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同じ天の下  作者: コトリ
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第3話『出国』-1

 



 街の中央広場は多くの人がにぎわう憩いの場だ。例外なく人が溢れる中、男に手を引かれるままに、広場の片隅の石段に腰掛けた。

「あの時は悪かったよ、ホントに」

 男の言葉に、シャルロットは顔をそむけた。しかし、反射的とはいえ、たった今助けて貰ったというのにひっぱたいてしまった罪悪感がある。だが、怒りが消えたわけではない。シャルロットは男を睨んだ。

「私に謝られたって困るわ!お兄ちゃんはあなたのせいで、しばらく仕事もできなくなっちゃったんだから…!」

「兄貴の怪我、酷かったか?」

「…骨が折れたの」

 シャルロットは視線が落ちた。

「右腕…しばらく使えないわ。全治6ヶ月程度だってお医者様が言ってた。仕事の穴は私が埋める事になったけど、利き腕が使えないのは生活に不便なのよ」

「そうか…、兄貴には悪いことをした。あそこまでやるつもりは無かったんだ。でもお前の兄貴、結構強かったからさ」

 男の顔に影が下りるのがわかった。話し方にも誠意はある。あまりに無礼なのは自分の方なのか?

 心に引っかかる疑問に、シャルロットは顔を上げた。

「そう言えば、お嬢ちゃんは王宮の使用人だろ?こんな所で何してるんだ?…あ、もしかして今言ってた兄貴の仕事の穴埋め?」

 気を取り直したように、男が言った。さっきの影は気のせいか。しかし、どこか親しみやすさを持っている男だ。シャルロット自身、いつの間にか警戒心は薄れ始めていた。

「そ。お兄ちゃんの仕事の埋め合わせよ。今ここにいるのもそのため」

「何の仕事だ?俺にもやれることがあったら手伝うぜ?責任あるしな」

 この場に座ってから初めて男を食い入るように見つめた。

「やだ、何言ってんの?そんなのいいわ。それにすぐにこの街は出るし!」

「王宮に戻るのか?」

「う、ううん、南の大陸に向かっているの」

「南の大陸に?…1人でか?」

 男が笑ったように身を乗り出したので、思わず、後ろに身を引いた。仕事内容を見知らぬ人間に話しても良いのだろうか。しかし、この男がそこまで悪人には思えない。

「…1人じゃないわ。火の王国の騎士の方の付き人としてよ」

「付き人?火の王国の騎士の?でもその仕事って元は兄貴がやる予定だったんだろ?よく嬢ちゃんみたいな若い娘が、付き人になるって許可が下りたな」

「うん。お兄ちゃんには反対されたけどね。危ないからって。でも、ディルート様…あ、国王様が許可してくれたの。お兄ちゃんも最後には折れたわ。」

 シャルロットが得意げに答えると、男が吹き出したように笑った。

「はっ!…国王様ね。たいした嬢ちゃんだな。あ、人数は2人だけ?他に誰もいないのか?」

 何かの楽しみを見つけたような笑みに、シャルロットは何かが引っかかった。

(喋りすぎたかな…)

「うん。そうよ」

「マジ?いくら騎士とはいえ、護衛もつけないで旅なんておかしくねぇ?使用人っつっても女の子が一緒なのにな…、嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

(…言われてみれば)

 深く考えてはいなかったが、ニースが火の王国で身分の高い人間であることは、雰囲気や服装を見ればわかる。その上、東の大陸一の剣の使い手といわれ、火の王国で最強の称号を持つ騎士団の隊長だ。それほどの人間が、なぜ付き人もつけずに他国を回っているのか。

 周囲も見えずに悩んでいると、男と目があってすぐに我に返った。

「ニ、ニース様は優しい人だから大丈…」

 ガラーンッ ガラーンッ ガラーンッ

 突然、鐘の塔の鐘が大きな音を立てて鳴り始めた。同時に、シャルロットの頭からは疑問が吹っ飛んだ。

「わっ!ビックリした!…正午の鐘ね!」

 耳に手を当て、思わず立ち上がる。しかし、珍しげに鐘の塔を見上げるのは、広場ではシャルロットくらいだ。男が同じ方角に顔を上げた。

「王宮で聴く鐘の音と、この街で聴く鐘の音は迫力が全然違うだろ?俺はこの街で聴く方が断然好きだけどな」

「ホント…、近くで聴くと胸に響く…」

 綺麗で、体に響く音。それでも、慣れてしまえばこの街の人々のように気にも留めなくなるものか。音が次第に胸から消えていくと、ふいにニースとの会話が蘇った。

(あ!もう戻らなくっちゃ!)

