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「ところで、神谷さんは何をやっている人なんですか? 只者じゃないことは明確ですが」
「その前に一ついいかな、七伍君。かっしーでもいいんだけど、それはどうも私が言うべきではないな。もう呼んでる奴がいるんだしな」
かっしーというのは僕の呼称の一つで、前の世界でもそう呼ばれたことがあるし、今日からそう呼ぶやつがまた一人増えた。苗字から付けられた安直なあだ名である。
「僕の質問に後でちゃんと答えてくれるなら、お先にどうぞ」
「ああ、それは約束するよ。別に隠すようなことでも――いやよくわからないな。まあいい、時間も過ぎるばかりだしさっさと訊こう。なあ、七伍君」
「はい」
「私を只者じゃないという君こそ、一体何者なんだろうな」
「……何者も、何も」
「とぼけるなよ」
脅迫するような、威嚇的な口調に僕は一瞬だけ怯んで喉が詰まった。
別に僕は何者でもない……只者だ。
黙り込む僕を神谷さんは追撃する。
「こんな馬鹿げた状況に陥って、本当なら泣いて喚いて気が狂ってもしょうがない状況に陥って尚――どうして君はそんなに普通でいられるのかな。ポーカーフェイスをとっくに過ぎてしまっている。それなのに君は自分を只者だとほざくのか?」
「……只者だと思うんですけどね」
自覚はしている。
ただ今まで他人に気付かれることは決してなかった。
「そこまで変わったことじゃないでしょう、感情が薄いことなんて。只者の範囲内だと思いますけどね」
「薄いなんて過小表現はやめろよ」
「全く無いとは言えませんからね」
「まあそうかもしれんが……具体的な例を挙げるなら膜程度か、君の感情の振れ幅は。芸を見て面白いとも思うし、親戚が亡くなって悲しいとも思うし、理不尽なことを言われて怒りも覚えると思う――けど、それは皆無に等しいんだろう? 薄過ぎて、薄味過ぎる。味なんてちっとも感じない。口の中に詰め込んで詰め込んで詰め込んで、噛んで噛んで噛んで噛みまくってやっと味がするくらいなんだ――そうだろ?」
「……こりゃ否定できませんね」
ものの見事に的を射ていた。
感情がない人間なんていない。
感情がないとマジで言い張るのはあの一四歳くらいだろう。
僕にはきちんと、一応、とりあえず、申し訳程度の感情がある。ただ、神谷さんの言う通りに無いのも同然くらいの薄さなだけであって。
「僕だってこの状況に驚いていますよ、気が狂いそうだ、怖くてたまらない、これから何がされるのか未来が不明瞭で仕様がない」
「きっと本当なんだろうな、それ」
「誇張されてますけどね」
「白状を要求した覚えはないがな」
軽快にははっと笑い声を上げてから、それくらい分かり切っていることだし、と神谷さんはふてぶてしく言った。
「じゃあ、そろそろいいでしょう。僕の質問に答えてください」
「私のバストサイズだったっけか。割とあるぞ、ほれ」
「僕を胸にしか興味がない偏愛者みたいに言わないでください」
確かにそれはそれで興味があるけれど、それはまた別の機会に訊くことにしよう。
それからついでながら、別に僕は好みが胸に偏っているわけではないというのは本当のことだ。誤解はしないでほしい。
「……あなたの正体について、ですよ」
僕は雰囲気を無視して早くも軽口を叩いた神谷さんに対し、半ば呆れたように言った。
「そうだったなー、そうだったそうだった」
わざとらしくぽんと掌を叩く。
白々しい……少し腹が立ってきたぞ。というか僕、さっきから弄ばれてないか?
「私の正体か、うん。ただ言うのはやぶさかじゃないんだが、信じてもらえるように言うのはやぶさかなんだよ。私としては発言することに最早現状問題はないが、懸念している理由は君にある。とは言っても君のその感情の薄さなら大丈夫だろう。現実に対する興味が薄い君なら大丈夫だろう。聞いても多分――ああ、それくらいね、程度の感想しか抱かないんだろうし」
「………………」
割と酷い言い草だったが、僕は否定することをできなかった。黙ることで、肯定してしまった。
驚くような話でも、腰を抜かず、度肝を抜かれず、大きなリアクションを素ではせず。
それが、紛れもない僕という人間の本質だった。
「さってと、じゃあ焦らすのもいい加減にして明かすとするかね――あのな、七伍君」
「私は、神様の使いなんだよ」