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同じ天の下  作者: コトリ
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第24話『新たな旅立ち』-2




 日も暮れる頃、シャルロット達は再びエルドッグ家の前に立っていた。空には再び分厚い雲がかかりはじめ、夜の闇が降りるのは非常に早い。

 ニースが屋敷のドアを叩くと、少し間をあけてから「はいはい」とスイーモが顔を出した。スイーモは目の前に立つニースを見てすぐに顔色を変えた。

「あなた達……! アイリーン様にはお会いできないと申し上げたはず……」

「あなたにご迷惑はかけません。昼間、私達とは会っていない事にして下さい」

 ニースは屋敷の奥を覗きながら、スイーモの言葉を流した。「邪魔するわよ」メレイが、ニースを追い越して屋敷に入った。

「こ、困りますわ! 勝手に!」

「悪いな」

 スイーモがあたふたしている間に、ワットがそれを追い越した。勝手な行動に、スイーモは何かを諦めたようだ。

「……わ、分かりましたわ! 分かりましたからこちらでお待ちを……」

「何の騒ぎだ!」

 突然、屋敷の奥から男性の怒声が飛んだ。この家の当主、エルドッグが杖をつきながら顔をしかめて玄関まで歩いてきた。エルドッグは先頭のメレイを筆頭に、シャルロット達を一通り睨んで見回した。

「またお前達か! 何の用だ」

「お嬢様の件で、お話があって伺いました」

「……何?」

 アイリーンを指す言葉に、エルドッグは片眉を上げた。




 スイーモによって、シャルロット達は今朝と同じ部屋に案内された。ソファに座ると、最後にエルドッグが全員が見渡せる席に座り、再びシャルロット達を睨んで見回した。

「一体、何の用かね? アイリーンを見つけたことには礼を言うが。もしあなた達が礼の品まで期待しているというのなら……」

「ふざけんなよおっちゃん! 何でオレ達がそんな……」

 バカにされたような言葉にパスが立ち上がったが、隣のニースに腕を掴まれた。一瞬口を開くも、パスはニースの冷静さに口をつぐみ、再びソファに座った。そこへ、テテが様子を伺いに部屋に入ってきた。しかし腕を組むだけで、口を出すきはないようだ。

「単刀直入に申しますと」

 パスが落ち着いてから、ニースが話を切り出した。

「そちらのお嬢様……つまりアイリーンを、こちらでお引き取りしたいのです」

 その言葉に反応できなかったエルドックの変わりに、テテが吹き出した。

「いやだ、何言ってるのあなた達! 引き取るも何も……あの子うちの子よ? それに、借金が無くなるまで家を出るなんて許されるわけないじゃない!」

「そのお話も、お伺いしたいのですが」

 ニースがエルドッグに視線を移すと、エルドックもやっとニースの言い出した言葉の意味を理解したらしい。

「なぜ、他人のお前達にそんな話をしなくてはならない」

 突然、その目が一層に鋭くなる。それに表情も変えず、ニースは淡々と続けた。

「アイリーンの事について少々町で噂を聞きました。さすがはこの屋敷のお嬢様なだけあって、彼女も近所では有名なようですね」

 その言葉に、エルドッグの表情に変化があった。

「なぜ、こんな事をなさっているのですか? 私はこの国の人間ではありませんが、この国の法律について、無知と言うわけではありません」

「……ば、ばかばかしい……!」

 ニースの威圧感を感じさせる態度に、エルドックが顔をそらし、舌を打った。普段の穏やかさは残っているものの、ニースの言葉は相手を傷つける事をいとわない、冷めたものだった。

「あなたが理由を申されないのであれば、その借金の額を申してください。さすればアイリーンを、こちらで引き取らせていただきます」

「いいかげんにしろ!」

 あまりの言葉に、エルドッグは立ち上がった。「無礼にもほどがあるぞ!」顔を真っ赤にして怒鳴り散らす姿に、思わずシャルロットは体が驚いた。

「……は! 何を言い出すかと思えば! 借金の額だと?! そんなものお前に言って何になる! 貴様なんぞに払える額ではないわ!」

「聞いてみなきゃ分かんねえだろ」

 ぼそりとワットが口を挟むと、エルドッグは鋭くワットを睨みつけた。しかし、その顔がすぐにニースに戻り、「ふん」と鼻で笑った。

「……そんなに知りたければ教えてやろう、一千万ゴールドだ!」

「一千万?!」

 パスとシャルロットは、同時に声を上げた。「……どっかの賞金首じゃねーか」パスが加えて呟く。

(そんな大金……!)

