを嬉々として迎えるような三傘の姿だった。
調子狂うなあ。
というかどうして七伍『君』なんだよ。サッカー部かよ、ジャニーズかよ。
新鮮なニュー妹をもう少し楽しみたいところだが、僕とてやることがある。
「あー、悪い。今日はちょっと宿題がいっぱいあって構ってられないんだ。だからリビングに戻ってテレビでも見ていてくれ」
「うー……七伍君がそう言うならしょうがないや。でもちゃんと、一緒にお風呂入ってよね、じゃあ頑張ってね!」
……こっちの僕、何やってんだよ。
「ったくよぉ……」
流石にこれには呆れた。
こっちの僕は相当恵まれているのかもしれない。悔しくてたまらない。羨ましくてなんでもない。
僕は中に上がり、自室へ直行。勿論宿題があるというのは嘘っぱちで、じゃあ何をするために可愛い三傘を突き放したのかというと、単純に眠りたかったのだ。
今日は一日、色んなことが有り過ぎだ。
この調子だと、三傘と一緒の風呂に浸かることもできない気がしてきたが、何、日はまだある。楽しみに取っておこう。
自室に着くなり教科書の入った鞄を投げ捨てベッドにダイブ。僕ではない僕が眠っていた、僕の所有物ではないベッドにダイブするのには一瞬葛藤があったが、そう感じているのはあっちの僕も同じだと我慢した。
倒れ込むと、どっと、津波のように疲労が押し寄せてくるようだった。
「参った参った……」
体は思っている以上に、いや心も無意識の内に疲れていた。環境の変化による負担は過酷らしい。
そして僕は目を瞑る。色々なことを考えながら、目を瞑る。
神谷さんの連絡先そういえば知らないなとか、天才扱いされている元の世界じゃ秀才だった奴のこととか、こっちでも変わらない奥ゆかしさを持つ幼馴染のこととか、性格が微妙に変わってしまった友人のこととか、とにかく色々。
そして出来ることなら、次に目を覚ましたら全部が元通りになっていないかなとか。
面倒事はなるべく避けたい。これから一筋縄で済むことはないんだろう。
まあ、そんな希望論は夢のまた夢ということで。
僕は考えることをやめ、眠りについた。