「私もう行かなきゃ!さっきは助けてくれてありがとう。ひっぱたいたりしてごめんなさい。あなた盗賊だけど、意外と…、悪い人じゃないみたい。でも、お兄ちゃんには今度ちゃんと謝りに行ってね。家にいるから」

 役所に急がなくては。立ち上がり、足を踏み出した時、男が声をあげた。

「なぁ」

「ん?」

 急いでいるのに。『用なら早く』と言わんばかりに振り返った。

「これから、南の大陸に行くって言ってたよな」

「そうよ?」

 男がにっこりと笑った。

「俺も一緒に行く」

「はぁ!?」

 あまりに突然の言葉に、シャルロットは素っ頓狂な声をあげた。

「嬢ちゃんの兄貴に借りを返したいんだ。『騎士』様との旅に護衛は誰もいないんだろ?」

 シャルロットは一瞬呆けた。しかし、すぐに我に返って男に駆け寄った。

「なっ何言ってんの?!駄目に決まってるじゃない!!だいたい、そんなこと私には決められないし…!」

「じゃあ、その騎士様の了解を得ればいいわけ?」

「そう言う問題じゃ…。それにあなたそんな簡単に言うけど…」

「何か問題あるか?そうだ。さっきも見ただろ?ケンカの腕には自信があるぜ?」

 シャルロットは言葉に詰まった。断りたいのに、何も理由が浮かばない。確かに、エリオットを負かせた事実もある。

「それもそうだけど…。あ、そうだ。さっきも言ったけど、私達今すぐ行くの。あなたの旅支度は待っていられないわ!」

「支度なんてねぇよ、このまま行けるけど?」

「…あなたにだって仕事…ううん、家族に黙って行くなんて!一ヶ月以上はかかるわよ…!?」

「一人暮らしだ。仕事は知ってるだろ?」

 すこしばかり多めに言ってみたが、それもあえなく玉砕。逃げ道が無く、思いつく言葉はもうない。シャルロットは不思議でならなかった。

「…な、何でなの?」

 まさか護衛代が目的?それとも自分達の金銭か?疑い深い目に、男が笑った。

「んな顔すんなよ。さっきも言ったけど、嬢ちゃんの兄貴への借りを返したいんだ。嬢ちゃんの旅を安全に護衛することで。俺、こういう借りはすぐ返しておかないと、気になってしょーがねーんだよな」

「…でもやっぱり困るよ。ニース様に聴いてからでないと…」

 その言葉に、男が笑顔で手を叩いた。

「よーし!じゃあ決まりだ。その、ニース様とやらに了解をとったらOKってことだろ?じゃあ、今からそいつんとこ行こうぜ。案内頼むよ、嬢ちゃん」

 これ以上言い訳が思い浮かばなかった。男の笑顔に、押し切られた気がする。変な男だ。

「…じ、じゃあ、ニース様が、いいって言ったらね」

 どうせニースが断るだろう。言葉とは裏腹に、シャルロットはそんな期待をしつつ腰に手を当てた。

「…あ、それからその嬢ちゃんってのやめてくれる?私そんな子供じゃないわ。私シャルロットっていうの」

先ほどから気になっていたが、男はずいぶん自分を子ども扱いしている気がする。その言葉に、男は一瞬あっけにとられていたが、すぐに声を高くして笑った。

「…ハハッ!そいつは失礼。俺はワットってんだ。よろしくな、シャルロット」

 唐突に、ワットは近寄ったかと思うとシャルロットの頭をグシャグシャに撫でた。

「ちょっと!子供扱いするなって今言ったばっかでしょ!」

 怒って手を弾くシャルロットを見て、ワットは楽しそうに笑うだけだった。




 ワットと一緒に役所の前まで歩いてくると、既にニースは役所の外に立っていた。相変わらず役所には行列があって人も多いが、ニースの服装と、何より飛びぬけた身長ですぐに目に付いた。