 シャルロットは口を押さえた。金貨一枚で一ゴールド。一千万もあれば、人が一人一生働かずに暮らしていける。シャルロットは思わずニースを見上げたが、ニースの態度は先ほどと少しも変わっていなかった。エルドッグは、シャルロット達の驚きように満足したよう笑った。

「払えるわけも無かろう! さぁ、帰れ! アイリーンはフィフィカの娘……エルドッグ家の娘でもあるのだ。渡すわけにはいかん! 帰るんだな!」

 エルドックが立ち上がるのと同時に、シャルロットは腹の中で一気に怒りが沸きあがるのを感じた。――エルドッグの娘でもある?

「あなたは……アイリーンを何だと思ってるの……?」

 唇を噛んでも、怒りで震える手を押さえることはできなかった。シャルロットはエルドッグを睨み上げた。

「娘ですって?! あんたはアイリーンに何をしてあげたっていうの!? アイリーンを殴ったあんたが! あの子のお母さんの療養費ですって!? 何バカな事言ってんのよ!」

「シャルロット!」

 隣のエディが、立ち上がったシャルロットの腕を掴んだ。しかし、そんなことでは収まらない。シャルロットはエディの腕を払った。

「だいたいあんた……」

「あんたがアイリーンを手放さないのは、お金の事だけじゃないんでしょ」

 エルドックに詰め寄り始めたシャルロットを、メレイが強い口調で遮った。その言葉に、シャルロットは思わず振り返った。足を組んだまま悠々と座るメレイは、ただ、その目をエルドッグに向けている。

「……何だと?」

 メレイの言葉に、エルドックは眉をひそめた。

「知らないとは言わせないわよ、あの子の血筋を」

 その途端、エルドッグの目が見開いた。まだ怒りの収まりきっていないシャルロットはそれを睨みながら聞いていた。――それが何だというのだ。

「何なの? お父様」

 テテがいぶかしげにエルドッグの顔を覗き込む。

「娘は知らないみたいね」

 シャルロットはメレイを見たが、メレイはあごを上げて部屋を見回した。

「大層な屋敷だけど、作りは古くない。聞けば五年前に急速に事業が発展して建てた屋敷らしいじゃない。……あんたがアイリーンの母親と結婚した頃に」

「だから何だって言うのよ?」

 テテが声を上げたが、エルドッグは唇を噛んだままだった。

「アイリーンの母親には、特別な力があったのよ。……占い師の力が」

 一瞬、テテはメレイを見つめたまま言葉を目を丸くしたが、それはすぐに笑いに変わった。

「……なに言ってるの? 占いですって? そんなの迷信に決まってるじゃない」

「アイリーンの母親はそれで生計を立ててたのよ。知らなかった?」

「そんなの知ってるわ! でもそんなの別に本当だとは限らないし……」

 テテの言葉は、まったく反論を見せない父親の顔に消えていった。メレイが再びエルドッグに視線を移した。

「あんたはアイリーンの母親を愛してたんじゃない。その血の力を愛していたんでしょう? 事業をより拡大にしてくれる確実な才能を」

「……い、言いがかりだわ!」

 テテが、身を乗り出してメレイを睨んだ。

「確かにあの頃、ものすごい利益を上げたけど、……それは一時期的だけだったわ! フィフィカさんがまだ生きてた頃だって、もう事業はだめになり始めてた!」

「知ってる? 占い師って、相手の事を知れば知るほど、その相手の事を占えなくなるんですって」

 その言葉に、シャルロットは一瞬目を丸くした。それは、初めて聞く話だった。

 ――だから、王家の占い師はたった一人で幽閉される。クルーから同じようにそれを聞いていたワット達には、それは既に知った情報だ。

「おそらくアイリーンの母親も、あんた達と出会った当初は未来が予測できた。だから一瞬で、こんな屋敷が立つほどに、あんたは利益を得られた。でも、あんた達と一緒に暮らすうち、その力はすぐに消えた」

 あくまで推測に過ぎない話を、エルドックはまったく否定しなかった。そして、ずっと唇を噛んだまま顔をそらしている。

「アイリーンを手放さないのは、母親と、同じ力を持っている事を知ってたからなんでしょう? あの子がワルスヴォーグを手なずけているのを見れば一目瞭然だわ。当然、一緒に住んでるあんた達には、もっと気がつくことがたくさんあったでしょうね」

 メレイの言葉に、部屋は静まり返った。テテだけが信じられないといった顔でエルドッグを見つめている。

「み、皆?! 何してんの!?」

 突然、スイーモと一緒にアイリーンが入ってきた。シャルロット達が贈った服を着て、部屋の面々を見たまま口を開けている。

「アイリーン!」

 シャルロットは思わず立ち上がった。

「シ、シャルロット、どうしてここに……」

「話し合いに応じて下さらないのであれば」

 アイリーンが戸惑う前に、ニースが口を開いた。「こちらとしましては、ミラスニー王家を通して裁判にしても構いませんが。アイリーンへの仕打ちが知られれば、そちらに勝ち目はないでしょう」ニースの冷めた目がエルドッグを射ると、エルドッグは歯を食いしばった。

「ふざけるな! 王家だと!? そんな事をすればお前らだってアイリーンを手に入れることはできなくなるぞ! あいつらに回収されるだけで……」

 言いかけで、エルドッグの言葉は止まった。――何かに気がついたように。

「貴様っ……!」

 奥歯を噛みしめ、燃えるような目でニースを睨みつける。メレイが、にやりと笑った。

その意味がシャルロットには分からなかった。しかし、「……認めたな」隣のワットの呟きに、それが理解できた。――知っていたんだ。だから、この男はアイリーンを拘束する理由を作った。

 母親を亡くし、この家で孤独になったアイリーンが、出て行かないようにする為の理由を。

 燃えるような目に眉一つ動かさないニースの変わりに、エルドッグはその怒りの矛先を変えた。

「お前など……、フィフィカを繋ぎ止めるだけの鎖でしかなかったと言うのに……!」

 そこに立って自分を見つめるだけのアイリーンに詰め寄り、エルドッグはその目の前で大きく杖を振りかぶった。

 反射的に、アイリーンは目をつぶった。――しかし。体に力を入れても、痛みは飛んでこなかった。いつもなら、その勢いに負けて転んでしまうのに。

 恐る恐る、アイリーンは目を開けた。――見えるのは、エディの背だけだった。そして、その腕に当たっているのは――。

「あ……っ」

 目を見開き、アイリーンは思わず声が漏れた。エルドッグの杖は、二人の間に入ったエディの腕で遮られている。

 エディは自分を見つめて目を見開くエルドッグの杖を、もう一方の手でどかした。唇を噛まなくては、痛みに耐えられない。しかし、それがどんなに熱く、痛くても、そんな事はどうでもよかった。アイリーンは、口を開けたままエディの腕を触った。それでも、言葉は出ていなかった。

「エディ……ちょっと!」

 シャルロットは思わず立ち上がった。怒りを込めた平手を、思いっきり振りかぶった。――が。

「……わ!」

「きゃあ!」

 突然体を後ろに引かれた途端、ワットにこぶしで殴られたエルドッグが床に倒れ、テテが悲鳴を上げた。ワットのもう片方の手に、シャルロットの腕が繋がっている。

「パパ!」

 テテがすぐにエルドッグに駆け寄るも、エルドックは頬を押さえて起き上がれていなかった。「何すんのよ!」テテが、その目を吊り上げてワットを睨み上げた。

「足りねぇぐらいだ。てめぇも、女に生まれついたことにせいぜい感謝するんだな」

「何ですって……!?」

 怒りで顔を赤くしたテテが、ワットの目の前に立ちふさがった。――しかし。

「感謝する必要はないわよ」

「きゃあ!」

 横から出てきたメレイの平手がテンの頬に入ると、テンはその場に倒れこんだ。

「おい、二人とも……」

 メレイの行動に、ニースが立ち上がった。

「ワット……!」

 ワットはまだ、背を向けたままだった。腕を掴まれたままのシャルロットは、離してもらいたくて、その腕に手を伸ばした。――しかし、その途端。

(……あ!)