「ニース様!手続き終わったんですね!」

「ああ、人数の割には早く終わったな」

 ニースに駆け寄ると、ニースはシャルロットの後ろのワットが目に付いたようだ。

「知り合いか?」

 知り合い、といえば知り合いだろうか。とりあえず、ワットに手を指して紹介した。

「…えーっと…、彼はワットっていって…、さっき変な人達から助けてくれたんですけど、彼が、私達と一緒に来て護衛をしてくれるって言うんです」

 同時に、ワットが人のよさそうな笑顔でニースと顔を合わせた。

「この子の兄貴にちょっとした借りがあるんでね。その返しとして、この子の護衛でもしようと思ってんだ。腕には自信があるぜ」

「や、雇い金なんて出ないわよ」

 念のため、それも確認させなくては。抵抗の意思を含み、ワットを見上げる。

「話聞いてたのかよ、そんなのいらねぇよ。ま、そーゆーことだから。よろしく頼むぜ、『ニース様』」

 半ば強引に話を進めるワットに対し、ニースはシャルロットに顔を向けた。

「そういうことなら、彼の同行は別にかまわないが…」

「え!?」

 嘘、とシャルロットは驚いて顔を上げた。

「君は?彼とは知り合ったばかりなのか?」

「あ…、知り合ったばかり…といえばそうなんですけど…。とっても強かったのは…確かです。…悪い人ではないみたいです…」

 反対していても、それは事実だ。嘘はつけない。不服そうに話すシャルロットに、ワットが笑った。

「じゃあ決まりだな!」

 ニースがワットに視線を向けた。

「私の名はニースだ。よろしく、ワット」

「ああ。こちらこそよろしくな」

 ワットが手を差し出すと、ニースが軽く握手をした。どうやら、ニースの方がわずかに背が高いようだ。どちらにしろ、2人とも長身には変わりないが――。手を離すと、ワットが顔を向けたのでシャルロットは意識的に目をそらした。しかし、ワットはシャルロットにも握手を求めた。

「ホラ」

 ワットが手をヒラヒラとさせるので、仕方がなく手を差し出した。

(悪い人ではないみたいだけど…、盗賊やってる男の人と一緒なんて…なんか怖いんだもん)

 ワットがその手を取ると、シャルロットは一瞬、今まで感じた事のない少し不思議な感覚に包まれた。手先が暖かさが、体全体に伝わるような、不思議な感覚だ。

「よろしく」

 ワットの声が耳に入ると同時に、シャルロットは我に返った。ワットが、手の甲に軽くキスをしたのだ。シャルロットは髪が逆立った気がした。ワットが平然と手を離し、シャルロットに笑みを向ける。

「挨拶だよ」

 今まで、そんな挨拶された事があるわけがない。手どころか体ごと硬直しているシャルロットに気がついたワットは顔を覗き込んだ。

「シャルロットにはまだ早かったかな」

 一瞬で、頭に血が上った。

 バチンッ!!

「うおっ!?」

 耳まで赤くなった顔をワットに見られる前に、シャルロットは目の前の顔を思いっきり正面から叩いた。ワットが顔を手で押さえ、後ろにさがった。

「な、何すんだよっ!」

 ワットを無視し、シャルロットはさっさと歩いてニースに話しかけた。

「ニース様!もう行きましょう!」

(信じらんない何今の!!)

 顔を真っ赤にして怒るシャルロットを見て、ニースは思わず笑いをこぼした。シャルロットは役所を離れ、一人足早に馬を預けた店に急いだ。まだ顔を触っているワットを、ニース振り返った。

「さぁ、行くぞ。これから夜までにドミニキィ港に到着しておかなくてはならない」

「ああ…」

 ワットはわけもわからずに答え、足を進めた。

(少し、愉快な旅路になりそうだな)

 シャルロットの背に続く中、ニースは目を閉じて笑った。



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