 一瞬、景色が歪んだ。とっさに、シャルロットは思いっきりその手を引いて、ワットから離れた。

「……どうした?」

「な、何でもない!」

 手をおろし、シャルロットは顔をそむけた。――今の感覚は、知っている。

 熱を出した時に散々見たもの。これ以上は、もう嫌だ。

「や! やめてみんな……!」

 アイリーンの声にシャルロット達は振り返った。

「あたし……、お金を返すまでこの家からは出ない。この間はどうかしてたんだ」

「アイリーン、そんな事……」

「お母さんを……お母さんの事で、この家借りを作りたくないんだ。だから、お金はちゃんと払う……!」

 うつむいてスカートを握り締めるアイリーンに、シャルロットは悔しくて胸がいっぱいになった。もし今、その体を抱きしめても、その悲しみを一緒に背負う事はできないのだ。

 その時、ニースが、ソファの前のテーブルに重い布袋を置いた。ジャラリと鳴った音に、シャルロットを含め、エルドッグも顔を向けた。

「合わせて千二百万ゴールド」

 ニースの目が、エディに向いた。「いいんだな」その言葉に、腕を押さえていたエディはしっかりと頷いた。

「アイリーンの代わりに払わせてもらう」

「……え!」

 ニースの言葉に、アイリーンとシャルロットは同時に顔を上げた。エルドックも、シャルロット達と同様に、目を白黒させている。

「ツリがくるだろ」

 ワットが、付け加えた。メレイも驚く様子もなく、ソファで足を組んだままだ。事情が飲み込めていないのはシャルロットとパス、そしてアイリーンだけだった。呆然とニースを見上げて立ち尽くす、アイリーンの肩を、エディが引いた。

「君の気持ちはもう分った。……でも、僕達は、君を放っておけないんだ」

 目線の高さを合わせ、眉をひそめたアイリーンに言い聞かせるように。

「いいね?」

「……な! 何が……!」

 詰まる声を無理矢理出したのか、アイリーンの顔が怒りで赤くなった。

「どうしてんな事すんだよ! あたし……あたしそんな事してもらっても何もできない! 何考えてんだお前ら……」

 アイリーンの勢いは、途中で途切れた。その小さな体を抱きしめた、エディの暖かい腕によって。

「お願いだから……。これで自由になれるんだ」 

 まるで、すがりついて願うように。その細い声に、アイリーンは次の言葉が出てこなかった。

「異存ありませんね?」

 静まった部屋で、ニースが言った。テーブルに置かれた布袋に視線が集まる。シャルロットは、驚きのあまり口が回らなかった。

「なっ、あ、あんな大金どっから……」

「(エディだよ)」

 耳元で、ワットが囁いた。

「(ルビーから貰った礼品だ。あれを全っ部、金に換えちまった)

「(エディの……!?)」

 思わず振り返った途端、目の前のワットの顔に、シャルロットは言葉に詰まった。

「ったく大したぼっちゃん……っとわりぃ」

 とっさに顔をそらしたシャルロットに気がつき、ワットは身を引いた。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 パスが、テーブルの布袋を珍しげに触った。

「すっげー! 千二百万!? あけていいか?!」

「だめよ、せっかく綺麗に包装したんだから」

「……ほ、本物……なのか?」

 青白い顔で、エルドッグが穴が開くほどにニースを見つめる。「調べればすぐに判りますよ」ニースは冷めた声で顔をそらした。

「額は足りているでしょう」

 シャルロットからは、エルドックの背中しか見えなかった。しかし、それでも充分すぎるほどに、その背中は怒りで燃え上がっている。

「ツリはもらっとくぜ」

 ワットが布袋を手に取り、開けた。ジャラリと重圧のある音に加え、袋の隙間からは金色の光が見え隠れしている。「何か入れるもんねえか?」背伸びしてそれを覗こうとするパスと一緒に、ワットはそれの仕分けに入った。

「パパ!」

 口を挟まないエルドッグの代わりに、テテが非難の声を上げる。しかしエルドッグは唇を噛んでアイリーンを睨み付けた。

「……仕度をするんだな」

 その言葉に、アイリーンが眉をひそめた。エルドッグの目は、憎しみに燃え上がっていた。

「ここから出て行け……! 今日中に! スイーモ! 金を確認して部屋まで持って来い!」

 床に杖をたたきつけたかと思うと、エルドッグは猛然とした怒りを携えたまま、部屋から出て行った。「だ、旦那様……!」スイーモが、慌ててそれを追う。テテは一瞬、エルドッグと同じ燃えるような目でアイリーンを睨んだが、アイリーンが反応する前に、髪を振って部屋から出て行った。

「やった! アイリーン!」

 シャルロットがアイリーンに飛びついても、アイリーンはそこに立ち尽くすだけだった。



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